翌日。
部室にて。
「飛ばしてみてください。」
リクノへ指示を出すヒョウカ。
「解った。」
気怠そうに答え、勝手知ったるとばかりにシミュレーターの扉を開くリクノ。
コックピット内部を一瞥し、
「飛ばすのは初めてなんだよな…。」
ボヤき、シートへ腰を降ろすリクノ。
「では…。」
それは、切り替えの言葉。
「カケルさん、こちらも始めましょう。」
「は、はい。」
やはり背中に走る感覚は、
『ゾクリ』
それは恐怖の感覚。
「中へ。」
シミュレーターの扉を開くヒョウカがカケルを促す。
覗き込み、
「広い様な…。」
更に見回し、
「狭い様な…。」
率直な感想のカケル。
「基本的な事から…。」
ヒョウカの言葉にやはり身構えるカケル。
「先ずは…。」
コックピットにヒョウカが顔を突っ込み、反対側からカケルが同じく顔を突っ込む。
そして、コックピット内の各名称の説明。
「えっと…。」
ヒョウカの説明に、
「これが…。」
戸惑うカケル。
「どれも初めて聞く単語でしょうから…。」
説明よりも、
「ゆっくり…。」
諭すに近い、
「そんな誘致(ゆうちょう)な事は言いません!」
なんてことはなく、
「覚える!」
俗に言うスパルタな、
「それ一択です!」
ヒョウカ。
悲鳴、
「ひぇぇぇぇぇ!」
カケルの喉が絞り出した音。
ヒョウカの拷問…。
いえ、ヒョウカの説明は続く…。
脳が煮える。
思考回路がショートする。
そんな体験が、自分に降りかかるとは夢にも思わぬカケル。
「あ……。」
完全に活動停止した、
「……う。」
思考回路。
そして、ここでもお約束は起きる。
『ポン!』
それは本人にしか聞こえない爆発音。
カケルの頭が煙を上げた。
「カケルさん。」
かけられた言葉にに気付かず、
「しばし、お待ちを。」
シミュレーター制御用のタブレット端末に手を伸ばし、
「リクノさん。」
通信スイッチを押し、
「飛ばすのは問題ないようですね。」
更に操作し、
「課題を出します。」
返事を待たず、
「指定された輪を潜って下さい。」
最後に通信を切ったヒョウカ。
手足は操縦に、
「飛ばせるのと、操縦できるのは…。」
口は愚痴に、
「違うってぇの。」
忙しくなったリクノ。
「あっ。」
リクノの愚痴を聞いていたかのように、
「ガウォークは無しですよ。」
追加の指示を出すヒョウカ。
「わ、判ったよ。」
今度は返事を返せたリクノの表情は焦ったと雄弁に語っていた。
「カケルさん。」
今だ放心中のカケルへヒョウカが、
「続きを…。」
声をかけた。
機械仕掛けの如き動きでぎこちなくカケルの頭がヒョウカに向く。
「ひっ!?」
ぎりぎり声にならない声を上げ驚くカケル。
その瞳に映るのはヒョウカの笑顔。
だが、それが悪魔の笑みに以外の何者でもないとカケルが本能的に感じていた。
「どうかなさいましたか?」
心配するヒョウカ。
「イエ…、ナンデモナイデス。」
カケルは棒読みの返事。
再開。
また、カケルの脳の温度が急上昇。
このカーブはヴァルキリーでも難しいだろう。
警告音。
脳内のセーフティ回路が危険を報せるアラームをけたたましく鳴らす。
もう限界…。
カケルの心の叫び。
救済。
ヒョウカが発した、
「最後に…。」
救いの言葉。
カケルの脳は、
「は!」
考える事を、
「はい!」
再開した。
「その三つ並んだスイッチ。」
ヒョウカの言葉に視線を送るカケル。
「これは…。」
知っていた、
「変形の…。」
口に出たカケル。
「そうです。」
ヒョウカの向けた笑顔は穏やかに、
「飛行機とヴァルキリーの決定的な違い。」
声は嬉しそうに、
「変形です。」
目はカケルを見詰めた。
「今は、Fですね。」
下がっているスイッチの文字を読むカケル。
「暫くは、Fの飛行機形態をやります。」
そして、間を取ったヒョウカ。
何故か、その間に言い知れぬものを感じ、背筋に冷たいものが流れるカケル。
「後は、別カリキュラムでみっちりと。」
男性が見れば、[可愛い]とか[萌える]とかの表現されるヒョウカの笑顔。
だが、カケルには悪魔に…、いえランクはもう少し上の魔王に見えた…。
「解りました…。」
諦めと絶望の入り交じる表情がカケルの顔に張り付いていた。