西暦勇者行進曲-暗躍する謎の三人組-   作:黒歴史ノート

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須美視点の過去話です。
前話から時間が数年ほど巻き戻るので、ご注意ください。



-04.三人の勇者だった少女と"名状し難い存在"の昔話

 神世紀298年、四月某日、香川県にて。

 鷲尾須美は、小学校生活で最後の春を迎えていました。

 桜の花が咲く校門から学舎を目指して歩くと背筋は自ずと伸びますし、下駄箱で靴を履き替え、新しい教室の扉を前にすると胸も高鳴ります。

 教室の扉に手をかける前に、教室の表札も念の為に確認します。

 六年一組。それが須美の新しい教室でした。

 

「・・・・・・よしっ」

「なにがよしなんだ、須美?」

「ひ・・・・・・っ!?」

 

 しかし、脳内で新しい級友に挨拶をしながら席につく段取りまで作っていると、須美は背後から声をかけられてしまいました。

 せっかくの脳内の段取りが霧散してしまい、須美は背後の下手人に思わずジト目を向けます。

 

「もう、銀っ!」

「おはよっ、須美」

 

 しかし、ジト目で見られた相手は悪びれた様子もありません。

 

「教室入らないのか? んじゃ、お先に、はざーっす!」

「あっ、お、おはようございます」

 

 おまけに先に扉を開けられてしまったので須美も仕方無く後に続きますが、せっかく教室前で考えていた段取りも、これでは意味がありません。

 

「おはよー、銀ちゃん、須美ちゃん」

「おはよー、今年も仲良く一緒だね!」

 

 今年も仲良く一緒。

 前年度からの級友の何気ない一言に、須美は耳まで赤くなる気がしました。

 神樹館はこの世界の名を冠する由緒ある学校で、生徒も育ちの良い子ばかりで、その言葉に悪気はありません。

 しかし、恥ずかしいのは変わらないので、須美は目の前の相手に文句を言わざるを得ないのでした。

 

「どうして銀はいつも勝手な事をするのよっ!」

「須美が教室の前でじっとしてるからだろ?」

「あと数秒待ってくれたら良かったのに!」

「そんな細かい事言うなよー」

 

 自席に鞄を置いてからも、須美は文句を言いに行きます。

 三ノ輪銀はいつもこうして、何事もきっちり派の須美を困らせるのです。

 "神樹様のお役目"の仲間だから、須美の性格はわかっている筈なのに。

 こういう銀の大雑把さに、須美は怒らずにはいられないのでした。

 

「相変わらず怒りんぼうだなー、須美は」

「私だって落ち着いた新学期を迎えたかったのに、銀が――」

「変に取り繕った須美より、あたしは普段の須美の方が好きだけどなー」

「ら、来年は中学生だから、大人っぽい落ち着きを身につけたいのよ・・・・・・」

 

 銀自身は、須美が嫌いではないと悪戯っぽく言います。

 そう言われると須美としては怒る事もできなくなるのですが、このまま中学生になって大丈夫かと考えると、やはり須美は心配なのでした。

 きっと、これからも銀とは長い付き合いになるのです。

 銀の一挙手一投足に動揺させられる現状は、須美にとって大問題なのでした。

 

「心配するなら、あたしよりあっちじゃないか?」

「それは、まぁ・・・・・・」

 

 しかし、そんな須美に対して、銀は別の誰かを引き合いに出します。

 須美も、名前も出ていないのに、つい視線を動かしてしまいます。

 

「すぴー・・・・・・」

 

 須美の視線の先には、朝から早くも惰眠を貪っている級友が一人。

 こちらも銀と同じく、須美の"神樹様のお役目"の仲間なのでした。

 

「そのっち、そろそろ朝のHRだから。ほら、起きなさい」

「むにゃむにゃ・・・・・・おかあさん、あと五分・・・・・・」

 

 しかし、このねぼすけな級友、乃木園子は銀より大物です。

 普段からぼんやり、気づけば目を開けて寝ているのもしばしば。

 授業中もそんな調子なのに、試験では満点以外を取るのを見た事がない。

 ノート作りもきっちりの須美とは世界が違う、不思議っ子なのでした。

 

「むにゃ、わっしー・・・・・・? あー、おはよー・・・・・・」

「おはよう、そのっち。寝癖がついてるわよ」

「えー、どこどこ~?」

「私が梳かしてあげるから、しゃんとして」

「ありがとー、わっしー」

 

 銀といい園子といい、須美は二人がどうして"神樹様のお役目"に選ばれたか、不思議だったくらいでした。

 どう考えても他の級友の方が、二人より礼儀や生活態度はきちんとしているのです。

 いえ、不思議"だった"と言うとおり、須美も決して二人を認めていないわけではありません。

 ただ、この二人はやる事がいつも須美の予想を外れるから、気が気でないだけなのです。

 

「あ、そうだ。秘密基地で、友奈先輩があたしらに用があるって」

「友奈さんが?」

 

 銀から出てきた話題も、銀が招いた予想外の出来事の一つでした。

 

「わぁ、ひさしぶりかも~。"試練"のとき以来だよね~」

「私達が"勇者"になったのも、思えばあのときが最初ね」

 

 しかし、こういう話をする時にも常識人の目線が重要なのです。

 須美は自分の立ち位置はそういうものだと理解していました。

 

「じゃあ、放課後は秘密基地に掃除用具一式を持って集合ね」

「えー、また掃除するのか?」

「お社さんは綺麗にしないとダメよ」

「相変わらず、わっしーおばあちゃん~」

 

 銀の秘密基地ですが、その正体は竹林にひっそりと佇む神社です。

 須美が調べたところ、宮司さんが勤める会社(小さい神社の宮司さんはだいたい兼業です)の都合で遠くへ引っ越してしまったのと、氏子団体を取りまとめていたおじいさんが寝たきりになってしまったのを機に氏子団体の活動が縮小して、年に数回の神事の時だけ軽く掃除される廃神社のようになっていたのを銀が見つけたようでした。そして、須美達が氏子団体に許可を貰って掃除を始めたのが少し前の出来事です。

 

「またどっかに飛ばされないと良いけどなー」 

「それはそれ、これはこれよ」

 

 ちなみに銀の軽口は、須美達が神社の掃除を始めてから不思議な現象に見舞われるようになった事への懸念のようでした。

 例えば、鳥居を潜ったと思ったら何十キロも離れた土地へ神隠しのように飛ばされて、讃州中学勇者部を名乗るお姉さんと一緒に猫探しをする事になったり、銀が神社で迷子の子犬を見つけて、飼い主を探す途中で化け狸と友達になったり、何百年も前から来たという"赤嶺友奈"を名乗るお姉さんが神社でちょっかいをかけてくるようになったり、宮司さんが久しぶりに神事を行うと言うから氏子さん達を集めなくてはと須美達がもてなしのぼた餅やうどんを用意していたら匂いに釣られて"名状し難い存在"がやって来たり、破天荒な目に遭う事が続いている事への不安のようでした。

