イナズマイレブン 王の瞳が見た記憶   作:アリ酸

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11話:決意の日

 7年ぶりに帝国学園に来た感想は、中身は大して変わっていないということだった。派手になっていたのは外観だけであり、最後に帝国と試合をした時と同じまま校舎内は残っていた。

 

 柊にとって懐かしい記憶だった。練習試合としてこの帝国学園に(おもむ)いた際、メンバー全員が緊張し震え上がる。今思えば小心者の集まりだったと感じる思い出が昨日のことのように蘇ってきた。どんな形であれ、こうしてここへ来たということは、これも何かの運命なのかもしれない。そう感じた柊は影山が待つ場所へ着くまでの間、どうせ通る道だということもあり7年前に戦ったグラウンドを見てみることにした。確か野球グラウンドは一番奥にあるサッカーコートよりも手前にあったはずだ。

 

 今は一体どうなっているのだろうか。そう思いながらグラウンドがかつて見えた場所まで来ると、残念ながらそこにはもう柊の記憶を思い出す光景は残ってはいなかった。

 一面緑の人工芝、そして転がる無数のサッカーボール。茶色の土は消え、スコアボードも消失し、今やあのグラウンドはサッカー部の第2コートと化していた。

 7年という歳月が流れたのだ。当然と言えば当然かもしれない。それに世間では、帝国学園野球部は7年前に一度敗退を期してから練習場所を移したとの情報もあった。――もうあの時の様子は残っていない。それを理解するのと一緒に、寂しさのような切なさを覚えると、柊は再びここへ連れてこられた目的を果たすため影山のいる場所へと歩き始めた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

「――やぁ、待っていたぞ。掛けたまえ」

 

 暗く、サッカー部の様子だけが映るモニターの部屋。ハッキリ言って人を招待するには最悪な部屋で彼は待っていた。柊が影山とこうして直接面を合わせるのは初めてだというのもあるが、相変わらず帝国学園の総帥と呼ばれる人間は、異様な雰囲気を纏っていることを再認識させられる。

 

「さて、何が飲みたい? 紅茶か? コーヒーか? それともジュースか? ――おおっと失礼、そういえば君の好きな物は緑茶だったな。迂闊だった」

 

 優しくかけられる言葉に柊は黙り込みながら影山の姿を見つめる。どこまで自分のことを調べられているのかは分からないが、少なからず日常で自分が何を好んでいるかは筒抜けであるようだ。

 柊は先程鬼道と別れたばかりで今は影山と柊は二人きり。何をされるか分かったものではないし、逆にこっちから向こうの考えを読み取るなんて事も出来ない。だとしたら長居は無用だ。フカフカし過ぎで逆に気持ちが悪いソファに腰を掛けると、さっそく柊は本題に入ることにした。

 

「それで、私に交渉とは?」

「ふむ、まぁ焦るな。ほら、君の好きな緑茶だ」

 

 カタリと音を立てて茶の入った湯呑が目の前に置かれる。ふわりと漂う香りが柊の鼻腔をくすぐってくるが、今はそんなゆっくりと茶を飲む気分などではない。そもそもこんな場所で、雷門の選手に散々なことをさせた元凶と茶など飲んでいられるものか。

 

「話が無いのなら私は帰ります。正直私はあなたと話したくないし、顔も見たくない」

「ほう? では聞くが、そのほぼ見えない”右眼”にも私が映っているのか?」

 

 座り心地の悪いソファから腰を上げようとした柊の動きが止まる。それを見て一瞬影山はニタリと笑ったかと思えば、ようやく柊が聞きたかった本題について話し始めた。

 

「7年前の桜城と帝国の試合。私も見てはいたが、ピッチャライナーが右の眼球に直撃したのはさぞかし辛かっただろう? ”網膜剥離”を起こした君の姿は見ているだけで実に痛々しかった」

 

 影山が自分自身の右眼を手で触れると、それにつられるように柊も右眼へと手が伸びる。かつて失明寸前まで陥り、今となっては碌に色の判断さえできない左眼は瞼の上から触れば温かく、他社から見ても誰とも変わらない普通の瞳にしか見えない。

 

「……それが一体なんだと言うんですか?」

「まぁ、話は最後まで聞け。――私は、今日雷門と試合をしている最中、右眼の痛みを見せている君を見て思ったのだ。かつて『王の瞳』とまで呼ばれた選手が片目を失い、時折痛みを見せたりしながら、コンタクトレンズで無理やり視力を補っているのは見るに堪えないと」

 

