アイ 教えて   作:ばっしゃー

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一. 膨れる

 二一二〇年。世界は人で溢れかえっていた。家から一度外に出ようものなら秒で十人は視界に入れることになる。マンションは最低二〇階建以上でなければ建設案も通らない。建設基準法が何度改定されたかも分からない。それもそのはず現在の日本人口は四.六億人。世界人口に至っては二四〇億人を突破した。この事態により食料やその他物資の不足が深刻化してきている、その証拠にコンビニやスーパーマーケットの商品棚は常にがらんどうの状態である。

人で溢れかえる現代、人々は人間の収容及び減少方法に至難の色を示していた。

つい一世紀前まで日本では少子化が、海外では人権が騒がれていた。しかしそうも言わなくて良い、と同時に言ってもいられない現実が目の前にある。政府はこの事態を重く受け止め、過去に中国で施行されていたようなものを初めとした様々な政策を打ち出してきた、しかしその効果はあまり見られず人口は右肩上がりに上昇していった。そして遂には禁忌を犯し始めた。

 二五年前の二〇九五年、政府は「人身売買」を許可する法案を可決にした。正確には「計画的人口削減策」という名前のその規則の内容は数個の項目に分けられているが、主なものは人を商品のように売買しても罰則は無いと言った内容のものであった。

百年やそこらで倫理観を捨てきれなかった政府の偉い方々は「殺す」といった直接的な文言を法案には記せなかったらしい。そこで「人身売買」という形に落ち着いた、商品ならば壊してしまっても問題は無いのだから。

しかし売買する人間は誰でも良い訳では無く、一定の条件に当てはまった者でなくてはならない。

 第一に女性である事。人口が増える一番の原因は出産である為。

 第二にその中でも閉経している者は除く事。理由は前述の通り。

 第三にその中でも公務員及び国に申請を行い受諾された者は除く事。国を発展、回す手腕を持つ者は失いたくは無い為。

以上の三点をクリアした者は不幸にも晴れて物になってしまう可能性を孕む。

しかしこの法案のおかげで栄えた業種もある、塾が良い例だ。公務員になってしまえば我が娘を人身売買せずに済む、そう考えた娘を持つ親はこぞって塾に通わせる。その為現在ではコンビニより塾の数の方が多いほどだ。

また医療の分野も今まで以上に栄えている。卵巣摘出を行えば妊娠はしない為である、しかしこちらに連れ込む親は塾に比べるとあまり多くは無い。高価な事もあるが、何よりやはり親は孫の顔が見たいらしい、だが卵巣摘出を行っても女性であれば里親になることは出来る。これで親は孫の顔を拝め、娘は後世に自身の「何か」を残せる。

 

「何か、ってなんだよ、何かって。」

テレビから聞こえてくるコメンテーターの解説に突っ込む男の声。普段は無個性なツンツン頭をしているが現在は寝起きの為ぼさぼさ。ばさばさと右手で寝癖を直そうと無駄な努力をし、空いた手で掴んでいるぱさぱさの食パンを口内に押しやっているこの男は、

佐伯竜堂、二十七才。

「血も繋がっていない、ルーツも分からない、性別は一種類。そんな限定的な条件下で選出された何処の馬の骨とも知らないガキに『何か』を託せる親なんているのかねぇ。」

言い終えコーヒーでパンを流し込む、と刹那えづく竜堂。何度か咳払いをし落ち着いた後で、その怒りをぶつけるかのようにテレビのコメンテーターを睨み

「大体そのガキどもは生まれて直ぐに売られ、そこから誰かに買われるまで外との交流は一切無いんだぞ。そんな奴らが見ず知らずの奴とコミュニケーションを取って家族の一員として溶け込めると思ってるのか!?」

少々エキサイトし過ぎた為か心臓の鼓動が早い、ふぅ・・・と一拍置き

「出生後すぐに売られたガキは教育を全く受けないんだぞ!話せず読み書きも出来ない。意思の疎通が不可能なんだよ!んで基本的に売られるガキは出生後間もなく売られる、売値が高いからなぁ!

加えて出生後間もないガキの買値は異常だ、両親ともに公務員だとしても恐らくは手が出ない値段なんだ。赤ん坊の里親になることはまず不可能。てことはだ・・・お前の言っていることは机上の空論だ!」

と言うや否や異議があるのかはたまた犯人でも見つけたのか、ビシッとテレビの方向を指さす。余韻に浸る事数秒、それで満足でもしたのか何事も無かったかのように朝食に戻っていく竜堂。現在は朝の七時である。

 

 

 朝食を済ませた後、歯を磨き身だしなみを整え通勤鞄を用意する。現在は朝の七時五十分。職場の始業時間は八時三十分。竜堂の家からは近いこともありいつも八時に家を出ているのだが・・・

