原作最新話凄いことになってきた……
そんな中、ギフトカード貢いで喜んでる一花さん、やっぱ最高ですわ。
駅前の広場は休日ともなると、多くの人で溢れかえっている。家族連れの人々や仲の良い友人グループ、そして、手を繋いだ幸せそうなカップル達。
中野五月はそんな人達を見ながら、少し緊張した様子で立っていた。チラリと腕時計を見ると、時刻は十時四十分。約束した待ち合わせの時刻まで後二十分。
五月は鞄から手鏡を取り出すと、身嗜みを再度確認する。ちなみに、少し前にも同じ行動をしていたのだが、五月自身は気付いていなかった。
(特におかしなとこはないですよね……服も……うん、問題ないです)
今日の服は、襟ぐりが広めのシフォンブラウスに膝下までのフレアスカート。ブラウスの腕部分にはスリットが入っているので露出しているように見えるが、中にはインナーを着ているため下着が見えることはない。清楚感を漂わせつつも、大人の雰囲気を合わせもつ服装。
二乃の部屋にあった雑誌に書いてあったのだ(こっそり読んだ)。今年の流行りであり、男の子受けする服装だと。
この季節にしては少し薄着ではあったが、天気予報によると、幸いにも今日は気温が上がり暖かくなるそうなので問題はない。コートを着てきても良かったのだが、そこは乙女の複雑な心事情がある。せっかく『彼』と二人きりで出かけるのだから、最初に会う時は可愛い格好でいたいという乙女事情が。
そんなことを考えていると、前から待ち人がやってくるのが見えた。待っていた相手は勿論、自分達の家庭教師である男の子、上杉風太郎。
そう、今日は待ちに待った土曜日。先日、彼に誘われたとおり、ランチを食べに行く日なのだ。
「よう、五月。悪い、遅れたか?」
「い、いえ、そんなことありませんよ。たまたま私が、早く着いちゃっただけですから」
五月の言葉にそうか、と言って微笑む風太郎だが、その視線は五月を見つめたままだ。彼の視線が上下に揺れているのが分かり、思わず手を握りしめた。
「な、何ですか? どこかおかしいですか?」
「まさか、逆だよ。その服、すげぇ似合ってるな。清楚っぽい感じが五月にピッタリだ」
「っ!! あ、ありがとうございます」
彼の言葉に思わず下を向いてしまう。顔が真っ赤になっているのがわかった。同時に口もとがニヤけていることも。彼に褒められたことが嬉しくてしょうがない。心から思う、今日の為にこの服を買ってよかった、と。
とはいえ、いつまでもそうしてるわけにもいかず、必死に顔を元に戻し、顔を上げる。すると目につくのは、いつもの家庭教師をする時の服装とは違う彼の姿。
トップスは白のボタンダウンシャツの上にミラノリブニットを重ねてあり、シンプルで清潔感のある装い。ボトムスは黒のスキニーパンツに無地のソックスとレザースニーカー。最後にライトグレーのチェスターコートを羽織り、上品さのある仕立てとなっている。
よく見れば、髪もワックスで整えられ、普段は目にかかるくらいの前髪も上にあげられており、爽やかさが強調されていた。
五月はそんな風太郎の姿をぼおっとした様子で見つめる。
(今日の上杉くん……何だか凄いおしゃれです……大人っぽくて……す、素敵です)
「ん? どうした五月」
「え!? い、いえ……あ、あの……う、上杉くんもよく似合ってます………………格好いいです」
「ん? 何だって? 最後聞こえなかったが、何か言ったか?」
「い、いえ、何でもありません」
最後にぽつりとこぼした言葉が聞かれなかったことに、ほっとしたような、残念のような気持ちになる五月。
「そうか? まあ、いいや。さ、行こうか。お昼、楽しみだな」
「はい! あのレストランのランチ、すっごく美味しいらしいですよ」
「五月が言うなら間違いないな。楽しみだ」
