時ヲ刻ム瞳   作:ラスティ猫

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第三話:砂のサキュウ

 

「――ナギ! そっちに行ったわよ!」

 

 

 黒髪の少女は近くにいた緑色の髪をした少年に声をかける。

 少女の方から小さな影が草をかき分け走り去っていく。

 

 

「ああ、わかってる!」

 

 

 その影の先に少年は立ちはだかる。

 影は少年の姿を見つけ、咄嗟に方向を変えようとするがあえなく捕まった。

 

 

「全く。手間のかかる猫だったわ」

 

 

 影の正体、それは小さな子猫だった。

 子猫は最初少年の胸から逃げ出そうとしていたが、少しすると観念したのか大人しくなる。

 

 

「確かに、忍の任務とは思えないな」

 

 

 疲れたような様子の二人に、脇からもう一人の少年が近付いてきた。

 

 

「しょうがないよ。ボクらは下忍に成りたてなんだから」

 

 

 二人は彼を呆れたように見る。

 

 

「あんた、全然動かなかったわよね」

「少しは手伝ってほしかったんだが」

「いやいや、ボクが出るまでもなく二人が捕まえちゃったからね。なんにせよ、任務は達成したんだからいいじゃないか」

 

 

 もの言いたげな表情の二人に後ろから声がかかる。

 

 

「いやー、三人ともお疲れだぞ」

「三人ともじゃないわ、私とナギだけよ」

「ひどいなあ、ボクたちは三人で一つだろう?」

 

 

 心底嫌そうな顔をするコハクを見て、「冗談だよ」とあっけらかんとするシンリ。

 それを見て、仮面の中から笑い声が聞こえる。

 

 

「なによ?」

「いやいや、随分と打ち解けたようだと思っただけだぞ。聞いた話だとコハクは人づきあいが得意ではないと聞いていたんだぞ」

「誰よその失礼な情報教えたの」

「……まあ、それについては俺もどう意見だな」

「ナ、ナギ!?」

 

 

 裏切られた、そう言いたげな表情を浮かべるコハク。しかし、すぐにそれを取り繕うと、不遜に言い放つ。

 

 

「馬鹿言わないでよね。私が付き合うに値する奴がいないだけよ」

「何でこんなに偉そうなんだぞ……」

「先生、気にしたら負けですよ」

 

 

 ため息をつきながらタタラは話を切り出す。

 

 

「……そんなことより、お前らに次の任務だぞ」

「任務? また迷子探しなんかじゃないでしょうね」

「違うぞ、今度のは正真正銘本物の任務だぞ……というか任務に本物のも嘘もないんだぞ」

「いや、先生が自分で言ったんじゃないですか」

「そんなことより説明に入るぞ」

 

 

 タタラは一拍おいて続けた。

 

 

「――今回の任務は木ノ葉と同盟を組んでいる砂隠れの里の上役の護衛だぞ」

 

 

 

***

 

 

 

 

「――で、その上役って奴はどこなのかしら?」

「どうやら、まだ来てないみたいだぞ」

「嫌いだわ。偉いからって時間すら守れない奴は」

 

 

 そう不機嫌そうに呟くのは、コハクであった。

 いつもは彼女を諫めるナギであるが、今回ばかりは彼女に賛成だった。

 

 

「確かに、時間はしっかり守ってほしいな」

「まあ、いいじゃないか。どんな傲慢な人が来るのか、ボク、少し楽しみだよ」

「……お前ら、本人の前で絶対にそんなこと言っちゃだめなんだぞ?

 

 

 タタラがしっかりと窘める。

 

 ――が、少し遅かったようだ。

 

 

「……ふん、木の葉の里には精鋭をよこせと言っておいたはずだが。まさかこんな餓鬼どもが来るとはな」

 

 

 不満げに鼻を鳴らすのは、赤い髪をした少年。

 

 その偉そうな態度に、彼女が黙っているわけがなかった。

 

 

「は? アンタの方こそ、チビ餓鬼じゃないの」

 

 

 彼女の台詞通り、少年の身長は確かに低かった。

 見たところ彼の年齢は15、6といったところなのだろうが、齢13のナギたちと同程度の背の高さしかない。

 もっとも、それでも、同年代の中で低身長のコハクよりは頭一つ分大きくはあるのだが。

 

 少年はコハクの挑発に煽られこめかみに青筋を浮かべている。

 

 

「どうやら、木ノ葉の忍は最低限の礼儀すら知らんらしいな」

 

 

 ……完全に怒らせてしまっていた。

 

 それを見たタタラはまずいと思ったのか、急いで間を取り持とうとする。

 

 

「こ、こら、コハク! いきなり失礼なんだぞ! ……申し訳ないんだぞ、コハクは少し直情的なところがあるんだぞ」

「はっ、部下は馬鹿でも上官は少しは話が分かるようだな」

 

 

 深く頭を下げるタタラを見て、少年は少し怒りを収めたようだった。

 ちょうどいいタイミングだと思ったのか、ナギが口を開く。

 

 

「俺はときねナギという。今回は貴方の護衛を務めさせてもらう。よろしく頼む」

「ボクはゆめのシンリ、よろしく頼むよ」

 

 

 それを見て、少年は鼻を鳴らす。

 

 

「先ほどまで、悪口を言っていた相手によくもまあ平気で自己紹介ができたものだ」

 

 

 うっ、と痛いところを突かれたというように目を逸らすナギ。

 しかし、相手にも非はあるのだからという意識から、謝ろうとはしなかった。

 

 

「まあ、文句を言っていても話は進まんからな。こっちが遅れたこともまた事実ではある。私の名前はサキュウだ。頼りないが、お前たちに任せるとするか」

 

 