 「むぅ・・・。この中途半端な時間がわしゃ嫌いじゃ。コンシュマーゲームをするには短く携帯ゲームで潰すには長い。」

 時間に対して愚痴り始めた、が言っても時間は一定間隔でしか進まない。渋々といった感じで携帯端末を取り出しSNSを見始めた。人の雑多なものから専門的な感想まで、更に即座に更新されていくニュース、と雑に情報を集めたい時には重宝するSNS。朝のこういった隙間時間にそれを除くことが竜堂の日課になっていた。

 「あてにならない書き込みの方が多いんだけどねぇ。まぁ、暇つぶしにはもってこいなんだなぁ。」

誰に語りかける訳もなく発される独り言。

携帯端末に添えられた親指は忙しなく下へ、下へと動き新たな情報を竜堂へと伝える手助けを行う。

 「ん?」

 気になる書き込みを見かけた、内容は「ジンブツが施設から逃げた」といった旨のもの。検索ワードを絞って検索をかけてみる。写し出される結果を見て一言

 「あちゃー、ビンゴかー。まぁ処理班が何とかしてくれるでしょ。」

 やってしまったと言った感じではあるが竜堂は飄々としている。むしろ彼の関心は既にその内容では無くある言葉に向けられていた。

 ―ジンブツ― この字面を見る度に変な気分になる。人であったが現在は物である、故に人物=ジンブツ。売られた者達の総称だ。自分と彼ら彼女らは何も変わらない、機能も染色体の数も。なのに、実体のない決まり事一つのせいで雲泥の差だ。自分は人間で奴らはジンブツ・・・。悲しいとは少し違う、きっと残念と言う表現が一番当てはまる。それだけではないとどこか引っかかる部分もあるが、大元の理由は恐らくそんな気持ちにさせられるからだろう、この言葉に嫌悪感を抱き続けている。きっと昔からずっと。

 「まぁ、しゃーないよね。」思考に蓋をする為にため息を一つ。

 「ぼちぼち行きますか。」

 

 

 朝の満員電車は辛い、昔もそうだったらしいが今の方が遥かに辛いだろうと竜堂には思えて仕方がない。まず駅のホームが複雑だ。人口が増えてきた為に同じ路線、回りでも乗り場が分かれている、それも階層ごとに。簡単に言えば地上路線の上、地下にそれぞれ同じ区間の路線を作ったのだ。場所によっては地上四階地下二階といった所まであるほどだ。しかしそれだけの路線、乗り場を作ったにもかかわらず乗車率は驚異の一五〇%。正に世も末である。

 幸いにして待機列の先頭を取れた竜堂、片手に持つ携帯端末に表示されるは先ほど見かけたあのトピック。家を出てこのホームにたどり着くまでずっと検索を続けていた。

 「しかしこれは、今日はウチも大変だろうなぁ。」

 はぁ・・・とまたもやため息。朝の頭の冴えていない状態で体内から空気を排出すれば、身体は酸素を欲しがるもの。ため息をしたその流れであくびへと移行した竜堂、しかしそのあくびは周りから聞こえてきたある会話に遮られる。

 「見た?ジンブツがまた脱走したんだって」

 「見た見た。もう今月で何回目だよって話。先月だって」

 「だよな~。ちゃんと管理しろっての、御宅らの商品だろうがよぉ」

 「でも、もしあわよくば拾えたらラッキーだよなぁ~。毎日がハッピーだろうな~」

 「お前どんだけ溜まってんだよ。んなら買えば良いじゃねぇか」

 「馬鹿お前、高ぇんだぞ、アレって」

と話すは男子学生二人。様相からして高校生だろうか。

 竜堂のあくびが止まったのはなにも今見ていたトピックと聞こえてきた話題が重なった為では無い。ひとえに彼らの声が馬鹿煩かったのだ。学生特有のデカい声にキンキンと鳴る笑い声、それが隣で発生している、かなりの至近距離でだ。

人でごった返しているホームはさながら大型同人誌即売会の壁サークルに並んでいる時を彷彿とさせる、自由な身動きはとれず周りに見えている人々とセットで行動しなければならない程だ。それ程の至近距離。とてもではないが自身の世界に閉じこもっていられるものではない。

 さて、注意でもしようかと考えるほどであった。いやもうその言葉は喉の八合目を通っていた。

しかし時を同じくしてその二人に対し声が飛んだ。

「あの・・・、お声の方を抑えては頂けないでしょうか?」

声は後方より聞こえた。見るとそこには一人の女性がいた。身長は一六十センチ中盤、ワンピースを着ているもその面積に余裕が見られることから、少しやせている印象が見受けられる、しかしそれにしても茶髪のショートボブが似合う可愛らしい顔立ちの彼女であった。