風太郎がそう言って歩きだすと、五月もすぐにその隣に並ぶ。肩を並べ、歩きながら思った。
今日は楽しい、いい一日になりそうだ、と。
○
「見てください、上杉くん! 今日のランチ、とっても美味しそうですよ!!」
「ああ、美味しそうだな。でも五月にとっては少し残念だったんじゃないか?」
「え? どういうことですか?」
「いや、どうせならビュッフェ形式の方がよかったんじゃないかと思ってな。ほら、好きなだけ食べられるだろ」
「!! も、もう、上杉くん!」
「ハハハ、悪い悪い、冗談だよ」
五月の怒った様子に両手を挙げて降参するポーズをとる風太郎。それを見て、五月の顔にも自然と笑みがこぼれる。
二人は予定どおり、有名ホテルの中にあるレストランで席についていた。周囲をみると、流石に人気のレストランらしく、多くの人で席が埋まっている。家族連れの親子達や友人同士で来たグループに恋人達。皆、楽しそうに、幸せそうにそれぞれの時間を過ごしている。
それは自分もまた同じこと。お昼を食べにきただけなのに凄く楽しい。この時間をもっと大切にしたい、そう思った。
「じゃあ、ランチ、二つでいいな?」
「はい。問題ありません」
五月の返事に風太郎は頷き、近くにいた店員にランチを頼んだ。五月は、白と黒のコントラストが美しい制服に身を包んだ店員を見て、そういえば、と口を開く。
「二乃のアルバイト先での様子はいかがですか? 上手くやってますか?」
「ああ、優秀だよ、二乃は。料理上手なだけあって、もう慣れたもんだ。この前も二乃が作ったケーキ、店長に褒められてたぜ」
このままいけば俺がクビになる日も近いかもな、とおどける風太郎に少し笑いを返しながらも、頭の中では別のことを考える。
(二乃……どうしてアルバイトを始めたんでしょう。お金に困って……というわけではありませんし……それに、彼と同じところだなんて……偶然……ですよね)
二乃に聞いた時は、将来の為だと言っていた。子供の頃は自分のお店を出すのが夢だったし、菓子作りも好きだから、将来その道に進む可能性もあるから、と。
一応納得はした。理屈は通ってはいる。だが本当にそれだけだろうか。あれほど彼を嫌っていた二乃がわざわざ同じアルバイト先にするだろうかと。ケーキ屋なら他にもあった筈だ。
それに様子がおかしいのは二乃だけではない。
「あの……三玖のことなんですけど」
「ん、三玖がどうした?」
「ええと……ついこの前、三玖が言ってたんです。私もアルバイト始めてみようかな、と」
「……初耳だな」
そう。三玖までもアルバイトを始めると言い出したのだ。数日前、リビングでバイト募集のチラシを見て、どこにしようかと選んでいたのを覚えている。
五月はそれを驚きの表情で見ていた。ちなみに、四葉は楽しそうに三玖と一緒になってチラシを見ていたが、一花は何故か複雑そうな表情で、二乃も少し不機嫌そうに眺めていた。あれは一体どういうことだろうか。
と、そんな風に考え込む五月を尻目に風太郎はあっさりとした様子で続ける。
「でも、別に問題ないんじゃないか? 本人がやりたいって言ってるんだから、本人の意思を尊重すべきだろ」
「で、でも私達はまだ高校生ですよ? それに、本来は勉強に一番力を入れなくてはならない筈です。それなのに……」
「まあ、そうだけどな。とはいえ、皆、赤点回避できるくらいの学力はついただろ? このままいけば問題なく進級できるし、卒業も無事にできる筈だ」
「そ、そうですけど。油断してたら、何時又、赤点を取ってしまうとも限りません!……そうなったら」
──貴方の足を引っ張ってしまう
その言葉を五月は飲み込んだ。言える筈もない、風太郎に迷惑をかけたくない、などと。そんな五月を見て、風太郎は怪訝な表情でたずねる。
