取り敢えず10話までは毎日12:00に予約投稿しときます。
魔術師マーリンは苦悩した。
我が王――新たな王である男に仕えるためにどうやったら女になれるのかを。
死んだ目でマーリンを見つめるアルトリアなど、最早眼中にない。
なお、王になれなかったアルトリアを見てマーリンと契約していたユーサー王は少し前のマーリンよりも激怒していた。
選定の剣を盗んだ不届き者を捕らえるか殺せ――と。
だが、それでも選定の剣を抜いたのは事実。民衆は新たに選定の剣を抜いた男こそが真の王であり、救世主となるだろうことを期待していた。
こうして生まれたのは更なる混沌。民衆とユーサー王の対立である。
ユーサー王の配下の一部もユーサー王を王と認めない動きが見られ、大粛清にも似た現象が今にも起きそうであった。
そして誰もが、選定の剣を抜いた男を探す。嘘も混じれば、本当のことも混じる。
新たな旅に出ることになったアルトリア一行。マーリン、義兄のケイ。ケイだけは複雑そうにすっかり様子の変わったマーリンを見ていた。
魔術師はクソ。そう思わせてくれたマーリンはド畜生の名を欲しいままにしていたが、今ではド畜生というよりは畜生である。マイルドマーリンに戸惑っている様子だ。
本気で性転換を考える変態を可哀想な目で見ることだけが彼にできることであり、今は選定の剣を抜いたあの日から目が死んでいるアルトリアのフォローに走るのだった。
大好きな食事もモソモソと食べるアルトリアはもう駄目かもしれない。余命宣告された患者の家族の如く、涙を流さんばかりのケイ。違う意味でこの旅の一団は終わっていた。
今は、有力な情報である山岳地帯の目撃情報を基に向かう三人。
しかし、ここはブリテンでも有数の危険地帯。魔獣が蔓延り、危険な幻獣までもが潜んでいると言われる禁忌の場所なのだ。
現に、どこからか聞こえる魔獣の咆哮。そして地鳴り。
まるで縄張り争いをしているように轟音があちらこちらから聞こえてくるのだ。時々、変な音も混じっている。
急に走り出すマーリン。体力クソ雑魚の彼はすぐに息が上がり、飛ぶ事にシフトする。
ケイは慌てて死んだ目で歩くアルトリアの手を引いてマーリンを追い掛ける。
その先で、妙な光景を目にする。人よりも大きく、建物よりも大きい魔猪が空を舞っているのだ。お手玉をされるように飛んでは落ちるを繰り返す奇妙な光景だった。
それを見てケイは変な音の正体は魔獣の咆哮ではなく、悲痛な叫びであることに気付いた。涙を誘うような悲鳴、魔獣の口からそれを聞くとは思わなかったとケイは思う。
つまり、地鳴りは魔獣が踏み鳴らす音ではない。魔猪が空から落ちてきて地面に激突した音なのだ。
全てを理解した時、マーリンがいきなり駆け出したのも納得できる。
だが、こんなことができるような奴がいるところに行くのは得策なのだろうか。この場に留まってもマーリンがいなければ餌にされる。
故に、ついて行くしか方法はないのだ。
近付く度に大きくなる音に恐々としながらマーリンを追うケイとアルトリアであった。
この男が、新たな王。どう見ても野蛮な男にしか見えない。
マーリンは主人を見つけた忠犬のように喜んでる。貴様、あの時の私に仕えて見守る発言はどうなった。殺すぞ。
どんどん自分がやさぐれていくのがわかる。自分の中にこんな暗い部分があるなんて思いもしなかった。
男が仕留めたであろう、巨大な魔猪は見事に調理されている。
折れた選定の剣の残った刃で肉を切り分けて食べている。脂が滴ってとても美味しそうだ。思わず涎が出そうだ。
あの時に見た時よりも服が少しボロボロになっている。どれほどこの危険地帯にいたのだろう。
剥き出しの上半身の裸体が素晴らしい。あれぞ、鍛えられた真の男の肉体だろう。
大きな傷は見えない。小さな傷は多い。
馬鹿な。この魔猪が蔓延る場所では名のある騎士でも一人で生き残る事は不可能のはず……。
この男、見た目に反して凄まじい実力の持ち主なのか?
裸足でマーリンの顔を踏んでいるのを見るとどうしてもそうは思えないが。
というかマーリン、顔が気持ち悪いぞ。
「我が王よ」
「俺は王様じゃねーっての」
ムシャムシャとこちらまで聞こえてくる咀嚼音。分厚い肉を噛み千切る音が食欲をそそってきて我慢できない。
すみませんが。そのお肉を私にもくださいませんか。
「おいアル」
ケイ、あんなのを見せられたら誰だって食べたくなります。
見てください。害獣にも劣る畜生があんなにも美味しそうな食材になるのですよ。食わねば損というもの。
「待て待て。アル、お前は何を言っているんだ」
というわけでください。
「いや、あげるのはいいんだが……食えるのか?」
魔猪の一頭や二頭、容易いものです。
何か悩む彼はすぐに行動に移す。腰にぶら下げた選定の剣の残骸を握り、魔猪に振るう。
気が付いたら大きな魔猪は半分にされ、残る半分は食べやすいサイズにカットされていた。凄まじい剣技に目を剥いた。ケイも息をのんでいるようだ。
マーリンは感動して気持ち悪いほど涙を流している。喜びのあまり、我が王うううううとか叫んでいる。
どこからか取り出した男のフォークを受け取り、肉を口に運ぶ。
舌で味わうように転がせば、脂が舌の上で踊るのがわかる。今まで食べてきた肉よりも美味で過去が思い浮かんでくる。
あれは食事ではない。ただの豚の餌だ。
これだ。これこそが人間の本当に食べるべきものなのだ。
涙が溢れる。美味しさのあまり、歓喜による涙が溢れては流れる。
「うええええ。なんで泣いてんのこの子……」
うぐっ。この肉は、美味しすぎて堪りません。おかわりをいただけますか。
「馬鹿な、もう肉がないだと……!?」
ケイの声が聞こえる。口に運んでたら全部肉が消えていた。
おかわりをねだれば、男は何とも言えない顔で肉を切り分けてくれる。
ふむ。やはりこの男、この御仁は素晴らしい御方だ。美味しいご飯をくれるのだから。
王になれなくとも王の仕事に近いことをすればいい。
この御仁を王として、私は従者として支えながら民衆を助ける道もいいかもしれない。
ほら。どうせ私は選定の剣を抜けなかったクソ雑魚騎士ですから(死んだ目)
まずは胃袋を攻められるアルトリア。
胃袋を落としたら後は適当にしてもモノにできるだろうと思われる腹ペコ王。