クズなフータロー君と恋に溺れる五つ子の日常   作:やマッチ

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長女回。
一花さんが『愛』を実感するお話。



第九話 : 五つ子の長女は、今日もそこに『愛』があることを確認する。

 中野一花の朝は遅い。学校がある時は、時間ギリギリまで寝ているコトもザラであったし、休日も予定がない時は、可能な限り惰眠を貪っていた。当然のことながら姉妹の中では一番遅く起きる為、朝食を作る妹からは、もっと早く起きろと文句を言われるくらいだ。

 

 たが、最近はそんな日常に変化が訪れつつあった。理由は二つある。一つ目は女優の仕事を始めたこと。役者の稽古には、少なからず体力勝負な所がある為、今では時間の空いている時などは、ジョギングをするのが日課となっている。

 

 そして二つ目の理由。どちらかというと、こちらの理由のほうが大きい。

 一花が惰眠を貪るのを止めた理由、それは──

 

 

「……できた!」

「私もできたよ。はい、どうぞ」

「わー!おいしそう!」

「は、早く食べましょう、お腹がすきました!」

「……五月、ちょっと落ち着きなさい」

 

 テーブルの上に並ぶのは、色とりどりの料理の数々。数種類の具が入ったおにぎりに焼き魚、卵焼き、お味噌汁といった和食が並ぶ一方で、サンドイッチに焼きベーコン、オニオンスープ、野菜サラダのような洋食も用意されていた(ちなみに和食は三玖が、洋食は一花が担当した)。

 

 朝食にしてはちょっと多いぐらいだが、常人の三倍は食べる妹がいるので問題ないだろう。五人はそれぞれ好きな料理を取り、食事を楽しんでいたが、五月がふと、一花の方を見て首を傾げる。

 

「それにしても、一花がこんなに朝早く起きて、朝ご飯作るなんてどういう風の吹き回しですか? 」

「確かに。いつもは、時間ギリギリまで寝てるのにね」

「ふふふ。私もたまには、ね。それに最近、三玖が料理してるのを見てたから触発されたのかも」

「……でも、味はまだまだね。三玖と同じくらいだわ」

「……二乃、うるさい」

 

 二乃の軽口に、頬を膨らませて言い返す三玖。と、それも束の間、三玖は顔を一花の方に向け、真意を確かめるように口を開く。

 

「……一花。料理、本格的に練習するつもりなの?」

「うーん、そうだね。しばらくは、朝ご飯を作るの続けてもいいかもね」

「……とか言って、三日坊主にならなきゃいいですけど。一花は飽きっぽいですから」

「心外だなー。私だって、やるときはやるんだよ。お姉ちゃんとしては、食事を妹達にばっか頼りきりってわけにはいかないでしょ?」

 

 それに、と一花は続ける。

 

「私も、いずれは誰かの奥さんになるんだし? 料理くらいは、できるようになっておいた方がいいかなって」

 

 そう言った瞬間、左斜めに座る二乃がチラリ、と視線を向けてくるのがわかった。たが、一花はそれに反応することなく食事を続ける。

 

「……一花が奥さんって、ちょっと想像できない」

「そうそう。一花が料理作っても、辛い料理ばっか作りそう。塩辛みたいな」

「塩辛の良さがわからないなんて、四葉もまだまだだね~。まあ、ピーマンが嫌いなお子様だから仕方ないか」

「た、食べられるよ!…………ちょっとだったら」

「四葉、好き嫌いはいけませんよ? 食べ物は残さず全部食べなくては」

「……梅干嫌いな癖に」

「なっ!? き、嫌いではありませんよ……苦手なだけです」

「同じじゃん。三玖、明日の朝ご飯は、梅干し入りのおにぎりでお願い」

「うん、わかった」

「そ、そんな……」

 

 三玖の返事に、心底絶望した表情になる五月を見て、皆が笑う。五つ子だからこそのやり取り。子供の時から変わらない関係。

 

 だからこそ、少し寂しい気持ちになる。こんなありふれた日常も、いずれは無くなる時がくるのだと思うと。自分がマンションを出て、アパートで一人暮らしをするようになれば、この光景も日常では無くなるのだ。それが少し寂しい。

 

 でも大丈夫。私達の関係が変わるわけではない。五つ子であることに変わりはない、それは不変である。

 

 それにいつかは、バラバラになる時はくるのだ。誰かが一歩踏み出す時は、必ずくる。ならば、最初にそれをするのは、長女である自分の役目であろう。

 

 それに、と横目で妹達を見渡す。軽口を叩き合う二乃と三玖に、勢いよく食べたせいでむせる五月と慌てて水を差し出す四葉。みんな可愛い、大切な妹達。

 

たがそれは、自分が引く理由には、譲る理由にはならない。

 

そう、自分には、例え相手が妹達であろうとも、絶対に譲れないものがあるのだから。

 

 

 

 

    ○

 

 

 

 