 影山の言う言葉に柊はどう反応していいのか分からなかった。彼はなぜ赤の他人である自分のことをここまで気にかけるのか。そこまで彼にとって元野球選手だった自分のことが大事なのか。疑問が頭の中で募っていく間に影山は話を続ける。

 

「ポジションごとに存在する『王の部位』、『右翼・左翼・右脚・左脚・牙・爪・頭脳・指先・瞳』。私の友人である帝国野球部総帥、”陽海無限”は王の力が目覚めるのを恐れて、その部位を持つ選手を破壊しようとした。結局は『瞳』であった君を始めとして、ほとんどの部位を潰したものの、王は君臨。帝国学園(デビルズナイン)桜城学園(ナインキングス)に敗れた」

 

 確かに桜城学園野球部はほんの短い期間”9人の王様(ナインキングス)”と呼ばれた時期があった。影山が言うように、ナインキングスと呼ばれた由来は、それぞれのポジションにいた9人の選手が、王の部位に比喩された総称で呼ばれていたからである。柊はその中で『瞳』の部分を担っていたことから『王の瞳』と呼ばれていたのだ。

 

「王の部位などと訳の分からない名前を付けてくれる人がいたおかげで、当時は恥ずかしかったものですけどね」

 

 7年前の当時、柊は動体視力・体の動きを捉えられるようにと、眼をひたすらに鍛えた時期があった。すると、いつの間にか誰も寄せ付けない程の洞察力を手にしており、そこから『王の瞳』と呼ばれるようになった。いわゆる『王の部位』に比喩したなんて言ってもそれは、誰にも劣らない長所を一つ得ただけに付けられた総称なのだ。9人の選手が一つずつ誰にも負けない長所を持っていれば、王の部位は9つ。9人で王様が出来上がり、よってナインキングスだ。思い出すだけでもっとマシな名前の付け方があっただろうとは柊は思う。とはいえ、実際に中学野球の頂点に辿り着けたのは事実なのだから、キングであることは間違いはないのだが……。

 

「本題に入ろう、単刀直入に言う。君の眼を完治させる代わりに、我々帝国サッカー部が中学サッカーの頂点を極めるために協力者になってほしい。君の『王の瞳』は野球だけに使えるものではない。今日の試合を見て確信したのだ」

 

 片眼しか残っていない自分の瞳がサッカーでも役に立つ? 一体何を根拠にそんなことを言っているのだと疑問を抱くと、柊に向けて”その質問を待っていた”と言わんばかりの表情で影山は話を続けた。

 

「私は今日鬼道を始めとして、雷門中のサッカー部員を”二度と歩けなくなるまで”完膚無きままに叩きのめせと指示した。だが、結果は我がサッカー部はそれが出来なかった」

「――ッ!? 今何と……!?」

 

 少しずつ落ちていく声のトーンと、人間をまるで玩具のようにしか思っていないような会話の内容。まるで影山の発する声が、うなじから背筋にかけて冷たい触手となって這いずり回るような感覚に、柊は一気に鳥肌が立つと表情を青ざめさせた。沸き上がってくる恐怖感と嫌悪感が、まるで底なし沼となって深い闇へと引きずり込んでくる。

 

「帝国の選手が情をかけたという考えもあるが、いつも私の言うことは何でもこなしていた鬼道が今になって命令に背く筈は無い。なら思うようにいかなかった理由は簡単だ。――――不破柊、お前がその瞳をもってして、雷門を短期間で必要最低限のレベルまで鍛え上げたからだ!!」

 

 影山はそう言って大きな声と共に満面の笑みをつくると、ソファに座っていた柊にぬっと近づいてきた。一歩、そしてまた一歩、その姿がどんどん大きくなってくるたびに柊の鼓動が危険信号を鳴らす。

 

 ――これはヤバい……!!

 

 何が何でもこいつは自分を帝国に引き込むつもりだと悟った柊は、今すぐにでもこの部屋から逃げ出そうと腰をに力を入れた。――しかし、 

 

「――逃がさん。お前は私のものだ。その瞳も! その長けた洞察力も!! 陽海無限(アイツ)のように壊すなど勿体ない。試合前に見せたあの小生意気な態度も、全部、全部、私が貪って帝国のものとしてやるッ!!! それがお前にとっても一番の幸福だ、分かるだろう!?」

 

 影山の手が柊の頬に触れたかと思えば、前髪をかき分けて視力の残っている左の瞳へと伸びてゆく。あまりにもおぞましい感覚に柊はその手を精一杯の力で払いのけると、目の前で自分に覆いかぶさってきそうだった影山を一気に押し返すように蹴り上げた。

 