 

「何がどうであれ、神社が乱れていたら神様が可哀想でしょう?」

 

 神社を蔑ろにするなんて日本人失格だと須美は言います。

 ここは須美が常識人として、二人を導くべき場面だと確信しているのでした。

 

「・・・・・・・・・」

「ミノさん、気持ちはわかるんよ~」

 

 園子が何かを言いましたが、須美はその意味を聞けませんでした。

 

「あっ、いけない! 銀、そのっちも、また放課後ね!」

 

 そろそろ担任の先生が来るので、席につく必要があったのです。

 須美は優等生として通っているので、これは譲れませんでした。

 

「鷲尾さんって、相変わらずだね。本当、お似合いの三人っていうか」

 

 しかし、新しい教室の隣合った席の級友にかけられた言葉の意味もわからず、その意味を尋ねるとそのままの意味だよと微笑まれて、須美は首を傾げてしまうのでした。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

 放課後、香川県坂出市某所、銀の秘密基地にて。

 お供え物のぼた餅を置いて、須美は神社に手を合わせます。

 最近は須美達だけでなく子供の遊び場になるならと、近所の大人が手入れをしてくれているようでした。

 なので、掃除はほとんど不要で、秘密基地というよりただの神社になりつつありましたが、ここまで神社を綺麗にする先駆けになれたのは須美としては誇らしい限りです。

 

「ねー、そろそろ話をしてもいいかな?」

 

 しかし、須美の参拝の余韻を打ち消すように、声が掛かります。

 声の主は、参拝客の為に新しく置かれた座布団つきのビールケースを椅子にして胡座をかき、待ちくたびれたと言いたげな様子でした。

 

「はい、お待たせしました」

「友奈先輩の話って、また"勇者"絡みですか?」

「Cちゃんは元気かな~?」

「そこらへんも含めて話すから、ちょっと聞いてね」

 

 その人物は、赤嶺友奈という、神社に現れるお姉さんでした。

 友奈と向き合って、銀と園子が座るベンチに、須美も腰掛けます。

 三人が揃った所で、友奈は話し始めました。

 

「まず、今回も"勇者"絡みなのは正解だよ」

 

 ちなみに"勇者"とは、"神樹様のお役目"を担う人間の事を指します。

 須美達だけでなく、"神樹様"という神様を祀る組織である大赦に伝わる呼称だそうで、友奈も二百年ほど昔に勇者をしていたそうでした。

 そんな昔の人間がどうして今を生きているのかについては、三人が鳥居を潜ったところで神隠しに遭って何十キロも飛ばされた出来事まで含めて、この神社に分霊されている"神樹様"が神社を大切にする三人に感激して、お役目の手伝いを呼んであげようと、過去へ未来へ平行世界へあちこちに繋げて候補を探し回った結果だそうでした。

 最初の"讃州中学勇者部のお姉さん"は、三人との相性を考えるとお手伝いの筆頭候補だったそうですが、"讃州中学勇者部のお姉さん"は一人では朝も起きられない、試験前はいつも友達の特訓のおかげで赤点を回避している、ご飯をめぐって喧嘩する野良猫の仲裁の為に自分のお弁当を差し出して腹ペコになる等の自己管理能力の低さから、知らない場所へ一人きりで呼び出すのは可哀想だと採用が見送りになり、生存能力が高い友奈へお鉢が回ったそうでした。

 しかし、友奈は生存能力に長けた一方でやさぐれた部分があり、三人との相性はそれほど良くもなく、採用見送りの予定だったそうです。

 それが変わったのが前回の、"神樹様"があちこち繋げたせいで"名状し難い存在"がぼた餅とうどんに釣られてやって来てしまった事件だそうでした。"神樹様"はひとまず生存能力の高さを期待して友奈を救援として派遣、"名状し難い存在"が須美達のうどんで餌付けされて園子がCちゃんと呼ぶマスコットに成り下がるという結果に肩すかしを受けつつも、それなら"名状し難い存在"をお役目を支える戦力に引き込んでしまえと、友奈をそのまま須美達の"試練"の案内役に採用したそうでした。

 

「前回の試練は見事合格。神樹様も大満足みたい」

 

 ちなみに"試練"というのは、"神樹様"が過去の"神樹様のお役目"を仮想的に再現、"名状し難い存在"の助けを借りたらどのような結果になるか全て演習し直すという、戦力見積もりのやり直し的な内容でしたが、試練自体は、友奈の手助けのおかげであまり大変ではありませんでした。

 

「今回はその連絡、ということでしょうか?」

「だけど、それならどうして友奈先輩しかいないんすか?」

「Cちゃんは~?」

「はいはい、落ち着いて。まだ話の途中だから」

 

 赤と黒のカラーリングが特徴的なマスコットがいない事に不満を訴える園子を抑えて、友奈は話を続けます。

 

「アレがいないのは、あの力を本物の"勇者システム"に実装するのに、大赦に缶詰になってるからだよ。"神樹様のお役目"の本番も迫っているから」

 

 そして友奈は、試練に続いて"神樹様のお役目"も始まると言いました。

 これには思わず須美だけでなく、銀も園子も気を引き締めます。

 

「お役目の本番って、試練みたいに"神樹様"の力で変身して戦うの~?」

「"バーテックス"でしたっけ、友奈先輩?」

「そう、それが"神樹様のお役目"だからね」

 

 須美達は奇しくも"試練"で"神樹様のお役目"の全容を知りました。

 まず話の前提として、須美達の暮らす世界は、"神樹様"という大きな樹の神様が根を広げて作った壁の内側、西暦において四国と呼ばれていた地域が全てになっています。

 そうなった理由について、須美達の小学校では西暦末期に死のウィルスが蔓延した結果だと教えられており、"神樹様のお役目"についても大人からは、ウィルスから人類を守ってくれている"神樹様"を狙ってやって来る、汚染された世界で生まれた怪物を追い払う事だと聞かされていました。

 

「"バーテックス"と戦える"勇者システム"が完成してからお役目に就ける、三人は恵まれてるよ」

「友奈先輩って、いつもそれ言いますよね。やっぱりスマホのタッチ一つでピカッと光って変身するアイテムって、羨ましかったりするんですか?」

「そんなまさか。いつも言うように、戦力の向上が羨ましいんだよ。私の時代の勇者は力が足りなくて、正体を隠してコソコソ動いて、"バーテックス"に向ける筈の力を人間に向ける場面も多かったからね」

 

 しかし、二百年前からやって来たと自称する友奈は、須美達の認識を真正面から否定しました。

 試練を進める為には正しい認識が必要だと言って、友奈は須美達に自分達が立ち向かうべき相手を、以下のように説明しました。

 