「どう、フータローくん? 美味しい?」

「ああ、旨いな、これ。気に入ったよ」

「本当!?良かった、嬉しいな」

 

 学校の屋上で、一花は地面にハンカチを引き、足を崩して座っていた。時刻は昼休み、隣には愛する人、上杉風太郎。

 二人の周りには、数種類の袋が並んでいる。一花がよく利用する某コーヒー専門店で、販売しているパンやサンドイッチの数々。普通の高校生が購入するには、やや手が出しにくい値段ではあったが、一花からすれば問題ない品物。

 

 本音をいえば、手作りの料理を披露したかったが、二乃に言われたとおり、味がまだまだだったので断念した。

 

 

 二人は、お昼を食べ終わった後、肩を並べ、たわいもないお喋りに興じていたが、ふと、一花がそっと風太郎に寄りかかり、彼の肩に頭をのせる。すると、すぐに一花の肩に手が回され、抱き寄せられた。

 

 その態勢のまま、二人はじっと動かない。二人の間に会話はない。だが、それがたまらなく心地いい。

 

 例え会話はなくても、私達は通じ合っている。付き合いたてのカップルのように、『好き』という言葉をいちいち口にしなければ、愛を確かめられないのとは違う。

 

 言葉にしなくても、いや、言葉にしないからこそ、『それ』が本物だと実感できる。安っぽい『それ』とは違う、本物の愛。それは確かにここにある。

 

 一花は体を風太郎に預けたまま、彼の手に触れる。するとすぐに、彼が手を握り、指を絡め合わせてくる。俗にいう、恋人繋ぎと呼ばれるもの。これも『愛』である証の一つ。

 

 いつだったか、雑誌で読んだことがある。キスは、例え好きではない人とでもすることができると。それはキスが性欲の延長線上にある行為だからだ。だからそこに『愛』はない。

 

 たが、手を繋ぐ行為は違う。性欲ではないからこそ、好きでもない人以外にはしないだろう。だからこそ、手を繋ぐことは、その人の気持ちが最大限表われる行為なのだ。そこには、確かに『愛』がある。

 

 しばらくの間、その態勢のまま、幸せを噛みしめていた一花だったが、ふと何か思いだしのか、風太郎の顔を見上げ、口を開く。

 

「あ、そうだ、フータローくん」

「ん、何だ、一花」

「あのね、もうすぐ……クリスマスでしょ?」

「……ああ、そういえばそうだな。もうそんな季節か」

 

 季節はもう十二月に入り、本格的な冬の到来を告げている。そろそろ屋上でお昼を食べるのも、厳しくなってきたかもしれない。たが、本題はそんなことではない。

 

「……それでね、その……クリスマス当日だけど……フータローくんのお家って、毎年家族だけで、お祝いとかしてるんだよね?」

「……ああ」

「あ、やっぱり。まあ、私達の家もそうなんだけどね、アハハハ………………それで、さ……当日は無理でも、ね、あの……前日は、イヴの日は」

「一花」

「え、な、何!?」

 

 一花の言葉を遮る風太郎。それに酷く狼狽える一花。途端に不安な考えが頭をよぎる。もしかして、もう予定が──

 

 だが風太郎は、いつものように、笑顔で、穏やかな口調で、一花に語りかける。

 

「前日のイヴの日、一緒に過ごそうか」

「ほ、ほんとに! いいの!!?」

「ああ、勿論。俺も一花と過ごしたいと思ってたんだ」

「っ! わ、私も、絶対フータローくんと過ごしたいって思ってた!!」

 

そう言って、勢いよく風太郎に抱きつく一花。

 

(嬉しい!彼も同じことを考えていてくれたなんて。やっぱり私達の気持ちは通じてる。『愛』し合ってる)

 

「でもその前に期末試験があること忘れるなよ?赤点とったら追試で出かけられなくなるぞ」

「大丈夫だよ、任せて。ちゃんと勉強してるから。絶対に、フータローくんには迷惑かけたりしないよ」

「それは頼もしい。まあ、一花の心配はしてないけどな。五つ子の中で、一花が一番要領がいい。一番頼りになるよ」

「も、もう。そんなこと言って……」

 

 風太郎の直接的な賞賛に照れる一花。真っ赤になった顔を隠す為、彼の胸に顔を寄せる。と、直後、一花の耳に機械が振動する音が聞こえた。自分のスマホを確認するが特に何もない、となれば彼のだろう。メールでも来たのだろうか。

 

 一花は風太郎の胸に抱きついたまま、彼がズボンのポケットからスマホを取り出し、画面を操作するのをぼんやりと見ていた。すると、彼が眉をひそめたのがわかった。彼がそんな顔をするなんて珍しい、何かあったのだろうか?

