時ヲ刻ム瞳   作:ラスティ猫

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第二話:下忍選抜試験

 

 

 

 班分けの次の日、ナギたちは担当上忍くさめタタラに指定されたとおりに里の外れにある森に集まっていた。

 時間はまだ十分ほどまえである。まだ周囲は薄暗く、森の中は夜のようである。

 

 三人は知らされていないテストの内容に疑問を浮かべながらタタラを待つ。

 退屈に耐えきれず、コハクが口を開く。

 

「あー、もう! あいつ来るの遅くない? 十分前行動ぐらい常識でしょう」

「そうはいってもな。俺たちが早く着き過ぎただけだろ」

「そうだね。三十分前に来て君たちがいたときは僕も驚いたよ」

「コハクはこう見えて意外と時間守るんだよ」

「まるで私が時間に無頓着に見えるとでも言ってるみたいね」

「そんなことはない」

 

 睨むコハクからナギは焦った様に顔を背ける。

 しかし、何かに気付いたのかその顔が唐突に真剣味を帯びる。

 

「どうしたんだい、ナギ」

「何かくるぞ」

 

 ナギの言葉で三人は周囲を警戒し始める。

 しかし、二人は気づかないのか首を傾げる。

 

「何も感じないけど」

「いや、三時の方向から確かに何かが来てる」

「タタラとかいう奴じゃないの?」

「わからない。だが様子が少し変だ――もうそこまできてる! 気を付けろ!」

 

 すると、木の裏から影が飛び出す。

 影は一直線にコハクのもとへと向かっていく。その手にはクナイが握られている。

 

「な!」

 

 いきなりの接近に一瞬遅れてコハクも懐からクナイを取り出そうとするが間に合わない。男のクナイがコハクを襲う。

 来るであろう痛みにコハクは思わず目をつぶってしまう。

 しかし、いつまでも痛みは来なかった。不思議に思い彼女が目を開くと、少年の背中があった。

 

「大丈夫か、コハク」

 

 ナギは男の攻撃をクナイで受け止め、回し蹴りを繰り出す。

 男はそれを後ろへ飛んで避ける。

 

「ええ、ありがとナギ」

「無事でよかった。それにしても――お前は何者だ」

 

 その質問に男が答える気配はない。

 

「答えないか。当たり前と言ったら当たり前か」

「それにあの額当て。木の葉の忍びじゃないね。確か、霧隠れの紋章じゃないかな」

「どちらにしても、他里の忍だ。正直、俺たちだけじゃ荷が重いな」

 

 こちらの相談を待つ気はないようで、男がクナイを構える。

 

 この時間にこの場所。助けは期待できそうにないな。

 

 ナギは周囲を見回し客観的に状況を分析する。

 

「あと少しでタタラ先生が来るはずだ。それまで持ちこたえるぞ!」

「ええ!」

 

 コハクが手裏剣をいくつも男に投擲する。男はそれを難なく弾き、彼女のもとへ向かおうとする。そこへ、ナギがすぐさま近付き、手に持ったクナイで斬りかかる。しかし、男はナギのクナイを弾き飛ばすと、がら空きになった腹部へ蹴りを打ち込む。

 ナギの軽い体は勢いよく木の幹へと打ち付けられる。

 

「ナギ!?」

 

 男はすぐさま体勢を整え、次の狙いはコハクだとばかり彼女へ近づいていく。

 コハクはナギを気にしながらも冷静に男から距離を取っていく。

 しかし、男の方が速いためその距離は徐々に縮まりつつある。

 

「っち!」

 

 逃げきれないと判断したのか、コハクは身を翻して男に組みかかる。

 男はそれを軽くいなすと先ほどのナギと同様にコハクを蹴り飛ばす。

 吹き飛ばされる最中、コハクは煙になって消える。

 

「……分身だぞ」

 

 男は三人の姿を見失い、周囲を見回す。

 

 

 

「――あいつ、どうやって倒せばいいのよ」

 

 忌々しそうにコハクが吐き捨てる。

 

 三人は木の陰で小声で言葉を交わしている。

 

「まともにやったら敵いそうにないね。悔しいけど僕たちの手裏剣術も体術も全く意に介してないようだったし」

 

 シンリも少しお手上げとばかりに小さく両手を上げる。

 

「ナギ、何か思いつかない?」

 

 顎に手を当てて考え込んでいるナギが何かひらめいたように目を見開く。

 その様子を見てコハクは期待して声をかける。

 