 ・"バーテックス"は、"天の神様"が人類を滅ぼす為に遣わした尖兵である。

 ・"天の神様"の力を借りるバーテックスは、"神樹様"の加護があっても油断できる敵ではない。

 ・バーテックスによって、西暦時代の人類は滅ぼされた。

 ・ウィルス説は大赦によって後世の人心を気遣って広められた嘘である。

 

 そのうえで、人類を哀れんだ土地神の集合体である"神樹様"の力を身に宿す事ができる少女が、神樹様を祀る組織である大赦によって作られた、神樹様の加護を制御する"勇者システム"を用いて、バーテックスと戦う事になったのが"神樹様のお役目"の起源だと言うのでした。

 当然、それまで小学校や大人の言う事を信じていた須美達にとって、友奈の話はにわかには信じ難い物でした。しかし、友奈が案内した神樹様の試練では、神樹様の中の世界へ魂だけで呼び出されたうえに、仮想的な再現とはいえ西暦時代の勇者達が土着の神様の力を借りてバーテックスに立ち向かった姿や、バーテックスの圧倒的な力の前に、四国を除いて全てが破れ去ってしまった結末までも包み隠さず見せつけられてしまい、勇者達の生き様を前に、須美達は友奈の話を真実として受け入れざるを得なかったのでした。四国が現在まで命脈を繋いでいるのは、多くの神様や勇者達が命がけでバーテックスを食い止めた結果であり、四国の平和も永遠に続く保障は無いのだと、思い知らされてしまったのでした。

 なお、須美達の試練の再現度を向上させる為に呼び出された過去の勇者達でしたが、人類の未来の為ならばと快く協力してくれて、須美達に多くの助言や激励の言葉を残してくれて、須美達の心は折れることなく現在へと至っています。ちなみに、"天の神様"が怒った原因についても、人類の自業自得と不幸なすれ違いがいくつも重なった結果らしいと、神樹様の中にいた西暦時代の不思議な女性の魂が教えてくれて、須美達は試練と平行して自業自得の元になった神樹様の"虫"も退治したのですが、それが居ようが居なかろうが"天の神様"と対話できる存在などいない状況での和解は夢物語だったので、詳細は割愛します。

 

「試練を通して今の戦力が申し分無いのは確信できたと思うけど、お役目が始まれば三人の生活は一変するから、覚悟しておいてね?」

「ひょっとして、昔の勇者みたいに丸亀城に住むとか!?」

「あれは黒歴史かなぁ。でも、遠征はたぶんやるよ」

「遠征って、あの伝説の諏訪遠征ですか!?」

「諏訪は無いかな。たぶん、紀伊半島だよ」

「あれ~? だけど壁の外側って・・・・・・」

「そこは一工夫するから、大丈夫」

 

 なにはともあれ、須美達はついに神樹様のお役目に就く事になりました。

 試練のおかげで、勇者としての訓練も完了した状態からの開始です。

 

「私はあまり戦力にはなれないけど、メインが三人なのは予定通りだから、大丈夫だよね?」

「もちろんです!」

「はい、お任せください」

 

 当然、銀も須美もお役目に就く事への不安など少しも無いのでした。

 

「ゆーゆ先輩は、試練と同じように困ったら助けてくれるのかな~?」

「私は二百年前の型落ち勇者だよ? 私の助けなんて要らないって勢いで行きなよ。大丈夫だから」

 

 園子は不安そうにしていましたが、友奈に励まされて覚悟を決めたようでした。

 こうして、須美達のお役目は幕を開けたのでした。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

 しかし、三年ほど時は流れて、神世紀301年、某月某日。

 神樹館中等部、二年一組。

 須美達はお役目を終えて、中学生になっていました。

 

「三ノ輪・・・そこ計算間違ってる・・・・・・」

「えっ、マジ!?」

 

 三年のうちに、須美達の周辺の顔ぶれは変わりました。

 銀に数学を教えている、山伏しずくもそのうちの一人です。

 須美達が勇者としてバーテックスと戦っている裏で、しずくは大赦の指示の下、"防人"というお役目をこなしていた少女の一人でした。ちなみに"防人"とは、バーテックスとの戦闘を避けつつ、神樹様の壁の外でひっそりと工作を行う、雑用係のようなお役目だったそうです。

 しかし、須美達が勇者の宿敵である"天の神様"との戦いへと臨む際は、防人の密かに作った目印にワープして紀伊半島を急襲する作戦が実施されたので、防人はまさに縁の下の力持ちでした。

 

「三ノ輪、因数分解のこっちが違うから、分子の計算が・・・・・・」

「あー、そっか。山伏さんって頭良いんだなー」

「わたしの説明でわかるなら、三ノ輪も落ち着けば大丈夫・・・・・・」

 

 しかし、知り合いが増える一方で、いなくなった人もいました。

 "天の神様"との戦いにおいて避けられない犠牲があったのです。

 

「ふぅ・・・・・・。山伏さん、ちょっと休憩していい?」

「わかった・・・・・・。窓を開けて、空気も入れ換えるね・・・・・・?」

 

 神樹館の教室から窓の外を見れば、戦いの犠牲の一つは明らかでした。

 三百年もの間、四国の中心にあって天と向き合うようにそびえ立っていた神樹様が、ついにその力を使い果たして枯れてしまったのです。

 そうしなくては"天の神様"には勝てないと、須美達を導いてくれていた友奈に全てを託して、その身を散らしてしまったのでした。勇者システムの維持に協力してくれていた赤黒マスコットが神樹様の後を支えてくれたので、戦闘後の混乱はありませんでしたが、四国へ帰ってきて神樹様が枯れた光景を目の当たりにして、友奈とも別れを惜しむ時間はあれど、ほどなく過去へ送り出さなくてはならなかった須美達の喪失感はとても大きな物でした。

 

「わっしー、やっぱりCちゃん居ないって~」

「そう・・・・・・どこへ行ったのかしら・・・・・・?」

 

 そして、神樹様の後を引き継いだ赤黒マスコットも、最近になって姿を消しました。

 大赦もその正体を掴めていなかった、神樹様の気配とうどんの匂いに釣られてやって来た、赤と黒の配色が特徴的な謎の存在。それは"天の神様"との戦いの後、神樹様の喪失をとても悲しんでいたらしく、神樹様の根本跡や丸亀城公園の近くで目撃されたのを最後に消息を絶ったそうでした。

 

「大赦の人に聞いたら、恩恵の供給は止まってないから、少なくとも生きているのは間違いないって~・・・・・・」

 

 大赦と須美達による捜索は続いていますが、手がかりが無いのが現状でした。

 しかし、そんな折に教室へ駆け込んでくる影が二つありました。

 

「三人の勇者はいるっ!?」

「ちょっとヤバいわよ!!」

 

 それに対して、最初に反応したのはしずくでした。

 

「楠、三好、どうしたの・・・・・・?」

 

 その二人は、楠芽吹と三好夏凜といい、防人の隊長と副隊長でした。

 どちらも神樹館の生徒ではないのですが、大赦関係者の腕章のおかげで先生に止められなかったようです。

 

