今週でアニメ最終話か……二期ありますよーに。
「ここだよ、フータローくん」
「へー、お洒落なとこだな。流石は一花、いいお店知ってるな」
「へへへ、共演した人に教えて貰ったんだ、隠れ家的なとこだって。勿論、味も保証するよ」
そう言って、中野一花は彼の腕を引きそのお店を指差す。地元ではなく、一花達が住んでいる街から電車で県を跨ぎ三駅離れたところにある洋風料理店。以前仕事で一緒になった人に、とても美味しいお店があると教えて貰ったのだ。
中に入ると、早速、店員が一花達の案内に現れる。案内されながら、店内を見渡すと、中は多くの人で賑わっていた。そして、そのほとんどが若いカップル達。
それもそれその筈、今日はクリスマスイヴ。
そう、恋人達が愛を語り合う日なのだから。
○
「ふー、美味しかったな」
「うん、美味しかったね。五月ちゃん風に言うと、星五ってとこかな」
「五月チェックは厳しいからな。星四ってとこじゃないか?」
「ふふふ、そうかも。五月ちゃんは味に五月蠅いからねー」
評判どおり、料理はとても美味しかった。味といい、見た目といい文句のつけようがない。教えてくれた共演者に感謝しなくては。
「皆の様子はどうだ?五月はまだ落ち込んでるのか?」
「そんなことないよ。流石に結果が分かった直後は落ち込んでたけど、お夕飯の時はもう元通りだったし。普段どおり、ご飯おかわりしてたもん」
「なら安心だな。しっかり食べてるなら問題ない。食べる量が変わらない限り、あいつは大丈夫だ」
「フータローくん、ひどーい。五月ちゃんのこと何だと思ってるの?」
「何って、そりゃあ、伝説の食レポブロガーだろ」
「……五月ちゃんに言いつけちゃおうかなー。フータローくんがそんな風に思ってたよーって」
「……勘弁してくれ」
ここにはいない末っ子の冗談で盛り上がる二人。二人は他の姉妹達のことや、一花の仕事の話、風太郎のバイトでの話をしていたが、自然と話題は、この前あった期末試験の結果について移り始めた。
「それにしても驚いたな」
「……そうだね」
「まさか、四葉が勝つなんてな」
「……うん、驚いた」
そう、試験の勝者はまさかの四葉であった。誰もが予想しなかった人物。結果が分かった瞬間、一花のみならず、二乃も三玖も愕然とした様子を見せていた。五月など、得意教科の理科で四葉に負けたショックから、ご飯が喉に通りませんと言っていたほどだ。その後しっかりと食べてはいたが。
(私は英語が一番だったけど、得意教科の数学で三玖に負けた……二乃は社会が、三玖は数学がそれぞれ一番。五月ちゃんは、合計点数では一番だったけど、個別では一番はなし…………結局、四葉が国語と理科の二科目で一番)
まさか得意教科の数学で三玖に負けるとは思わなかった。自分もかなり勉強したと思ったが、三玖の頑張りに負けたということだろうか。とはいえ、三玖もあれほど得意にしていた社会で、二乃に負けて凄く悔しがってはいたが。
(それにしても、四葉の頑張りには驚いちゃった。理科で五月ちゃんに勝ったこともそうだけど、国語の点が前回より、もの凄く伸びてたもんね…………よっぽど勉強したのかな)
四葉の国語の点数は八十点近くを取っていた。前回より、三十点近く伸びた計算だ。正直、国語なら六十点近く取れれば勝てると思っていたので、全くの計算違いであった。
駅伝の大会もあった筈なのに四葉がここまで頑張るなんて、一体どれだけの勉強をしたのだろうか。二乃や三玖は目に隈ができるくらい勉強をしていたみたいだが、四葉にはそんな様子は見られなかった。よっぽど効率のいい方法で勉強したのだろうか。
とはいえ、トップだった国語と理科以外は赤点ギリギリだったことから、単に山が当たったのだろう。いずれにせよ、自分達に運がなかった、それに尽きる。
「まあ、勝ったご褒美が、皆でクリスマスパーティーをしたいっていうのは四葉らしいけどな」
「ほんとだね。四葉もフータローくんに物をねだれば良かったのに。指輪とかネックレスとか」
「おいおい、勘弁してくれ。そんな高価な物買えねえよ」
「ふふふ、冗談だよ」
勝者である四葉が願ったのは、クリスマスにマンションでホームパーティーをすることであった。勿論、姉妹のみならず、風太郎と彼の妹であるらいはちゃんもだ。
「フータローくん、クリスマスの日大丈夫なの?お家でお祝いとかしなくて」
「ああ、大丈夫だ。親父が仕事で帰ってこれないらしいからな。らいはと二人きりで寂しいと思ってたところだ。四葉の誘いを聞いて、らいはも喜んでたよ」