 少年(サキュウ)が自己紹介を終えると、自然とそれぞれの視線は一人のもとへと向かう。

 その先にいるのは、当然、まだ自己紹介を終えていない彼女である。

 黙って注がれる視線に居心地が悪くなったのか、彼女は我慢しきれずに声を上げる。

 

 

「……ああ、もう!わかってるわよ! アタシはあさひコハク! これでいい!?」

 

 

 その叫び声が周囲に木霊していった。

 

 

 

 

 

 タタラの誘導で移動しながら、一行は任務について確認する。

 

 要約すれば、このような話らしい。

 砂隠れの里の上役であるサキュウは砂隠れの里の怪しい動きを察知し、三代目火影に対して協力を要請したらしい。しかし、この動きは風影を含めた他の11人の上役たちに対しても秘密であるようで、砂隠れの力を借りることができないらしい。それで、行きと帰りの護衛を木ノ葉の忍に依頼したらしい。今回ナギたち第六班に依頼されたのはその復路であった。

 復路と言っても、砂隠れの里までではなくその周辺までの護衛である。

 里までの護衛ではないのは、いくら同盟国であるとはいえ他里の忍が出入りすれば否応なしに注目の的となってしまうためだ。

 

 話を聞いたナギは疑問を呈する。

 

 

「サキュウさん、話を聞く限り、貴方が里へと戻るのは危険な気がするんだが」

「そうだな、お前の言う通りだよ、ナギ」

「それなら、どうして帰るのよ?」

 

 

 コハクの疑問に、サキュウは真剣な眼差しで答える。

 

 

「簡単な話だ。私には砂隠れの里を正しい方向へと導く責任があるからだ」

 

 

 それを聞いても、コハクは納得がいかなそうである。

 彼女には責任と命が上手く結びつかなかったのだろう。

 

 

「はあ、よくわからないけど、アンタチビの癖に難しいこと考えるのね」

「……相も変わらず失礼な餓鬼だな。私はこの年で30になる。貴様らよりもずっと年上だ」

 

 

 その発言に、タタラ以外の三人が驚愕の表情を浮かべる。

 語るまでもなく心中を想像できる彼らの反応に、サキュウは慣れているのかあまり動じていない。

 ただただ、深く溜息を吐いた。 

 

 

「……はあ、やはりそうは見えないのか」

 

 

 少し凹んでいるところを見ると、実は気にしているのかもしれない。

 

 

「ま、まあ、若く見えるというのはいいことなんじゃないのかな?」

「シンリ、といったか? 下手糞なフォローは必要ない」

「……申し訳ないんだぞ」

 

 

 依頼が始まってから謝ってばかりのタタラ、しばらくは彼は心労に苛まれそうだった。

 そんな彼に対し、サキュウは少し同情の目を向ける。

 自身も苦労の絶えない身の上であるため、共感できるところがあるのだろう。

 

 

 

 

 

 他愛のない話を続けながら進んでいく5人。

 あまりにも何も起こらないその状況に、集中力が散漫になっていく。

 

 

「しかし、何も来ないわね。護衛の任務っていうから結構期待していたんだけど。拍子抜けするわね」

「コハク、気を抜くな。静かに思えても、来るときは一瞬だ。少しの油断が大事になる」

「わかってるわよ、それぐらい」

 

 

 そういいつつも、やはり退屈そうなコハク。

 しかし、それは彼女だけではなかった。

 

 

「でも、ボクも正直退屈かな。でも、こうまで何もないっていうのも不思議なものだね。サキュウさん、余程上手く動いたみたいだね。里の人たちに気づかれていないんじゃないのかな?」

「いや、それはないな」

 

 

 シンリの予測を、サキュウはきっぱりと否定する。

 

 

「砂の忍がそこまで愚鈍でないことは私が一番よく知っている。ここまで動きがないのは何か作戦があってのことだろう。貴様ら、警戒を怠るなよ」

「わ、わかってるわよ!」

「――皆、少し待つんだぞ!」

 

 

 その時、先頭を走っているタタラが4人を制止し立ち止まる。

 

 

「……来たようだな」

「やっと、敵のお出ましってわけね。さあ、ナギ、シンリ、これがアタシたちの初陣よ!」

 

 

 神妙な面持ちをする4人と、一人テンションの上がっているコハク。

 素早く周囲を見回すナギ。

 

 

「1,2,3……7人か。俺たち、いつの間にか囲まれているようだな」

「いい勘をしてるんだぞ、ナギ。でも、もう一人いるぞ」

 

 

 そう言って、タタラが突然上空へ向かってクナイを投げた。

 見ると、クナイの先には一人の忍。

 その額当ては、予測通り砂隠れの忍の証である砂時計の紋章が彫られている。

 

 

「8人いたのか!?」

 

 

 驚くナギの声から間もなく、一斉に周囲の気配が動き出す。

 先ほどの忍にタタラのクナイが刺さったように思えたが、それはどうやら変わり身であったようだ。

 タタラは三人に呼び掛ける。

 

 

「人数はこちらが不利だぞ! 離れずに固まって戦え! サキュウさんは僕に任せるんだぞ!」

 

 

 その言葉を合図に三人は一瞬姿を消す。

 サキュウは表に出ている数人の砂の忍へ向かって声をかける。

 

 

「貴様ら、この私がサキュウと知っての狼藉か?」

 

 

 砂の忍のうちの一人がそれに答える。

 

 

「知っているさ……裏切り者のサキュウ。お前は砂には必要ない」

「裏切り者……か。やはり砂には改革が必要なようだな……長がすり替わっていることにも気づかぬ愚か者どもが!」

 

 

 それきり、話は途絶える。

 言葉は必要ない。

 生き残った者だけが正義となる。

 

 

 

 ――弱肉強食、それが忍の世界なのだから。

 

 

 

 

 

 


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