「思いついたのね」

「作戦と呼べるものではないが」

「何? 言ってみてよ」

 

 シンリもナギの言葉を促す。

 

「コハク、お前火遁使えたよな」

「ええ、一応。でも、あいつに効くぐらいの規模っていうと結構時間がかかるわ。それに、あいつの速さなら簡単に避けられそうだし」

「大丈夫だ。考えがある。シンリはコハクが火遁を発動するまでの間、少し時間を稼いでくれるか?」

「わかった。だけど、どれぐらい稼げばいいのかな? あんまり長くは無理だよ」

「発動までには三十秒ぐらいね」

「三十秒か。長いね。でも、どうにかやってみるよ」

「わかった。この笛で合図を送るからそれでシンリはあいつを連れてきてくれ。そしたらコハクは火遁を」

 

 その指示に二人は黙って頷く。

 男が三人に気付いたのか、足音が徐々に近づいてくる。

 

「来たぞ」

 

 その合図で三人は散り散りに飛び出す。

 

 

 

 男が三人に気付き、そちらへ近づいていくと、突然三人の気配が分散する。

 二人と一人。

 

 男は二人の方を追おうとするが、脇から飛んできた手裏剣がそれを妨害する。

 

「キミの相手はボクだよ」

 

 そう言って一定の距離を取りながらシンリは手裏剣を投げる。

 男はそれらを撃ち落としながら、彼との距離をみるみる詰めていく。

 

「……これを三十秒はきついね」

 

 そう言った彼に男は切りかかる。しかし、彼のクナイはシンリの体をすり抜ける。

 

「痛いな。やめてよ」

 

 シンリは懐からクナイを取り出し男に切りかかる。

 男はそれを自分のクナイで防ぎ、距離を取って手裏剣をいくつも投げる。

 しかし、そのどれもが宙を切り、シンリの体を通り抜け、その先にある木に突き刺さった。

 

「無駄だよ」

 

 しかし、男は何かに気付いたのか。立ち止る。そしてシンリとは反対方向にある木の幹に手裏剣を飛ばす。

 すると、先ほどまでいたシンリが消え、その木の幹から現れた。

 

「……参ったね。もう気付かれたか」

 

 額に冷や汗をかきながらシンリは苦笑する。

 

 ――その時、森に笛の音が響く。

 

 シンリはその音を聞き、すぐさま、走り出す。

 男はシンリと一定の距離を取りながら追ってくる。

 恐らくは、シンリの先にいるであろう、二人の居場所も突き止めたいのだろう。

 三人まとめて倒しきるその自信が男にはあるのかもしれない。

 

 男の余裕を見せた態度に内心安堵しながらシンリは必死に走る。

 

 視線の先にはナギとコハクの姿が見える。

 二人もシンリの姿を確認できたのか、ナギが男に手裏剣を投げる。

 当然男には上手く当たらないが、シンリとの距離を広げるのに貢献する。

 

 そしてシンリが二人の横にたどり着いたときに、ナギはコハクに目配せをする。

 コハクはそれを確認し軽く頷くと、素早く印を結ぶ。

 

「火遁・業火球の術!」

 

 大きな火球が形成され男へと向かっていく。

 男がそれを見て避けようとしたその時――

 

「風遁・烈風掌!」

 

 ナギが拍手するとともに突風が吹き荒れ、火遁はその風を飲み込み途端に勢いを増す。巨大な炎の嵐は轟音と共に男を容易に飲み込むと、周囲の木々を巻き込み焼け野原にした。

 

 嵐が止み、辺りに静けさが戻る。

 男の姿があった場所は黒いすすだけが残っていた。

 

 

 

 

「さすがに仕留めたわよね」

 

 肩で息をしながらでコハクが言う。

 

「まだ気は抜くなよ。いつ来てもいいように警戒しておけ」

 

 それを見て、ナギが釘を刺す。

 

「一旦戻ったほうがいいよね。これはテストどころじゃない事態だろうし」

 

 シンリの提案に二人は頷き。三人は里の中心部の方角へと向かっていく。

 

「それにしても、あのタタラとかいう奴は何してるのよ」

「次あったら文句の一つぐらい言ってやりたいな」

「ボクも、正直死ぬかと思ったよ」

 

 ――ザッ

 

 突然耳に入った足音に、三人は慌てて立ち止まる。

 そして音のする方を確認して凍り付く。

 

 先ほどの男が木の陰からゆっくりと姿を現す。

 

 ナギはいち早く状況を理解し、まだ混乱している二人の肩を叩き正気に戻すと、焦った様子で言い放つ。

 