「――ッ! 冗談じゃない、この変態野郎ッ!! 何が私にとっての幸福だ、気持ち悪い! 影山零治(お前)陽海無限(あの男)と何も変わらないサイコ野郎だってことがよく分かったよ! 誰がお前のものになどなるか!!」

 

 ドサッという音と共に背中から床へ倒れた影山。柊は恐怖心を抱きながらも彼に鋭い目つきを向ける。もし今抵抗せずに為すがままにされていたら、そう考えるだけで身の毛がよだつ。

 

「なかなか痛い真似をするではないか。もう一度よく考えてみろ、その不自由な片眼が元に戻るんだぞ? 私はお前を”壊す”のではなく”救おう”としているのだ。陽海無限と親友であった私の言葉なら君には分かるはずだ。そうだろう、不破柊。――いや、”陽海(ひのうみ)柊璃(しゅり)”よ」

「――ッ! 嫌……やめろ……その名前で私を呼ぶな!」

 

 ——陽海柊璃。そう呼ばれた瞬間に柊は今一番思い出したくない人物が頭をよぎった。

 柊の黒髪にも混じっている青紫色をモチーフにした華やかなスーツ。赤いスカーフを巻いた細身のシルエット。そして何かを壊す時に見せる満面な笑顔。脳裏を駆け巡るあの男を振り払おうと柊は頭を振る。

 

「事実ではないか。不破柊などと名前を変えて生きてはいるものの、お前は陽海無限の子。私と彼が理解し合えたのだから、彼の血を継ぐお前も私と理解し合えるはずだ。そうだろう? 柊璃!!」

「お前や、陽海無限(あの男)に柊璃などと呼ばれてたまるか! 理解し合えるなんてことは絶対にない。たとえ同じ血が流れていようと私の仲間の人生を殺したあの男を父親(・・)などと認めるものか!」

 

 茶の入った湯呑を影山へと全力で投げつけると、未だ湯気の立っていた中身が影山の顔面に一気に降りかかった。それに加えて割れた破片が額を裂き、血を流させる。

 

「ぐおおぉぉ!! 貴様……理解し合えると思ってはいたのだがなッ! ――いいのだな? 貴様がそこまで言うならば後悔させてやる。雷門を潰し、最初から言うことを聞いてよかったのだと後になって喚かせてやるッ!」

 

 唸り声を上げる影山を他所に柊は部屋のドアへと手を掛ける。

 今逃げなければ大変な事になる。全くもって最悪な人間だコイツはと影山を睨み付けると、最後に部屋を出る前に柊はこう口にした。

 

「後悔はしない、お前が牙を向けてくるのならこっちも精一杯抗ってやる! 雷門は私が育てる、お前に壊させるものか!!」

 

 ドアを蹴とばしてあの暗い部屋から飛び出すと、思うがままに外へと向かって柊は走り続けた。

 

 

 

 

 全力疾走で数百メートルを走り続けたのは本当に久しぶりだった。あのまま影山のいた部屋を飛び出して外に飛び出したものの、帝国学園は思っていた以上に広かった。校外に出ようにもまだ道は長い。

 息が切れて心臓が飛び出すくらいまで跳ね上がっているのに耐えていると、ふと出合い頭に柊はある人物とぶつかった。

 

「――す……すみません」

「あぁ大丈夫だ……ってアンタは……!!」

 

 ぶつかった衝撃で尻餅をついた姿勢のまま顔を上げる。するとまたしても見覚えのある顔が映った。

 右に付けた黒い眼帯に青い髪。これで会うのは鬼道と同じように三回目だろうか。柊の視線は今日戦った相手である佐久間次郎と重なった。

 

「総帥室にいるとは聞いていたが、何でこんなところに。それに尋常じゃない顔色だぞ、何かあったのか?」

 

 ゼェゼェと呼吸が乱れて碌に会話も出来そうにない柊に佐久間は寄ると、あろうことか彼は柊の背中をさすり始めた。あの鬼道と共に全力で柊のチームを潰しにかかって来た佐久間がだ。

 とはいえ、佐久間が柊の様子を心配していたのは少なからず理由があった。実のところ佐久間も鬼道と同じ心境であったためだ。総帥の命令とはいえ雷門にした行為はあまり良いものではない、むしろサッカーどころか人間としてあのような事をして良かったのか。今日の試合を終えてからずっと彼もそう思っていた。

 

 今は帝国学園サッカー部の佐久間次郎ではなく、一人に中学生の佐久間次郎でいる時間。そんな時、鬼道から柊は総帥室にいるという話を聞き、時間があるならば一言そのことを詫びようと思って帝国学園内を歩いていたのだ。サッカー部の顔でいる時には簡単に口に出せない言葉を今言おうとして。そして、偶然にも目の前でフラフラの柊がぶつかってきた訳なのだから、まずは心配しない方がおかしい。

