イナズマイレブン 王の瞳が見た記憶   作:アリ酸

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5話:僅かな確率を生むために

 青紫色のインナーカラーが入った黒髪を指先でくるくるいじりながら、柊は初めてサッカー部の練習というものを目に焼き付けていた。

 

 昨夜から一夜明け帝国との練習試合まで残り5日。今日もまた河川敷にてまた夕方からサッカーをするのかと思いきや、思わぬことに柊は雷門中を偶然通りかかった際に円堂の目に留まり、こっそりと雷門中グラウンドに連れてこられたのだ。おかげで目立たない場所にて柊は指導している最中ではあるが、今にも教師にバレて注意されないかと肝を冷やしながらビクビクしている。

 

「あぁ……本当に勘弁してくれ。円堂君め、何が”若く見えるから大丈夫”、だ。身元確認されたら通報されたっておかしくないぞ。頼むから変な先生の目にだけは付かないでくれよ……」

 

 そんなこんなで周りの目を気にしつつも今実際にいつもの練習を見させてもらっているのだが、思っていた以上に彼らは筋は悪くなかった。

 昨日は鉄塔での全員の個人的能力を円堂と同様に評価したところ、精神力、耐久力といい肉体的な能力では申し分ない。柊はかつていた桜城学園野球部の初期と比較しても、十分に彼らは力があると評価できていた。しかし、問題となるのはやはり技術力。サッカーをうまくこなせない柊から見ても、連携がまるでなっていないどころか今にも怪我をしてしまいそうな行動さえ見て取れる。

 

「壁山君、君は体が大きいのだからブロックの際はもう少しくっついてあげたらいいんじゃないか? それだと簡単に抜かれると思うぞ」

「ハ、ハイッス!」

「栗松君は迷いすぎだ。中途半端にパスを回して奪われるぐらいなら自分で上がったほうがいい」

「わ、分かったでやんす!」

「風丸君はボールだけに視線を取られるな。周りの人間の動きにも注目し、視野を広く持て」

「ああ!」

 

 壁山と栗松は非常に素直な子たちだ。言っていることをしっかりと聞き実践に移そうとする。風丸は陸上部からの助っ人だということもあり、サッカーの動きはまだそこまで慣れてはいない感じがある。しかし、柊以上に向上率が早いのは見てわかるほどだ。

 柊はサッカーに関しては専門的な知識は乏しい。だからこそ基本的なことと、体の使い方くらいしか指導してあげることはできない。自分でも不甲斐ないとも何度も思うが、それでも少しずつ彼らは言われたことを理解して昇華させサッカーの動きへとモノにしていた。半端ではない成長力である。また、自分の言葉で技術の上昇が見て取れるのは柊自身にとっても嬉しいことだった。

 

「うわっ! くそっ、取られちまった!」

「軸足がぶれているからだ。半田君、軸足で踏ん張りを利かせて重心をしっかり固めてごらん」

「うっ! くそっ、うまくいかない!」

「まだぶれてる。自身より大きい選手に勝つ鍵はバランスだ」

「簡単に言ってくれるが難しいぞこれは!」

 

 だが逆も然り。当然全員が全員指示されたことを完璧にこなせるわけがない。上手く技術へと昇華が出来る時もあれば、今の半田ように苦戦するときもある。こんな時に関しては体の使い方を柊自ら手取り足取りマンツーマンで時間を掛けて指導してあげたいところだが、厳しいことにそこまでの余裕は今現在ない。切羽詰まっている状況なのだ。残り一週間もない現状では、少なからず問題は自身で解決しなくてはいけない。

 

 DFの風丸・壁山・栗松。MFの半田・宍戸・小林寺。FWの染岡。そしてGKの円堂。全員の顔をようやく覚えて、大分馴染めてきたと感じ始めると柊は腕を組んでいよいよ特訓メニューについて頭を働かせる。

 

 DFとMFはそれぞれまだまだじっくり見てみたいという感想はあるが、ある程度は実力が分かった。先ほど見せてもらったFWの染岡君に関してもだ。よし決めた、猶予はないとはいえ帝国戦まであと5日あるなら、あのメニューをしてみよう。

