(闇)一花さん回。
あと、時系列的には二話より前の話になります。
──恋と愛の違いとは一体なんだろう?
放課後の屋上で、フェンスに体をあずけながら中野一花はそんなことを考える。季節はもう十二月、少し肌寒く感じるとおり、冬の足音が聞こえ始めている。
ふと、グラウンドに目を向けると、放課後がよほど待ちどおしかったのだろうか、大勢の生徒達が笑顔で部活の準備を始めていた。
そんな彼らを見ながら思う。彼らが部活に向ける気持ち、それは『恋』なのだと。一方的で情熱的で、だけど熱しやすく冷めやすい。ふとしたことで、簡単に好きにも嫌いにもなる気持ち、それが恋というものなのだ。
そう、目の前にいるこの男の子のように。
一花は普段どおりの笑顔を浮かべ、グラウンドに向けていた方向とは反対側に振り返った。目の前には緊張した様子の男子生徒。
同じクラスのたしか谷田部とかいう名前の男の子。サッカー部に所属しているらしく、短めに切りそえられた髪は少し茶髪に染められているが、不良というわけではなく、むしろ高校デビューした男の子がちょっと背伸びしたような印象をうける。背丈は170センチ後半くらいで、顔立ちも中々に整っているし、性格もいいとクラスの女子達が話していたのを耳にしたことがある。
その彼に声をかけられたのがつい先ほどのこと。授業が終わり、仕事の予定が入っているため、帰ろうとしたところを彼に呼びとめられた。話したいことがあるから、と。
「それで話したいことって何かな、谷田部くん」
手を後ろで組み、首を傾げて尋ねる一花。だが用件など、何となくわかっていた。高校生の男子が、女子を呼び出して話すことなど一つしかない。今までも、何度かあったシチュエーション。それに、彼の真っ赤になった顔を見れば誰でも一目瞭然だ。
そんな一花の内心を知る由もなく、谷田部と言われた男は、緊張した様子で口を開いた。
「お、俺、中野さんのことが好きです! 俺と付き合ってください!!!」
顔を真っ赤にしながらも、しっかりと一花の目を見て想いを伝える男の子。それだけで彼が真面目で、真っ直ぐな人であることがわかる。クラスの女子が話していたように、きっと性格もいいのだろう。彼と付き合う女の子は、ごく普通の高校生らしいカップルとして、楽しい青春をおくることになるのかもしれない。
でも、だからこそ、こう思うのだ。
──私である必要はない、と
「ありがとう、谷田部くんの気持ち嬉しいよ」
「え、じゃ、じゃあ」
「でも、ごめんね。私、今誰とも付き合う気ないから」
そう言ってばっさりと言い放つ一花。男は一瞬期待した表情を浮かべたが、一転して絶望した顔となる。
「あ、そ、そうなんだ……あははは」
「うん、ごめんね」
「い、いえ!中野さんが謝る必要なんてありません、俺が勝手に告白しただけですから!!! あ、頭を上げて下さい!!!」
頭を下げてまで謝る一花に慌てたのか、男は必死に両手を前に振りながら、顔を上げるよう一花に懇願する。
「そ、それに駄目なのは分かってたっていうか」
「? どういうこと?」
「あ、あの、中野さんは俺ら男子からしたら高嶺の花っていうか」
「……高嶺の花?」
「う、うん。美人だし、気が利くし、いつも笑顔で、誰とでも分け隔てなく喋るし」
「…………」
「完璧超人で、見てるだけで幸せになる存在っていうか、ハハハッ」
「……そうなんだ」
照れながらも、憧れの存在である一花を称賛する男。それを一花は笑顔を浮かべて聞きながらも、内心は別のことを考えていた。
この人は何を言ってるんだろう。一体誰のことを喋っているのだろうか。気が利く?いつも笑顔?完璧?誰のことだ、それは?
