クズなフータロー君と恋に溺れる五つ子の日常   作:やマッチ

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デートの続き。
五月がドキドキするお話。


第八話 : と思いきや、彼女にも団子より花なところもあった。

 

『ずっと誤魔化していたんだ、自分の気持ちを』

 

『でも、もうそんな必要はない。今ならハッキリと言える、君が好きだって』

『私もそうよ、貴方を愛してる』

 

 

(えっ……ああっ…………き、キスしました……)

 

 五月が見つめる視線の先で、一組の男女が抱き合い、口づけを交わしていた。その光景に思わず息を飲む。たとえそれが、お芝居であったとしても、だ。

 

 そう、二人は映画館にやって来ていた。クレープを食べながら風太郎が言ったのだ、せっかくだから映画でも見に行かないか、と。

 

 もっと彼と一緒にいたかった五月にしてみれば、その誘いは渡りに舟であった。二つ返事を返し、映画館に向かう二人。到着すると、上映している映画を選ぶ。

 

 以前予告で見た『生命の起原~知られざる神秘~』という映画にも惹かれたが、今日は彼と二人で来ているのだから、やはり見るのは恋愛映画にしたかったので『恋のサマーバケーション』という、いかにも二乃が好きそうな映画をチョイス。そして今、物語は佳境を迎えている。

 

 画面の中でキスを交わす俳優達を見ながら、五月は思う。自分もいつか、あんな風に恋人と抱きあう日がくるのだろうか、と。今は勉強をして、大学に合格することしか頭にないが、いつかは自分もキスを交わす時が、そして、もしも願いが叶うのなら、その相手は隣にいる──

 

と、その時、五月の右手が温かさに包まれる。いきなりのことに驚き、下を見ると自分の右手に彼の左手が重ねられていた。

 

(!? う、上杉くん!!?) 

 

 突然のことに驚く五月。ドキドキする胸を押さえ、横目で彼を見るも、風太郎はそんな五月の様子にも気づかず、じっと前を見ていた。

 

(ぐ、偶然ですよね? 偶然、手が重なって、それで……映画を見ているから、気づかないだけで……意味なんて……)

 

 そう思い、平静を保とうとするが、胸の高鳴りは収まらない。前のスクリーンでは、いよいよ物語が終盤を迎えていたが、そんなことすら目に入らないほど、五月の意識は自らの右手に、そしてそれを握る彼の手の感触に向いていた。

 

 五月はしばらくの間、目をぐるぐるとさせていたが、やがて、背もたれに体を預け、息を吐く。

 

(………このまま、ずっとこの時間が続けばいいのに)

 

 そんな思いが頭の中を駆け巡る。そして、そっと重ねられた手に力を込め、彼の手を握り返す。一瞬の間の後、彼の手にも、心なしか力が入った気がした。

 

 

 映画が終わるその時まで、ついに、二人の手が離れることはなかった。

 

 

 

   ○

 

 

 

「映画、面白かったな。俺、あんまり恋愛映画は見ないんだが、今日見たやつは面白かった。らいはにも薦めてみるか」

「ええ、きっとらいはちゃんも喜びますよ。今度、二人で見てきたらどうです?」

「それは勘弁だな。同じ映画を二回もだなんて……金の無駄だ」

「ふふふ、そうでしょうか」

 

 二人は映画が終わった後、散歩がてら近くの公園にやって来ていた。公園の中では、休日ともあって、多くの親子連れで賑わっている。

 

 五月はベンチに腰掛けながら、その光景を見ていたが、ふと、思い出した。子供の時は五つ子である自分達も、よく一緒に遊んだものだと。昔は一花が自由気ままに振る舞い、自分達を翻弄していたことを思いだす。四葉なんか、よく食べ物やオモチャを取られ泣いていた。

 

 自分も一花に食べ物を取られた時があったが、その後の記憶はない。気づいた時には、何故か一花が震えて泣いていたことだけは覚えている。そういえば、その後、一花が食べ物を取ることはなくなったが、あれは一花も大人になったということだろうか。

 

 そんなことを思い出していると、隣に座っていた風太郎が立ちあがり、微笑みながら五月の方に向き直る。

 