 

 柊は一度シュート練習をしていた染岡と円堂のもとへと寄ると、思いついた特訓メニューについて話しだした。

 

「――え? みんなの一番弱いところを今から徹底的に鍛え上げる?」

「そう。君たちの技術練習はそれからでもいい」

「おい。どういうことだよ、そりゃ?」

「君たちの技術練習を見て思いついたことさ。絶対に後悔はさせないよ染岡君、円堂君」

 

 技術練習のメニューに関してはハッキリ言って柊がどうこう口出すものではない。変に柊がこんなフォーメーション練習をしろだのと言うよりも、彼らには自分達で試行錯誤してベストな練習法を編み出させるほうが性に合っている。そこは練習風景を眺めていた柊が自信を持って判断できることだった。そういうところもまた自分のいた野球部と一緒だと柊は思うが今は当時を懐かしんでいる時間ではない。

 技術練習を除いて彼女が指導すべきところはどこなのか。その答えはこれだ。サッカーを行うにあたっての体の使い方、そしてセンス。つまりスポーツすべてに共通しているところだ。それを磨くメニューを組み立て実践する。

 柊は口元で悪い笑みをつくって見せると、二人の肩を寄せて耳元でこう言った。

 

「――ちょっとだけキツくて、明日まともに動けなくなると思うけど我慢してね。大丈夫、試合で絶対無駄にはならないから」

 

 多分ネットリボイスとはこのことをいうのだろう。普段中性的な口調の柊が女性らしく、そして魔女が放つようなささやきで円堂と染岡の耳元をくすぐる。こそばゆいのか二人は身をよじると、羞恥心と得体の知れない悪寒で顔を赤くさせながら体をピクリとさせた。

 

 そうとも。ただでさえ昨日の逆立ちテストで円堂達は腕がパンパンになっているというのに、それを平然と何往復もこなしていた柊の口からキツイという言葉が出たのだ。変な身震いが起こらない訳が無かった。もちろん拒む権利など彼ら自らが柊を指導者として認めて頼んで来たのだから、ある訳は無い。

 

 雷門イレブンが円堂のかけ声で集合すると柊は手の平をパチンと叩き、全員に向けて笑顔を向けた。

 

「君達の特訓メニューNo.1が出来た。その名も”弱点くすぐりリズム運動”。君達の弱いところをっ徹底的に鍛えるためのものだ」

「弱点くすぐりリズム運動? 何だそれは?」

「ふふん、やってみれば分かるさ風丸君。――ルールは簡単。私の動きを真似しながら後についてくればいいだけ」

「嫌な予感がするな。どうせリズムを取りながら昨日の逆立ちみたいなことやらせるんじゃないのか?」

「心配は無用、逆立ちはもうしない。ただ代わりに私がリズムをとるから、合わせてついて来ること。超簡単だ」

 

 とりあえずルールはやって覚えろだ。柊を先頭に全員が整列すると、全員の足がゆっくりと動き出す。

 最初は全員がついてこれるペースで走り始め、三分ほど走ったところで柊が動きを変え始めた。

 

「――そろそろ始めるよ、しっかりついておいで」

 

 タン・タン・タン・タン! いわゆる20mシャトルランの四拍子リズムバージョン。それで走るペースが少しだけ加速する。そして2ループ目でまた加速。3ループ目でさらに加速。あくまで雷門メンバー全員がなんとかついてこられる速度までループを増すごとに加速していくと、今度は減速だ。さっきとは反対に四拍子のリズムが繰り返されるごとに少しづつ減速していき、すぐに最初のペーススピードへと戻る。

 しかし、これが終わりではない。もとのペースに戻ったら次はまた加速。そして速度がある程度まで高くなったらまた減速。これの繰り返しが続いていく。

 

 大体15分程度走ったくらいだろうか。そのあたりで手を膝について動けなくなる人が出始めた。

 

「もう駄目ッス、動けないッス!!」

「ペースが変わり過ぎて思うように動けないでやんす! こんなの長くは持たないでやんすよ!」

 

