原作から変更点有り。
(例)
五つ子の転校時期:秋→春
夏祭りの日:9月末→8月中 などなど
あと、タイトルは五つ子の日常となってるけど、メインは一花さん。
これにはちゃんとした理由があって、僕が一花さんのことを大大大好きだからです。
第一話 : 五つ子の長女は、もう堕ちるところまで堕ちている。
中野一花は、普段感じることのない温もりを隣に感じ、目を覚ました。意識が段々とはっきりしていくのとともに、体にけだるさが広がってゆくのがわかる。それらを無視して隣を見ると、そこに眠るのは一人の男。
眠りに落ちる前に見た男が、まだ隣にいることに安堵し、そっと微笑むと、男の腕を枕にしっかりと密着する。
彼の鼓動をもっと感じるために。自分の存在を彼に刻み込むかのように。
ちらり、と彼の寝顔を見ると、寝息が聞こえてきた。どうやら深い眠りについているらしい。バイト続きで疲れが溜まっていたのだろうか、それとも──先程までの行為のせいだろうか。
今までの人生経験から、自分の容姿が整っていることは理解していた。街を歩いている時にすれ違う男性が目を向けてくることはよくあることであり、声をかけられるのも日常茶飯事だ。
学校で過ごしている時も、男子生徒たちの視線を感じた。一花のその綺麗な顔に見惚れる者、同年代である女子の平均以上に育った胸を凝視する者、スカートの下から覗くスラリとした脚に熱い視線をおくる者など、様々な視線が向けられている。
一時期はそのどろりとした欲望の視線に耐えきれず、自分の容姿が嫌いになりかけたこともある。だが次第に、日常生活を過ごすうちにその嫌悪感も薄まっていった。厳密にいえば割りきったともいえる。有名税みたいなものだから仕方ない、そう思い諦めていた。
でも今は、整った容姿に生まれたことに心の底から感謝している。そのおかげで彼に興味をもって、いや、彼に好きになってもらえたのだから。
そんなことを考えながら男の胸に顔を乗せていると、男が小さく呻き声をあげ、寝返りを打ち、一花の上にのしかかってきた。それを一花は全身でしっかりと抱きとめる。
特別筋肉質なわけではない、しかしながら、やはり女である自分とは違う、逞しい男の肉体。
「ん…………一花……?」
「あ、ゴメン、起こしちゃった?」
ぼんやりとしながらも徐々に意識がはっきりとしていく男。その瞳には、まぎれもなく自分の姿が映しだされていた。
他の姉妹ではなく、自分だけが──
その事実は、一花の独占欲をこの上なく満足させた。
「あ、悪い、一花。重かったか?」
「ううん、大丈夫だよ……それよりも……おはよ、フータローくん」
「……ああ、おはよう一花」
そう言って、男は一花の髪を優しく撫でつける。それだけでどんなことでも許してしまいそうになるので、もう自分は彼に──上杉風太郎という男に、どうしようもないほど夢中であった。
〇
彼と初めて会ったのは、転校して間もない桜舞う季節であった。様々な事情から、元々通っていたお嬢様校である黒薔薇女子高から転校することとなり、新たに通うことになった普通の高校。そこに通う同学年の上杉風太郎という男子生徒が、自分たち五つ子姉妹の家庭教師として雇われたことで全ては始まった。
最初に、義父から家庭教師を雇ったと聞かされた時は、はっきり言ってめんどくさいと思った。勉強は得意ではなかったし、貴重な時間を勉強にとられるのもイヤだ。勿論、学生なのだから勉学が大事であることは頭では理解していたものの、キライなものはキライなのだから仕方ない。それに自分は花も恥じらう女子高生なのだ、努力しても一向によくならない勉強に時間を費やすよりも、もっと他にやりたいことはあった。
そう思い、当時は少し憂鬱な状態で家庭教師を迎えたものだったのだが、今は義父に感謝している。おかげで彼と出会うことができたのだから。
