イナズマイレブン 王の瞳が見た記憶   作:アリ酸

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これから始まる外伝は本編から8年前、その時のお話……。


Extra:外野三人衆

 ――暑い、とにかく暑い、死にそうなくらい熱くて暑い。

 

 太陽さん、太陽さん。6月の初旬だというのに昨年以上にハリキリながら日差しを浴びせてくるとは何事か。陽炎がゆらゆらと揺れ、生えている植物を見れば元気一杯に青々としている。地球温暖化が進んでいるとは聞くが、この時期に気温が35度まで上がるとはどうやら今年の太陽の調子は絶好調らしい。水筒の水を飲もうものならば生温く、黒のスパイクは熱を吸収して中はサウナ状態。まさに今日もまた暑くて熱いダブルパンチな練習日だ。

 

「キビキビ動かんかい! このクソボケどもがぁ! リズムが合ってねぇんだよ、弱点くすぐりリズム運動(コイツ)を始めてまだ5セット目だろうが! もうばててんのか!?」

 

 暑くて熱い中、それをさらに上昇させるような怒声が響き渡る。

 ガチムチマッチョでタンクトップの男が指示する練習メニューはいつも辛いものばかりだ。いや、辛いというよりもクソハード、むしろ拷問と言ってもいい。現に足が攣りそうという人がほとんどであり、この練習メニューをこなしていた人全員は今にも倒れてしまいそうだった。

 

「――ッシャ、オラァ! とりあえず5セット目終わったから休憩だクソ共! 水をクソ飲んで、塩飴もクソ補充して、熱中症にかからないようにクソ注意しろ! 具合が悪い奴がいたら直ぐに言え、我慢していた奴がいたらぶっ殺す!」

 

 まるで軍隊のように指揮する口の悪いこのガチムチマッチョマンは、我らが桜城学園野球部監督の(やま)()(かつ)。元甲子園にも出場したことのある人であり、選手9人+マネージャー1人の少人数の野球部を指導してくれる巨漢だ。

 

 ここ桜城学園野球部は男子5人、女子5人(うち1人はマネージャー)という珍しい比率で構成されているチームである。普通野球部といえば男子の比率が圧倒的に多く、一人女子がいるだけでもかなり珍しいというのに、桜城学園の野球部に至ってはまさにそれを覆す異色。ゆえに、ほかの学校から見れば女子選手が多いというだけで舐められるなど日常茶飯事だった。

 

「こ、こんな運動していれば死にますよ……まったく監督(ボス)は何を考えているんでしょうね……」

 

 ベンチにて頭にタオルを被せながら息を整えている彼は、やがて尾刈斗中サッカー部の監督となる”地木流灰人”。死にそうな表情をしている彼はフェイスペイントが崩れ、今にも練習をやめたいと出ている。

 

「地木流くん、水飲まないとマジで死ぬよ。君は貴重な選手なんだから倒れられてはシャレにならない」

 

 同じように息を切らしながら地木流に水筒を手渡してくる少女。紫色が入った短い黒髪を後ろでまとめている彼女の名前は”陽海柊璃”。彼女もまた、やがて”不破柊”という名で雷門サッカー部の指導者(コーチ)となる人間だ。

 

「僕は元オカルト部(文化部)ですよ? 不可思議なものに襲われても大丈夫なよう、耐性を付けたくて入ったのにこれは一体なんですか。目に見えないものに殺されるよりも、先に軍人もどきの監督に殺されますよ。あなた副キャプテンなんですから何か言ってやってくださいよ」

 

 ヘトヘトの地木流を見て柊璃も困った表情を向ける。確かに無理してオカルト部から野球部に引っ張ってきた彼を考えればそれは申し訳ない。でも、そういう割には彼はまんざらでもない表情をしているのは気のせいだろうか。いくら練習がきつかろうが、辞める気はサラサラ見せないその雰囲気。それはきっと自分を変えたいという気持ちと、一緒に入って来た”彼女”の存在があるからだろう。

 

「でも君と同じオカルト部から来た花梨(かりん)はまだまだいけるって表情をしているよ。地木流くんが疲れて死にそうですといったら彼女はどんな顔をするかな? 爆笑かな?」