 

 疲労が回復すると言うよりも、人に会ったという安心感でようやく落ち着きを取り戻してきた柊は、佐久間に礼を述べると再び立ち上がった。

 

「あ、ありがとう。助かったよ、もういい……」

「そうか。いや、それよりも俺のことを憶えているか?」

「ん? もちろん覚えているさ。タクシーで一回、試合で一回、ここで一回。計三回の顔合わせだね、佐久間次郎君」

「俺の名前を知っていたのか?!」

「そりゃそうさ。君達が私を調べてくれたように、こっちも君達を調べさせてもらったからね」

 

 帝国メンバーの顔は全部覚えて頭に入っている。静かなる狂犬と呼ばれる万丈一道、経歴一切不明な五条勝といったとんでもない異名揃いの、癖の強い選手たち。これほどの特徴的な選手が揃っていれば、帝国選手など柊にとっては覚えることなど造作も無かった。むしろ佐久間に至っては鬼道と同じ三回目の顔合わせなのだから比較的覚えやすい部類だった。

 

 柊がお礼を述べて去っていこうとすると、「待ってくれ」と佐久間がそれを引き止める。まだ佐久間にとっては再会できたことはいいものの、伝えたかったことは言えていない。

 

「その、なんだ。今日の試合はすまなかった。雷門のメンバーにはやり過ぎたと思っている。言い訳かもしれないが総帥からの指示だったんだ」

 

 横顔だけ自分へと向けていた柊に佐久間は一番伝えておきたかった言葉を述べる。すると、佐久間も予想していたように無音の時間がやって来た。

 

 ”今さらなんだ。謝るくらいなら指示を無視してでも最初からこんな事をするな”。そんな言葉が返ってくるかと覚悟していた。当然だ、そう言われても仕方がないことをしたのだから。だが、総帥からの命令は絶対だ。サッカーの頂点へ立つためには逆らうことは許されない。それが佐久間の今の心境だった。佐久間は何と言われてもいいように心の準備だけをしておくと、彼は次に柊が口にした言葉で驚くことになる。

 

「君も鬼道君と同じことを言うんだね。よかったよ、君達が本当のサッカーマシンじゃなくて。――佐久間君達にとって影山という男が絶対だということは今日よく分かった。君達も君たちなりであんなサッカーをする理由があるのだろう?」

「――! あぁ……そうだ。影山総帥は俺達に最高の技術を与えてくれる、高みへと連れて行ってくれる。だから俺達は総帥の指示は裏切れない、何でもこなす。……しかし得られた力を総帥の言われるがままに、こんな使い方をしていて良いのか分からないんだ。なぁ、俺達のサッカーは間違っているんだろうか?」

 

 佐久間は答えが見つけられないと、残った片眼を見せながら柊へと問いかける。その様子からは、おそらくチーム全員の言葉を代表としての質問と言ってもいいかもしれない。

 

「さぁ、それは分からないな。私、サッカーはそこまで経験豊富ではないからね。――でも、私だったらそうまでして上手くなろうとは思わないな。楽しくないし」

「……楽しく……ない?」

「うん、そういうことさ。試合の主役はあくまで君達だ、影山じゃない。それと、さっきあの影山(変態)と話をしてきたのだが、相当頭のネジが飛んでいたね。つい怖くなって逃げだしてきてしまったけど、”君達よくあんなのと一緒にいられるな”というのが私の意見だよ」

 

 柊はクスクスと佐久間に向けて笑顔を見せると、「いけない、長話をしている場合じゃなかった」と言葉にして背を向けた。

 

「じゃあ私は行くよ。ここから外に出る近道を知らないかな?」

「え? あぁ、中央通路に出てしまえば出口まで一直線だぞ」

「そうか、ありがとう。――――そうだ、君達が根っこから悪い人間じゃないと分かった事だから一つ言っておこうと思う」

 

 後姿のまま横顔を佐久間に向けると、パチリと片眼を閉じる。

 

「――鬼道君にも伝えておいてよ。君達帝国学園の選手たちが本当の意味でサッカーをするようになった時、そんな日には『王の瞳』の力を貸してあげるとね」

 

 佐久間は驚いて「それってつまり……!!」と口にするが、既にその時には言葉は届かなかった。あっというまに小さくなっていく柊の後ろ姿。やがて数秒もしないうちに佐久間の視界から彼女は消えていった。




少しづつ主人公の過去が明かされてきましたね。
もう少しで第一章も終わりかな~。
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