「どうした? 二人が慌てるなんて珍しいな」

「銀、えっと、とにかくヤバいの! 空がヤバいのよ!」

「夏凜、それじゃあ通じないわ! 三ノ輪銀、鷲尾須美、乃木園子は一緒に大赦本部に来て頂戴。簡単な説明は移動中にするけど、まずは私達を信じて来てくれないかしら?」

 

 二人のただならぬ様子に、須美達はすぐに席を立ちます。

 

「楠・・・・・・。私も行っていい?」

「えぇ、しずくも一緒に来て頂戴」

 

 そして、神樹館の校門に停められていたマイクロバスに乗り込んだ須美達は、とある小惑星が地球に衝突する軌道で近づいているという話を、芽吹によって聞かされたのでした。ちなみに、それが見つかったきっかけは、神樹様が枯れてしまい、神樹様の壁が無くなった事だそうでした。神樹様の壁は、よくある城壁のような地上からの侵攻を食い止めるだけでなく、飛行するバーテックスに対応する認識阻害の結界も形成していたそうで、神樹様の壁というフィルターが失われた事で星の運行予測に誤差が生じるようになったそうで、バーテックスの脅威が無くなった四国外での開拓事業を計画していた大赦は季節の予測に重要な天体の観測を急ぎ進めていたそうでした。

 

「見つかった小惑星を望遠鏡でとらえた画像がこちらです」

 

 マイクロバスが大赦本部へ到着すると、須美達は会議室へと案内されました。

 そして、照明を落とした部屋でスクリーンに映し出される灰色の天体について、大赦の職員から詳しい説明を聞かされるのでした。

 

「大きさは月と同程度、スペクトル分析によって表面を覆うのは岩石と推定されていますが、これが時速六万四千キロの速度で接近しており、残り三ヶ月と少しで地球に接触する予測です」

 

 なお、その脅威がいまいちピンと来ない銀が、こっそり園子に尋ねます。

 

「月ってどれくらいの大きさだっけ?」

「四国の大きさが鳴門から足摺岬までの二百二十キロだとしたら、四国を横に十五個並べたくらいかな~?」

「けっこうデカくね・・・・・・?」

「四国がビー玉なら月はメロンくらいだね~」

「そんなのが降ってきたらヤバくね・・・・・・?」

 

 しかし、真面目に聞いている須美もまだ現実を受け入れられずにいました。

 

「この小惑星への対応策を大赦は複数検討しましたが、西暦時代に発達していた兵器の多くは対バーテックスにおいて無用の長物であり、三百年前を機に技術が廃れてしまった物も多く、神世紀が持つ最大の戦力の一つである勇者様を抜きにこれを乗り越える事は困難という結論へ至りました。どうか、ご協力いただけないでしょうか・・・・・・?」

「えっと・・・・・・」

 

 話の途中で、大赦の職員から再び戦ってほしいと言われても、須美は思わず周囲を見てしまいました。恥ずかしい話、少し前まで須美達を側で見守ってくれていた、年長者の友奈を咄嗟に探してしまったのです。

 そして、そんな冷静ではない須美に気づいた園子が、大赦の職員との会話を引き継ぎます。

 

「わたし達なら、それをどうにかできるって事でいいのかな~?」

「はい。大赦が実現性があると判断した作戦を、ご提案いたします」

 

 園子が話を引き継いでから、須美はようやく冷静になりましたが、幼い振る舞いをしてしまった恥ずかしさに、思わず顔を伏せずにはいられませんでした。

 しかし、これを誤魔化すのは尚更恥ずかしく、大赦の職員と園子の話を聞きながら、須美は居心地の悪さに耐える羽目になるのでした。

 

「須美、ちょっと手を借りるな」

 

 そんな須美を心配した銀に手を握られてホッとしますが、これはこれで問題でもありました。

 銀は三年でこういう気遣いが上手になり、グイグイと誰かを引っ張るだけでなく、一緒にいる相手を安心させるカリスマのような物を身につけつつあるのですが、そんな銀に三年で好意を抱くようになった人間は数多く、その一人であるしずくが面白くなさそうにしており、それを見つけた芽吹に注意されており、やはり須美は居心地の悪さを感じてしまうのでした。

 

「ヘイ、わっしー、ミノさん~。しずしずとメブも、仲が良いのは結構だけど、ちゃんと話を聞こうね~」

「ご、ごめんなさい!」

「うぃっす」

「ごめん、乃木・・・・・・」

「私は隊長としてしずくの注意をしていただけでーー」

 

 園子が四人を注意しながら、大赦の職員の話をまとめて説明します。

 その内容は、おおよそ以下の通りでした。

 まず、勇者の力で小惑星それ自体を破壊する事は、そもそも宇宙へ出ていく手段が無いので不可能であり、"天の神様"との戦いの形を複数想定していた大赦が数十年がかりで用意していた"千景砲"という大地のエネルギーを充填して発射する兵器が代替手段として検討されたそうでした。

 "千景砲"は大赦が"天の神様"に立ち向かう為に設計した兵器で、宇宙規模の遠距離狙撃で小惑星を破壊するのも可能であると試算されたそうです。しかし、問題は時速六万四千キロで三ヶ月という小惑星の位置が宇宙規模ではかなりの近距離であり、太陽系内に既に進入した状態で発見された小惑星は破壊したところで、その破片の多くが地球へ降り注いでしまう事だそうでした。一発あたりの充填に時間がかかる千景砲一基ではどうあがいても迎撃しきれず、この小惑星の破片に対処するには勇者と防人の力を借りるしかないというのが、大赦の出した結論だったそうでした。

 

「防人には微小な破片、直径百メートル未満の物をお任せします」

「微小な破片で百メートルって、いろいろ無茶な感じがするけど・・・・・・」

 

 大赦の職員の話に思わず口を出してしまった夏凜の指摘には、そもそも四国の数千倍の大きさの相手を破壊する千景砲に対する信頼の無さもあるようでした。メロンに針が刺さっても砕けるイメージを持てないのは当然で、須美も内心そこは気になっていました。

 

「問題ありません。千景砲は勿論、勇者および量産型勇者である防人の装備にも物理的な存在に対する上位存在の優位性が備わっておりますので」

「上位存在の優位性って、なんだか宗教臭いわね・・・・・・」

「現実主義かつ防人の三好さんには、小型バーテックス"星屑"を例に説明しましょう。防人は壁外では慎重に行動していたそうですが、数の多い星屑とは何度か遭遇して、他のバーテックスに連携を取られないよう速やかに始末していたと聞いています。その星屑すら西暦の世では、地上最強の兵器だった鉄の塊、戦車の装甲を食い破って蹂躙する絶望の象徴だったのです」

