イナズマイレブン 王の瞳が見た記憶   作:アリ酸

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微(?)グロテスク表現が今回あります。苦手な人はご注意ください。


7話:来襲

 ——稲妻総合病院。

 少子高齢化が進み、現在では超少子高齢化と呼ばれる時代の今、院内はほとんどが老人で溢れかえっていた。

 消毒特有の薬臭さが鼻を刺激し、その臭いはいつ来ても慣れる気がしないと多くの人が感じるだろう。現に朝方からずっと病院の中にいる柊もその一人だ。漫画本を片手に平気そうな顔をして時間を潰しているが、顔に出していないだけで本人は早く帰りたいと前々からずっと思っている。

 

 定期的にいつもの診察を受け、首を長くして待つこと数時間。しかし、いかに待てど自分の名前が会計に呼ばれることはない。寝坊という痛恨のミス、そして予約を取り忘れていたおかげで、病院に滞在する時間がそれは長いこと、ながーいこと。柊が窓の外を眺めれば青い空は赤い空へと変わり果てていた。

 

「さすがに長すぎるぞ。今日だけでホワイト・ジャックを読み終わってしまった……」

 

 読んでいた医療漫画ホワイト・ジャックを閉じると柊はボーっと窓の外を見つめ始めた。やることがない、早く帰りたい。ただ今は病院から離れたいことで頭がいっぱいになる。まだかまだかと会計に無言で圧をかけるが、そんな思念は通じるはずもない。

 

 ハァと精神的な疲労を見せながら柊は息を吐くと、何か小腹を満たすものを求めて立ち上がる。ジッとしているよりも少しでも動いていた方が気分的には良い。

 席から立ちあがり売店へ向けて動き出そうとすると、その時急に柊の体へと鈍い衝撃が走った。

 

「あだっ!」

「うわっ!」

 

 柊の女性らしくない悲鳴に重なる低い声。尻餅をついたまま声の聞こえた方向を振り返れば、視界にはいつしか見た逆立った髪の毛が映る。――あの少年だ。柊はタクシーの中といい、河川敷といい、再び彼と出会ったことで気が付けば少年を指差しながら「あっ!」と声を上げていた。

 

「子供を助けた少年!」

「タクシーの……」

 

 少年は「すまない」と一言だけ口にすると柊の手を取り立ち上がらせた。どうやら彼も柊のことを憶えているようで、「数日前はありがとう」と続けて言葉にしてきた。

 今のご時世タクシー代は馬鹿にならない。中学生の小遣いには大ダメージであることは貧乏学生である柊はよく知っている。だから、出会ってすぐさま彼が以前のタクシー代のことを口にしようとしたところで、柊は自分から遮るように言葉を発した。それも今回は運転手という立場ではない事から普段の人と接するように。

 

「数日前に河川敷で私達を助けてくれてありがとう。君が助けてくれなかったら私も何されていたことか」

「――! まさかあの場にいたのか?」

「あ、もしかして背中を向けていたから気が付かなかった? 一瞬だけど君とは目が合ったと思ってはいたんだけどな」

「いや、あの円堂とかいう男がしつこかったから全然分からなかった」

 

 これは一体なんという偶然か。思い返せば彼は以前にもここへ来ていたことがあったようだが、体のどこかでも悪いのだろうか。いや、様子からして健康状態に見える。おそらくは誰かのお見舞いといったところか。ふとそんなことを考えながら柊は彼の着ている制服に目が行った。

 彼もまた円堂と同じ雷門中。学校では彼と仲良くやっているのだろうかと柊は学生生活を送っている姿を想像する。

 

「学校生活は慣れたかな? 円堂君が君とサッカーをやりたいと言っていたよ」

「――――!」

 

 柊は前に円堂が柊に向けて相談してきた事を口にすると、少年の顔色が一気に変わった。ギラリと眼光が光ったかと思いきや、研ぎ澄ました剣のように鋭い瞳が柊を射抜く。

 

「サッカーはやらないと言ったはずだ。なぜお前も円堂(あの男)と同じことを言う?」

「……? いや、円堂君が君のことを私によく話していたものだから、つい……」

「悪いがサッカーは辞めたんだ。お前は円堂の友達だったな? ならいっそお前の口からも円堂にそのことを伝えてくれ。しつこく勧誘されて、俺もいい加減うんざりしていたんだ」