「……そっか。それなら良かった」
勝負に負けたことは悔しいが、明日も彼に会えるのだと思うと、それも気にはならない。クリスマスパーティーをしたいと言った四葉に感謝しなくては。
「明日もよろしくね、フータローくん」
「おいおい、まだ今日は終わってないんだぜ。気が早いぞ。まずは、今日という一日を目一杯楽しもう……せっかく二人きりなんだからな」
「……うん、そうだね」
風太郎の言葉に少し照れた様子を見せながら一花は思う。今日と明日は、間違いなく人生で一番幸せなクリスマスになる、と。
○
「……綺麗だね」
「……ああ」
二人の目の前では、夕陽が水平線に沈もうとしている。ランチを終えた後、映画を見に行った一花達。映画が終わった後は、近くのショッピングセンターでお互いの服を選び合いなどし、楽しいひとときを過ごした。その後は喫茶店で感想を語りながらひと休み。そして喫茶店を出た後は、散歩がてらに海沿いの歩道を歩き、二人は今、ベンチに腰かけていた。
辺りには人気は少なく、居るのは一花達と同じくカップルのみ。だからこそ堂々と彼にくっつくことができる。一花はそっと風太郎に寄り添い体を押し付ける。すると、すぐに彼が一花の肩に手を回し、抱きよせられた。
そのまま、二人は静かに太陽が海に沈むのを見つめていた。時折、彼の手が一花の髪を優しく撫でる。
一花は彼に髪を撫でられるのが、たまらなく好きであった。彼の大きな手が自分の髪に触れる度に、自分の全てが彼に支配されたように感じ、どうしようもなく背筋が震える。
「……一花、髪、伸びたな。伸ばしてるのか?」
「んー、そういうわけじゃないけど、ね。切りに行ってないだけ。それにほら、冬は寒いから長い方がいいかなーって」
「なんだそれ、めんどくさがりにもほどがあるぞ」
「ふふふ、じょーだんだよ、冗談」
本当は嘘だった。一花は最近、髪を伸ばすようになっていた。それには理由がある。ふと思ったのだ。
もしかしたら、彼は、フータローくんは髪が長い方が好きなのかもしれない、と。
いつだったか、彼が言っていたことがあった。行為が終わった後のベッドの中で、彼に寄り添い合いながら寝ていた時に、彼が髪を撫でながら言ったのだ。
『……一花って、いつから髪を短くしたんだ?』
『え、どうしたの、急に?』
『いや、昔は皆、髪型同じだったと聞いたからさ。いつから、違うようになったのかと思って』
『んー、五年前までは皆同じだったんだけどねー。いつからだろ、忘れちゃった。四葉が最初に変えたのは覚えてるんだけどね』
『……そうか』
『? それがどうかしたの?』
『いや、何でもない』
『そう?』
それ以降、彼がその話をすることはなかった。だが、ふとした時に、彼が懐かしそうに、愛しそうにしている雰囲気を感じた。
自分の髪を触りながら、見ながらも、視線は遠く、ここではないどこかを見つめているように感じたのだ。
それはただ単に彼の好みの問題なのか、それとも──初恋の女の影響なのか。
いつか雑誌で読んだことがあった。男の子は初恋の女の子を引きずるのだと。男は最初の人に、女は最後の人になりたがる。故に、彼が愛しそうに髪を撫でるのは、初恋の影響で髪の長い女の子が好きなのだと思うようになった。
彼に直接聞いたことはない。聞く必要もなかった。もし聞いたとしても、きっと彼は一花の望みどおりの答えを返すだろう。
『そんなことはない』と。『今の一花が一番だ』と。誰よりも優しい彼なら、必ずそう言うと確信していた。だからこそ、一花は髪を伸ばそうと決意した。少しでも、彼の好みに近づく為に、今以上に彼に好きになって貰う為に。それで安心できる筈であった。だが、
「……あの、フータローくん」
「ん、どうした一花?」
少し躊躇った様子の一花を見て風太郎が首を傾げる。一花はそんな彼を伺いながら一つ喉をならし、
「……私達の関係、皆に話ちゃ駄目かな?」
「…………何だって?」
一花の言葉に驚いたような顔をする風太郎。それも当然であろう。そもそも私達の関係を内緒にしようと言ったのは自分のほうだ。彼に迷惑をかけたくなかったからそう言った、内緒でも構わなかったからだ。
それが一転して、皆に話したいなんて言うなんて、彼でなくてもどうかしたのか問うに違いない。
「どうしてだ? 今バレたら、家庭教師を続けられなくなる可能性だってあるんだぞ。そうなったらマズいだろ?」
「…………」
「……一花?」
「…………二乃と三玖のこと、気付いてる?」