「鉄の装甲を食い破るって、あの雑魚が?」

「それが上位存在と下位存在の差です。神の加護で強化されているとはいえ女子中学生である防人の腕に押し負ける星屑が、戦車の装甲を食い破るという矛盾が発生する理由です」

 

 そして、夏凜が抱くような違和感は想定していたと、大赦の職員はおもむろに二つの道具を取り出します。

 一つは防人の標準装備の一つである手袋に手を加えた物だそうで、もう一つは何に使うのかわからない砲丸でした。

 

「試しにこの手袋をはめて、この砲丸を持ってみてください」

 

 大赦の職員に言われるまま、夏凜は手袋に指を通します。

 そして、砲丸を握りしめた瞬間に目を見開くのでした。

 

「うわ、ぐにゃってなった!? これ本当に砲丸!?」

「指を突き立ててみてください」

「わぁ、なんかやわっこくて気持ちいいかも・・・・・・」

「指を根本まで刺したら、百の破片に割れるイメージをしてください」

「そんな事して、なんか大惨事になりそうだけど・・・・・・。あ、割れた」

「はい、三好さんの望み通り、周囲に飛び散らず砕けましたね」

 

 夏凜の手から砂がこぼれるように床へ落ちた金属片は須美達の手元にも渡りますが、夏凜が弄んでいた時とは打って変わって金属らしい固さを指先に感じさせ、まるで手品を見ていた気分にさせられるのでした。

 

「それが上位存在による下位存在への干渉です。防人の装備でさえ、バーテックスによる破壊に耐える和魂に割り振っていた力を、破壊と創造を司る荒魂に割り振れば、バーテックスが戦車の装甲を紙のように食い破ったのと同様に、物理法則を外れた結果を引き出せるという事です」

「なんだか、危うい感じがするわね・・・・・・」

「はい。同じ位階の相手と衝突した際の強度は著しく下がっており、大赦としても、このような物を実戦へ投入するつもりは後にも先にもございません。しかし、単なる無機物に神の力が振るわれた場合の極端な例を示す為に、この場にお持ちした次第です」

「なるほどね」

 

 夏凜も手袋を外してから金属片を指先で弄び、納得するのでした。

 

「千景砲っていうのは、これのずっとヤバい奴なのよね?」

「破壊に特化していますが、天の神に対抗する最低ラインとして、地球規模の理の書き換えができる程度の力は備わっています。月程度であれば、かなり融通の利く破壊が可能でしょう」

「そう・・・・・・芽吹達はどう? 私は悪くないと思うけど」

 

 須美達も、小惑星への対応が可能だと大赦の職員が自信を持って告げるのを聞いて、夏凜の問いかけには頷き返すのでした。

 しかし、夏凜が口を挟んだ事で、その場を防人が仕切るような流れになってしまったのは、須美としては少し不安でもありました。

 

「私も夏凜と同じよ。けど、小惑星の破片の落下地点の予測、防人の移動手段の確保等、戦略的な計画の立案は大赦にお任せして大丈夫なんですよね?」

「はい、勿論です。しかし、移動手段の確保については防人の皆様のご協力が必要です。防人向けの勇者システムに実装した"道祖神"とそれを目印にした"ワープ"を併用して、紀伊半島を急襲したように、地球上のいかなる場所にも一瞬で布陣できる体制を整えておきたく・・・・・・」

「わかりました。防人を召集して速やかに道祖神の設置に取りかかるわ。あ、"短距離ワープ"の使用許可は下りるんですよね? いくら防人の装備で身体能力が上がっても、徒歩での地球の網羅は厳しいわ」

「許可しますが、くれぐれも視界が開けた場所での使用に留めてください。間違っても視界が閉ざされた状況でそれを使うのはーー」

「はいはい、バーテックスから隠れて活動していた頃に何度も言われた事だから、そんなの百も承知よ」

「夏凜、こういう会議の場で相手の発言を遮るのはマナー違反よ」

「マナー違反っていうなら、防人の調整こそ内輪でやればいいでしょ。それとも、春信の話はこれで終わりなの? 肝心の勇者は?」

 

 やがて、夏凜によって防人の話が切り上げられたところで、ようやく須美達のところへ話は戻ってきました。

 

「あの大赦の職員は、三好春信さんって言って、防人の監督役もしてる人なんよ~」

 

 そして、防人の事情をあまり知らない須美に、園子が耳打ちをします。

 どうやら、大赦の職員が防人の顔見知りだったせいで、話が膨らんでしまったようでした。 

 

「あれ、三好って・・・・・・?」

「うん、にぼっしーのお兄さんでもあるね~。あ、にぼっしーは夏凜ちゃんのあだ名で、にぼしが大好物なのと、監督役の身内って印象を払拭するのに、防人の間ではみんな大好きにぼっしーって事になってるんよ~」

「なるほどなー。あんなにヤバイヤバイって取り乱してた三好さんが妙に冷静だったり気安かったのは、兄貴の顔を見て安心したわけか」

「なななな、なんで私が春信の顔を見て安心するのよ・・・・・・っ! そんなムグゥッ!?」

「コホンッ、失礼しました。勇者様への用件を、これからお伝えします」

 

 そして、声を荒げる夏凜の口を塞いで、大赦の職員は改めて須美達への話を切り出すのでした。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

 大赦の職員は、須美達には直径が数キロメートル以上の大きな破片への対応を任せたい一方で、神樹様がいなくなって出力が低下した勇者システムでは干渉が及ぶ範囲が狭まっている懸念から、もう一歩神の領域へ踏み込んで、勇者システムのボトルネックになる人間部分を改造、人間と神様の繋がりを強化したいと言いました。

 

「改造・・・・・・なんか嫌な響きっすね」

 

 その話を聞いて、真っ先に苦言を呈したのは意外にも銀でした。

 銀は直感的に、何か嫌な気配を感じたのかもしれません。

 

「あくまで一時的な措置ですし、身体にメスを入れるような事は致しません。ただ、大赦が用意する清浄な土地で生活をして、神の力を行使する際の邪魔になる穢れを落として、人々の信仰で力をつけてほしいのです」

 

 大赦の職員は、決して無理な頼みではない筈だと言います。

 須美も、その行為自体にはそれほど抵抗を感じませんでした。

 しかし、それと矛盾するようですが、嫌な感じはするのでした。

 例えるなら、誰かがそれに対して既に懸念を表明していた記憶がある気がしたのでした。

 

「それって、大昔の丸亀城で生活してた勇者みたいだよね~?」

 

 そして、銀と須美の嫌な感じは、園子の言葉で形になりました。

 

「乃木様のおっしゃる通り。かつての勇者は俗世から隔離された丸亀城の天守で生活を送る事で穢れから遠ざけられ、勇者システムのボトルネックの解消も図られていました。これは、その流れを汲んだ勇者改造計画です」

「いや、ぶっちゃけ黒歴史って聞きましたけど?」

「それは・・・・・・いったい、どなたから?」

 