「五月、今日はありがとな。おかげで楽しかったぜ」

「そんな、お礼を言うなら私のほうです。お昼、無料でいただいてしまって……ありがとうございます」

「貰い物だから気にすんな。それも今日限定だったから、逃せばただの紙きれになるところだったんだ。付き合ってくれて、助かったよ」

「いえ、そんな……」

 

 お礼の言葉を繰返す風太郎に恐縮した様子の五月。だが、五月の頭の中を占めるのはそんなことではない。

 

 思い返すのは、先程の握られた手の感触。あれはどういう意味があったんだろうか。

 

 映画が終わった後、何事もなかったのかのように離れた手。ここに来るまで、何も彼は言わなかった。だか、気づいてない筈はない。偶然だろうか、ただの悪ふざけだろうか。それとも──期待していいのだろうか。

 

 彼も自分と同じ気持ちなのだと。私が彼を好きなように、彼もまた自分のことを──

 

 と、その時、風太郎が口を開く。

 

 先程までとは違う表情で、悲しそうに、寂しそうに、言葉を紡ぐ。

 

「……五月とこうして二人で出かけるのも、そんなに多くはないだろうからな」

「……え?……ど、どういうこと……ですか?」

 

 風太郎の口から出た思いがけない言葉に戸惑う五月。

 

(私と出かけるのが多くないって……どうしてですか? 私は、貴方が望むならいつだって…………もしかして、やっぱり私となんか一緒にいたくないということで──)

 

「年が明けて、四月になれば俺達は三年生だ。お前は受験勉強で、今よりももっと忙しくなるじゃないか」

「あ……そういうことですか」

 

 なんだ、と安心する五月。それなら大丈夫だ、受験勉強は始まるが休息する時間も必要だ。それに受験生になるのは自分だけではないのだから。

 

「問題ありませんよ。確かに、今以上に勉強する必要はありますから忙しくなりますけど、たまには息抜きは必要です。それに受験勉強するのは上杉くんも同じでしょう?」

 

 

「いや、俺は大学には進学しない」

 

 

だが、彼の口から放たれたのは予想もしていなかった言葉で。

 

少しの間、呆然としていた五月だったが、我に返ると慌てて風太郎に詰め寄る。

 

「ど、どうしてですか!? 貴方ほど頭がいい人が、大学に行かないなんて……も、もしかしてお金ですか!? でもそれなら、奨学金という制度が」

「ああ、そうだな。奨学金を使えば大学資金は何とかなるだろうな。生活費はバイトして稼げばいいし」

「だ、だったらどうして」

「…………俺の大学資金は何とかなるんだ…………俺のは、な」

「え…………あ!」

 

 末っ子である五月だからこそわかった。彼が心配しているのは、妹であるらいはちゃんのことなのだと。

 

「らいはにはこれから中学、高校、大学と進むための学費が必要だ。勿論、俺が大学を卒業してから働いて稼ぐこともできるが……世の中何が起こるかわからん。確実にらいはの学費を稼ぐためには、高校卒業と同時に働くのが一番だ」

 

 大学に進学すれば四年間は勉強することになる。バイトに明け暮れようにも、奨学金制度を利用するのであれば、尚更のこと成績を落とすわけにはいかない。

 

「ただ、俺がそんなことを思ってると知ったら、あいつは自分で何とかするとか言って、働いてお金を稼ごうとするだろうからな」

 

 小学生であるのに、しっかりとした彼の妹、らいは。お兄ちゃん思いの彼女は、兄一人に負担を押し付けることを由としないであろう。

 

末っ子の自分が、姉達に対してそう思っているように。

 

「たが、あいつは体がそんなに強くない。季節の変わり目にはいっつも熱を出すし、なまじ真面目でがんばり屋だから手を抜くこともできん……五月、お前みたいに、な」

 

 彼がいつか言っていた。彼らの母親も体が弱く、病気で亡くなったのだと。自分達の母と同じように。

 

「らいはは今までも充分頑張ってきた。毎日家族の食事を作って、家計簿までつけて欲しいものまで我慢して……だから、せめてこれからは、普通の女の子のような生活をさせてやりたいんだ」

 

