イナズマイレブン 王の瞳が見た記憶   作:アリ酸

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自分の進むべき道を決意した不破柊。

そして今回は、みんな大好き染岡さん回!


12話:きっかけづくり

 帝国学園との練習試合が幕を下ろし、早くも一日が過ぎ去ろうとしていた。

 いつも以上に温かいと感じさせる太陽と、目の保養になりそうな青々とした植物群。甘い花の香りで夢の中へと吸い込まれていきそうになるバイトの時間を終え、今柊がいる場所は河川敷。そこで青い大空を見上げながら染岡と共に草の上で横になっていた。

 

「――ってな訳だ。どいつもこいつも、豪炎寺、豪炎寺ってばっかり言いやがって。雷門のストライカーは俺だっての!」

「確かにそう言われちゃショックだ。怒りたくなる気持ちも分かるよ」

「だろう!? やっぱり分かってくれるのは円堂と不破ぐらいだ」

 

 染岡がこうして柊に相談をしてきたのは、つい最近雷門中の練習試合が再び決まったことが始まりだった。相変わらず今回の練習試合も一週間後、負ければまた廃部という話だが、染岡が怒っている理由はそこではない。

 今部員の中で飛び交っている話。――豪炎寺がいたから前回の帝国の試合は勝てた。でも今回の試合は豪炎寺はいない。豪炎寺がいなくて雷門が勝てるのか。豪炎寺を呼び戻すべきだろう。等々。今はそんなふうに一年生を中心とした豪炎寺修也という人物の話で持ちきりだそうだ。それで雷門のストライカーである染岡が「俺の力を信頼してくれないのかと」腹を立てて柊に相談してきたと。そんな経緯である。

 

 考えてみればよくある話だった。ずば抜けて上手いプレイヤーがぽっと出て来て自分と比較される。技術が高ければ高いほどメンバーには支持され、下手をすれば今まで自分のいた居場所が奪われるなんて事にもなりうる。これは自分よりもアイツの方が頼りになるぜと言われているのと同じ事であり、実際に本人からしてみれば結構なダメージが入るのは言うまでもない。

 このような事例はサッカーだけに言えることではなく、柊のいた野球部にだって実際にあったことだ。かつてエースナンバーを付けていた柊も、自分よりも優れた投手が出て来て外野に飛ばされたという経験もある。柊すらもその時は流石に凹んでしまった。それくらいとってかわられるというのはスポーツ界ではよくある話だ。

 

「円堂は”お前は染岡竜吾だ、豪炎寺になろうとするな”と言ってくれたものの、結局今のところ俺は何も前に進めていねェ。円堂の言っている事は分かるんだ。俺は俺でありながら、豪炎寺と肩を並べられるくらいになりゃいい。だが、それだってのによ、どうもそのビジョンが見えないんだ。奴に負けない必殺技はどうやったら身に付けられるんだ……俺は奴のようにセンスが無いってことなのか……?」

 

 染岡がどうしたらいいんだろうなと気疲れした様子で言葉を漏らした。

 河川敷に来てから柊は染岡の練習している姿をずっと見ていた。点を取る主砲となろうと汗水流しながら何度も円堂相手にシュートを撃っていた姿を。だから染岡の言いたいことはよく分かった。

 焦り、嫉妬、実力不足による自己嫌悪。それは言葉にせずとも彼の練習風景を見ていればよく分かる。おそらく染岡本人にとっては、色んな心情が体の中でグチャグチャに混ざり合い、今もミキサーのようにかき混ぜられている最中なのだろう。

 

 珍しく染岡が漏らした弱音を柊は聞くと、何か思いついたように寝ていた体を起こす。そして染岡に向けて問いかけた。

 

「――染岡君は右利きだったね?」

「そうだが一体どうしたんだ? ――! おい、不破! どこへ行く!?」

「ちょっと待っててくれ。すぐに戻る」

 

 何だアイツはと不思議そうな表情をしている染岡を他所に、柊はいつも寝ている河川敷の天然ベンチへと駆け寄った。そこであるものを手に取るといつものように「ふふん」と鼻を鳴らす。

 

「何を取りに行ってきたんだよ?」

「ふふっ、それはこれだ。何だか分かるかい?」

「おいおい、そりゃあ……」

 

 困惑した表情で「何でこんなものを俺に渡してくるんだ」と言う染岡へと握らされたものは、一つの黄色いグローブ。一方で赤いグローブを片手にはめた柊はニコッと笑うと、続け様に片手に収まるくらいの軟式野球ボールを手の平上でポンポンと弄り始めた。