「ここは俺が食い止めておく。二人は早く戻れ」

「馬鹿なこと言わないで。三人がかりでようやく相手にしたあいつと一人で戦えるわけないでしょ」

「それに、キミがやられたらどちらにしてもボクたちも終わりだ」

 

 最悪の状況に空気が張り詰めていく。

 三人が男の一挙一動も見逃すまいと目を凝らしていると。

 

 ボンッっと気の抜けたような音と共に男から煙が出る。

 それが晴れたところから出てきたのは――

 

「いやー、合格合格。君たち全員正式に木の葉の忍になったぞ」

 

 狐の仮面を付けた担当上忍くさめタタラだった。

 

 その呑気な声に思わず三人は呆然とする。

 そしてこの一連の出来事が目の前の人間仕業だと理解すると、沸々と怒りが湧いてくる。

 コハクは我慢できないと声を上げる。

 

「ふ、ふざけるんじゃないわよ。あれが試験ですって? 死ぬところだったわよ」

「大丈夫だぞ。君たちは生きているんだぞ」

「そんなこと知ってるわよ! 死んだらどうするんだってことよ!」

 

 捲し立てるコハクを見て、タタラは静かに言う。

 

「……そしたら、それまでの忍だったってことだぞ」

 

 その言葉に三人はぞっとした。

 冗談ではなく本心から言っていると思わせるだけの気迫がその言葉からは感じられた。

 

「なんてね。冗談だぞ。もちろん死ぬ前にはやめたぞ。君たちがどこまでできるのか気になっただけだぞ」

 

 散々振り回された三人は、もうタタラの言うことは信じまいと心に決める。

 

「それで、結局俺たちは合格なんだな」

「そうだぞ。あそこまでできて不合格なわけないぞ。ナギの最初の変わり身もそうだし、コハクの分身も然り。シンリの幻術も驚いたけど何よりも最後の連携は度肝を抜かしたぞ。こっちが死ぬかと思ったぞ」

 

 その言葉で、タタラがあの炎の嵐に無傷で対処したのだということを知り、上忍の実力にナギは内心感心していた。

 

「時間と場所は誰も助けが来れない条件に指定したかったのかな」

 

 シンリが自分の推測を口にする。

 

「その通りだぞ。実力をちゃんと知りたかったんだぞ」

「そんなこともうどうでもいいわ。それより、今日はもう帰っていいのかしら。くたくたなんだけど」

「いいぞ。任務は明日追って連絡するぞ」

 

 その言葉に三人は歩き始める。

 

「あ、そうだったぞ。ナギ、ちょっと待つんだぞ」

 

 いきなり声をかけてきたタタラにナギは怪訝そうな表情を浮かべる。

 そして、彼にだけ聞こえるように小さな声で言った。

 

「……君は、まだ何か隠してるみたいだぞ」

 

 ナギは少し目見開いて返答する。

 

「何のことかわからないな。俺が必死だったのは戦っていてわかったと思うが」

「そういうことにしておいてあげるぞ。それに、ナギが何を隠しているのか知る機会はこれからもあるんだぞ」

 

 その言葉を最後にタタラどこかへ消える。

 

「ナギ、あいつと何を話してたの?」

「大した話じゃない」

 

 話の内容に興味を持ったのか尋ねてくるコハクにナギはそれだけ返し、何も言わない。

 その様子を見てコハクも話の内容を追究しようともせず、他愛ない話をしながら再び歩き出す。

 

「それにしても、疲れたね」

「ええ、試験もそうだったけどあの狐野郎自体、人の神経を逆なでする天才ね」

 

 コハクが忌々しそうに毒づく。

 

「まあ、何にせよ、これで俺たちも一応忍になったわけだ」

「まだスタート地点に立ったばかりだけどね。これからでしょう」

「厳しい言葉だな」

 

 ナギは乾いた笑みを浮かべる。

 二人のやり取りを見て、シンリはフフフと楽しそうに笑う。

 それをコハクは気味が悪そうに見ている。

 

「何よ急に」

「いや、やっぱり君たちは面白いなと思って」

「面白いってどこがだ」

「そのやり取りもだけど、さっきの動きもそうだね。とにかく、面白いのさ」

「あんたのその感性はよくわからないわね」

 

 呆れたように見る二人を気にせずシンリは笑い続けた。

 その様子に二人はシンリがどういう人間なのか少しわかってきたような気がした。

 

 

 

 

 

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