 

「フータローくん、どうしたの?何かあった?」

「……いや、何でもない。それより一花、ちょっと話しておきたいことがあるんだが」

「ん……なに、フータローくん」

 

 風太郎が少し躊躇いがちに切りだしたことを不思議に思う一花。すると、彼の口から出てきたのは予想外の言葉。

 

「俺、大学に進学しようと思うんだ」

「……大学?…………うん、いいよ!大賛成!というか、むしろフータロー君が行かない方がおかしいよ。学年トップのフータローくんが進学しなかったら、うちの学校で進学する人なんかいないよ」

 

笑顔で応援の言葉をかける一花。

 

たがその直後、風太郎の口から出た言葉は、一花の思考を停止させるには十分なものだった。

 

「だからさ、その為にもう一つ、バイト増やそうと思ってるんだ」

「…………え?」

「大学に行くなら、結構な進学費用が必要になるだろ?奨学金があるとはいえ、全額賄えるとは限らないし」

「…………」

「だからその為に、今からバイトして金を貯めて「駄目!」……一花?」

 

 風太郎は、自分の言葉を突然遮った一花に怪訝な顔を向ける。たが一花は、そんなことを気にしている余裕はなかった。

 

バイトを増やす?

 

つまりそれは、今よりもっと彼との時間が無くなるということで──

 

そんなこと、許せるわけがない。

 

「そんなの絶対駄目!これ以上バイト増やしたりしたら、フータローくん倒れちゃうよ!?……体、壊しちゃうよ」

「いや、そんなことは」

「今だって、成績維持しながら、二つもバイト掛け持ちしてるんだよ?……それなのにもう一つ増やすなんて……休む時間、無くなっちゃうよ」

「………仕方ないだろ、うちには金がないんだ………やるしかない」

「そんな……」

 

 大学費用となると、纏まったお金が必要だ。義父に頼んで毎月の家庭教師代が少し増えたところで、どれほどの足しになるか。

 

 とはいえ、義父に彼の大学費用を出してなどとはいえない。なんだかんだで、義父が私達姉妹を大切に思っていることは感じている。そんなことを言ったら、彼に対してお金を払う代わりに、二度と私達に近づかないよう迫るに違いない。

 

(どうしよう、このままじゃあ、フータローくんと一緒にいられなくなっちゃう。そんなのイヤ!絶対に阻止しないと……でも、どうやって…………あ!)

 

それに思い当たった瞬間、一花は言葉を発していた。彼をこの場から離さないように、自分に繋ぎとめるかのように、咄嗟に口を開く。

 

そう、奇しくも数日前、末っ子の妹が彼に対して同じことをしたように。

 

「あのね、フータローくん。私、マンションを出て、アパートで一人暮らししようと思ってたんだ。その為の貯金も結構貯めてたの」

「……何だって?」

 

 心底驚いた表情をする風太郎。彼にそんな顔をさせてしまったことに、多大な申し訳なさと──少しの喜びを感じる。

 

「でも、やっぱり止める。本当はちょっと躊躇ってたんだ。ズボラな私が一人で暮らしていけるのかなって」

「…………」

「だからね、そのお金を使って? 困ってるなら、好きな時に、好きなだけ使っていいから」

「……一花」

 

 自分の言葉に彼が戸惑っているのがわかる。彼は優しい人だから、きっと自分に頼るのを由としないのだろう。ならば、その罪悪感を少しでも薄めるのが自分の役目。それが一番、彼の為になる。彼の役に立てる。

 

「遠慮しなくていいよ……多分、バチが当たったんだと思う。もっとフータローくんと一緒にいられたらいいなって思って……そんな不純な動機で一人暮らしをしようなんて思っちゃって」

「…………」

「だけど、もういい。今のままで十分。側にいてくれるだけでいいから。それだけで私、頑張れるから」

 

 一花はひたすら言葉を紡ぐ。自分の想いを、彼に届ける為に。自分の『それ』を彼に示すかのように。

 

 しばらく黙ったまま、微動だにしていなかった風太郎だが、やがて大きく息を吐くと、一花に向き直る。

 

「……一花には迷惑かけてばかりだな」

「迷惑なんかじゃないよ。私が好きでやってるんだから。それに……いつか返してくれればいい」

 

 そう言って一花は、風太郎の首筋に顔をうずめた。途端に感じる彼の臭い。女である自分とは違う、男の、自分だけが知っている彼の臭い。

 

 少しの間の後に、頭が優しく撫でられる。いつもならば、それで満足していた行為。確かに、そこに『それ』を感じていた筈の行為。

 

たがこの時は、それだけでは満足できなかった。

 

だから一花は、その先を求めた。

 

求めてしまった。

 

 

「……フータローくん、好き。大好き。愛してる」

「ああ、俺もだ」

「ダメ。ちゃんと言って?フータローくんの言葉で聞かせて欲しい」

「…………好きだ、一花。『愛してる』」

「……知ってる」

 

 

愛する人の言葉を聞き、幸福の海に沈む一花。

 

もはやその頭には、つい先程まで、言葉にしない関係こそが本物の愛だと思っていた自分の姿など、どこにもなかった。

 




次回は、二乃回。
二乃が色々と策を巡らせるお話。

『五つ子の次女は、いつだって直球勝負な女の子である。』
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