 しかし、大赦の職員は、勇者から反対意見が上がるとは想定していなかったのでしょう。銀が計画にあからさまに反対の姿勢を示すと、まさかと言いたげな様子でした。須美達も我が身の可愛さで協力を厭うつもりは無いので、それは大赦関係者でなくとも正しい反応でした。

 

「友奈先輩は、大赦がそれをやり出したら四国は滅びるから、その兆候があったら教えてほしい、自分が首謀者を始末するって言ってました」

 

 銀が言うのは、今はもうここにいない、赤嶺友奈の話でした。

 

「勇者の神格化は人々に無力感と他人事の意識を与えて、次の希望が生まれる芽を摘んでしまう。友奈先輩は、初代勇者の乃木若葉さんから、勇者を特別な存在にしてはいけないって口を酸っぱくして教えられてたみたいです」

「しかし、それは天の神と戦う勇者を絶やしてはならなかった頃の事で・・・・・・。目の前の問題に対処しなくては人類に未来は無く・・・・・・」

 

 それに対して大赦の職員は、"天の神様"との戦いが終わった事で、遠からず勇者は不要になるから大丈夫と言うのでした。

 しかし、大赦がその姿勢で行くなら、須美は一時的という部分に疑問を抱いてしまうのでした。

 

「そもそも、大赦は本当に、私達を人間に戻せるのでしょうか?」

 

 勇者が居なくなって良いのであれば、神格化を一時に留める理由は乏しくなります。

 そして元より、大赦には軽々しく神を祀ったり取り下げたりできない事情もあります。

 その事情とは、大赦の現在置かれた状況から、簡単にわかる話でした。

 神樹様を失った大赦は、迂闊な行動を避けなくてはいけないのです。

 神樹様が健在だった頃、大赦は神樹様の恩恵を人々に配分しつつ総理大臣すら及ばない権限を有する、まさに国の方針を左右する組織でした。

 しかし、そんな大赦の権威を支えていたのは他でもなく、人々にわかりやすい偉容を見せつけつつ恩恵を与える、神樹様だったのです。今でも神樹様から仕事を引き継いだ赤黒マスコットの恩恵は続けられていますが、神樹様の偉容が失われた事で大赦が受けたダメージは大きく、大赦に従っている人々も神樹様を祀っていた大赦だから信じているというのが正直なところでしょう。

 そういう神樹様の余韻でかろうじて人々をまとめている大赦が勇者を神格化して神輿に担いで、さらには神格化された勇者が小惑星の破壊という成果を出したにもかかわらず手放す、という動きが須美には想像がつかないのです。いっそ大赦で死ぬまで祀られてほしいと言われれば、その方向で自分達の望みも言えるのですが、大赦の態度は悪く言えば、何の約束も交わさず、なし崩しを狙っているようにも見えてしまうのでした。

 

「神格化を軽く扱えば、大赦が鼎の軽重を問われる事になるのでは?」

「そ、それでも小惑星の脅威をまずは取り除かなくては・・・・・・」

 

 まさかそのような悪辣な考えを、目の前の大赦の職員が抱いているとは須美も思いません。しかし、それなら別に真意がある筈なのでした。

 そして、須美の予感を察してか、園子が別の視点から大赦の真意を探りにかかります。

 

「わたしは手段と目的がズレてる事がちょっと疑問かな~。神様との親和性を高める為に神様と同じように祀るのは類感呪術の発想だけど、今の勇者システムを支えているCちゃんは大赦で祀られるどころか行方不明だし、私達が大赦に祀られて、繋がりが強くなるとは思えないんよ~」

 

 園子は、手段と目的のズレから、大赦の直接の狙いは勇者システムの強化ではないのではないかと切り込みます。勇者を神格化する事で何かしらの恩恵を大赦が受けられる見込みで、それを元に勇者システムの強化を図りつつ、勇者を神の座から下ろしても大丈夫なくらいに大赦の権威を復活させようと考えているのではと、予想するのでした。

 

「狙いはCちゃんかな~? 神樹様と同じような事ができる存在なんて、他はあり得ないよね~」

 

 どうして勇者を神格化する事で赤黒マスコットを大赦の権威の支えにする事ができるのか、そこまでは園子も予想がつきません。あまりに情報が足りず、現時点では園子の推理にも限界がありました。

 しかし、大赦が狙っている相手が行方不明という現状は、園子にあまり良い印象を与えませんでした。大赦が何かしらの干渉を試みて、赤黒マスコットがそれを拒んで姿を隠した可能性があるのです。

 

「・・・・・・ふぅ、仕方がありませんね」

 

 大赦の職員、いえ、三好春信もここまで不信感を持たれているようでは、このまま話を通すのは難しいと感じたようでした。

 軽く嘆息して、あまり表に出したくない話でも、こうなっては打ち明けざるを得ないと口を開くのでした。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

 三好春信の話の鍵は、やはり赤黒マスコットもとい"名状し難い存在"でした。

 

「あのお方は、神樹様がおられた頃には、神樹様の神託を介さなくては意思を読み取る事ができないお方でした。しかし、紀伊半島からお帰りになった後には、大赦と関わりを持とうと思われたのか、巫女へ神託を与えて下さるようになりました」

 

 しかし、"名状し難い存在"が下した神託は、神託とも呼べない愚痴だったそうです。

 

「防人拠点のゴールドタワーのゲームセンター付近で、防人担当の巫女に出会われた際、巫女の膝の上でしばらくのんびりされてから『一人は寂しい』と・・・・・・」

「それで、どうしたの~?」

 

 大赦は当然、"名状し難い存在"との関係強化を望んだそうでした。

 あわよくば次の宗教的な象徴にしてしまいたいと思っていたのは園子の予想通りで、神樹様から人々へ恩恵を与える仕事を引き継いだ正当性もあり、見た目に威厳が足りないのを除けば十分"あり"な路線だったそうです。

 

「大赦としては、大々的にお慰めする儀式を執り行う予定だったのですが、その旨を巫女が祝詞で奏上すると『そんなものはいらない』と神託を残して大赦関連施設には寄りつかなくなり、神樹様の根本跡や丸亀城公園で目撃されたのを最後に行方不明に・・・・・・」

 

 しかし、"名状し難い存在"は神様扱いが気に入らなかったのか、神樹様から簡単に乗り換える不誠実さが気にくわなかったのか、大赦が祭り上げる動きを見せた途端に姿を眩ましてしまったそうでした。そして、若干手遅れですが、この時点で大赦は"名状し難い存在"が素直に宗教的な象徴になってくれる希望は捨てたそうでした。

 "名状し難い存在"も、大赦がそう認識する事は予想できたでしょう。そして、それから大赦が取る行動を想像すると、いくつか悪いパターンも想定されました。

 

「Cちゃんがわたし達の所に来なくなったのは・・・・・・。わたし達に執着していると大赦に思われたら、大赦がわたし達を使って自分を誘い出しにかかると思ったから、かな~?」

