クズなフータロー君と恋に溺れる五つ子の日常   作:やマッチ

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三玖ちゃんが色々と頑張るお話し。



第六話 : 五つ子の三女は、クールな外見とは裏腹に頑張り屋さんな女の子である。

 

──ピピピピピピ

 

 中野三玖は、聞き慣れた機械の音によって、目を覚ました。音の発生源である目覚まし時計のアラーム音を止め、起き上がる。時刻を見ると朝の五時半、昨日の夜セットしたとおりの時間であることにまずは一安心。

 

 部活をしていて朝練がある者ならともかく、普通の高校生が起きるには早い時間である。事実として自分以外の姉妹はまだ夢の中にいるだろう。普段なら自分もまだ眠っている時間。

 

 だが、今日は絶対に起きなくてはならない。どうしてもやることが、いや、やらなければならないことがあるのだから。

 

 三玖は着ていたナイトウェアを脱ぎ捨て、学校の制服に身を包む。部屋を出て洗面所に向かい、顔と歯を洗ったら、いよいよ作業開始だ。

 

 まずはご飯を炊く為にお米を磨ぐ。水の冷たさに震えつつも、テレビの料理番組で見たとおり、しっかりと一番美味しくなる方法で実行する。磨いたお米を炊飯器にセットすると続けて冷蔵庫から卵を取り出す。作るのは、お弁当には定番ともいえる卵焼き。

 

 雑誌に書いてあったのだ、男の子のお弁当に入っていると嬉しいランキング一位は卵焼きなのだと。ちなみに二位はタコさんウィンナーだったので、勿論それも用意してある。

 

 その記事を読んだ時、これだと思った。普段は大人びた余裕さを漂わせているが、たまに子供っぽさを見せる『彼』にはピッタリのおかず。

 

(フータロー、喜ぶかな……? 喜んでくれたらいいな)

 

 頬を染め、お弁当を作る相手のことを思い浮かべながら、割った卵をかき混ぜていると、後ろから声がかかる。

 

「おはよー三玖、早いねー」

「あ、四葉。おはよう」

 

 大きなあくびをしながら現れたのは五つ子の四女、四葉。眠そうな顔をしながら、近づいてくる四葉を見て少し不思議に思った。確かに四葉は姉妹の中では起きる時間は早いほうではあるが、こんなに早く起きていただろうか。

 

 そこで気づいた。四葉が制服ではなくジャージ姿だということに。ということは──

 

「四葉……今日、朝練なの?」

「うん、陸上部の朝練があるんだ。もうすぐ大会だから頑張らないと」

「そっか……頑張るね」

 

 確か江場とかいう先輩に誘われて、陸上部に助っ人に入ったと言っていた。いくら運動神経がいい四葉とはいえ、バスケ部も手伝っているのだから感心する他ない。少なくとも自分には絶対無理だ。

 

「三玖こそ、すっごい早起きだね…………もしかして、お弁当作ってるの?」

「……うん」

「……上杉さんに?」

「…………うん」

 

 照れながら頷く三玖を見て、そっかと微笑む四葉。三玖を見つめる眼差しが妙に照れ臭くて、思わず卵をかき混ぜる手が速くなる。寒い筈なのに温かく感じるのはどうしてだろう。

 

「上杉さん、きっと喜ぶよ」

「……上手くできればいいんだけど」

「大丈夫だよ。三玖が毎日、料理の勉強してたの、私、知ってるもん……ほんと、頑張ってたよね」

「……うん」

 

 四葉には、料理の本を買って相談したり、試食してもらったりした。最初は五月にも試食してもらっていたのだが、何故か途中からいなくなるようになってしまったのだ。食い意地の張った五月にしては珍しい、何故だろうか。

 

「上杉さんに渡したら、一緒に食べなきゃ駄目だよ? それで絶対感想を聞くの」

「……うん、わかってる」

 

 朝のうちにお弁当を渡してお昼、屋上で一緒に食べる約束を取り付ける。シミュレーションはバッチリだ。

 

「あっ、そうだ! せっかく三玖が頑張ってお弁当作ったんだから、上杉さんからはお礼もらうってのはどうかな?」

「お礼? 何を?」

 

 これは私が勝手に作ったこと、それなのにフータローに恩着せがましくするなんて、と考えていると四葉の口から出たのは予想外の言葉。

 

「お礼にキスしてもらうのはどう? ホッペにチューとかさ」

「よ、四葉!」

「しししし。じょーだんだよ。それじゃあ、私、行ってきまーす!」

 

 慌てる三玖を横目に四葉はイタズラっぽく笑うと颯爽と出かけていく。三玖は顔を赤くしたまましばらく立ち尽くしていたが、我に返ると再びお弁当の作成に取りかかった。

 

(お礼……確かにそうだけど、ちょっと違うよ。フータローからお礼をもらうんじゃない。私からフータローへのお礼なんだから)

 