「……そうか、気に障ったなら謝る。――でも、勿体ないな。あんなに凄いシュートが撃てるというのに……」

「凄いシュート? ああ、あれか。あんなものを撃てても、サッカーさえやっていなければ今頃は……!」

 

 

 鋭い視線を放っていたかと思えば、今度は少しずつ消えていきそうになる声。

 一体なんだというんだ。この少年は何をムキになっている? 一緒に会話をしていてもまるで彼の心情が読めないことに柊は表情を曇らせる。ただ単に円堂君の事が嫌いで情緒不安定なのか、それともサッカーという単語は彼の何かに触るのか。ともかく彼には何か訳ありな事情があることは一目瞭然だった。多分これ以上のことを言えば地雷を踏む事になる。そう感じた柊は深く掘り下げずに落ち着かせようと声を掛ける。

 

「まぁ、君のことはよく知らないし、そこまで否定するなら特別な理由があるんだろう」

「……」

 

 多分普段の柊ならばここで話を切って彼と別れていただろう。しかし、柊はなぜか今日に限ってそんな気にはなれなかった。それは自分でもよくは分かっていない。ただ目の前にいる少年が、柊にとって忘れられない人と同じ表情をしていたのだ。

 

「深くは詮索はしないが、君は似ているな」

「……? 何のことだ?」

 

 あれは忘れもしない事件だ。いや、忘れたくても忘れられない事件だ。その当事者と目の前にいる少年が同じ目をしている。表情では否定していても、心の底では反対のことを考えている、そんな目を。

 気が付けば柊もまた、人が少なくなってきた病院内で彼にその事件のことを打ち明けていた。

 

「今から何年前だったかな。私は過去にお兄さんの試合を見に行くと言って、交通事故に遭った少女を見た事があるんだ」

「――――ッ!?」

 

 ふと柊が口にした言葉を聞いた少年は大きく目を見開いた。

 そう。あれは本当におぞましい悲劇の光景だったのだ……。口から大量に流れ出て、止まることを知らない血液。腹部の皮膚だけでなく、肉という名の内壁が破けて飛び出してきていた赤黄色の内臓。さらにその内臓から顔を見せていた未消化物や糞尿、体液。道路のコンクリートに擦り付けられて付着した爪には皮膚と血痕がついて広範囲に拡散していた事故現場。肉体が半壊している状態で、これが本当に少女だった人間の姿と言えるものなのか。……そんな状況だったあの光景は柊はいつまでたっても忘れられない。

 

「その少女のお兄さんと君は同じ目をしている。”自分がスポーツに熱中しなければ妹はこんな目に遭わなかった”と何度も嘆いていた、あの目に」

「――――お、俺は……」

「変な話をして悪かったね。ただ、君がサッカーという言葉を聞いた時に見せる目。何か複雑な心境で鎖に縛られたような目は、君には似合わないと思ったんだ。気分を害させる話をしてしまったことを謝るよ。もうこれ以上は君の前でサッカーの話はしない」

 

 柊はちょうど会計に名前が呼ばれたのを確認すると、少年に背中を向けて歩き出した。これ以上は鬱になるだけだと区切りをつけて、柊の話は打ち切りだ。もし次にあった時に何か話をするのだとしたら、今度は野球のことについてだろうか。いっそのことキャッチボール相手にでもなってもらおう。そうだ、それがいい。柊は河川敷で彼とボールを投げている様子を描き上げる。

 

「――待て!」

 

 急に背中へと声をかけられた柊の足が止まる。

 ”まだ話は終わっていない”。そんな表情が後ろを振り返った柊の瞳に飛び込んで来た。もうこれ以上話す事なんてないと思っていた柊の表情に驚きの色が現れる。彼は、柊を呼び止めると続けて少し口ごもった様子で問いかけてきた。

 

「その少女と兄というのは!」

「うん? 私の友人の話さ」

「――! 友人の話?! いや、それもそうだが、ならばその兄妹は後にどうなったんだ!?」

 

 まるで自分の話でもされていたのかと思いきや、友人という言葉が出て来て素っ頓狂のような声を少年が上げる。しかし、話の内容が気になるのか柊のもとへ詰め寄ると、話に出てきた兄妹の結末について「頼むから教えてくれ」とばかりに訴えてきた。

