——柊、ちょっと投げてくれよ! いつも外野守ってばかりじゃつまんないだろう? 楽しんでいるところ見せてやろうぜ。そうすりゃみんな自然とやってくるさ! 俺様が言うんだ、間違いはない。絶対だ!
ふとそんな当時の記憶が甦った。彼に言われるがままマウンドに立ってピッチングをしたり、二人だけで秘密の特訓をしたり、それは今までの人生で一番の黄金期だった。
「”スポーツは口でどうにかするものじゃない、魂と肉体を使って表現するものだ。”私の大切な人がよく言い聞かせてくれた言葉さ。だから、見せてあげればいいんじゃないかな。君達の頑張っている姿をみんなに」
「みんなに……」
「まぁ新入部員を募ることに関しては……うん、そこは勧誘するなりして頑張ってとしか言えないな。……何だかこれといってアドバイスらしきことを言えなくて申し訳ない」
「いえ、そんなことないですよ。相談に乗ってくれてありがとうございました」
世の中消滅する部活なんて
日もだいぶ落ちてきたことだし今日は先に帰ろうかと思っていると、突然柊の視界の端で二つの人影が映った。チャラチャラとした黒い服装の男に、それにくっついて歩くガラの悪そうな小さな男。一目見て分かる程にあまり関わりたくないような二人組だ。
だが、何事も無く過ぎ去ってくれと心で思っている時に限って、災いというものはなぜかやって来る。
「――クソが、あぶねーなオイ! 誰だボール蹴った奴はァ!」
小学生が蹴ったボールは空を舞い、最悪な事に偶然あの二人組へと直撃しそうになったのだ。当然向こうはご立腹。見かねた円堂が必死に謝りに行くが向こうの気に食わなそうな表情は治まらない。
「本当にすみませんでした。申し訳ないのですが、ボールを返しては頂け——うぐッ!?」
鈍い音とが聞こえたかと思いきや地面に円堂が腹部を押さえてうずくまる。鳩尾へと綺麗に入った足蹴りに、それを見ていた秋からは「円堂君!」と不安に満ちた声が漏れた。声には出さなかったものの、同じように今の光景を見ていた柊も自然と瞳孔が開いていく。
「ガキ相手に玉蹴りか? くだらねぇ」
「よく見りゃコイツ雷門中ですよ。雷門といえば部員も足りねぇ弱小サッカー部ですよ」
「笑わせてくれる。手本でも見せてやろうか?」
吐きつけられる唾がボールを汚す。その瞬間燃えるような炎が柊の中で舞い上がった。見ていられなかったのだ。ボールは彼らにとって魂だ。それに唾を付けられるという事は、サッカーどころかその人そのものを否定していることに等しい。
「やめろ! 何をしている!」
「あ~ん? なんだお前、中学生ってガラじゃねえな。どこの高校だ?」
「柊さん!」
うずくまる円堂の声を片手を向けて制止すると柊はガラの悪い二人の前に立つ。
「こちらの不注意は謝ったはずだ。まだ何か因縁があるのか? これ以上ここにいるみんなを侮辱するようならこちらも黙ってはいないぞ!」
「ほぉ、面白れェ! やってもらおうじゃねぇか。こっちはボールの蹴り方でもご教授してやろうと思っていただけなのによ。――こんなふうになァ!」
急に蹴られたボールに反応できずにいる柊を他所に、勢いを増すボールは弧を描きながら休憩していたまこへ向かって飛んで行く。しまったと思ってももう遅い。直撃コースは間違いない。
「――お前ッ!」
「アハハハッ! いいコースじゃねぇかこれ!?」
よくもやってくれたなと柊は逆上しそうになると、上空に影が飛び込んで来たのが分かった。その直後に強烈なボールを蹴った音が聞こえるとガラの悪い男の顔面にボールが帰ってくる。
勿論最初に蹴られた威力よりも数倍威力のあるボールを顔面で受け止めた事もあり、その男はノックアウト。一発KO、フラフラしながら後ろへと倒れていく。
まさに一瞬であるその刹那の光景に、柊は何が起きたのか状況を理解できなかった。
「う、うわあぁぁぁぁ! 覚えていろー!!」
片方を担ぎ上げて去っていく二人組を放って置き、今ボールを蹴った本人をみればそこには見覚えのある顔があった。あの逆立った髪の毛に、柊と同じ猛禽類を模したような目。そうだ、昨日柊が稲妻総合病院まで連れて行ったあの少年がたっていたのだ。
逆立った髪の少年はまこに笑みを見せると、背中を見せて踵を返して歩いて行く。
「彼は一体……」
