イナズマイレブン 王の瞳が見た記憶   作:アリ酸

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2話:投げる、蹴る

 日は完全に沈み、辺りが支配するのは闇の空間。夜の幕開けだ。

 

 柊は座席に座り込むとガムを噛みながら音楽をかける。バイトの開始時刻である。仕事内容は至ってシンプルで、乗客を目的地まで送り届ける。そうタクシー会社のバイトだ。

 興味本位で取った普通自動車二種免許。それを使ってバイトを行っているのだが、これがまた便利で、タクシーバイトという自由な時間にお金を稼げて実に良い。主に夜行性の柊にとっては願ってもないほどにありがたいものだ。

 

 駅前の路肩に車を止めて今日は誰も乗ってこないなと柊はガムを膨らませていると、数十分後ようやく人影らしきものが近づいてきた。

 

「ご利用ありがとうございます、パンダ交通です。目的地はどちらでしょうか」

「……稲妻総合病院まで」

「かしこまりました」

 

 後部座席に座り込んだ乗客に前を向きながら声を掛け、バックミラーからその素顔を確認すると逆立った頭髪が視界に入る。一言でいうなら洗髪の際にシャンプーを使って髪の毛を一気に逆立てた時。そんな時をイメージすればわかりやすいだろう。

 

 髪型が特徴的なクールな少年を乗せた柊はアクセルを踏み込み車を走らせる。今時ほとんど見かけないMT車を面倒な操作が多いなと思いながら運転していると、ふと柊の中で何かが引っかかった。

 後部座席に座る少年。その特徴的な目と髪型はどこかで見覚えがあったのだ。しかし、それがどこでかは分からない。記憶の引き出しを開けるが答えは中々出てこない。友人に似ているとかその程度の思い過ごしだろうと柊は思った。

 

「――フン、フン、フフン」

 

 特に会話も無く窓の外を見ている少年を他所に、柊は流れる音楽に合わせて鼻歌を鳴らしていると少年が不思議そうに見つめてきた。

 

「……歌」

「え? あぁ、もしかして音楽邪魔でしたか? 申し訳ありません」

「いや、そのままでいい。嫌いじゃない」

 

 今鳴らしていた鼻歌『立ち上がリーヨ』。最近では流行の曲だ。

 

「その制服。もしかして雷門中の生徒さんですか?」

「これからそうなる。転校してきたんだ」

「そうなんですか。あ、そういえば、私も今日雷門中でお友達になったん人がいるんですよ。円堂守君という人なのでもし良かったら友達になってあげてください。彼とてもいい子ですから」

「そうか」

 

 自分で語っていると何だか昼間の事をついさっきの事のように思い出してしまう。柊は自然と零れる笑みを見せながら少年へと向けて言った。

 

「私、野球ばかりしていたおかげでサッカーはまるでダメだというのに、つい今日はその円堂君と夢中になっていたんです。気が合えば一緒にやってあげてください。きっと楽しいですから」

「――サッカーはやらない」

「え? あぁ、そうですか。申し訳ありません…」

 

 少年の眼光は私の言葉に反応するかのようにギラリと光ったかと思えば、直ぐに悲しそうな目と共に消え去っていった。

 こんな真っ向から否定されるとは思いもしなかった。しかしなぜ、さっきの様子から一変して私に噛みついてきたのだろうか。柊は頭の中にクエスチョンマークが浮かび上がるが、その理由は簡単にほじくれるような空気ではない。 

 

 はてさてどうしたものか。空気が少し重くなってしまったかと思っていると、柊はここでふと大事な事を思い出した。それは今日一番の重要事であり、絶対に忘れてはいけないものだ。だというのに完全に頭から抜け出ていた。これもまたあのサッカーの影響だというのか。

 

「ごめんなさいお客さん、少しだけラジオに切り替えますね!」

 

 慌ててオーディオ機器を切り替えると今まで流れていた音楽が打ち切られ、ラジオから人の声が出始める。

 

『さぁ早くも試合は最終回ランナー2人と2アウト。点差は僅か一点。パシフィックホエールズの攻撃はここで日本人代打、大空(おおぞら)元気(げんき)! 一打逆転のチャンスではありますが、相手は本試合絶好調のアレックス。さぁ元気、一打逆転なるか!?』

 

「うそ!? ちょっと、なんで負けてるの! 元気、どうにかしてよ!」

 

 ラジオから流れるのはメジャーリーグではなく、マイナーリーグと呼ばれる野球大会の生中継だ。もちろん日本で行われているものではなく、本場アメリカで行われている試合である。