「なっ!? 霊乃さんの名前を出すのは卑怯ですよ! オカルト部出身として僕は彼女とライバルなのは知っているでしょう! そうやって僕のやる気スイッチを弄り回すのは止めてください!」

 

 地木流灰人の扱い方は実に簡単だ。彼の前で霊乃(たまの)花梨(かりん)という女子部員の名前を出せば簡単にやる気スイッチに触れることが出来る。ライバルであり、片思い中の相手であるのだから当然と言えば当然かもしれないが。

 

「それで柊さん、これからのメニューは?」

「柊って言うな。私には柊璃って名前があるのに、なんでどいつもこいつも柊って呼ぶかな」

「仕方ないでしょう、そっちの方が何となく呼びやすいんですもの」

 

 部員たちの中では柊璃は柊という名で通っている。柊は触るとヒリヒリ痛むトゲのある植物の名前でもあり、「アイツ性格がトゲトゲしてるぜ」なんて事を小学生時代に言われたことがある。別にムカつくわけではないが、再び変なレッテルを貼られるのが面倒なため、素直に名前で呼んでくれる方がありがたいのだがそうはいかないらしい。 

 

「それで、メニューとは?」

「ポジションについてシートノック。今回私は内野に行くから、外野の指揮は任せる。監督曰く、誰かがエラーする度に1kmランニングだと」

「完璧に殺しに来てますね」

 

 十分ほどの休憩が終われば、我らが監督(ボス)バット(武器)を手に持って集合をかける。相変わらずタンクトップ姿でグラサンをかけながらバットを手にしているものだから、いつ見ても威圧感が半端ない。ノックを始める前の集合の度に全員が思っている事は、そこらにいるヤクザよりも怖く、24時間怒り状態の監督はここ以外には存在するのかという疑問だ。

 

「ようし、集まったな雑魚ども! 練習を始める前に余談だが、地木流灰人(問題児2号)! 今日はテメェの誕生日だったな」

「――げっ! なぜそれを……」

「大事な生徒の誕生日くらい知ってるに決まってんだろうがクソボケがぁ! いいか、今日は俺が誕生日プレゼントをくれてやる。そいつはテメェの中に眠る強気な心を呼び覚ましてやることだ! 分かったか!!」

 

 山火活はとにかく口が悪くスパルタだ。とにかく捻くれた根性をした奴や、チキンハートの人間には変なあだ名をつけてメンタルを容赦なくぶっ壊しにくる。現在の野球部には変なあだ名をつけられていない人間は……いない。

 

「まずはテメェだ、陽海柊璃(腰抜け二番手投手)! いくぞオラぁ!!」

「お願いします、監督!」

 

 ポジションについてノックが始まれば地獄が幕を開ける。

 炎天下の中、喉は乾き、汗は目に入り、エラーをした途端に1kmランニング。部員たちは熱を吸収する黒のユニフォームをこれほどまで恨んだことはない。

 

 でも決して部員の中で辞めて逃げ出す人などいなかった。それは野球部は自分の中の何かを変えたいと言う人達の集まりであり、監督もまた部員たちを愛していてくれたからだ。だからキツくて野球部に入りたくないという人間は大勢いても、逆に野球部の中から辞めたいという人間はいない。

 

 約5kmのランニングを終え、ノックも終盤に差し掛かってきたところで柊璃の視界にはへとへとになった二人の人物が映った。地木流と霊乃、オカルト部から自分を変えたいとやって来た二人だ。

 

「地木流先輩~、あなたのエラーこれで2回目~、このままじゃアタシ達死にますよー」

「黙ってください……、あなたこの辛さ知らないでしょう? 誕生日プレゼントだか何だか分かりませんが、何本もノックを集中放火されればエラーしますよ……というか水を……」

「は~い」

 

 ぐったりとしている地木流の頭にヤカンに入った水をかけて、ガボガボしてる姿を楽しんでいる霊乃花梨。相変わらず仲が良い二人だが、それを見かけた監督が怒声を上げる。

 

「おいコラぁ! 霊乃花梨(問題児3号)! 何勝手に俺の水を使ってんだクソッタレが! ちゃんと残しておかなかったら承知しねーぞ!」

「え~、監督~。もっと早く言ってくださいよ~、無くなっちゃいました~」

「何ィ!? テメェ……良い度胸だな。地木流と一緒に外野ノックの刑だ! ついでに腰抜け投手の柊璃、テメェもだ!」

「いやいや、なんで私まで……」

「うるせぇ! 俺がルールブックだ! 口答えは許さん!」

 