礼を述べようとしてもまるで私達に関しては興味ないとばかりに語る背中。その様子から声を掛けようにも柊は言葉が見つからなかった。
だが一方で水を得た魚のように彼へと食いつく人物が一人。円堂は一気に柊の横から飛び出るとあの少年のもとへ駆け寄っていった。そうだ、あのサッカー魂に火が付いたのだ。
でも一部始終を見ていれば結果は聞くまでも無い。あの少年が無言で立ち去った事から、勧誘は失敗。円堂は残念そうな顔をしながらみんなのもとへと戻って来た。
「スゲー奴だと思ったんだけどな。一緒にやりたかったぜ」
「凄いシュートだったね。でも円堂君、本当に心配したよ! 柊さんもですよ?」
「心配かけて申し訳ない。黙って見ていられなかった」
反省した様子で円堂と柊は秋に視線を向ける。
「柊さんは特に反省してください。いくら年上といえどまだ高校生でしょう!? 問題事起こしちゃ駄目ですよ」
「こ、高校生!? 私が? もしかしてそう見えるのか?」
「え、違うのか? 俺もてっきりそうだと思って接していたんだけど」
確かに柊は身長もそこまでは高くない。顔だっていまだ幼さが残っていると言われている。外食をして間違えられたことだって多々ある。年齢確認だってしょっちゅうだ。しかし、しかしだ。まさか現役の中学生にまでそんな事を言われたのは柊にとっては初めてだった。
「……一応こう見えて私は22歳なんだ。車だって乗れるし、お酒だって飲める歳だぞ?」
「えぇ!? めちゃくちゃ大人じゃないか!」
「大人だよ! まぁ若く見られるのは私にとっては嬉しいよ、こういう時は素直に喜んだ方がいいのかな?」
野球をして、サッカーをして、変な二人組に絡まれて、助けてもらって、高校生だと間違えられて。本当に昨日といい、今日といい面白いことが立て続けに起こる。ここまでくると、明日はどうなるのだろうか。柊はマンネリ化していた最近の生活から変化が見え始めた事で好奇心が沸き始めた。
「柊さんは現在大学生?」
「一応そうだね。と言っても学費が払えないから今は休学中かな。将来は体育の教員になりたいと思っているんだ」
「体育の先生ですか。運動神経が良い理由はそうだったんですね!」
「なるほどな! ——そうだ、体育教師を目指しているって事は特訓のメニューって考えられるか? 雷門中のメンバーが集まったら鍛えてほしいんだ!」
あまりにも意外な頼みごとに「えっ!?」と変な声が柊から漏れる。それはつまり俺達のサッカー部の指導者になってくれということだろうか。そう柊は解釈する。
確かに聞いたところ面白い話かもしれない。体育教員を目指すうえで中学生と共に運動が出来るとはいい話だ。自分と歳の離れた人たちの接し方も覚えられる。考えてみれば柊にメリットは多くある。――しかし、あくまで承諾するにあたっては今回サッカーが出来るという前提条件があっての話である。柊は青春時代はサッカーではなく野球に費やしてきた。サッカーが上手くできないどころか知識だってほとんどない。知っているのはルールぐらいだ。当然指導するというならばサッカーよりも野球の方が明らかに向いているだろう。
「私個人としては別に構わない。しかしサッカーなんて詳しくないけどそれでもいいのか? せいぜい特訓メニューなんて言っても私に出来ることは強くなるためのきっかけを作ることぐらいしかできないと思う。私用だってあるから当然毎日付き合ってもいられない。それでも本当にいいのか?」
「当然さ! それに柊さんは運動神経スゲーからよ、多分一緒に出来れば凄いヒントを得られそうな気がするんだ! な、一緒にやろうぜ! 頼むよ柊さん!! 今度お礼はするから!!!」
柊は秋の方に顔を向けると彼女もまた笑顔で「お願いします」とばかりに答えてきた。
円堂からの申し出に、彼らの期待に応えられる自信はない。だから、嬉しい話ではあるがこれは断るしかない。そんな気持ちが最初は強かった。しかし、こんな視線を向けられれば断ろうにも難しい。少しだけ沈黙が流れる。
正直不安しか残らないこの感情に対し覚悟を決めた様子を柊は見せると、そっと赤い空に息を吐いた。そして円堂の気迫に押され屈服した柊は降参だと両手を上げる。
負けた、負けたよ。仕方がない、これも何かの縁だろうか。諦めたように笑顔をつくると「分かったよ」と口にした。
日も完全に落ちかけてきたところで今日の練習は終了。帰る準備を済ませると円堂、秋、柊の3人は連絡先を好感した後に今日は解散となった。