「……俺は家でのあいつらの様子を知らないが、そんなに忙しそうなのか? 勉強ができないくらい追い詰められてるのか?」
「……いえ、そういうわけでは」
むしろ逆だった。一花も二乃も、仕事と勉強の両立で時間がない筈だ。それなのに二人は忙しそうにしながらも、以前よりも楽しそうに、生き生きとしているように見えた。まるで確固たる目標を持って、その為に生きているかのように。
自分は勉強だけで精一杯だというのに。
「それで? 五月は何を悩んでるんだ?」
「わ、私も、何かアルバイトを始めたほうがいいのかと思いまして」
「……五月は大学に進学するつもりなんだろ? なら、お前が優先すべきは勉強の筈だ。いくら赤点回避して平均点近くとれるようになったからといって、まだまだ目標の大学には厳しいぞ。バイトをしてる暇なんかないだろ」
「……ええ、そうですよね。でも……」
自分だけ、何か取り残されてる気がするのは考えすぎであろうか。確かに、自分は教師になると決めた、その為に大学進学を目指す。だから勉強一本に集中するのは当たり前のことだ。
だが、姉達を見ていると、そんな決意も揺らいでしまう。自分は勉強しかしていない、だが仕事と勉強を両立させている姉達とそれほど学力に差はない。そのことに焦りを覚えていた。
──このままでいいのだろうか、と。
顔を伏せ、黙りこんでしまう五月。風太郎はそんな五月をしばらくじっと見ていたが、やがて一つ息を吐き、口を開く。
「五月、お前には感謝してるんだ」
「……え?」
思ってもいないかった言葉に思わず顔をあげる。彼は真剣な表情で、されど穏やかに五月を見つめていた。その眼差しに胸がドクン、と脈打ち始める。
「家庭教師を始めた時、お前が最初に協力してくれたからこそ、他の皆も俺の言うことを聞いてくれた。俺の家庭教師生活が上手くいっているのは五月、お前のおかげだ」
「……そんなこと……私は、ただ……」
最初は不純な動機だった、その後ろめたさに顔を背けてしまいそうになる。だが、風太郎はそれを許さない。五月の目をじっと見つめたまま、言葉を紡ぐ。
「初日はさすがに驚いたぜ、どれくらいの学力か確かめるつもりだったのに、まさか五人合計で百点だなんてな。」
「ううぅ……あ、あの時は、その……」
当時を思いだし、呆れた様子の風太郎に五月は羞恥と情けなさで顔が赤くなった。だが一転して風太郎は笑顔になると、穏やかに、優しく、五月に語りかける。
「でもお前達は文句を言いつつも、俺の言うことに従ってくれた。一つ一つ課題をクリアして、着実に成長していった」
「…………」
「最初の中間試験は赤点回避できなかったが、予想以上の点数だったよ。特に五月、お前は赤点回避までいきなり残り1教科だったんだからな」
「……いえ」
「あれで、確信したんだ。次の期末試験で絶対赤点回避できるって。お前がそう俺に、自信をつけさせてくれたんだ」
「……そんなこと、私なんか」
「それとも、やっぱり俺の言うことは信じられないか?」
「そ、そんなことありません! 上杉くんの言うことはいつも正しいです!! 貴方のおかげで私は赤点を回避することができましたし、それに、自分の進む道も決めることができました……感謝しても、しきれないくらいです」
「それはよかった。だったら、これからも信じてくれ。俺はお前を信じてる。お前は五つ子の中で一番真面目で一番頑張り屋さんだ。必ず大学に合格できる」
「……上杉くん」
胸が、体全体が熱くなる。先ほどとは違う感情で顔が赤くなるのがわかった。
やっぱり私は、彼のことが──
「おっ、料理がきたみたいだぞ」
「え、あ、本当ですね。美味しそうです」
ちょうどその時、先程の店員が料理を運んでくるのが見えた。テーブルの上に並べられた料理の数々に、彼が嬉しそうな顔をする。五月の口からも小さな感嘆の声が溢れ出た。見るからに美味しそうな料理だ。