 部員たちがご愁傷さまという目で見つめてくる中、3人が外野ノックを受ける場所へ移動する。お互い名指しされた者同士で顔を合わせれば柊璃と花梨は余裕があるものの、地木流に至っては死にそうだ。

 だがそんなときに朗報と言っていいのか分からないがノックのルールが変更される。それは今からエラーしても1kmランニングは無し、代わりに連続3人キャッチが出来なければエンドレスノックというものだ。

 

 とにかく監督のノックは痛くて速くて恐ろしい。体力の残っている内にどうにか終わらせないと一生終わらなくなる。

 一番手、ライトの花梨。二番手、センターの柊璃。三番手、レフトの地木流。そんな流れでノックが始まるが、最初体力が残っているのを知っているのか絶対に取れないようなボールを打ってくる鬼畜監督。

 

「オラぁ鈍足共、とっとと走らんかい! だから試合で舐められてフルボッコにされるんだよ!」

 

 少しでも体力のあるうちに終わらせたかったが柊璃も花梨も体力はゼロ、疲労度は地木流と並ぶ。

 

「あ、死ぬ……、これ終わらなくて死ぬやつだわ……」

「柊せんぱーい、しっかりしてくださーい! 地木流先輩、代わりに三本捕ってくださいよー。もうアタシも足が動きませ~ん」

「はぁ!? 無茶言わないでください! 一本取れるだけでも奇跡なのに無理ですよ!」

 

 丁度今の声が監督にも聞こえていたのか怒声がグワッとなる。

 

「いいだろう! 地木流が三本捕ればお終いにしてやる! いくぜ腰抜けオカルト野郎!!」

 

 高い金属音と共に青空を舞う白球。正直とんでもないところに飛んで行き簡単に捕れるようなものではない。だが、それでもボールを追わなければならない。監督が一番嫌う事は舐めたプレーをすること。彼の前で諦めたようなプレーをすれば間違いなく殺される。

 

「オラオラ、死にやがれ! オカルトだか何だか知らねぇが、そんな訳の分からんションベンみたいなもの俺がぶっ潰してやるよ!」

 

 再び怒声と共にとんでもない場所にボールが上がると、地木流はふと思った。なんで僕はこんな事を今やらされているのだろうか。自分を変えるために入った部活だというのに、なぜ自分の好きなオカルトを馬鹿にされなければいけないのか。僕を馬鹿にするのは良いけども花梨が好きなオカルトまでコケにする必要はないだろう、と。

 そう考えると地木流は無茶ぶりばかりしてくる山火活に段々イライラしてきた。 

 

「――クソが! いつまでもヘタクソなノックしてんじゃねぇよ鬼畜マッチョが!」

 

 難しいノックだというのにそれをキャッチすると地木流はそれを監督に向かって思い切り投げ返す。そのあまりの豹変ぶりと凄まじいボールの返球に部員たちは一瞬理解が追い付かずポカーンと口を開ける。

 

「ようやく眠れる本性見せやがったな! ぶっ殺し甲斐があるぜ!」

 

 地木流の顔のペイントはいつの間にか”X”の形に変化し、口調も性格も優しかったものから厳ついものへと変わっていた。

 驚きを隠せない部員たちの中、それを見てニヤニヤしている花梨と、なぜかテンションを上げる監督。始めに強気な心を呼び覚ますと入っていたが、まさかこんな誕生日プレゼントになろうとは誰が予測できただろうか。

 それから続け様に2本の鬼畜ノックが行われるが、彼はそれを見事にキャッチして見せる。一人で二人分のカバーも行いエンドレスが終わりを迎えた。

 

「ヒャハハハッ! どうだヘボノッカーめ! オカルトを馬鹿にすんじゃねーよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――とか昔言ってたと思えば、今は中学生相手になにイキっちゃってんのさ。あの時に覚醒した地木流灰人が今やこんなふうだとは……」