(この人……本当の私を知ったらどんな顔するのかな。実はめんどくさがり屋で、料理も得意じゃなくて、部屋が妹達に汚部屋って言われるくらい散らかってるなんて知ったら)
目の前の男の声が次第に遠ざかっていく。深く思考が沈んでいくのと同時に、心の奥底から暗い何かが涌き出てくるのがわかる。
(失望するかな?こんな人だとは思わなかったって。怒るかな?騙されたって。全部ぶちまけちゃおっかな)
結局、この人は本当の意味で私のことを好きではないのだ。自分の中で理想とする私を好きなだけ、ただそれだけ。だから簡単に言葉にできる。大して喋ったことがない相手に、よく知りもしない相手に簡単に言うことができる。
『好き』と。
「……れで林間学校の時も中野さんはてきぱきしてて……って、な、中野さん、どうかした?」
「うん?ううん、何でもないよ」
黙ったままの一花に何かを感じたのか、男が声をかける。それに対し、何でもないと返しながら、この場を離れる為に言葉を続ける。
これ以上、この男と同じ場所に居たくなかった。
「谷田部くん、ごめん。私そろそろ……」
「え、あ、こちらこそごめん、時間とらせて!」
それじゃあと言いながら、男は屋上から通じる出入口に向かって歩き始める。ドアノブに手をかけ、扉を開き、そのまま出ていこうとしたところで立ち止まる。一瞬躊躇したような表情を浮かべた後、意を決したように振り向き口を開く。
「あ、あの、中野さん!」
「ん?どうしたの?」
まだ、何か用があるのだろうか。取り繕った笑顔を浮かべつつ、内心は早く出ていってくれないかなと思う一花。だがその後に男が続けた言葉は、予想外のものだった。
「俺、本当は告白するつもりなんて無かったんだ」
「……え?」
「中野さんは女神みたいな存在で、さっきも言ったとおり見てるだけで幸せだったっていうか」
「……それじゃあどうして?」
どうして告白しようとしたのだろう。そんな一花の疑問が表情に出ていたのか、男子は照れながら続ける。
「なんか最近の中野さん、一段と綺麗っていうか可愛くなった気がして」
「……そう?」
「窓の外を見てる時とか、ふとした瞬間とかに凄く優しそうな顔してたり、以前までは見せなかった表情を見せるようになったっていうか」
「…………」
「それで思ったんだ。中野さんも誰かに恋してるんだなぁって」
「!!!」
イマ、コノヒトハナンテイッタ?
「そう考えたら居ても立ってもいられなくなったっていうか、告白しなきゃって思って」
「…………」
「あ、ご、ごめん、俺、変な事言ったりして! じゃ、じゃあ俺、今度こそ行くね!」
そう言って、男は慌てたようにドアを開け去っていった。後に残されたのは、一人立ち尽くす少女。その少女の胸中では、様々な感情が渦巻いていた。
恋をしている? 私が?
一体それは、何の冗談だろう。
「谷田部くん……きみ、間違ってるよ……そんなことあるわけない」
私が恋をしているなんて、そんなことありえない
私が同級生達や先程告白してきた男子と同じ気持ちを『彼』に抱いているなんてある筈がない。
(だって私は彼の良いところだけじゃない、駄目なところも沢山知っている)
そう、『恋』とは一方的で独善的で刹那的なモノ
(顔も特別格好いいってわけじゃないし、髪型も最低限整えてはあるけど、流行りの髪型じゃないし、服も私が買ってあげた服以外、全然オシャレじゃないし)
毎日、同級生達が話題に出すように、相手の良いところしか見ずに、簡単に好きだと言ってしまうようなモノ。
(気が利かなくて、意地悪で、無理矢理乙女のファーストキス奪ってきて、おまけに甲斐性もない)
さっきの谷田部とかいう男の子のように、私のことを勝手に理想化して、上辺だけ見て、口にするような安っぽいモノ。
(でも私は彼の全てを知っている。上辺だけじゃない、良いところも悪いところも含めて私は全部知っている。知ったうえで彼が好きな、そんな私が、彼らと同じである筈がないよ)
そう、私は決して恋なんてしていない。
一方的で独善的で刹那的で、熱しやすく冷めやすい、同級生達が普段からよく言葉にするような、さっきの男子が私に言ったような、安っぽい『それ』とは違う。
同じである筈がない。
「だって、私は彼を『愛』しているんだから」
そう言って、自分の言葉に満足したように微笑む一花の表情は、同年代の少女と比較にならないくらい美しく、妖艶で、しかしながら大多数の少女が浮かべるのと同じように、熱に浮かされたものであった。
次回は二乃回(別名:ほのぼの回)。
『五つ子の次女は、いつだって彼の背中を見つめている。』