彼と出会ってから様々な出来事があった。ゴールデン・ウィークに偶然出会ったことによる遊園地デートや中間試験前のお泊まり勉強会、期末試験での赤点回避に夏休みのプールでのハプニング。彼と同じ時間を過ごす度に距離は縮まり、少しづつ彼の事を意識するようになった。
そして決して忘れることができないあの夏の日。毎年恒例となっていた花火大会の日の夜、一花は生まれて初めてキスを交わした。
あの夜、映画のオーディションに向かうため車を取りにいった社長を待ちながら、風太郎に自分の内心を打ち明けた。毎年約束していた花火を無視したことによる妹達への罪悪感と次第に近づく時間への緊張感から、体の震えが止まらず俯く。
そんな時、隣にいた彼が自分の名前を呼んだ。それに反応し、顔をあげたのもつかの間、彼の顔が近づき唇が触れあう。
初めは何が起こったのかわからず茫然としていたが、キスをされていると気付き、振りほどこうとした。だが、彼の手は腰に、もう一方の手は頭の後ろに回り、しっかりと抱き寄せられる。次第に抵抗する気持ちは薄れ、全身から力が抜ける。気がつけば自分も目を閉じ、両手も彼の背中に回っていた。
永遠にも感じられるほどの時間(実際には数十秒程度だったが)が経ち、ゆっくりとお互いの唇が離れると同時に一花は閉じていた目を開ける。すると、目の前には彼の顔。その瞳には、顔を真っ赤にした、信じられないくらい色っぽい表情をした自分の姿が映っていた。
何も言えないまま立ち尽くした一花を尻目に、風太郎は一花と目を合わせ、やや口元を歪めながら、少し挑発的に、だが優しく言葉を紡ぐ。
「緊張、とれただろ?」
その瞬間、一花は完全に恋に落ちた。もうその時には既に、彼と少なからず同じ時間を共有し、好意を持っていたこともある。だからこそ突然キスされても受け入れたのだ(他の男性なら絶対にありえない、もしされたらビンタして即効で警察に通報している)。それに好きという気持ちだけではなく、彼の家庭事情を知ったことも大きかった。
彼の家はとても貧しい。高校生である彼が家庭教師をしているのだから、お金が必要なのだとは思っていたが、まさか借金があるほどだとは思わなかった。今でこそ裕福な暮らしをしているが、少し前までは自分たちも貧乏暮らしだったのだ、気持ちはわかる。
同情心のようなものもあった。でも何よりも彼の真っ直ぐな瞳に魅了された。貧乏にも負けず前を向いて歩いている彼に。聞けば、家庭教師だけでなく、ケーキ屋でもバイトしているという。妹であるらいはの為にお金が必要なのだと。せめて、女の子である妹には最低限のオシャレをさせてやりたいのだと。
その話を聞き、彼の力になりたいと思った。彼は自分たちに勉強を教えてくれるのだから、自分も何か彼の為にするのは何ら不思議なことではない。家庭教師の対価として義父からお金を受け取ってはいるだろうが、それとこれとは別問題だ。自分個人は何も彼に恩返ししていない。だから自分が彼の為に何かをするのは当然のことなのだ、そう思った。
もし、この時の一花の脳内理論を五つ子の次女が知ったならば「こ、恋の暴走列車だわ」と呟いたことであろう。 だが幸か不幸か、一花の内心を知るものはいなかった。
その後、風太郎との時間は増えていく。放課後の図書館での勉強会は勿論、休みの日でも仕事の合間をぬって彼との時間を過ごした。勉強の息抜きと称して彼を誘い、ウィンドウショッピングや喫茶店に行ったりもした。
一見すると恋人同士のデートのようなものであったが、付き合っているわけではなかった。あの夜、確かにキスは交わした、したがそれだけだ、はっきり付き合おうと言われたわけではない。それ以降も言われなかったし、自分から聞いたこともなかった。
──私達って……付き合ってるのかな?