 

「染岡君、キャッチボールやろうよ」

「はぁ? キャッチボールだぁ? 何でそんなことを今しなきゃいけねェんだよ! 俺はサッカーをやってんだぞ。そんなのが役に立つ訳——」

「――君の必殺技を完成させるのに役立つとも」

 

 キッパリと断言する柊。対し拍子抜けした様子で「冗談だろう」と口にする染岡。第三者が見れば、普通に考えて染岡の反応は何一つ間違ってはいないと思うだろう。しかし発言した柊本人の表情を見れば、いつも練習に付き合っている時のものと変わっていない。至って真面目な様子だ。

  

 ニッコリと染岡に向けて笑みを見せた柊はグラウンド内で実戦練習をしている円堂へと振り返り声を掛けた。

 

「円堂君! 染岡君を少し借りるよ!」

「――! ああ、いいぜ! 必殺技の完成、楽しみにしているぞ染岡!」

 

 円堂からの返事は即OK。満面の表情で染岡に向かって手が振られる。それを確認し、柊は染岡の手を取ると早速河川敷の野球コートへと移動した。 

 

 雑草が所々に生え渡り、あまり手入れのされていない足場。そしてサッカーコートとは少し違った土の固さ、ふみ心地。それを運動シューズで感じながら、柊は久しぶりに誰かとキャッチボールをする感覚に胸を躍らせる。

 

 はてさて、では染岡君の必殺技を生み出すきっかけとなれるように頑張りますか。楽しそうな表情を見せながら髪をいつものように後ろで一つに束ねると、まずは一球。ほんの数メートルの距離から柊が染岡に向かって腕を振り上げた。

 

「いくぞ、染岡君」

 

 ゆっくりとしたボールが染岡に目掛けて放たれる。山なりの弧を描いた軌道で一秒あるかないか滞空していたボールはやがて染岡の手元へ。直後にパシッ、という心地よい音が鳴れば、ボールはグローブの中へと飛び込んだ。

 

「おっ、ナイスキャッチ! 上手いじゃないか」

「こんな正面に球が来れば誰だって捕れるっての」

 

 腕を振り上げて力一杯に一球、次は染岡が投げ返す。彼は男なだけあって柊よりも投げ返す力は強く、速い速度で柊へと向かって行く。そしてパシッではなく、パンッという強い音が鳴ると染岡の投げたボールは柊のグローブに収まった。

 

「ふふっ、ナイスボール。いい球投げるね。どうかなサッカーと一緒に野球も極めてみる?」

「馬鹿言うなっての。俺はサッカー一筋って決めてんだよ」

「ありゃ、フラれちゃったか。そりゃ残念」

 

 グローブのボールが収まった時のビシッと来る快感がたまらない。球を受け止めた時の心地よい刺激と、投げ返した時の相手の胸元へ綺麗な線を描きながら収まっていく軌跡に、柊は楽しそうに笑う。一方で、本当にこんなのが役に立つのかと、いまいち不服そうなままの表情を見せる染岡。そんな二人がボールを投げ合い肩を温めること数分が経った。

 

「よし、じゃあ肩も体も温まって来たし、一回サッカーコートへ戻ろうか。あ、グローブはまだ外さないでくれ。ここからが君のメインとなる練習だから」

「何!? どういうことだ不破!」

 

 訳が分からんと言う染岡を連れてサッカーコートに戻ると、円堂が使っている場所とは反対のサッカーゴールへと柊は向かう。もちろん手にグローブを付けながらサッカーグラウンドへ戻ってきたのだから、染岡だけではなく、円堂と一緒に練習をしていた雷門メンバーたちも不思議そうな視線を柊に向けてきた。

 

 運動シューズでの地面のふみ心地が変わったことを確認し、続いて柊がとった行動は、円堂と同じようにGKとなってサッカーゴールの前に立つことだった。ただし、ただ立つのではなく腕にはグローブを付けたままで、染岡にはボールとグローブを握らせている。あまりにも不思議な光景だったのか、柊との個別特訓を行っていた染岡に、気が付けば実戦練習をしていた雷門メンバーが寄って来ていた。

 

「観客が増えてしまったけど、まぁいいか。染岡君、確認するが君は雷門のストライカー、そうだね? だったらいつもシュートする位置から私の後ろにあるゴールを奪ってみせてよ。――ただし、今君が手に持っている野球ボールでという条件付きで、ね」

