「それで円堂君。その帝国学園との試合はいつになるんだ?」
「一週間後です!」
「――ブフッ!!」
あまりにも予想外の返事に「正気かこいつは!?」と言わんばかりに柊は吹き出した。
一週間で部員を揃えて、練習をして、日本一の帝国学園に勝つ!? ちょっとそれはないだろう! 絶対に無理だ。私達が帝国に勝った際はとんでもない死に物狂いで数カ月練習してようやく勝ったのだ。馬鹿げた奇跡でも起こらなくては勝つことはできない。
まさかの一週間という短い期間で勝つとは聞いていなかったため、柊は絶望的な表情をつくることになった。しかし、勝てると言いきった以上それを否定してみせなければならない。
「円堂君、聞いてくれ。ハッキリ言って現状で勝てる確率はゼロだ」
「え!? じゃあどうすればいいんだ!?」
ハッキリと柊の口から告げられた言葉に円堂は目を丸くすると同時に落胆する。当然だ、今の内に絶望しておくのが吉だろう。この際変な希望を持たせるくらいなら真実を伝えてやった方がいい。日本一の帝国に戦力すらまともに整っていない学校が勝てるものか。ひのきの棒を持ちながらゲームのラスボスに挑むようなものである。
しかし、さっき柊自身が言ったように「どんな弱い生物にも武器はある」という言葉はデタラメだと反発する人間もいるかも知らないが、紛れもない事実だ。柊はガックリと肩を落としている円堂に近づくと代わりに肩を掴みながらこう伝えた。
「特訓メニューを組んでやるさ。勝てる確率を無から有にするメニューをな」
やるさ、やってやる。本人が勝つというなら、1パーセントだろうが勝てる確率を生まれさせてやる。柊は軽く準備運動をするとすぐさま円堂に再び向き直った。
「時間が無い。早速円堂君の身体テストをさせてもらう。私の真似をしてほしい」
タンッという音と共に舞い上がる土埃。足を蹴り上げた柊は逆立ちの姿勢をつくる。続いて視線で「さぁ君もやれ」と合図が円堂に送られた。従うように今度は円堂が逆立ちの姿勢をつくるが、柊と比べて体が左右に揺れていたりとどこかおぼつかない逆立ちが出来上がる。
「ふぐぐッ、この態勢キツイぞ!」
一言だけ円堂の様子を見ながら柊は「よし!」と言葉をかけると、そのまま真っ直ぐ歩き出した。
「これはテストだ。今から丘の下まで逆立ち歩行をして戻ってくる。一度でも逆立ちが崩れたらそこで終了。いい?」
「あ……ああ! オーケー……だぜ!」
「よろしい。その根性がどこまでのものか見せてもらおうか」
柊はバランスを保ちながらスイスイと歩を進め始める。その後ろに今にも崩れそうな様子で続く円堂。最初の鬼門は下り坂だ。バランスを崩せば一気に転倒する行きの難所である。柊は手首の力を上手く使い安定した様子で進む。まさに余裕と言うものだ。一方で円堂と言えば鼻を膨らませて気合で耐えているという状況。普通だったらもうこの時点で倒れてもおかしくはない。しかしそれでも耐えて進むものだから柊は素直に驚きの表情を見せていた。
「へぇ! すごいな円堂君。私なんて中学時代は逆立ちすらも出来なかったというのに。さすが男の子だね」
「にゃ、にゃんにょこれしきぃ~~」
円堂は体どころか言葉ですらあやふやな状態になりながら必死に柊の後ろをついて行く。そしてようやくの往復点。ターンを返すと今度待ち受けるのは帰路の上り坂だ。下りと違って身体を支えるのにプラスして高い位置に持ち上げるという鬼門が待ち受ける。
柊は温存していた体力を使い始め一歩一歩力を込めて前進していく。大体中央程まで来たところだろうか。行きで既にばてていた円堂はここでついに大きくぐらつくと、ドスンという音と共に地面へ足をついてしまった。