そう聞けば彼は何と応えるだろう。当たり前だろ、と応えてくれる気もした。だが否定されたら、いや、否定されるだけならまだいい。
「あれはお前を緊張からほぐす為にしただけだ、勘違いするな」
もしもそんなことを言われたら、二度と立ち直れない自信があった。 彼がそんなこと言う筈がないと思いつつも、怖くて聞くことはできなかった。一方で、彼を想う気持ちは日に日に高まっていった。
そんなある日、いつもどおりマンションまで送ってもらう帰り道。ふと前を見ると、右に左に揺れる自転車。乗っている男はどうやらスマホをいじりながら運転しているらしい。危ないなぁ、と思いつつ距離が近づく。
と、すれ違う直前、やっと一花達の存在に気づいたのか男が顔を上げる。慌ててハンドルを切ったことでバランスを崩したのか、自転車ごと一花達の方に倒れてくる。突然のことに反応もできず、ぶつかると思い目をつむったその瞬間、体が抱き寄せられた。
自転車と一緒に倒れた男が慌てて起きあがり、謝りながら去っていくのを、一花はどこか他人事のように見ていた。今脳内を占めるのは彼に抱きしめられている自分の姿。顔が赤くなっているのが自分でもわかる、心臓が激しく鼓動するのを止められない。
抱きしめられたまま、ふと思う。今、彼はどんな表情をしているのだろうかと。彼の胸にうずめたままの顔を上げ、そおっと彼の顔を覗き見る。すると、彼もまた一花を見つめていた。
抱き合ったままの体勢でお互いに見つめあう二人。もう言葉はいらなかった。初めての時とは逆に、今度は自分から彼に抱きつき、一花は人生で二度目のキスを交わした。
その日以降、別れ際のキスは当たり前のものとなった。交わすたびにより深く、激しくなっていく口づけ。彼の手は一花の腰に、一花の手は彼の背中に回され、しっかりとお互いの体が密着した状態で舌を絡ませるキスは、立っていられなくなるくらい気持ちがよかった。
あまりにも長くキスをしすぎて帰る時間が遅くなることもよくあった。せっかく作ったのに冷めちゃったじゃない、と二乃に文句を言われ、お腹の音が鳴るほど腹を空かせた一番下の妹に、本気で睨まれた時は冷や汗を流したものだ。なるべく控えようと思ったこともある。
だが彼とするキスはあまりに甘美で、止めるどころか次第に行為は激しくなっていった。舌を激しく絡ませながら、風太郎の手は一花の胸を揉みしだき、お尻を撫でられる。少し痛みを感じる行為であっても、彼が自分を求めている証だと思うと、興奮は消えなかった。
肉体的にも、精神的にも、とっくに彼を受けいれる準備はできていた。自分の全てを彼のものにしてもらいたかった。
初めて彼と繋がったのは林間学校の夜。キャンプファイヤーに盛り上がる生徒たちをよそに、月明かりだけが照らすベッドの上で、一花は風太郎に女性として一生に一度の、一番大切なものを、処女を捧げ、そして──
──今の関係に至っている。
〇
「そろそろ帰らないとな。時間遅くなっちまう」
そう言って、風太郎がベッドから起き上がり、床に脱ぎ捨てたままの服を手に取るのをぼんやりと見つめる。ちらり、と時計をみると午後六時を回ったところであった。
(もうこんな時間なんだ……)
今日は日曜日、久しぶりの彼と二人きりのデートの日。お昼を食べ、映画を見た後に、ホテルに入ってから三時間近くが経過していた。あと少ししたら、時間を告げる呼び出し音が鳴るころであろう。その前にするべきことがあった。
一花はシーツを手にとり、裸のままの体を最低限隠しつつ、もう一方の手でバッグを開ける。手に取るのは今日の為に用意した、彼の為に買った贈り物。
「あの……フータローくん……これ、良かったら、もらって?」
そう言いながら、一花はバッグから取り出したモノを風太郎に手渡す。それは外国の人気ブランドの長財布。派手さはないが、シックで落ちついた色合いのそれは、いつも前を向いて努力している彼にピッタリ似合うはずだ。
一花から渡されたものを見て、風太郎が驚いた表情を浮かべた。
「これ……カルティエか? こんな高い物、貰えねぇよ」
「いいの、いいの。たまたま安く売ってたから買っただけだよ。ほら、新しい財布欲しがってたじゃない」
「……だけどな」
「それにいつも勉強教えてもらってるでしょう?日頃のお礼だよ、気にしないで」
半分は本当で半分嘘。お礼の気持ちというのは本当だが、たまたま買ったというのは嘘だった。
先週、二人で出かけた時に、たまたま入ったお店で目にしたもの。その時、彼が欲しそうにしていたのを覚えていた。
──財布か、今使ってるやつボロボロだし、そろそろ買わないとな。