「さ、食べようぜ。せっかく無料で食べられるんだ。しっかりと味わって食べないとな」
「もう、上杉くんたら……」
おどろける風太郎に五月も自然と笑顔になる。もう五月の心に先程までの悩みはなかった。
楽しい食事が始まった。
○
「評判どおり、美味しかったな」
「はい、とっても! これなら五月チェック、星5を上げてもいいですね」
「……まだ食レポブログやってたのかよ、M・A・Yさん?」
「い、いえ! もう、やってません。これは癖みたいなもんで……」
食事が終わり、二人は食後の歓談に興じていた。時に風太郎が冗談を言い、五月がそれに怒る。逆もまたしかり。共通しているのは、二人とも笑顔だということ。
だが、そんな楽しい時間も必ず終わりはやってくる。
「さて、一服したし、そろそろ行くか」
「あ……そうですね」
もうこの幸せな時間も終わりなのか、そう思い、気持ちが沈んでしまう五月。そんな五月に気づいた様子もなく、風太郎は会計を済ます為、レストランの入口に向かって歩き始める。五月もその後を追う。
入口の近くにある会計処にくると、風太郎が財布を取り出し、知り合いから貰ったという無料券を店員に渡し会計を済ませる。それを五月は二歩後ろに立ち眺めていたが、ふと気がついた。
「あれ? 上杉くん、財布変えたんですか?」
「…………ああ、まあな」
風太郎がポケットから取り出した財布を見て驚く五月。前に彼が使っていたボロボロの財布と比べて、明らかに高そうな財布。
「それってカルティエの限定品じゃないですか? 高かったでしょう?」
「…………詳しいな」
「ええ、二乃が持ってた雑誌に乗ってたのです。今、注目の一品だ、って」
「……そうなのか」
五月は少し不思議に思う。彼が持っている財布は結構な値段がするモノだ。普段から節約している彼が買うにしては似つかわしくない品物である。
そういえば、と、あらためて風太郎の姿を見る。今日、彼が着ている服も決して安くないものばかりだ。コートも靴も、まるで下ろし立てのようにピカピカに輝いている。
それに彼が着ている服、どこかで──
「あっ! 思い出しました!!」
「ん? 何がだ?」
「上杉くんが着ているその服です。どこかで見たことあるなあと思ったら、前に一花と一緒に買い物に行った時に、一花が上杉くんに似合いそうだと言ってた服です」
「…………へー、凄い偶然だな」
「靴もそうです。一花が絶対似合うって言ってたモノでした」
「…………」
「!! も、もしかして、上杉くん!?」
「…………何だよ」
五月の言葉に少し気まずそうな顔をする風太郎。その表情を見て確信する。間違いない、やっぱりそうなのだ。
自分が思ったとおり、彼は──
「この日の為に、用意してくれたんですか!?」
「…………は?」
「やっぱり、そうなんですね!? 今日の為にわざわざ新品の服を買うなんて…………う、嬉しいです、上杉くん」
「…………」
「でもこれからは、そんなことしなくていいですからね? 上杉くんがお金に困ってるの知ってますから、無理しなくても。そ、それに私は別に上杉くんがどんな服でも」
「……五月」
「はい? 何ですか?」
「俺が言うのもなんだが、少しお前が心配になってきたぜ」
「え? どういうことですか?」
キョトンした顔で風太郎を見る五月。それに対し風太郎は何でもないと手を振る。
「それより、近くに美味しいと評判のクレープ屋があるんだ。食後のデザートにでもどうだ?」
「クレープ! いいですね、ぜひ行きましょう!!」
先程のやり取りもどこへやら、楽しみです、と笑顔を浮かべ歩き始める五月とその後ろで苦笑いをしながら五月の後を追う風太郎。
まだまだ、楽しい一日は続く。
予定よりも文字数増えたので分割します。
次回も五月とのデートの続き。