 柊は試合を応援し忘れていた後悔と、応援しているチームのピンチから、自然と後ろに少年が乗っているのにもかかわらず大声が漏れてしまった。普段こんな事は絶対にしないというのに。

 

「野球……それに座席に置いてある赤いグローブ」

「――っ! お見苦しいところを申し訳ありません。私野球馬鹿なものでして、仕事の後にちょっとボール触って汗流そうと思っていまして……」

 

 普段絶対仕事中にこんな姿を見せないというのに、今日に限って失態を晒すなど柊は考えてもいなかった。しかも自分よりも五つ以上幼い子相手に。

 

 もうだめだ。座席に自身の野球道具を置きっぱにしているのを見つかったりと、こんな醜態を見せてしまえば鼻で笑われたって仕方がない。そう思っていたが、後ろの少年の表情は笑うどころか、むしろ真剣そうな顔を見せていた。

 あ、あれおかしいぞ。何でそんな表情しているんだ? 柊がそう疑問に思った直後にラジオが再び大きく鳴り響く。

 

『大空元気打った! 大きいぞ、これは大きい! 伸びる、伸びる、まだ伸びるぞ! 一体どこまで伸びるんだ、文句なしのホームランだ! サヨナラ、サヨナラー! ホエールズ逆転勝利!』

 

「――え、入った!? うそ、うそ! やった! さすが元気、日本球児め!」

 

 再びラジオに条件反射するように声を上げると、ハッと柊は正気に戻る。またやってしまった。乗客がいるのに何と言う事を!これはクレームを出されても文句を言えない。

 急いで少年に謝ろうとすると、彼は少しだけ笑いながら投げ掛けてきた。

 

「野球が好きなんだな。大空元気という選手は知らないが、お前の好きな選手だという事はよく分かった」

「あ……あぁ……お恥ずかしいところを」

 

 本当に今日は自分らしくない姿を見せる日だ。河川敷で子供相手に夢中になってサッカーをしたり、バイト中に大声を出したり、もしかつての友達がいたりでもしていたら笑われていただろう。

 

「――着きました、稲妻総合病院です。料金は2000円です」

「2000円丁度だ。わざわざ一番近いところまで送ってもらってすまないな」

「とんでもない、それはこちらのセリフです。お恥ずかしいところをお見せして申し訳ありませんでした。こちらお釣りです」

「――ん? なぜ釣りで2000円全部返ってくるんだ?」

「新生活に向けての軍資金です。本日は稲妻タクシーのご利用ありがとうございました」

 

 逆立った髪の少年が降りた事を確認すると、柊は少年の制止を聞かずに颯爽とタクシーと共に走り出した。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 目が覚めたのは朝の9時を回ってからだった。昨夜タクシーで少年を病院へ送り届けた後、鉄塔の下で野球ボールを触り、帰ったのは深夜1時。そこからラジオで聞いていたマイナーリーグの試合のハイライトを見て、眠りに着いたのは3時。柊にとってはとんでもない夜更かしの一日であった。

 

 今日は完全にオフの一日である。昨日のようにバイトも無ければ、これといって用事もない。なので今日は柊は教員になるための勉強に励む事にした。常に目標をもって置き、意識を高く保っておくのだ。何せ柊は常に金欠の貧乏学生。復学した途端に留年し、学費をもう一年分払いなさいとなってはシャレにならない。無理を言って大学に入れてもらった以上、一度そんな事をすれば実家に住む家族に柊は抹殺されかねないだろう。だから目標である教員採用試験を合格するまではモチベーションを維持しておくことが大事なのだ。 

 

 4時間程時間が経った頃だろうか。殺風景な一人暮らしのアパートの中で午前中は勉強に費やしていると、後に集中力は切れてきた。ジッとしているのが苦痛になって来たのだ。

 

「バッティングセンターでも行こうか? いや駄目だ、今月はそんな金などない」

 

 知恵はついてきたものの今日はこれ以上ペンを握る気にはなれない。結局このまま家に引きこもっていても気分が悪くなりそうだ。そう感じた柊はいつもの河川敷に向かう事にした。ボールが投げたい、ボールが打ちたい。なぜか分からないが野球が無性にしたくて体が動く時があるのだ。

 

 河川敷に到着すれば今日は誰もいない。当然だ、平日の昼頃など人がいる訳などない、つまり独占状態だ。早速ウォーミングアップを済ませ、紺色のリボンで背まで伸びる頭髪を後ろで一つにまとめると帽子を浅くかぶる。これで準備完了。

 今日用意したものはパネル版。そう、今からやることはストラックアウトだ。柊はサッカーグラウンドの脇にある小さな野球グランドに立つと、マウンドへと上がる。

 