──これ限定品か、いいな……って五万!? 無理だ、買えるわけないぜ。
──まぁ、まだ使えるし焦って買わなくていいか。
名残惜しそうにしながら手に取った財布を元に戻す風太郎。その時はそのまま一緒にその場を後にしたが、もう既に一花の心は決まっていた。
翌日、学校が終わると急いで昨日行ったお店に向かった。目的のモノがまだあったことに安堵しつつ、手にとり会計に向かう。払うお金は義父から渡されているカードではなく、仕事で得たお給料。彼の為に使うお金は、自分で稼いだお金でなくてはならないと決めていた。それは今回だけではなく、これまでのものも含めてだ。
彼に会う度に、何か物を送るのは恒例のこととなっていた。家庭教師のお金が入ってくるようになったとはいえ、家計が苦しいことに変わりはない筈。何せ焼肉定食焼肉抜きなんてものを食べるくらいだ、満足に食事もとれていないだろう。初めて仕事のお給料を受け取った時、少しでも生活の足しにして欲しくて、いくらかを彼に渡そうとした。
しかし彼は直接的な金銭のやり取りをきっぱりと拒否してきた。そんなものを貰うわけにはいかない、と。ならばと、一花は代わりとして自ら買ってきた物を渡すようになる。
時には勉強を教えてもらっているお礼として、またある時には彼の妹であるらいはへのプレゼントと称して様々なものを彼に送った。その度に、彼は少し戸惑いながらも嬉しそうな笑顔を浮かべるのだ。
──ありがとな、一花。
感謝の言葉ともに優しく髪を撫でられる。その時の幸福感は、何ものにも変えがたいものとして一花の心を満たしていた。
新品の財布を渡され、困惑していた様子の風太郎であったが、いつものごとく何を言っても一花が折れないと思ったのか諦めたように息をついた。
「いつもありがとな、一花。さっそく使わせて貰うぜ」
「どういたしまして……それと、これも」
続けて一花が取り出したのは、二枚のチケット。
「ん?これは……ランチ無料券? あの有名ホテルのか?」
「うん、来週の土曜日限定だけどね。事務所の社長から貰ったんだ。元々菊ちゃんと行く予定だったらしいんだけど、菊ちゃんが遊園地のほうがいいとかで、予定変更したんだって」
「なるほど。あのオッサンもなかなか娘思いな人だな」
「……それでね、フータローくん……あの……土曜日、一緒に「サンキュー、一花。ちょうど土曜日、らいはと出かける約束してたんだ。有り難く使わせてもらうぜ」行こ…………ぇ?」
「いやー喜ぶだろうな、らいは。あのホテルのレストラン、一回行ってみたいって言ってたからなぁ」
「…………そうなんだ」
喜ぶ風太郎を尻目に落胆する一花。本当は風太郎と二人で行きたいと思っていたし、もう自分の中ではそのつもりの予定であった。
(残念だなぁ……せっかく二人で出かけられると思ってたのに。おいしいランチ食べて、映画でも見に行って、天気がよければお散歩でもして……そして、そのまま……って何考えてるの私!?)
よからぬことを考えてしまったのか顔を真っ赤にし、両手で顔を隠すように俯く一花。そんな彼女の様子を知ってか知らずか、風太郎が一花の傍に近づき、優しく呼びかける。
「一花」
「ん?なに、フータローく、んんっ!?」
名前を呼ばれ、顔を上げたのと同時に肩を抱かれ強引に唇が重ねられた。突然のことに驚くも、すぐに目を閉じ両手を彼の首に巻きつける。裸のまま体を密着させ、口内に入ってくる彼の舌を歓迎するようにこちらも舌を絡ませ、気持ちを通じ合わせる。
(キス……凄い……すごい、よ……)
唇が唾液でベタベタになるほどに激しいキスを交わし、やがてどちらからともなく唇が離される。離れたお互いの口には透明の糸が繋がっていた。その淫靡な光景がまた一段と一花を興奮させる。
「一花」
「……ん」
「バイト代入ってからになるけど……このレストラン、二人で一緒に行こうか」
「…………うん」
「それと」
「?」
「シャワー、一緒に浴びよう」
「……うん、いいよ」
「からだ、洗ってくれるか?」
「……もちろん」
もう一度軽くキスを交わし、二人はくっついたまま浴室へと入っていく。その後、シャワーを浴びながら、二人はもう一度求めあった。
結局、二人がホテルを後にしたのは、予定より一時間も後になってからのこと。風太郎と腕を組み、体をあずけながら帰宅の途につく一花。その表情はこれ以上ないほど、幸福に満ちたものであった。
なお、当然のごとく、ホテル代は延長料金も含めて一花が支払った。
個人的に一花さんが花嫁だと思ってる。もっと一花さんの人気が上がって欲しいな。