 

 どこからでもどうぞとグローブを叩くと、腕を組みながらゴール前で柊は仁王立ちをして見せた。すると、その光景に雷門メンバーからは興味津々な視線が飛んできた。

 

「サッカーボールを蹴ってじゃなくて、野球ボールを投げてゴールを決めろってことか?」

「その通り。せっかく肩を温めたんだし、全力投球でも何でもいい。私の後ろにあるゴールネットを揺らせば特訓は終わり。その時には、君は必殺技を習得するために一歩前進しているだろう。私が保証するとも」

「おいおい、こんな近距離なら誰だって入れられるぜ。本当にこれが役に立つ特訓なのか!?」

「とりあえず投げてみるといいさ。口で言うよりも実際にやってみた方が早い」

 

 鋭い染岡の目つきがギラリと光ると、第一球が彼の指先からリリースされる。放たれたボールが速度をつけて向かう先は染岡から見てゴールの左側。柊から見てグローブを手にはめていない右側だ。

 「よしいいところに行った、これなら簡単に入るぜ」と染岡が笑みをつくり、投げられた球を見ていた雷門メンバーも同じことを思う。だが次の瞬間、直後に皮革へ物体が接触した心地よい音が鳴り響いた。

 余裕そうな表情に、赤いグローブに収まっている白いボール。柊は簡単だと言わんばかりに、腕を伸ばしながらボールを受け止めていた。

 

「――何! 本当にキャッチしたのか?! 俺が言うのもなんだが速度はかなりあったはずだぞ!」

「甘いな染岡君。この程度では後ろのゴールネットは揺らせないな」

 

 凄く楽しげな表情を見せながら柊が染岡に向かってボールを投げ返す。染岡は再びボールを手に取るとそれを凝視し、再び強い力を込める。

 今度はもっと速度を付けて一番ボールを取るのが難しそうな左上目掛けてボールを投げた。柊の身長から言えば反応できても捕ることは絶対に難しそうな位置だ。だが、それだというのにまたもや染岡は驚いた。ゴールポストの天井に片手で捕まり、己の体重を支えながら柊はボールを捕らえていたのだ。

 上が駄目なら限りなく低い位置へ。しかし、今度は足から滑り込むような姿勢でいとも簡単に捕球される。ならば次はいっそのこと柊が動くことを前提に全力投球で正面へ。それでも、まるでどこに投げるかなんて最初から分かっていたかのように一歩も動くことなく再度ボールは柊のグローブによって静止させられた。

 

「すっげぇ! あの柊さんの動き俺にも真似出来ないかな!?」

「いやキャプテン、真似しようとしても簡単には無理ッスよ! だって柊さん、染岡さんがボール投げる前に動いているんスよ。まるで未来予知でもして動きを先読みしてるみたいッス!」

「本当に運動神経いいでやんすね。何であれでサッカーだけが音痴なのか謎すぎるでやんすよ」

 

 柊と染岡の特訓を円堂達が見守っている中、いよいよ染岡の投げたボールは三十球を迎えた。されど、その三十球目も皮革の音が響くだけでネットを揺らさずに終わった。

 

「……ハァ……ハァ……全然ゴールにボールが届かねェ……。なるほどな、少しずつ特訓の意図が読めてきたぞ。最初は馬鹿にしていたが、確かにいい特訓かもしれないな」

「”小さなボールをゴールに入れられない人間が、大きなボールをゴールに入れられるのか”。どうやら特訓の意味を一つ理解してくれたようだね。ならば必殺技を身に付けるきっかけを得るのはそう遠くないはずだ」

 

 ボールを指で握ると染岡へと投げ返す前に柊はアドバイスをここで口にする。

 

「ゴールを揺らすヒントをあげよう。”君の球速はせいぜい100km/h”出ているか程度でしかない。私から見ればスローボールでしかないし、投げる前の動作で大体どこにボールが来るかなんてすぐに分かる」

「なに!? だったらこんなの無理じゃねぇか!」

「と、思うだろう? ところがどっこい、君の長所は何だ。その強いパワーじゃないのか? 言っておくが私は女だ、普通に男の人に力では敵わない」

 

 柊は筋力や運動能力はそこらにいる一般の女性に比べて遥かに高いといえど、やっぱり男の力には敵わない。オマケに身長すらも低いのだ。男を圧倒するような女性も世にいるが柊がそれに該当することはまずないだろう。

