イナズマイレブン 王の瞳が見た記憶   作:アリ酸

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6話:不穏な空気

 色とりどりの鮮やかな彩色。香水よりキツくなく、優しく鼻腔をくすぐる甘い香り。ご要望には喜んでお答え致します。大切な人にいかがでしょうか、稲妻フラワー。

 

 商店街の一角にてそんな看板が掲げられている小さな店、稲妻フラワーショップ。ものやさしい店長が経営するこの花屋で、一人の(バイト)が仕事をこなしながら腑に落ちない表情を見せていた。

 

「……一体なんだというんだ」

 

 誰にも聞こえないような小さな独り言。ポツリと発せられた言葉が柊から漏れる。

 

 ——何者かの視線を感じるようになったのは、つい最近円堂達と一緒に特訓をするようになってからだった。

 

 ストーキング。

 柊にとっても最初は気のせいかと思う程度のものだった。チームに参加したという事もあり、必然的に多人数の交流が増えていた。だからせいぜい視線を感じるなんて言っても、知り合いになった人がどこかで自分の事を見ていたのだろうとしか思っていなかった。

 

 しかし、それが違和感に変わり、やがて何かかがおかしいと確信に変わる。常に後をつけてじっと行動観察のような事をされていると気付くまでは、そう時間はかからなかった。

 

 誰だかわからないがコバエのように付きまとってくる者がいる。柊はいつも通り仕事をしながら考える。通報して懲らしめてやりたいのが本音だが、その正体というのがつかめてはい。現に今のようにずっと視線を送られてはいるが、手も出されてはいない。さてどうしたものかと。

 

「ええい、我慢ならん!」

 

 柊は作業の手を止めると、毎度毎度うっとおしい視線を消すために、見られていると感じる店の外へ飛び出した。

 

「――前々からコソコソと、一体誰だ? 出てこい、用があるならいくらでも聞いてやるぞ!」

 

 勢いよく店を飛び出したものの店の周りには現在誰一人として人の姿は無かった。人の気配はおろか、動物の気配すらも周りにはない。束の間、ずっと感じていた視線も一瞬で消える。

 

「あ、あれ? おかしいな……どこへ消えた?」

 

 いつも何かをしようとする度に凝視されているような気味の悪い感覚。あの感覚は絶対に間違いがない。それが消えたということは、どこかへと走り去ったということだろうか。

 柊には思い当たる節はやはり見つけられなかった。なぜ急に視線を感じるようになったのか、その理由はいくら数日を振り返っても答えは出てこない。――だが、見ている人物が誰かと聞かれれば、柊はある程度の人物を絞ることは出来ていた。絶対とは言い切れないが、極めて確信に近い。視線を送っているのはあの人だ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――はい、私です。……えぇ、間違いないでしょう。青紫が混じった黒髪、中性的な口調、そして幼さの残る顔。……はい、非常に勘が鋭いです。既に私の存在には気付いていました」

 

 稲妻フラワーショップから数百メートル離れた日当たりの悪い物陰。そこで動くスーツを着た人間。ケータイ電話を耳に当てていた男は、走った後特有に息を荒げながら向こうからの声に頷いていた。

 

「……解かりました、引き続き”不破柊”の監視を行います。……はい、理解しています。『王の瞳』は必ずや我々のものに」

 

 暗闇でギラリと光る眼鏡の奥で男の目尻が上がる。彼はキョロキョロと周りを何度か確認して人が誰もいないと知ると、再びケータイを顔にあてがい向こうの人物に向けて呟いた。

 

「――――再び不破柊(あの者)によって、帝国イレブンも帝国ナイン(敗北者達)とならぬように」

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

『さぁ、本日のヒーローインタビューの時間です。6回の裏ツーアウトから逆転ツーランを放った――――』

 

 ラジオを駆けながらいつも通りタクシーを運転していると、いつしか2時間を超えるマイナーリーグの試合は終わりを告げようとしていた。運転中に噛むガムの味もいつの間にか消えてなくなり、ただ暇になる時間が再び戻ってくる。

 

「はぁ、今日ならスタメンで出ると思っていたのに。こういう仕事が暇な日の試合に限って好きな選手が出場しない」

 

 ラジオをブツリと切るように今度は音楽へと切り替えると、風船ガムを膨らましながら柊は座席に深く腰掛ける。今頃円堂君たちはしっかりと練習に励んでいるだろうか。ふと想像してみれば、円堂が全員を引っ張りながらサッカーボールを蹴っている雷門サッカー部の姿が目に浮かんできた。

 きっと大丈夫だろう。柊はそう信じながら、渡した練習ノートを思い返す。特別に凄い特訓法を書いたわけではない練習ノート。あれを彼らがどこまで噛み砕き、咀嚼し、吸収できるか。帝国と戦うにあたって必要最低限のメニューはそこに書いておいた。あとは彼ら次第だ。

 

 そんな事を考えていると、ちょうど車のミラーに人影が映った。

 円堂達のような中学生程の背丈が二つ。珍しい乗客が来たなと思いながら柊はドアを開ける。しかしその直後だ。あまりの衝撃に、柊は目を見開いてしまう事になる。

 

 女性と間違えられてもおかしくはないような顔立ちと眼帯をした少年。そして赤いマントに身を包み、ゴーグルで目元を覆ったもう片方の少年。凄まじくインパクトの大きい二人の少年が視界に入った。その瞬間にドクンと柊の心臓が大きく脈打つ。

 

 ――どうして、ここにいるんだ。

 まるで個人を大きく主張するその格好。そして二人が放つ不気味とも、怪異とも言い難い、形容することが出来ない異様な感覚。過去に散々縁があった感覚と、この独特な雰囲気から柊はすぐさまに確信した。この二人は帝国学園の生徒だと。