「そこまでだな。意外とやるじゃないかサッカー少年」
「ぐあっ、腕がキツイ、パンパンだ! 柊さんよくこんなものを平気でやれるな」
「ふふん。言っただろう、鍛えているって。22歳が中学生に負けてたまるものか」
円堂の様子を見て柊は現状の体力についてまとめる。体力・精神力の面では非常に優れており、技術的な能力は欠如。逆立ちを通して今のを判断すると、今度はいつも円堂が行っていることを見せてもらう事にした。
タイヤを気に吊るし、振り子のように勢いをつけキャッチング。しかもそれをタイヤを背負って行う。その光景を見て柊が口にした言葉は「化け物だな」だった。確かに常人がこんな自分の背丈ほどもあるタイヤを背負いながら練習に励む姿など滅多に見ることはない。さらにいえばこれはシュートを止めるための特訓だそうだ。円堂のノートを見せてもらった柊は解読不能な絵と文字の羅列に首を傾げてはいたが、当の本人には何が書いてあるのか読めるらしい。
サッカー馬鹿。こんな光景を見せられれば疑う余地はなかった。おそらく今まで見て来た人間の中でこれほどまでにその言葉が似合う人間は他にいないだろう。柊はそう確信するとクスッっと口元を緩ませた。
「正面からよりも半身で受けた方がいい。足は肩幅、爆発的なエネルギーは下半身を上手く使う。やってごらん」
カウンターを食らうように何度も吹き飛ばされていた円堂に柊は体の使い方をアドバイスすると、ここでついにタイヤのキャッチングに成功した。
「や、やった! 成功したぞ柊さん!」
「ああ、やったな。しっかり見ていたよ」
「今のでノートに書いてある必殺技が少しつかめた気がする! ありがとう!」
まったく、こんな無邪気に笑う人間を見たのはいつぶりだろうか。柊は気が付かぬ間にまた温かくなる胸を握りしめていた。
さてもう一息練習だな。そう思いながら円堂のキャッチングを指導していると、後ろから雷門中の生徒らしき人が視界へと現れた。
「無茶苦茶な練習しているな円堂」
「風丸!!」
背まで伸びた青い髪にスラリとした体。風丸と呼ばれた少年は練習でヘロヘロな円堂のもとへ駆け寄るとその体を支え起こす。
「あそこにいるのがお前の言っていた指導してくれている先生か? 随分と歳が近いように見えるが」
「それでも年上さ。いい先生だよ柊さんは」
何かこっちへと視線を向けてくる風丸に気付くと、柊は彼に向けて笑みを見せながら手を振って見せた。これがまた面白く、向こうにとって予想外な行動だったのか、一方で風丸は反応に困ったのかキョトンとした様子を見せる。
「円堂、こんな練習ばかりしているが本当に帝国に勝つ気か?」
「もちろんさ。あそこにいる柊さんが言っていたんだ。どんな弱い生物にも武器はある、戦う力はあるんだってな!」
「……あの人が。……そうか、分かったよ円堂」
風丸は円堂に向けてそっと手を差し伸べる。
「風丸?」
「お前のその気合乗った。俺もやるよ、サッカー」
「――!! 本当か!? ありがとう風丸!!」
目の前に差し出された風丸の手を円堂は熱く握る。それはもう友情に満ち溢れた握手であり、数メートル離れていた柊にも伝わる程のものだった。
――柊、俺様が力になってやるよ。いつまでもそんな不貞腐れている顔をするな。
やっていた競技は違えど、自然とその光景に柊はかつての自分がふと重なったように映った。
続け様に風丸は柊の方向を振り返ると、誰かに言い聞かせるように言葉を放った。
「俺はやるぜ。お前らはどうするんだ?」
その言葉に反応するかのように柊の後ろでゴソゴソと動く人影。柊もまたその人影に向かって言葉をかける。
「お前らはどうするんだ?ってさ。そんなところで見てないで出ておいで」