 それに大学なんて働いてからでもいけるしな、と風太郎は締めくくる。さっぱりとした口調で、だけど、どこか諦めのようなものが浮かんでいたのは気のせいだろうか。

 

 その表情を見て、五月は強く拳を握り締める。こんなこと間違っている、と強く思った。

 

 自分のようなバカで要領の悪い者でも、お金があれば大学に進学できる一方で、彼は自分なんかより、よっぽど頭がいいにも係わらず、お金がないという理由で大学に行くことができない。そんなことがあっていいのだろうか。

 

 五月がそう考えているのとは対照的に、風太郎は、もう話すことはない、といった風にこの場から立ち去ろうと歩き始める。

 

 それを見た五月の中で、何かが蠢いた。彼をこの場から離さないように、自分に繋ぎとめるかのように、咄嗟に口を開く。

 

「待ってください!」

 

 五月の口から出た静止の言葉に、立ち止まる風太郎。五月の方を振り返り、何か言おうとする。だがその前に、五月は動いていた。

 

「お金なら、私が何とかします!」

「…………なに?」

 

 怪訝な表情をする風太郎。たが、すぐにいつもの余裕ある表情に戻ると、皮肉げに口を開く。

 

「何だよ、同情してんのか? 俺が可哀想だから憐れんで──」

「違います!そうではありません!!」

 

 そう、間違ってもこれは同情なんかではない。憐れみでもない。そんな安っぽい感情である筈がない。

 

「あげるのではありません、貸すと言っているのです」

「…………貸す?」

「ええ、そうです。私がお金を貸します。大学に入って一緒にアルバイトしてお金を稼いでもいいですし、いざとなれば、父にお願いすることもできます。それでお金の心配は何とかなる筈です…………でも、貸す以上はいつか返して下さい……そう、貴方が大学を卒業して、社会人になってから」

「…………五月」

 

五月の言葉を聞いて、しばらく黙ったままの風太郎であったが、やがて重い口を開いた。

 

「……何故だ、五月?何故お前がそんなことをする?…………俺の為に、そこまでお前がする理由なんてないだろ?」

「…………それは」

 

ずっと思ってきた、私たちは一体どういう関係なんだろうと。

 

単なる同級生?

 

ただの教師と生徒?

 

 いいや違う。それだけである筈がない。私達はこの半年間、色々なことを乗り越えてきた、経験してきた。そんな私達が、そんな安っぽい関係なわけがない。ある筈がない。

 

 

「それは、私達が『パートナー』だからです」

「…………パートナー?」

 

 五月の口から出た言葉が思いもしなかったのか、問い返す風太郎。

 それは五月も同じだった。自分の口から出た言葉に驚き、しかしすぐに納得のいった表情になった。

 

 ああ、そうだ。やっと納得できた、私達の関係に。同じ時間を共有し、時に支え、支えられ、お互いに助け合う。

 

それが私達の関係、それが『パートナー』なのだ、と。

 

「今回は私が貴方を助けます。貴方にお金を貸します、だから、いつか返して下さい……そして今度は、私が困った時は、貴方が私を助けて下さい」

「…………五月」

 

 五月の言葉に驚いた表情をしていた風太郎は、頭に手を当て、そっと溜息をつく。

 

「……本当、お前の言動にはいつも驚かされるぜ……バカの行動は、予測しづらいのが難点だな」

「な!? バ、バカとは何ですか、バカとは!!」

 

 そう言って、頭痛がするかのように頭に手をやり、少しうつむいていた風太郎であったが、やがて顔を上げ五月に向き直る。

 

「…………俺の為に、そこまでしようとしてくれてありがとな。大学に進学すること、真面目に考えるよ。それと、お金のことなら今は取り敢えずは大丈夫だ」

「……ほんとですか?無理してませんか?」

「ああ。一応、当てはないことはないんだ…………でも、もし駄目だった時、俺が困った時は、その時は……俺のこと、助けてくれるか?」

 

 

彼の口から出た問いは、問題は、とっても簡単なもの。

 

だが、五つ子の中でも自分にしか解けない問題だと、胸を張って言える。

 

そう、私だけが本当の彼を知っている。

 

私だけが彼と同じ場所に立っている。

 