「いえ、それはーー」

「大赦に祀られるのが嫌なCちゃんは、わたし達が大赦に祀られるようになったら当然、心配して出てくるよね~。あんな見た目でも、わたし達の為に"天の神様"に立ち向かってくれた子だもんね~」

 

 園子は穏やかな口調の裏で、"名状し難い存在"に対する脅迫として勇者の神格化が提案されたなら、それは許さないと言外に伝えるのでした。

 しかし、これに対して春信は慌てて誤解だと弁解します。

 

「いいえ、我々は勇者様を人質にするつもりなどまったく無く・・・・・・」

「じゃあ、どういうつもりなのかな~?」

「勇者様には、神樹様を呼び戻す為の触媒になって頂きたいのです」

「どういうこと~? 神樹様はもういなくなっちゃったんだよね~?」

 

 園子に限らず、勇者というのは自分の不幸は許せても他人の不幸は許せない人種です。

 ここで園子の誤解を解かなくては、勇者どころか防人まで大赦に非協力的になってしまうかもしれないと、春信は言葉を並べ立てるのでした。

 

「まずは、誤解を招く事になってしまった私の話の拙さを、皆様にお詫びいたします。そして、神樹様がいなくなられた件についてですが、神樹様は土地に宿る霊的な存在に戻られただけで、決して無になられたわけではないのです。奇跡を起こすような力は失われたでしょうが、あのお方の孤独を癒す為に呼び戻すのであればそう時間もかけず可能で、大赦としても象徴として立たれるのはやはり神樹様であるべきだという意見は根強く、勇者様の身体に弱った神樹様を宿して頂き、おもてなしで力を取り戻した神樹様に再び降臨して頂くのが、全ての人々および、あのお方の望みに適う形になる筈だと、現在の大赦は考えているのです」

 

 春信の弁解によれば、園子が類感呪術だと考えていた儀式は、神樹様を祀っていた施設や祭具を用いて、須美達を祀る事で神樹様の性質を乗り移らせ、神樹様を疑似的に復活させる、感染呪術の儀式だったようでした。そして、神樹様に性質が近づいた勇者がその身に神を宿して信仰を集めれば、勇者の中で神樹様は力を取り戻し、再び降臨する事もできると大赦は考えているようでした。

 力を失った神様をもてなして元気になってもらうのは、日本各地で古くから行われてきた神事の基本的な要素の一つです。八百万の神の笑い声で元気を取り戻した"天の神様"にまつわる神話の一説すら結局のところはこれに当たりますし、神樹様を祀る大赦が神樹様を復活させる神事をこなせないわけが無いのでした。

 

「神樹様が再び立たれれば大赦が新たな権威を手に入れる必要は無くなり、勇者様が神である必要も無くなります。そして、一時的とはいえ神樹様をその身に宿した勇者は、勇者システムの連携で神樹様とあのお方を繋いでいた太いパイプを使用できるようになり、小惑星の破片への対処も可能になると大赦では想定しています」

 

 まとめると、大赦は神樹様の復活のついでに、小惑星をどうにかしてしまおうと考えているようでした。大きな力を制御できるかについては、その身に宿った神樹様が力の制御を手助けしてくれる、かつての勇者システムに存在した"奥の手"という機能と似た形になるそうでした。

 ただし、神様の荒々しい部分、荒魂を抽出してその身に宿す"奥の手"とは異なり、四魂の調和が取れた神樹様を宿しても身体への負担は無く、同位階の相手に力をぶつけでもしなければ反動で神樹様や勇者が犠牲を払う必要も無く、理論上は友奈が天の神様に叩き込んだ致命的な一撃と同じだけの力を発揮しても、岩石を叩くぶんには全く反動は無いそうでした。

 

「改めて、どうか神となり、人々の信仰を集めて下さらないでしょうか?」

 

 最後に頭を下げる春信をじっと見つめてから、須美達は顔を見合わせます。

 ここまで話を聞かされれば、嫌という須美達ではありませんでした。

 最初から全部を話しておけば須美達の要らぬ勘ぐりを招く事も無かったのですが、この方法で勇者システムが強化された場合、人間の魂の脆さを補う技術が足りず、同じ位階の相手に全力でぶつかった際には反動で身体の一部機能が失われるかもしれないそうで、小惑星の破片だから反動が無い事を考慮しても、無駄に怯えさせる必要は無いと思ったそうでした。

 

「うーん、何か見落としているような気もするけど・・・・・・」

 

 ただ、園子は大赦の言い分に納得しつつも、何か引っかかりを残しているようでした。

 

「一人は寂しい・・・・・・一人・・・・・・?」

 

 求めているのが神樹様であれば、そのような表現をするでしょうか。

 須美もそこは少しだけ気になりました。

 しかし、神託の解釈をするのは人間の為、言葉選びが人間の感覚で釣られてしまった事も考えられるので、その場で深く考える事はできませんでした。この違和感が後に大きな意味を持つのですが、そんな事など現時点では想像すらできない須美達なのでした。

 

 

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 

 

 そんな大赦本部でのやりとりから一ヶ月後。

 須美達は大赦によって、全てを管理される生活を送っていました。

 大赦の外で小惑星の脅威が喧伝される一方、須美達は神樹様の力を宿した現人神として祀られ、大赦施設の外へ出るのは勇者システムの自己治癒機能を改造した"怪我や病気を治す奇跡"を人々に見せる、神様活動を行う時に限られていました。どこかの神社へ行ったとき、とあるおじいさんがリハビリで歩けるようになったのは三人の奇跡のおかげだろうかと畏まったり、子供が須美達にまたぼた餅を作ってほしいとねだって大人に窘められる場面もありましたが、なんだかんだと信仰は集まっていました。

 

「いやー、いろいろ絵に描いた餅だったよなー」

 

 しかし、銀はそんな神様ごっこの装束を邪魔そうに脱ぎ捨てます。

 須美達が神様として祀られ始めると、赤黒マスコットは帰ってきました。須美に「私は三人の味方だよ」と頻繁に神託を下して来たので、大赦の目論見がうまく行ったというよりは、人質を取られたと誤解している部分が強そうでしたが、ひとまずは帰ってきました。勇者システムも強くなりました。「にげていいよ」と神託で伝えてきたので、須美達が大赦を潰して逃げる想定のようでしたが、ひとまず強くはなりました。

 

「まさか千景砲がぜんぜんダメなんてね~」

 

 しかし、計画は根本から崩壊したので、神様ごっこもおしまいでした。

 大赦は計画の第一段階として、千景砲による小惑星の破壊を試みましたが、千景砲の一撃は小惑星の岩石層を砕くだけに終わってしまったのです。大赦が予想しない、小惑星の砕けた岩石層の下から顔を出したのは未知の物質で構成された核とも言える存在で、これが直径数百キロメートルの大きさを保ったまま地球へ衝突する可能性が高いそうでした。

 