ぞろぞろと出てくる人影。壁のように大きな巨体をした人間から、小さな栗のような人間。そうだ、今後ろから出てきた人達こそ雷門サッカー部の部員たちである。彼らは柊の後ろから飛び出すと円堂のもとに一気に駆け寄っていった。
向こうの円堂と言えば、みんなに囲まれるや再び満面の笑みを咲かせる素顔。しまいにはどんな言葉をかけられたのか「みんな~」と口にしながら泣き出してしまうくらいだ。
青春しているな。そう思いながら柊も外からその様子を笑みをつくりながら見守っていた。
「ようし、みんな! 練習するぞ!」
円堂の掛け声と共に彼を囲む全員が声を張り上げた。その光景はバラバラになったパズルのピースが再びはまり、雷門中サッカー部という絵を映し出す。
円堂は柊の方に今度は向き直ると、こっちへ来てくれと手を上げる。
「柊さん! こっちに来てくれ、みんなに紹介したいんだ」
言われた通りに柊は彼らのもとへ寄ると、それぞれの顔が視界に入る。初の雷門サッカー部の部員たちとのご対面だ。いかつい顔をした人。ポケ―ッとした顔。呼ばれたところに飛び込めば様々な顔立ちが揃っており、それは多種多様だ。
「みんな、俺と秋が話していた不破柊さんだ。助っ人と言いたいところだが、選手ではなく指導者だ。俺が無理承知で頼んだところ、手助けをしてくれると言ってくれた。仲良くしてやってほしい」
「あ、俺達見てたでやんす! さっきキャプテンに逆立ちさせてヒイヒイ言わせてた人でやんすね!」
「なんだ栗松、だったら話は早い。彼女の運動神経を見ていて分かる通り、柊さんは一緒に動いて指導してくれる。柊さんからも一言挨拶を頼むよ」
一通りの顔を眺め終わったところで円堂からのバトンタッチ。全員の顔が己に集まり、注目の的となる。果たして彼らはこんなぽっと出のどこの馬の骨か分からない自分を受け入れてくれるだろうか。柊はそんな事を考えながら、彼らに伝えようかと悩みつつ自己紹介を始める。
「やぁ君達が雷門中サッカー部のみんなか。私も円堂君から話は聞いている。彼に頼まれて指導する側になった不破柊だ。困った時は頼ってくれ、応えられることならなんでもしよう」
手短に挨拶を済ませると、柊は軽く笑みを皆に見せた。すると、それが思春期の少年たちに響いたのか顔が赤く変わる者達が現れ始める。しまいには、
「か、カッコ可愛いッス!」
「想像していたよりもすごくクールビューティでやんす!」
「そうかぁ? 俺には歳もそんな変わらんガキにしか見えないがなぁ」
彼らが見せる反応は本当に十人十色だ。
今から7年前。柊が桜城学園野球部に所属していた時、その時もまさにこんな感じの人間が揃っていた。懐かしいような寂しいような、これも運命というべきなのだろうかと柊は心の内をくすぐられる。
「今ピンクの彼が言ってくれたように私もたいして君達と歳なんて変わらない子供だ。無理に敬語を使う必要も無ければ、気を使ってくれなくてもいい。ハッキリ言ってしまえば君達が満足できるような指導ができるかどうかわからないし自信も無い。だから共に成長できればいいと思っている」
今言えることは以上だ。柊はここにいる全員にその旨を伝えると多少は理解してくれたのか、ちらほらと「よろしく」という返事が返って来た。
とりあえずだ。急ピッチではあるようだが試合を行うための土俵には立てた。次の課題は帝国と戦えるだけの技術を付けるところだが、一週間程度ではどうにかできるようなものではない。はてさてどうしたものか。
課題を一つ突破したところで問題は山積み。とてもじゃないか消化させるのは厳しい現状だ。柊は唸るように考え始めると、各自練習に取り組みはじめた雷門イレブンに目をやった。