 そう、お弁当を作っているのは感謝の気持ちを伝えるため。何の取り柄もないと思っていた自分に自信をつけてくれた、フータローへの恩返しであると同時に、これは彼に好きになってもらえる自分になる為の第一歩なのだから。

 

 

 

   ○

 

 

 

 自分は五つ子の三女、ちょうど真ん中の子として生まれた。子供の頃はみんな同じだった。髪型も好き嫌いも、何をするにも一緒。

 

 いつからだろう。五人の中で違いが生まれ始めたのは。最初に四葉が髪型を変えた時だったかもしれないし、あるいはもうすでにみんな違い始めていたのかもしれない。

 

 それも当然、五つ子とはいえ違う人間なのだ。得意、不得意はそれぞれ違う。

 

 だが他の姉妹はどんどん変わっていった。一花、二乃、四葉、五月。みんな得意なものがある。でも自分にはそれがない。四葉とは違い運動神経はよくないし、二乃のように料理も上手く作れない。一花のようにモテたりしないし、五月のように可愛げもない。自分だけが何もない。

 

──私は五人の中で一番落ちこぼれ

 

 そう思っていた。

 

 フータローと出会うまでは。

 

 フータローは言ったのだ、他の四人ができるならお前にもできる、と。お前だけの得意なものはきっとあると。

 

 だからこそ挑戦しようと思った。苦手な勉強でも赤点を回避することができたのだ。だったら他の苦手なことでも上手くできるようになるかもしれない。

 

 お弁当を作っているのもその一つ。あれほど苦手だった料理を克服するのと同時に好きな人に喜んでもらう為のもの。

 

そして、もしこのお弁当をフータローが喜んでくれたら、美味しいって言ってくれたら、その時は──

 

 

 

 

   ○

 

 

 

 

「はい、どうぞフータロー」

「サンキュー三玖、……今さらだが、本当にもらってもいいのか」

「うん、いいよ。フータローに食べてもらう為に作ってきたんだから」

 

 昼休みの屋上に三玖はいた。持ってきたシートを引き、そこに座る。隣にいるのは勿論、自分達の家庭教師、上杉風太郎。事前の計画どおり、朝、ホームルームが始まる前にフータローと接触し、見事約束を取り付けることに成功した。疾きこと風の如しとは正にこのことだ。

 

「そうか、助かるぜ。今財布の中身がピンチだったからな。昼食どうしようかと思ってたところだ」

「……また焼肉定食焼肉抜きなんて食べてるの?……そんなに懐事情厳しいなら私、お金貸すよ?」

 

 貯金ならあるから、と呟く三玖。本当だった、一花や二乃とは違い、服やオシャレにはあまりお金をかけないので、毎月のお小遣いは溜まっていくばかり。どうせ使わないし、フータローの為になるのなら。

 

「いやいや大丈夫だ。来週にはバイト代入るから、問題ないさ」

「そう?……もし本当に困ったら、遠慮なく言ってね?」

 

 いつでも貸すから、と自然と上目遣いになる三玖に風太郎は苦笑いしつつ、話題を代えるように弁当箱の包みをほどく。

 

「どれどれ……おっ!卵焼きにウィンナーにハンバーグ……いいな、好きなもんだらけだぜ」

「そう……よかった」

 

 風太郎の言葉に安心する三玖。三玖が作ってきたお弁当の中身は実に男の子が好きそうなもの。卵焼きにウィンナー、コロッケ、バンバーグに唐揚げと、肉がメインのおかずばかり。野菜など、アスパラガスのベーコン巻きくらいのもの。

 

 二乃なら、栄養バランスを考えた完璧な物を作るかもしれない。でも自分にはこれが精一杯だ。それに、逆にフータローにはこっちのほうがいいとも思った。五月が言っていたのだ、「彼には肉が足りません、肉をもっと取るべきです!」と。食にうるさい五月が言うなら間違いない筈だ。

 

「へー美味しそうだな、まずはコロッケ、と………うん、旨いな」

「!! ほ、本当に、フータロー!?」

「ああ、本当だ。このコロッケ、冷凍食品じゃなくて手作りだろ? すげー美味しい」

「そ、そっか……」

 

 やった、と思わず声が出る。そのコロッケは一番練習した料理。何度も姉妹(主に四葉)に食べてもらって、完成した一番の自信作だ。初めて上手くできたときは嬉しくて思わずガッツポーズしたくらいだ。そういえば、四葉も「やった……やっと終わった、これで体重が……」と、涙を流しながら嬉しがっていた。よっぽど美味しかったのだろうか?

 

「ほ、他はどう? 食べてみて!」

「急かすな、急かすな。どれ……うん、このウィンナーも旨いな……唐揚げもジューシで旨い……ハンバーグも……うん、絶品だな」

「!!!」

 

 フータローが美味しいと言ってくれた!