「それでも、元の小惑星と比べて核の体積は百分の一以下よ。千景砲が勇者システムとは比べ物にならない威力だったのは間違いないわ」

「それでも残った核が四国よりでかいんだろ?」

「星の中には、神様も簡単には手出しできない何かがあるって事なのかな~?」

 

 神様ごっこの装束から神樹館の制服へ着替えた須美達は、これから大赦の緊急対策会議へと顔を出す予定でした。

 前回の話し合いは大赦が対応策を説明するだけで、大赦全体での話し合いから当事者である勇者や防人が弾かれた状態でしたが、今回は大赦の方針を決めるのに須美達がいなくてはいけないそうでした。なんでも須美達に出席を依頼してきた三好春信によれば、赤黒マスコットが戻ってきたのは良いのですが、執拗に巫女へ「三人を解放しろ」と怒りの籠もった神託を下して来るようになったので、三人が大赦を動かしているのであって大赦が三人を拘束しているわけではないという言い訳作りが必要なのだそうでした。

 

「そのっちならこの状況、どう対処する?」

 

 大赦施設の廊下の移動中、須美は園子に尋ねます。

 

「Cちゃんの言うように、逃げちゃうのも手かな~」

「地球に逃げ場は無いとなると、異世界か?」

「異世界の勇者様に助けて貰う、ワクワクする展開だよね~」

 

 園子は銀と一緒に冗談めかして言いますが、神様に近づいた須美達と大きく形を変えた勇者システムであれば、それは不可能ではなく、完全な冗談ではないと須美は感じていました。

 

「つまり、友奈さんみたいな人を探すのね」

「むしろ、Cちゃんみたいな神様が本命だけどね~」

「なんていうか、前例ありまくりで、いけそうな気がしてくるな?」

「まぁ、完全に他人任せにするのは冗談で、ちょっと力を蓄えて戻ってきて、隕石をドーンって感じかな~」

 

 軽い雑談気分でしたが、須美は園子の案を"あり"だと思いました。

 神樹様があちこちに繋げて距離が近づいた世界から赤黒マスコットがやって来たように、近くの世界へ飛び移って力を蓄えるだけなら、人間らしくはないですが、須美達が状況の打破を目指すなら真っ当なやり方のように思えるのでした。

 

「で、大赦としてはどうかな~?」

 

 そして、園子は大赦側があまり積極的に発言できない状況を良い事に、そんな思いつき案を強く押し出していくのでした。異世界に行って力を蓄えてくるというのは大赦も想定していなかったらしく、しばらく会議室がざわつく事になりましたが、改めて言われてみれば異世界に渡るノウハウを持った存在がいて、世界の外に一端出て入り直すワームホール型のワープを防人と勇者が運用しており、真剣にその実現性を検討する事になるのでした。

 大赦が実際に関与した事がない、飛び移る先の探し方や、戻り方については少々揉めましたが、会議室の隅にいた赤黒マスコットへ園子が話を振ると、その場で須美に神託を下してくれました。

 神様の導きがあるとなれば、大赦の意志決定はそれは早いものでした。

 須美達の行き先は、赤黒マスコットが紹介してくれた、こちらより時間の流れが早い、こちらの一時間がだいたい十年ぐらいになる世界に決まりました。神託曰く、あちらはまだ方船で大洪水から逃れた人類がオリーブの丘に降り立ったばかりだそうで、こちらと同じように時代が流れる保証は無いのですが、赤黒マスコットに言わせれば同じ匂いがするから大丈夫だそうで、うまくいけば二十日後には西暦一八○○年になる計算だそうでした。帰還方法については、赤黒マスコットがこちらに残って五分おきに、あちらでは三○四日に一回の頻度で帰り道を作ってスマホに知らせるから、そのときに帰ってくれば良いとの事でした。世界をまたいでしまうと勇者システムに力の供給ができなくなる問題もありましたが、神樹様の性質が色濃くなった須美達であれば自力で勇者システムを動かす事もできる筈だと、大赦が勇者システムを改造してこれに対処する事が決まりました。

 

「えっと、着替えと水と保存食と、スマホと金塊と~」

「防人の装備借りてきたぞー。手袋と靴しか借りられなかったけど」

「秘密基地にお参りしてきたわよ。はい、おみやげの干し柿と、皆からの寄せ書き。銀とそのっちには、ご家族からお手紙もあるわよ」

「わっしー、また抜け出してきたの!?」

 

 それから二十日、須美達はそれぞれに旅立ちの準備を進めました。

 

「須美、あんまり大赦から離れすぎると勇者システムの出力が下がるんじゃないか?」

「それはそれ、これはこれよ。あちらへの移動は人任せなんだから、私達の力が多少落ちたところで何も問題は無いわ。それに旅立ちの挨拶なんて、本来は三人揃ってするべきなのに・・・・・・」

「あはは、相変わらずだね、わっしー」

 

 園子は大赦で力を蓄えつつ、荷造りを進めていました。

 銀は防人を手伝い、世界各地をワープで飛び回っていました。

 そして、須美は疎遠になってしまった知り合いとの縁を繋ぐのに、大赦から抜け出して走り回っていました。

 

「こちらでは短い別れかもしれないけど、あちらでは何年も顔を見ない事になるかもしれないんだから、再会したときに豹変ぶりに驚かれたら大変でしょう? そのっちも銀も、あっちから帰ってきたら、ただいまって言うのよ?」

「はーい、わっしーおかあさん~」

 

 ちなみに、須美は個人的に縁のある"東郷"という家にも挨拶して来ましたが、別れの挨拶もそこそこに東郷家の家宝自慢や、そのうちの一つの偉大な国学者である平田篤胤が神から授かった逸話もある"磐笛"を須美にお守り代わりに持たせてあげようと、国学趣味の須美を舞い上がらせる方向に話が逸れたので、特にしんみりした事にはなりませんでした。東郷家で数年前に旅立った人の無事を祈って毎日供えているという陰膳を食べさせてもらい、鷲尾の両親によろしくと送り出されて、須美の用事は終わりました。

 

「それじゃあ、準備は整ったかしら?」

 

 二十日は飛ぶように過ぎ、須美達は旅立ちの日を迎えました。

 

「荷物良し。新しい勇者システムも、防人と一緒に試して問題無し!」

「一番心配なのはわっしーの勇者システムだけど~・・・・・・」

「私も動作確認はしたから、大丈夫よ」

 

 大赦関係者と赤黒マスコットだけに見送られて異世界へと旅立った須美達は、やがて渡った先で思いがけず友好的な"天の神様"に驚かされるのですが、それはまた別の話です。

 まだ始まったばかりの挑戦ですが、こうして世界を救う一歩を須美達は踏み出したのでした。

  

 

 

(つづく)




赤黒マスコット、一体何者なんだ……

続きを書くにも迷走しがち、設定を整理するのに過去話を挿入です。
多分、次は二ヶ月はかからない筈……
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