 

「どうすれば強い力が出せる? どんなふうに体を使えばいい? どうすれば自分で今最高のパフォーマンスを発揮できる?」

「――! まさか、そういうことか……!?」

「ふふっ、何か掴めたようだね。じゃあ大サービスの最後のヒント、ボールを使う競技って体の動き次第で面白いことが起こるって知ってたかい?」

 

 その言葉の後、またいつも通り染岡に向けて柊はボールを投げ返す。フワリと浮いたボールが弧を描き、それをさっきと同じように染岡はキャッチしようとすると、先程までとは違った凄まじい衝撃が染岡のグローブに走った。言うなれば、今までの『パシッ!』や『パンッ!』などのキャッチ音ではなく『バシィッ!!』という今日一番の大きなキャッチ音。その衝撃を言葉で例えるならば、まるでキャッチしたボールが爆弾となって爆発するかのようなものだった。

 染岡は痛みでグローブを振るが、顔を上げた際に視界に映る柊の表情と手に残ったこの感覚から、再び彼の眼は本気そのものへと変わる。

 

 ――そうだ、俺は染岡竜吾だ。世界にたった一人しか存在しない染岡竜吾だ。円堂が言ってくれたように俺は俺のやり方で前へ進むんだ!! どうせもう息が上がって肩にも力が入らねぇ、だったらこの最後の1球俺の魂をぶつけて必殺技の糧にしてやる!!!

 

 染岡は少し下がった位置に立つと、そこからゆっくりと走り出した。そうだ、これは染岡自身ドリブルでゴール前まで上がって来てシュートを撃つという想定と重ねたものである。となれば、ドリブルで上がってくる分は助走となり力へと換算される。実にスポーツの理にかなった動きだ。しかし、それだけでは終わらないのが染岡だ。染岡は今ボールをキャッチした時に気が付いたのだ。柊はあんなスローボールでも凄い威力を出した時、体を大きく使って上半身と下半身の動きを連動させて投げていたことに。

 

 これを意識して染岡がボールを投げた時、この場に集まっていた雷門イレブンは次の瞬間大きく目を見開くことになった。もちろん柊も含めて。

 

 ——染岡の投げた球はおそらく球速は110km/hいやそれ以上は出ていたかもしれない。今日一番のボールは真っ直ぐと柊の真上を目掛けてゴールに向かった。当然柊が反応できない訳も無く、いとも簡単にグローブで捕らえる。ここまではさっきと変わらなかった。しかし明らかに違ったのは、収まったボールが急激に回転数を増して柊のグローブを弾き飛ばしてゴールネットへと突き刺さったのだ。まるで竜がとぐろを巻いて回転するかのように威力を増して。

 

「――あはっ♡」

 

 その瞬間まるで体に快感が走ったかのように恍惚に満ちた表情を見せながら柊は笑った。

 

「――は、入った!? ッッしゃあぁぁ!! すげぇ、何だ今の感覚!?」 

 

 一人でガッツポーズを上げる染岡に近づくと、柊は彼の胸をグローブでポンと叩いた。

 

「凄いね……想像以上でびっくりした。どうかな、何かきっかけを掴めたんじゃないのか?」

「ああ!! 今分かった! 俺に足りなかったものは体を満足に使えていなかったのと、上半身と下半身の連動が全くなっていなかったことだったんだ!」

「ふふふっ、大正解。サッカーでは上半身の捻りが大事なスポーツ、特に重いシュートを打つストライカーには超重要だ。もうここまでわかったのなら、染岡君はすぐに必殺技を撃てるようになると思うよ。――さぁ今度は君が使うのは野球ボールではなくサッカーボールだ。円堂君が待ってるよ」

「ああ! 最初は馬鹿にして悪かった。本当に不破が指導してくれたことは無駄じゃない、必殺技を習得して一番に見せてやるよ!!」

「それは楽しみだ。期待しているよ、雷門のスーパースター」

 

 染岡は柊の言葉を聞くと、ここで初めて視線を合わせて笑顔を作りながら頷いた。それはどこか迷いのようなものが吹っ切れていたような眼をしており、自信に溢れていたことは言うまでもない。

 特訓を見ていた円堂の手を染岡が引っ張っていくと、再び雷門イレブンは今度は染岡を中心に一丸となって実戦練習に励みだした。

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