 ついに自分はやったのだ。あれほど苦手だった料理を克服し、フータローに、好きな人に美味しいと言ってもらえるほどになった。これほど嬉しいことが他にあるだろうか。自分の努力は無駄ではなかった。

 

 大きな達成感と幸福感に浸る三玖。だが、

 

「ん、んぐぅぅ!! しょ、しょっぱ!?」

「え!? な、何、どうしたの、フータロー!?」

 

 それまでお弁当を美味しそうに食べていたフータローが、突然咳き込み、声を上げる。フータローが食べていたのは──

 

「……卵焼き?……そんなに甘かっ……!? な、何これ!? しょ、しょっぱい……」

 

 口の中に広がったのは、予想していた甘さではなく、想定外のしょっぱさ。何故、と疑問が頭の中を駆け巡る。卵焼きは甘いのが定番だと雑誌に書いてあった。だから、砂糖を入れて甘くしたのだ。それなのに辛くなる筈は──

 

「……あっ!!」

 

 脳裏に思い浮かぶのは朝の一コマ。卵焼きは四葉と話をしていたせいか無意識の内に作っていた。卵をかき混ぜる時に、砂糖を入れたつもりが間違えて隣に置いてあった塩を入れたのだとしたら──

 

「そ、そんな……わ、私……」

「い、いや、気にするほどじゃないぞ、三玖。全然食べられるから。うん、う、旨いぞ」

 

 フータローはそう言って三玖を慰める。だが三玖はそんな声が聞こえないほど呆然としていた。何故、それで頭の中が一杯だった。

 

「……ごめんね、フータロー。せっかく食べてくれたのに……変な物作っちゃって」

「……そんなことないさ」

「練習では上手くいったんだよ?……それなのに、肝心な時に失敗しちゃうなんて……今までのこと、全部無駄になっちゃった」

「……三玖」

「やっぱり私、才能ないのかな……」

 

 思わず膝を抱え、顔を伏せる。悔しさと情けなさで瞼に涙が溜まっているのがわかった。でも絶対にそんな顔見せたくはない。料理を失敗して泣くような、情けない女だってフータローに思われたら──

 

 と、その時、突然、左手が温かさに包まれる。顔を上げるといつの間にか風太郎が近づき、三玖の手を握っていた。

 

「三玖、聞いてくれ」

「……フータロー」

 

 顔をくしゃくしゃにした三玖を見ながら、風太郎は優しく語りかける。

 

「俺だって、最初から頭がよかったわけじゃない。むしろ子供の時はヤンチャしててな、テストの点も相等悪かったんだぜ。それこそ四葉レベルにな」

「……そうなの?」

 

 初めて聞いた、そんな話。テストでオール100点取るくらいだ、てっきりフータローは子供の時から頭がよかったのかと思っていた。

 

「たがな、ある時、このままじゃ駄目だと思った。何にも知らない男なんて、頼りがいのない男だと気づかされてな。それで勉強し始めたんだ」

「……凄いね」

「大事なのは諦めないことだ。毎日挑戦して、失敗して、それでも挑戦して……とにかく頑張る、それが最善の道なんだよ」

「…………」

「失敗しない奴なんてこの世にいない。俺だって失敗してるんだ。お前だけじゃないさ」

「…………うん」

 

 自然と胸が熱くなる。失敗した情けなさはどこえやら、好きな人に励まされた嬉しさでどうしようもないほど胸が高鳴った。

 

 

 やっぱり私はフータローのことが──

 

 

 と、そこで、フータローがスマホを見て声を上げる。どうやらメールが届いたらしい。

 

「あ、わりぃ、三玖。俺、今日日直だったんだ。五月の奴が呼んでるから、そろそろ行くわ」

「あ、うん……わかった……ありがとね、色々と」

「ああ、じゃあな」

 

 そう言ってフータローは立ちあがり、去っていく。その背を見つめながら、三玖は強く拳を握る。

 

 今度はもっと頑張ろう。今度こそ失敗しないように、フータローに美味しいって喜んでもらえる為に、もっともっと──

 

 と、そんなことを考えていると、去りかけたフータローが立ち止まり、振り向いた。

 

「あ、そうだ、三玖」

「ん、何、フータロー」

「また、弁当、作ってきてくれるか?」

「…………うん!」

 

 三玖の返事を聞き、フータローは満足したように微笑むと、屋上から去っていった。それを三玖は笑顔で見送る。胸中を占めるのは、一つの決意。

 

 

(勉強も料理も他にも色々したいことはある。今までの自分がしてこなかったこと、苦手だといって避けてきたことにも挑戦しよう)

 

(色々なことを知ってもっと成長したい。フータローに教えてもらうだけではなく、いつかフータローを支えれるような頼りがいのある女の子に、一人前の女の子になりたい)

 

 そしてその時こそ、フータローに言うんだ、この気持ちを。伝えるんだ、この想いを。

 

 

 だからその時まで、

 

 

「私、頑張るから。ちゃんと私のこと見ててね、フータロー」

 




次回は、五月回。
二話で約束したとおり、偶然手に入れた(?)無料券でランチを食べにいくお話し。

『五つ子の末っ子は、思ったとおり、花より団子な女の子である。』
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