◆ ◆ ◆
——翌日午後4時。ここは稲妻フラワーショップ。柊は掛け持ちしているもう一つのバイトの終了時刻が来ると、急いで赤いエプロンを外して身支度を済ませる。
「店長、今日先に上がります。あとはお願いします」
「おや不破さんが急いで出て行くなんて珍しいね。もしかして彼氏とデートかい?」
「ふふっ、ハズレです。でもちょっとだけ青春してきます! ではお疲れ様でした!」
フラワーショップを飛び出ると柊は目的地である小高い丘に位置する鉄塔を目指す。距離は約1.5キロメートル。全力で走れば柊であれば5分もしないうちに着くだろう。しかしそれでも約束の時間までに間に合うかどうかは怪しいところだ。
ランニングシューズの紐を結び直すと柊は目的地へ向けて視線を送る。そして鞄を下げたまま走り出した。
「柊さんこないな。それにしても帝国学園か。なんてことはない、絶対勝ってやる!」
雷門中サッカー部キャプテン円堂守は今日の出来事を思い出していた。豪炎寺修也という名の転校生がやってきたこと。しかもそれが昨日河川敷であったあの凄いシュートを蹴った人だったということ。人数をそろえるためにひたすらサッカー部の勧誘をしたこと。そして帝国学園と練習試合が決まり、負けたらサッカー部は廃部になること。
夕陽を見つめながら出来事を振り返ると、円堂は持ってきた特訓ノートを確認し、詰み上げられているタイヤに視線を送った。
「よし! やるか!」
自分の体程もあるタイヤを背中に背負うと、吊るしてある別のタイヤのキャッチングを始める。タイヤの振り子を使った特訓だ。とはいえ、簡単に止められる訳はない。
「ぐあッ!! くそ、まだまだぁ!!」
止めようとして、弾かれて。止めようとして、吹き飛ばされて。止めようとして、打ち砕かれて。
だというのにもかかわらず円堂には諦めるという文字は無かった。絶対に出来る、そう心で確信に満ちて。
「お、やっているねサッカー少年。遅刻しちゃったよ」
「柊さん!」
円堂が練習を始めて五分ほど経ってからだろうか。鉄塔へと続く階段を柊が額に汗を軽くにじませながら上って来た。円堂は喜ぶように柊のもとへと寄るとハイテンションを見せながら目を輝かせる。同じように柊もまた円堂を見るなりニコリと笑顔を見せた。
「待っていたぜ、特訓とそれから今日あった事と……とにかくいっぱい話したいことがあるんだ!」
「じゃあ特訓はそれを聞いてからにしようか。聞いてあげるよ、話してごらん」
円堂は鉄塔下の椅子に柊と隣同士で座ると今日の出来事を全部話した。円堂の今の気持ち、そして悩み。まるで今の二人は、弟が姉に相談するかのような様子というべきか。柊は
「帝国学園か。また面白いところと当たったね」
「みんな負けるなんて言ってるけど俺は絶対に勝てると思うんだ! だって同じ中学生なんだぜ? 勝てない訳がない。柊さんはどう思う?」
「どうだろうね。でも一つ言えることは、サッカーも私がしていた野球も同じチーム戦。皆が一つにならなければ勝つことはできない」
柊は上着を脱いでいつものように後ろで髪を一つにまとめると円堂に向き直った。
「でも、ハッキリ言ってあげるさ。どんな弱い生物にも武器はある。――私のいた弱小野球部、”桜城学園は帝国学園の野球部に勝った”ことはあるぞ」
「え? 帝国学園て野球部あったのか!?」
「知らなかったのか? サッカーが有名過ぎて隠れてはいるが、あそこは野球部だって恐ろしい強さを持っているんだぞ。かつて帝国学園野球部は、その圧倒的な強さから”
「じゃあそこに勝ったってことは柊さんて凄いプレイヤーだったのか!?」
「当然! 今だって現役で通用できる程に体は鍛えているさ」
ちょっとした自慢話を柊は円堂に聞かせると、余程話の内容が気に入ったのかその眩しい瞳光線を放ち始めた。
「どんな弱い生物にも武器はある! ハハッ、俺気に入ったよその言葉! じゃあ早速練習だ。じいちゃんの言っていた通り諦めなければ勝てる! それは嘘じゃないんだ!!」
張り切って円堂は立ち上がると柊に白い歯を見せる。どうやら上手く励ましにはなったらしい。じゃあ今度こそ特訓開始だ。
円堂率いる雷門イレブンの指導者となることを承諾した野球選手こと不破柊。
はてさて、これから先彼女はどう関わっていくのだろうか……。