五つ子の中で、姉妹の中で、私だけが──

 

 

「勿論です! だって私達は……」

 

 

 

「「パートナーだから!!」」

 

 

 そう言って、お互いに笑い会う二人。風太郎の差し出された手に、今度は五月の方から手を重ねた。数時間振りに、二人の手が触れあう。

 

 五月は不思議に思う。外にいる筈なのに、映画館の時よりも温かく感じるのは何故なのだろうか、と。

 

 

 結局、握り合ったその手は、公園で遊んでいた子供達が二人の周りに集まり、我に返った五月が顔を真っ赤にして離すまで繋がれていた。

 

 

 

 

    ○

 

 

 

 

(ううぅ……は、恥ずかしいです……私ったら何てことを……穴があったら入りたいくらいです)

 

 日も暮れ始め、薄暗くなりつつある道を五月は歩いていた。あの後、彼は学校の行事から帰ってくるという妹を迎えに行く為、五月と別れた。

 

 彼はマンションまで送ろうか、と言ってくれたのだが、五月が固辞した。早く彼に、らいはちゃんを迎えに行って欲しかったし、それに頭を冷やす時間も欲しかった。

 

 思い返すのは、先程まで彼と繋いでいた手の感触。既に手が離れ、かなりの時間が経過しているが、五月の手にはまだしっかりと、彼と手を繋いだ温かさが残っていた。それが五月の胸を熱くさせる。

 

 この気持ちを大事にしたい。そう考えながら、歩いていると、自分の住むマンションが見えた。

 

 あっという間の一日だった、と思いマンションの中に入ろうとする。

 

 そんな時、突然聞き慣れた声が自分の名前を呼んだ。

 

「あーっ! 五月だー!!」

「あれ?五月ちゃん?」

「!?……四葉!……と……一花?」

 

 反対側から歩いてきたのは五つ子の長女、一花と四女、四葉。一花は五月に向かって片手で手を振り、四葉は五月の姿を認識した途端に走り寄ってくる。

 

「いーつき!どーん!!」

「わわっ!や、やめてくださいよ、四葉!!」

「へへへ♪」

 

 四葉が走ってきた勢いそのままに五月に抱きつく。そんな四葉をなんとか踏ん張り受け止める五月。一花はそれを微笑ましそうに見ながら、二人に近づいてくる。

 

「二人とも出かけていたのですか?」

「うん、そうだよー。二人で買い物に行ってたんだ。ねー、一花?」

「うん。四葉に誘われてね」

「……珍しいですね。休日に一花と四葉が二人で出かけるなんて」

 

 五つ子の中では一番起きるのが遅く、休日はゴロゴロしている一花とアウトドア派の四葉が一緒に出かけるなんて、どうしたことだろうと思う五月。

 

 そんな五月の考えていることがわかったのか、一花が苦笑いしながら四葉を指差す。

 

「四葉に無理矢理連れてかれたの。買い物行こーって」

「だって、服買いたかったんだもん。一花ならセンスいい服選んでくれるかなーって。それに私が連れ出さなかったら、ずっと寝てたでしょ」

「そ、そんなことないよ!私だって、今日は久しぶりの休日だから、ウィンドウショッピングとかしよっかなぁ、って思ってたんだよ。ほら、駅の近くに新しいお店できたじゃない?」

 

 そこに行こうと思ってたんだ、と一花が言った。その言葉に五月は思わず息を飲む。

 

 駅の近く?

 

 つまり今日、二人は自分達と同じ場所に──

 

 五月は声が震えないように、慎重に口を開く。

 

「……じゃあ、二人は駅の近くにいたんですか?」

「ううん。それがね、四葉がどうしてもショッピングセンターに行きたいって言うから、そっちに行ったの」

「えへへへー。ごめんねー、一花。今日はそっちに行きたかったの。だって、私の行きつけのお店がそっちにあったんだもん」

 

 一花に謝りながらも、四葉は頬を膨らませ、プイッっとソッポを向いた。そんな四葉の仕草を見て、一花が、子供なんだから、と苦笑いをする。五月もまた同じように微笑みながらも、そっと胸を撫で下ろした。

 