 

「パンダ交通です。本日はどちらまで向かわれますか?」

 

 ただ、帝国の生徒と言えど彼らにとって自分は赤の他人。別にどうでもいいような事だ。柊はそう考えながら後部座席に乗って来た二人へいつもの営業スマイルで語り掛ける。

 

「指示通りに走らせろ。目的地までは俺達が指示する」

「……? 承りました」

 

 随分と眼帯の少年は高圧的だ。そう思いながらも柊はハンドルを握りタクシーをゆっくりと走らせる。

 

 それはそれは随分と重い空気だった。

これが自分よりも歳の少ない子供が放つ雰囲気だろうか。まるでどこかの偉い社長でも後ろに座らせているような感覚とでも表現するべきか。終始無言が続き、社内で発せられる言葉は、右へ曲がれ、左へ曲がれ、そんな指示と柊の返事が発せられるばかり。普段は後ろに誰かが座れば気の利いた話でもしてあげている所だが、今回ばかりは常に凝視されているような気がして、とてもじゃないがその気にはなれなかった。ラジオどころか音楽さえつける気にもなれない程にだ。

 

 どこでもいいから早く降りてくれ。柊は味のしないガムを噛みながら切に願った。

 

「――雷門中サッカー部。今度そこと試合をすることになっている」

 

 今まで黙っていたドレッドヘアの少年が呟くように口を開く。予想だにしない突然の事に、柊は少しだけ体が跳ね上がった。一体何事だろうと思えば彼は窓の外を見ながら口角を上げている。

 

「最近その雷門中サッカー部に新しい指導者が入ったらしい。話に聞く限りでは野球ばかりの人生で、サッカー経験なんてほとんどない素人だそうだ」

 

 ゴーグルの少年は淡々と話を続ける。まさに柊に対し、いかにも聞いてくれよと言わんばかりに口調で。また同じように柊も黙ってその話に耳を傾ける。

 

「だが、俺達には興味がある。かつて俺達のいる帝国学園を野球でひねりつぶした、その指導者とやらをな。はたして種目の違うサッカーでもそいつは才能を見せてくれるのか、この目で見てみたい」

 

 柊は黙って聞く事しかできなかった。何かを返そうと思えば、何かに引きづり込まれそうになる。五十音、この全ての言葉で何を使っても地雷を踏むような気がしてならないほどに。だから彼らが喋っている間は、何も言葉を返すことはできなかった。相槌を打つことさえも。

 

「どう思う? 俺達はそいつを引き抜きたいんだ。技術力ではなく、才能を更に磨き上げるための指導者として」

 

 雷門中で新しくサッカー指導者となった人物は一人しかいない。柊は厄介事に足を突っ込んでしまったと、参ったといわんばかりの表情をつくり上げた。

 

「――ひとつ」

「……?」

「スカウトの話は本人に会って直接するべきだ。菓子折りでも持って監督と一緒にな。私はただのタクシー運転手でしかない」

 

 普段乗客の前では丁寧語を意識している柊が普段通りの口調で彼らに言葉を返す。すると今度は笑うようにして彼らは再び語りかけてきた。

 

「クククッ……、それは失礼をした。何せ話を聞く限りでは、花屋とタクシー会社を掛け持ちしていると話を聞いていたのでな。てっきり会えるものだと思ってつい口走ってしまった。もし不破柊という人物と知り合いであるなら今の話を伝えておいてくれ」

 

 わざとらしく謝る少年に再び柊は黙ってしまう。この少年らが自分の事をどこまで知っているのかは分からない。しかし、帝国学園という存在が自分に目を付けたという柊にとって予期せぬ事態となった。

 

 帝国学園の目にとまること。それはスポーツでは手段を選ばぬイカレた権力者の目にとまることに等しい。

 

 ――冗談ではない。私のチームメイトは奴らのせいでどれだけの人数が野球人生を断たれたことか。あの出来事があったにも関わらず連中が指導者として私を迎えたい? どこまで舐めているんだ、腹立たしい。

 

 柊は唇を噛みしめるとグッとハンドルを握る手に力が入る。それと同時に、気が付けば視界にはあの帝国学園の校舎が飛び込んで来た。

 

「――請求は帝国学園に頼む。それと、仕事中かもしれないがどうだ、帝国のサッカーでも見ていかないか? あなたであればきっと総帥もお喜びになる」

 

 敵地偵察をさせてくれるのか、それは有り難い。是非とも見せてもらおう。――とでもいうと思っているのだろうか。柊は「結構だ」と告げるとドアを開けて二人を正門前へと降ろした。

 まるでどこかの要塞だ。見上げれば威圧感を放つほどに大きな校舎。そして軍隊でもあるのかのような雰囲気。圧倒的な存在感を誇る帝国学園を前に、柊は見慣れた筈の校舎を見ながら唾を飲んだ。

 柊もここと雷門中が戦うと考えると、不安と絶望しかない。まさに今こうして敵地にいればその気持ちで心臓が押しつぶされそうなほどに。

 

「では本人に会ったら先程話したことを伝えておいてくれ。帝国があなたを欲しがっているとな。……では失礼する、タクシーのお姉さん。――――いや、かつて『9人の王様(ナインキングス)』と呼ばれた者の一人、『王の瞳(・・・)』こと不破柊さん」

 

 二人は降りた直後に口角を上げると、すぐさまあの帝国学園の中へと消え去っていった。




忍び寄る帝国の手……そしてようやく出てきたタイトルワード。
果たして9人の王様と、王の瞳とは一体何か……?
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