 地面にへたり込みながら壁山と栗松が悲鳴を上げる。こうしてみるとまともにまだ活動が出来るのは風丸と円堂と染岡だけといったところだろうか。とはいえそれでも全員が苦痛の表情をつくっていたのには変わりはない。他にも悲鳴を上げたそうにこっちを見ている者もいるようだが、柊は気にせずにみんなへとドリンクを手渡し始めた。

 

「はい染岡君。君の飲み物」 

「ああ、悪いな。それにしても不破……さんよ」

「呼びづらかったら不破でいい」

「じゃあ、不破。これはで本当に弱点が鍛えられるのか? とてもじゃないが信じられないぞ俺は」 

「まぁ、簡単に実感できるようなものじゃないのは確かだね」

「なんだそりゃ。そもそも俺達の今の最大の弱点てのはなんなんだよ?」 

「帝国戦まで時間が無いから別に教えても構わないが、本音を言えばこの弱点に関しては自分達で見つけてほしいと思っている。その方が君達の成長につながるからね。でも例え今日明日で分からずとも、遅かれ帝国戦が始まってしまえば嫌でも気付くだろうさ」

 

 時間が無いというのに意味のない練習など絶対にするものか。柊は練習の意図がつかめていない染岡にそう伝えると、他のメンバーにも同様に励ましの言葉を送り続けた。

 

「さて、特訓再開だ」

「ええ!? もうでやんすか!? せめてあと何セットやるのか教えてほしいでやんす!」

「へぇ、栗松くん。君は残り何セットやるのか知りたいのか」

「もちろんでやんす! 全員も知りたいと思うでやんす」

 

 まだ一セット終わっただけだというのにフラフラな栗松。いや正直には彼だけでは無くてほとんどの皆がそうだ。逆に柊が全然と言っていいほど疲弊していないことに全員が驚いている。

 

 柊は疲れて顔が歪んでいる全員の表情を見ると、楽しそうに悪い笑みをつくりながらこう答えた。

 

「――教えてあげない。5セット? 10セット? もしかすると20セットくらいあるかもしれないな」

 

 この女は何を言っているんだと円堂以外の表情が凍り付く。終わりが見えないといのは中々恐ろしいものだ。陸上部の風丸ですらこんな変な練習がキツイと感じている。だというのに楽しそうな表情を見せながら柊は雷門メンバーを限界まで追い込んでくる。せいぜい良い特訓だと感じているのは円堂くらいではないだろうか。

 嫌でもこの時、円堂を除いた全員が痛感しただろう。そして思ったに違いない。この女、不破柊は”ドS”であると。

 

「みんな、大丈夫だって! これは絶対に明日へつながる!」 

「ふふっ、円堂君。やっぱり君は良い、面白い男だよ」

 

 ただ一人、全員を引っ張るように円堂が立ち上がる。その表情にはまだ余裕とさえ見て取れる笑顔が残っている。さすがにキャプテンというだけあって周りとは違うな。今度は純粋な笑顔をつくりながら柊は笑いかけた。

 

 

 

 

 リズム運動。それが終了したのは3セット目が終わった時だった。DF陣である壁山と栗松、MFの宍戸と少林寺が完全に動けなくなったのだ。他の半田、風丸、染岡でさえまだ動けるにしても、もう見て分かる通りに膝が笑っている。あの円堂でさえ空元気状態だ。

 

「皆がこんな状態になっているところを見たの久しぶり。柊さん、一体何をしていたんですか?」

「あぁ、秋さん。君は途中から来たんだったね。ちょっとだけ”身体慣らし”の運動をしていただけだよ」

 

 動けない人は柊が背負い、全員を邪魔にならない場所へと移動させる。壁山に関しては柊は持ち上げられないため、何とか引きずって移動させた。一緒に走っている時よりも今の引きずっている時の方がキツかったとは柊は口が裂けても言えない。

 

 全員を休憩させている間に柊は秋のもとへ寄ると一冊のノートを差し出した。

 

「秋さんにはこれだ。選手の特徴と、弱いところを全部まとめてみた。万が一怪我した時の応急処置も書いてある」

「……すごい、これ全部まとめてくれたんですか!?」

「私は明日と明後日は用事があるため出られない。もし練習するようだったら、そのメニューを彼らに伝えてあげてくれ」

 