 ショッピングセンターなら駅とは反対側。自分達とは会うことはない。四葉の気まぐれに感謝しなくては。

 そんなことを思っていると、一花がふと、今、気づいたような表情を浮かべる。

 

「そういえば、五月ちゃんは今日一人でどこ行ってたの? 私が起きた時にはもういなかったけど」

「え、あ、あの……私は……その」

 

 突然の一花の問いに五月は慌てる。言えるわけがない。彼に誘われて、ランチを食べに行ったなどと。しかもその後は映画を見て、公園まで散歩してたなんて、客観的にみてデート以外の何ものでもない。

 

 どうやって誤魔化そうかとあたふたする五月を見て、一花が訝しげな表情になった。不味い、とにかく何か言わなくては、と五月が口を開こうとした瞬間、

 

「あー!わかった!!」「よ、四葉?」

 

 五月の腕に抱きついたままの四葉が声を上げた。突然のことに驚く一花と五月。そんな二人に構わず、四葉は何か納得した表情で、五月に向かって口を開く。

 

「五月、また食レポ巡りしてたんでしょ!」

「…………え」

「あー、なるほどね。それなら、一人で出かけるわけだ」

「ちょ、ちょっと待って下さい! 私は別に」

「もー駄目だよ、五月。いくら勉強で煮詰まってるからって、ストレス解消の為に食べ歩くなんて」

「そうだよ五月ちゃん。ちゃんとしないと。食レポブログは控えるように、フータローくんから言われたでしょ」

 

 彼に迷惑かけちゃ駄目だよ、と一花は頬を膨らませて怒ったような表情をする。五月はそれを否定しようとして──やめた。

 この上なく不名誉なことだが、二人が納得するならそれでいい。……いい筈だ……多分。

 

 内心の思いに葛藤している五月を尻目に、一花がマンションの中に入ろうと二人を促した。先に歩き出す一花とその後を追う四葉と五月。

 

 と、そこで、五月の腕に抱きついたままの四葉が、五月の顔を見上げ、問いかける。

 

「ねえ、五月」

「何ですか、四葉」

 

 

「────今日、楽しかった?」

 

 

「……え」

 

 予想外の言葉に、思わず四葉を見た五月は息を飲む。その時見た四葉の表情は、いつも彼女が浮かべる陽気な表情とは違う、どこか大人びた、真剣な表情で。

 

 こんな四葉の表情は見たことがなかった。いや、違う。一度だけ見たことがある。そう、あれは確か、半年前の──

 

 と、その時、四葉の表情が笑顔に変わる。いつものように、皆を元気にするような、向日葵のような笑顔に。

 

「あれ?食べ歩きしてたんでしょ?楽しくなかったの?」

「あ、え、ええ、そうです。楽しかったですよ」

「そっか。それならいいんだ。ししし」

 

 そう言って笑う四葉の表情は、いつものとおり子供っぽさを残したもので。ほっと息を吐く五月。

 

 良かった、いつもの四葉だ。きっと、自分に後ろめたい事があるから、変な風に考えてしまうのだ。四葉に限って、そんなこと──

 

「もー何してるの、二人とも。寒くなってきたから、早く中、入るよ?」

「今いくよー……ほら、五月、行こ?」

「え、ええ」

 

 一花の二人を呼ぶ声に、四葉が返事をし、五月の手を引いてマンションの中へと入っていく。

 

 

四葉に手を引かれながら五月は思い出す。

 

彼に握られた手の感触を。

 

握り合った手の温かさを。

 

 今はまだ、教師と生徒。それでいい。でも、いつか、そう、大学に合格して、この関係を卒業したら、その時は──

 

「この気持ちを……伝えてもいいですよね」

「ん? 何か言った、五月?」

「いいえ。何でもありませんよ、四葉」

 

 時刻はもう夕方、夕食の時間。部屋に戻れば、二乃が美味しい料理を作って、待っていることだろう。いつもの自分なら、お腹が空いてソワソワしている時間だ。

 

たが今の自分は、不思議と胸が一杯で、食欲は湧かなかった。

 





次回は、一花さん回。
一花さんが愛を実感するお話。

『五つ子の長女は、今日もそこに『愛』があることを確認する。』
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