「いやぁ……だって僕今監督なんだし……威厳を見せないと」

「はぁ……だからって対戦相手を挑発して、かつディスるのは駄目でしょ」

「アハハッ、地木流先輩相変わらず馬鹿ですねー! なるほど、雷門中と対戦してそんなことがあったんですか~」

「うっ……そんな目で見ないでくださいよ二人とも」

 

 尾刈斗中と雷門が試合をしたその晩、試合中に偶然見つけたかつての”旧友”と柊は居酒屋に来ていた。もちろん彼と同じオカルトマニアな霊乃花梨も誘っての外野三人による小さな同窓会だ。

 

 柊はこうして二人と会うのは高校以来だった。相変わらず二人とも変わっていない様子で何よりであると安心する。花梨は町内会の草野球チームで活動をしており、地木流に至ってはまさかの尾刈斗中サッカー部で監督をしていたとは今日知った事だ。特に地木流にいたっては豹変した姿を見なければ彼であると気付けなかっただろう。

 

「かつて王の『左翼』と『右翼』と呼ばれた人が目の前でこうして酒に酔っている姿を見ると、本当に全国制覇した人間なのか不思議に思うよ」

 

 柊はかつて栄冠を手にした時の思いにふける。ボロボロになって故障した足を引きずりながら戦い抜いた二人の勇姿は忘れもしない。

 

「懐かしい記憶ですねー。どこの誰だかは分かりませんが『王の右翼』なんてダサイ名前付けてくれたおかげで足を壊されるなんて思いもしませんでしたよー」

「むむ……僕は案外『王の左翼』と呼ばれるのは気に入っていたんですがねぇ……。まぁでも足を壊されて全力疾走が出来ない体にされたのは同感です。柊さんは右眼の方はどうですか?」

「……相変わらずコンタクトをしなければほとんど見えないよ。調子が悪い時には疼痛さえ起こる」

 

 右眼を触れば温かい温度。しかし見えている世界はあまりにも濁っている。コンタクトを外した時には腕時計で時間を見ることさえできない。日本一になった代わりに失ったものの代償は大きかった。当時に付けられた傷跡は今もなお完治せずに自分達の体に刻み込まれている。

 

「本当に一体誰が王のなんちゃらとかいう訳の分からん名前を考えてくれたんだかね。私としては腰抜け二番手投手と呼ばれてた方がまだいい」

「それじゃアタシは問題児3号-」

「僕は問題児2号なんて嫌ですよ!」

 

 そんな他愛もない会話をしながら食事や飲み物を口に運び、酔いが回ること数時間が経った。もう一つの人格が出てきたのか、口調が荒くなってきた地木流。そんな彼を押さえ店を出ると、帰り道でふと花梨は夜空を見上げながらこんな事を口にする。

 

「そういえば最近、不破柊という人物を知らないかとよく聞かれるんですけど、柊先輩何か問題を起こしました?」

 

 ダウンした地木流を押さえているというのにもかかわらず真剣な視線を向けてくる花梨に、柊の足が止まる。

 

「それを聞いてくるのは誰? 内容次第では花梨にも話しておかなければならないことかもしれない」

 

 柊が感じていた謎の視線。今の時間帯など感じない時もあるが、ストーカーの気配は未だ最近でも健在である。

 犯行は間違いなく影山だろう。奴が誰かを送って、情報を得ながらどう料理しようかと企んでいる、そんなところだろうか。そんなことが周りに起きているならば、花梨から情報を引き出してこようといわれている人物がいてもおかしくはない。

 

 花梨に訪ねてくる人物の特徴を聞くと、やはりその色は黒に近かった。

 柊は今身の周りで起こっている詳しいことは後でメールを通して連絡すると伝えると、今日はその場で解散とすることにした。

 

「じゃあ地木流先輩は私に任せてください。それと、もしアタシに手伝えることがあったらいつでも呼んでください。今日の話で雷門中のサッカー部に少し興味が出てしまいました」

「それはありがたい。何かあった時には連絡するよ」

 

 こうして元桜城学園野球部外野三人の同窓会は幕を閉じた。




オリジナルキャラと設定がまたちょっと出てきましたね。
今回で一章は終わりとなります。

※一章の区切りということで、休憩を兼ねて次回の更新は一カ月後になります。見てくれている方達には
お詫びとご理解をお願いします。

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