「……ああ、好意を持ってくれてるみたいだな」
「…………うん、そうみたい」
「……もしかして、それが理由か?」
「…………」
そうだと言えば、彼はどんな反応をするだろうか。二乃や三玖のことをどう思っているのか、自分と比べてどうかと、そう聞けば、彼は何と答えるのだろう。
「二乃と三玖とは何にもない。二人とは一緒に出かけたこともないんだ、何かあるわけないだろ? 何だったら、二人に聞いてみてもいいぞ」
「……そういうわけじゃなくて」
「だったら、どうしてだ?」
「…………」
「……そんなに不安か? 俺のこと信じられないか?」
「ち、違うよ! そんなことない、フータローくんを疑ったことなんて一度もないよ!」
「なら何故だ? 一花は何が不安なんだ?」
「…………」
彼の問いに答えることはできなかった。何故なら、自分でもわからなかったからだ。彼は自分を愛してくれている。それは分かる。
だが、二乃や三玖が彼に好意を寄せる姿を見て、焦りを覚えているのは確かだ。
他の女の子ならこうはならなかった。同級生の女の子がいくら彼を好きになろうが、何一つ不安になることはない。彼のことを知らない彼女達が近づこうが、彼を本当に理解できているのは自分だという安心感があった。
でも、二乃達は別だ。自分と同じ顔の妹達。髪型も、好きな食べ物も、趣味も違えど、本質的には同じだと心の奥底では思っている。
だからこそ、いつか二乃達なら自分のように彼のことを理解してしまう可能性はある。その時、二乃や三玖が自分の代わりになってしまうのではないか? そんな不安が一花の頭をよぎっていた。
彼が自分に飽きた時、捨てられたらと思うと震えが止まらなかった。だから、確かな絆が欲しかった。彼と離れることのない、確かな絆が、永遠の鎖が。
風太郎は黙ったまま俯く一花をしばらく見つめていたが、一つ大きく息を吐くと、一花に顔を上げるように促す。
「一花、これ受け取ってくれ」
「え……これって」
「一応クリスマスプレゼントだ。まあ、安もんだけどな」
そう言って、風太郎はジャケットのポケットから小箱取り出し、一花に手渡す。それを受け取った一花が中身を開けると、そこにはピンクのブレスレットが輝きを放っていた。
「……綺麗」
「まあ、定番といえば定番だけどな。一花に似合いそうだなと思ったんだが」
「……うん、ありがとう。嬉しい、凄く嬉しいよ」
「それは良かった。ちなみに、俺がプレゼントを上げるのは一花だけだ…………これで少しは安心してくれたか?」
「……うん、勿論!」
一花の言葉を聞き、風太郎は安心したように微笑む。そんな彼の顔を見ながら、彼から送られたブレスレットを見ながら、少しだけ思った。
ブレスレットではなくて、腕輪ではなくて、首輪の方がいいと言ったら、彼はどんな反応をするのだろうか、と。
(私が首輪をつけて欲しいなんて願ってること知ったら、流石のフータローくんも引くかな?……あの普段は余裕ある笑みが引きつっちゃうのかな?…………それはそれで少しだけ見てみたいかも)
私ってこんなに重い女の子だったかな、と自嘲する一花。その顔に浮かんだ笑みを喜びと思ったのか、風太郎が一花に近づき、顔を寄せる。
「ずっと俺の隣にいてくれ、一花……いいな」
「……は、はい」
風太郎の同意を促す強い言葉に、一花はうっとりとした表情で返事を返した。そしてそのまま、強引に唇が奪われる。一花は口内に入ってくる彼の舌に必死に応えながら、ぼんやりと思う。
やっぱり、彼は私を必要としている。私を失うことに怯えている。自分の未来が無くなるから、閉ざされるから。私が彼に愛を与え続ける限り、私から離れていくことはない。それがたまらなく愛おしい。
(……フータローくんの未来は私が握っている。私は彼に全てを捧げた。だったら彼の全ては私の物。二乃にも、三玖にも絶対に渡さない…………もしも、奪われそうになったら、その時は────)
彼が初恋の女の子を引きずっている?それがどうしたというのだ。どこの誰かは知らないが最初なんてくれてやる、その代わり、最後だけは絶対に誰にも渡さない。
例え父達にバレたって構わない。それで、妹達との仲がこじれても、彼が家庭教師を解任されたとしても問題ない。私が彼を養えばいいのだ。彼には私がいる、私には彼がいる。
自分達はもう一蓮托生。一方だけでは切ることのできない、終わることのない、決して離れることのできない関係。
そう、人はそれを──『愛』と呼ぶのだから。
次で一応一区切りです。