「サッカーも面白かったが、やっぱり私が愛するのはこっちだ」

 

 オーバースローで投げられたボールは一直線のラインを描くと、パコンという音とともにパネルを吹き飛ばしていく。続けるように二枚、三枚。心地よい音が河川敷に響き渡る。

 大体100球ほど投げたくらいだろうか。大分息も上がり始めたところで柊はクールダウンを行う。上着を羽織り、いつものように右手にはミサンガ、左手に腕時計をはめると結んでいた髪をほどいていつもの天然ベンチで横になった。腕時計は3時を示しており4時まで昼寝をするのは十分すぎる時間がある。

 

「今日の夕飯何をつくろうか。あの円堂君なら何が食べたいと言うだろう? もしまた会えたら聞いてみようかな」

 

 柊はそんな言葉を青空に向けて吐くと、眠りに着こうと目を閉じようとした。

 

「――俺、今日の夜だったらカレーが食いたい!」

「――うわっ! え、円堂君!?」

「へへへっ! またみんなで来たぜ柊さん!」

 

 突然視界にぬっと現れたバンダナ少年に柊はベンチから転げ落ちそうになった。

 ビックリしたなんてものじゃない。急に出てくるものだから心臓に悪い。口の中から何か飛び出してくるかと思った。

 

「驚かせないでくれ、びっくりしたよ。今日はまたいつもの皆と……おや? 見ない女の子だね」

 

 小学生の中に立つ一際背の高い黒髪の女の子。見た感じ彼と同じ中学生だろうか。随分と可愛らしい子だ。

 

「初めまして。私、雷門中サッカー部のマネージャーをしている木野秋といいます。円堂君からお話は聞いています、サッカーを一緒にしてくれたという不破柊さんですね」

「秋さんですね、初めまして。雷門中のサッカー部と仲良くなれて光栄です」

 

 まさか円堂君に会えるどころか、マネージャーさんと顔を合わせられるなんて思ってもいなかった。柊はちょっとした感動を覚えながら彼女の手を握る。

 

「柊さん、また俺達とサッカーをやらないか?」

「もちろん、私で良ければ付き合うよ」

 

 柊はニコリと笑顔を見せる。昼寝をしようとしていたが彼らが来たというのでは仕方がない。さぁ夕陽が沈むまで夢中にボールを追いかける時間の始まりだ。

 

 

 

 

 

「円堂君は楽しそうにサッカーをするね。いい選手だよ彼は」

「ええ、本当にサッカー馬鹿ですよ円堂君は」

 

 すっかりこの短時間で柊は秋と打ち解けると、小学生とサッカーを楽しんでいる円堂をネタに会話に花を咲かせていた。

 

「それにしても現在は練習場所が無い、か。加えて部員の士気も低下していると。大変なんだね」

「本当にそうなんですよ。このままだといつ廃部になったっておかしくないです。どうしたものでしょうか」

 

 柊は初めてここで雷門中サッカー部の現状というものを知った。やる気がある者がほぼ皆無で、部員は足りない。練習場所も限られている。スリーカードの完成だ。首を振りながら柊は両手の平を見せると絶望的だとお手上げの様子を見せた。

 

 柊としても秋と同じ女性として何か力になることを伝えてあげたいが、変な励ましはかえってダメージになる。逆効果と言う奴だ。そう簡単には軽い言葉はかけられない。それほどまで思春期の子供というのは繊細なのだ。

 でもこのシチュエーションは柊にも過去に経験したことがある。だから彼女はその時に行ったことを経験として伝えることにした。

 

「数年前、私の部活も当時は今の君達と同じ状況だったんだ」

「え!? まさか柊さんもサッカーのマネージャーをしてたんですか?」

「まさか。私は選手だったよ。ベンチに置いてある赤のグローブを見てもらったら分かると思うけど、私は野球部だったんだ」

 

 夕焼けで一層赤く見える見えるグローブを左手にはめると、ポスポスと手で叩いて鳴らしながら秋の方へと振り向いた。

 柊は思い出す。そうあれは今の円堂と秋のような状態だった。

 

「やる気が無い者に説得を試みればうるさいと煙たがれ、部員を集めようとしようものなら他の部に邪魔だと蹴散らされたよ。懐かしいね、あの頃は」

 

 そう、そんな中で今の円堂と同じ人間がいたんだと思い出す。彼は遥か手の届かないところへ行ってしまったが、当時の記憶は昨日のように残っている。柊は右手の手のひらを夕陽ににかざすとギュッと握りしめた。

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