 

「それ以上のことは話したくない。私だって感情があるからね」

 

 柊は彼から顔を背けると再び背を向けて歩き出す。まるで何かを掴もうと、その後ろ姿に向けて伸ばされた少年の手が空を切った。その時の彼の表情は色々なものがグチャグチャに混ざり合い、何とも言えぬほどに複雑なものだったのは言うまでもない。

 

「――ただ……」

「――!」

「あの兄妹は”人間は立ち止まっていては何も始まらない”という事を教えてくれる、良い教科書だったよ」 

 

 少しだけ足を止めて後ろを振り返ると柊は少年へ向けて、小さく笑顔を見せながら消えていく。

 何とも言えぬ虚無感、焦燥感。今もなお頭の中で自分の今の心境が分からなくなってきた少年は、歯を食いしばりながら、ただ今は彼女の消えゆく背中を見つめることしかできなかった。

 

「夕香……俺は……!!」

 

 少年は俯きながら拳を強く握る。そして柊の後姿に向けて最後に彼の放った言葉。それは院内の誰にも聞こえることはなく空気中に溶けていった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 ――帝国学園との練習試合当日。 

 嵐の前の静けさとでもいったところであろうか。小鳥のさえずりがよく聞こえる程に静かな朝。今日の空模様は、絵の具をまんべんなくベタ塗したように青く、それでおいて澄み渡った青空だった。

 程よい太陽光は戦場であるグラウンドを温め、直接日に当たればまるで光合成でも行えるかのように心地よい。誰もが口を揃えて「運動日和」と言うだろう。

 

 この一週間の雷門イレブンを一言で例えるならば、”一夜漬けで試験勉強をした受験生”と言ったところだろうか。突貫工事による安全性がまるで保障できないような、対帝国練習。それがどこまで通用するのかは分からないし、果たして勝てる確率が生まれたのかも分からない。だが、その答え合わせが今から始まる。 

 

「やるぞ皆!!」

 

 円堂の声に続いて他のメンバーも呼応する。追加戦力として補充されたDFの影野、MFの松野、そして切り札と自称するFWの目金。11人(イレブン)となった彼らに柊はもう今になって言えることはない。やれることはこの一週間やった。もう柊が出来ることはせいぜいこの一週間の練習から、何かしらの芽が出てくれと祈るばかりである。

 

 

 ――そして、澄み渡る空に暗雲はやってきた。

 

 要塞のような大きな乗り物に、帝国学園という存在を誇示させる旗幟。傍から見れば映画の撮影でもするのかと勘違してしまいそうな光景が現れた。

 先程まで心地よかった風は異様な冷たさを帯びながら背筋を舐め、薄暗くなった周囲が恐怖と不安を一気に煽り始める。

 

「相変わらず派手な演出だな。7年前を思い出すよ」

 

 柊はベンチで腰を掛けながら懐かしそうに様子を眺めていると、ようやく向こうの主役陣がお出ましになった。サッカーボールを使いながら敬礼をしている帝国生徒の間を抜け、ぞろぞろとやって来る彼らの姿はまるでどこかの軍隊とすら表現できる。屈強な身体つきに、恐れを知らぬという面構え。誰一人その顔には緊張の色は見られない。

 

 足を組みながら帝国の生徒を一人一人確認していると、当然柊にはあの姿も映った。眼帯の少年と、赤いマントを帯びた少年。つい数日前にタクシーで送り届けた生徒だ。彼らは一瞬柊の顔を見るとニヤリと笑ったかに見せたが、すぐさまウォーミングアップに移り始めた。 

 

 

 ――強いチームというのは最初のウォーミングアップで力量が分かるものだ。スポーツに精通している人なら誰しもが知っているだろう。

 ハッキリ言おう。柊は彼らのウォーミングアップを見た時点で力の差を知らされることになった。

 いつも自分が行うスポーツに対してはポーカーフェイスで見ている柊でさえ、今ばかりは技量の差を見せつけられて瞳孔が開いてしまう。

 

「彼らの力がどこまで通じるか……」

 

しかし、指導者が驚いてなどいたら失格だ。すぐさま表情を元に戻すと攻略プランを頭の中で練り始めた。 




次回はいよいよ帝国戦スタート。
帝国戦は前半と後半で二話に分けて投稿する予定です。
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