女性は続ける。

「あなた方の話すお声の音量が余りにも大きかったもので・・・。」

そう言うとちらりと後ろに目をやる彼女、そこには杖を突いた老婆が一人。見ると眉間にしわを寄せている。

 「あぁ、すみませ・・・ん?」

素直に謝辞を述べようとした二人組の片割れが途中で何かに気付いた。女性を凝視する男。

それと同時に「はっ」っとした表情をし片手を抑える女性、左手の甲を隠すようにもう片方の手で包む、しかしそれでもそれは見えてしまっていた。

 はッと鼻で笑いをかまし男は言う。

 「お前、ジンブツかよ。」

 「いえ・・・違います。」

 「違うわきゃないだろぉ、見えてんぞタトゥーがよ!」

そう、隠された左手の甲から黒色の何かが顔を覗かせていた。

 

 「計画的人口削減策」が施行されてからこの世界では「人間」と「ジンブツ」と言うカテゴリで人類は分けられるようになった、しかし一見しただけでは見分けがつかない為政府はジンブツに対し印を押すようになった。それが件の「タトゥー」、形状はバツ印である。

ジンブツには例外なく押されているそのタトゥーは、付けられている箇所によってそのジンブツの価値を表している。大まかに言えば着衣の状態で見えない箇所に押されている場合は安物、見える箇所であれば上物になる。このジンブツの場合は・・・

 「しっかし手の甲にあるとは。くぅ~、アンタの所有者が羨ましいぜ、上物は良い身体と面してるってんだからなぁ!」

 「違・・・」

 「んん?てか口が利ける上物って相当レアじゃね?ちゃんと喘いでくれるんだろ~?」

その辺にしておけと言う相方の忠告も聞かずに暴走する一男子学生、対象的に俯き消極的になっていくジンブツ。

 すると「カッ、カッ」と何かを叩く音が聞こえた、音の方向を見ると発生源は老婆であった。良くよく見てみると随分と豪華な出で立ちである彼女は杖を地面に叩きつけていた、

そしてチッと舌打ちをし「屑が」と一言、同時に杖を思いっきりジンブツの脛に叩きつけた。

「ッッ!イッ!・・・」

反射的な苦痛の声とそれを押し殺すとっさの反応。このやり取りだけでこの二人がどんな間柄なのかが分かる。

 「大枚はたいたのにその身体と顔は見かけ倒しかい!?男の一人二人も黙らすことが出来ないなんて!」

その間にも杖は振るわれ続ける。

 「ツッ!申し訳ございま・・せ、ンッ!」

老婆が言い終える頃にはジンブツの脛には無数の杖の跡が残っていた。ぜぇはぁと息を切らす老婆、流石にご高齢の身体には応えたようだ。

 息を整え暴走していた男子学生に目をやる老婆。男子学生は少し高揚しているかの様であった、ジンブツの痛がる姿を見て興奮でもしたのだろうか。それを感じ取った老婆はニィっと不敵な笑みを浮かべ

 「あんた、これに興味があるようだね。」と男子学生に語りかける。

 「はっ、はいっ!」突然の事で声が裏返る男子学生。

 「煩い餓鬼だと思っていたけれども欲に対する実直さは評価できるねぇ。」

 「あ、ありがとうございます。」

 「あんた、これ使ってみる?」

 「「え?」」とは男子学生とジンブツの声。

 「いやねぇ、あたしは単純にあんたを評価してるんだよ。この場において興奮出来るその姿勢をねぇ。感心してしまった以上あたしの負けさ、だから褒美をやろうと思ってねぇ。」

 そう言いつつメモ帳に何かを書く老婆。

 「あたしの連絡先だよ。それに飽きたら連絡よこしな、使いの者を寄越すよ。」

紙切れを男子学生に渡し人ごみの中に一人消えていく老婆。取り残されたジンブツと男子学生、場は空気の所有者を失い一時の沈黙を得る。

 

ほんの一時であった、その後で場と彼女は所有者を再び得た。それを知らせるかのようにホームに響き渡る狂った笑い声。

 「本当に!?こんな上物ジンブツ貰えんのかよ!うっそだろ!?」

ジンブツの肩を力強く抱きながら輝かしい目をする男。

 「ッッ・・・!」

痛がるジンブツ、それもそのはず極度の興奮からか男の爪はジンブツの肌に突き立てられ食い込んでいる。その表情は彼にとっては油にしかならない。刹那、男はジンブツの腕を引き改札への道を向かった。

 「悪いアキラ、俺今日学校休むわー。」

そう片割れに声をかけながら。前屈みになりながら。

 

 時間にして一〇分にも満たない一連のやり取りはこうして幕を閉じた。人々は先ほどまでの日常に戻っていく。携帯を見る者、友人との話を再開する者。取り立てて騒ぐ者はいない。男の片割れにしても「チッ、全く。」と呟いたかと思うと携帯を取り出し始めた。

 ジンブツになってしまった以上それは物である、故に今のやり取りは物の譲渡が行われただけなのである。いわば今のは老婆が男にジョークグッズを渡した、それだけのものなのである。それにしたって倫理観はどうなっているのかと言いたくもなるだろう。公共の場でそんなやり取りを、と。

仕方がないのだ、これが現代の世界なのだ。

 


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