 秋は雷門サッカー部の唯一にして一人のマネージャーだ。誰よりも身近で彼らを見て来た彼女ならば、きっと上手くやってくれるだろう。

 さて、帝国戦までは残り五日。この間に彼らがどれだけ力を見に付けられるか。勝てる確率は未だゼロか、それとも少しだけ生まれたか。それは柊自身も分からない。だが約束した以上、勝てる確率を発生させる義務がある。例え最初に話したようにそれが1パーセントまで上がらなくても、0.1パーセントだっていい。決してゼロのままだという事には何があってもさせるものか。

 柊は誰にも見えないように拳を握ると、そっと円堂率いる雷門メンバーを見つめ返した。

 

 

 

「――やっておりますね皆さん」

 

 秋と柊が話していると、突然後ろから耳に届いた低い声があがる。振り返ってみればそこには眼鏡をかけた雷門中の教師と思わしき人物が立っていた。 

 

「冬海先生!」

 

 ”先生”。突然な出来事と秋の口にした言葉でヤバいと柊が背中を向けるがもう遅い。冬海の視線は既に柊を捉えていた。一か八か自分はよその学校の中学生とでも言って切り抜けようとも考えたが、表情までも見られた冬海の目をごまかせる気がしない。

 

 部外者の人間が許可なく校舎に立ち入っている。しかも成人を迎えた人間がだ。これはマズい、厳重注意で済めばいいが、下手すれば通報されたっておかしくはない。特訓に夢中になっていてすっかり周りの目を忘れていた柊の表情がサーッと青ざめ、不安の色に変わった。

 

 柊は焦る心を落ち着かせながら、この場を切り抜ける手段を考える。

 

「おや、あなたが不破柊さんですか?」

 

 ふと後ろから名前を呼ばれると、柊の体がびくりと飛び跳ねた。

 

「ど、どうして私の名前を……」

「ええ、木野さんから伺っていたものでしてね。サッカー部を指導してくれる人が見つかったと。私は冬海卓、サッカー部の顧問です」

 

 最悪な状況を考えていると、予測していた反応が返ってくる訳でなく自己紹介が目の前でされる。内心「あれ?」と思いつつ表情をうかがうが冬海に怒っている様子は見られない。柊は少し落ち着きを取り戻すと、秋が隣で親指を立てている事に気が付いた。「事情は既に伝えてあるよ」と秋は言う。そう、秋が遅れてきたのは柊の事を冬海に説明しに行っていたのだ。

 

 まさかのお咎めは無しということに、事前に説明をしてくれていた秋へと感謝し、柊は胸を撫で下ろす。下手すれば一体どうなっていた事か。

 

 しかし、そこは良かったものの、続いて襲ってくる嫌悪感に柊は今度襲われることになった。

 ジロジロとつま先から頭の先、それも毛先までじっくり舐めまわしてくるような視線。そう、視線だ。そしてブツブツとこぼれる独り言。気持ち悪いことこの上ない。あまりにも変態染みた不可解な行動に、すぐさま生理的嫌悪感を柊は抱き始めた。

 

「あの……私に何か?」

「……不破柊さん。”貴女の事はよく知っていますよ”、サッカー部をよろしくお願いしますね。学校には私が伝えておきますので自由にグランドへ入ってください」

 

 柊は冬海がそう述べた瞬間、一気に寒気と鳥肌が立つ。それは冬海がグラウンドから去った後もしばらく続くほどのものだった。

 

 ”貴女の事はよく知っていますよ”。

 この辺で柊は有名でもなければ、特別な人脈がある訳ではない。だというのに、よく知っているなんて言葉が出てくるとは柊自身も思わなかった。

 あの先生は一体何者だ。それは自問自答しても答えは出てこない。ただそれでも今少しだけ会話をしてハッキリ言えることは二つあった。あの人はまともそうな人ではないこと。そして少なからず変態に間違いはないこと。柊はそう判断し、冬海卓という名を頭の中に刻み込んだ。

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