いつか妹に誇れる兄になるために 作:シスコンスキー
結婚日和な温かく青々しい空の下で激しい衝撃が俺を襲った。視界が回転して、アスファルトの地面に体が叩きつけられた感覚を感じた。
「あがっ……あ……?」
俺は何かを口にしようとしたがそれは叶わない。代わりに鉄の味と共に赤い液体を吹き出した。吐き出した赤黒い液体は血飛沫となって地面を染上げる。
「……!?………!!?」
何やら叫び声が聞こえるが俺の耳ははっきりとそれを聴き取れなかった。多分あのトラックに衝突した際に鼓膜が破れたか何かしたのだろう。
ああ、馬鹿な人生だった。
両親は駆け落ちだった。地元で裕福な母とずぼらな父との結婚を周囲は止めたが無意味だった。愛に生きたって奴だな。
ドラマか何かだと二人は貧しくても幸せに暮らすのだろうが現実は甘くない。親父はギャンブルにのめり込み借金残してとんずら、母はその返済のために女手一つで俺と妹を育ててくれた。だけどそのせいで体を壊してそのまま死んじまった。その後は親戚の話合いで母の実家に世話になる事になった。
妹は母親似であった事もあって良くしてもらっていたと思う。確か良いお嬢様学校の学生服を着ていたのを覚えている。
残念ながら……どうやら俺は父親似だったらしい。屋敷の中で俺は妹とは殆ど顔を合わす事もなく、祖父母は俺を邪険に扱った……いや、それどころか虐めや嫌がらせも受けた。
その時に別の選択もあったのかも知れない。今となっては無意味だが……兎も角も俺はグレた。所謂不良の仲間入りって奴だな、盗んだバイクで車道を突っ走って、万引きに恐喝、喧嘩もした。その度に警察の世話になって親戚から疎まれた。
当然高校卒業と共に家から勘当だ。そこからは日雇いやら土方やら転々として生活してきた。かなり荒れた生活だったよ。日取りの金はその日の内に酒と女に消えた。暴力事件も起こしたし、薬物に手を出した事もある。最後は当然警察にしょっ引かれた。
ある意味はそれが神様とかいう奴の最後の情けだったのかも知れない。
俺をしょっ引いた警官というのが随分と年寄りの人情家だった。「仏の山田」だったか?捕まえた俺の境遇に同情して、刑務所に突っ込まれた後も俺によく面談に来てくれた。どうやら自分が検挙した奴らをきちんと更生させる事までが仕事、が持論らしく薬物のリハビリやら職場の斡旋とかまで世話してくれやがる御人よしだった。
………まぁ、こういう善意を受けたのは母親以来だったからな。絆されちまったのは認めるさ。
そんでようやくまともな職場に就いて何年かした日が今日だ。
職場で帰り支度をしている時に母の実家から人が来た。
確か同い年の従姉妹だった筈だ。母の実家に預かりになって最初の内は妹と一緒に遊んだ記憶が朧気にある。まぁ、すぐに顔を合わせなくなったが……母や妹もそうだがあの家の血なのか結構美人のお嬢様になっていた奴が何故俺に会いに来たのか不思議だったがすぐに理由は分かった。
妹が結婚するんだそうだ。相手は俺なんか足元にも及ばない大企業のイケメンエリート様だ。どうやら妹との仲も良好らしい。
「妹さんが貴方も式に出席して欲しいと。その事を伝えに着ました」
従姉妹はそう言って式の招待状を渡して来たんだ。正直嫌われていると思ったから意外だったな。どうやら更生しているらしいし、身内の情で式場の隅に立っている事位は許してくれるらしい。
……ああ、嬉しかったよ。あの人情馬鹿警官も言っていたがこの世で唯一血を分けた妹だぞ?立派な大学を出て、良い会社を出て、美人に育った妹がグレて、逮捕され、迷惑ばかりかけてきた俺をまだ覚えていたんだ。しかも結婚式の招待状まで………。
最初は俺なんか本当に出て良いのか不安だったよ。けどその従姉妹は……今も妹と仲は良いらしい……俺の事を妹が妹なりに心配していた事を伝えて説得してきた。暫く迷ったが最終的には承諾した。
従姉妹は随分と俺の世話をしてくれたよ。妹の一生に一度の晴れ舞台だ、粗末な服装をする訳にはいかないし、下品な態度も取る訳にはいかない。美容院や衣料品店で身嗜みや服装を整え、マナーまで指導してくれた。本当ならば山田の奴の言う通り男の甲斐性を発揮して代金を払わないといけないのだろうがそんな金は俺にはない。結局出世払いとして従姉妹に払ってもらうしかなかった。彼方は笑って流してくれたが俺としては更生して尚、恥晒した訳でこの世から消えたい位の思いだった。
………まさか本当にそうなるとはな。
従姉妹と共に妹の式場に向かう途中だ。きっとブラックな勤務を続けていたに違いない。居眠り運転のトラックが歩道に突っ込んで来た。
選択の余地は無かった。咄嗟に傍にいた恩ばかりある従姉妹を押し飛ばした。同時に俺はトラックに叩きつけられて華麗に空中回転をした訳だ。最高だね。
長々と詰まらん俺の人生なんぞ説明して悪かったな、そして話は冒頭に戻る訳だ。……糞、痛ぇ。気持ち悪ぃ……昔三日酔いするまで酒を飲んだ時以上だぜ、これは。
今更ながら自分の人生を振り返って愚かしく思えて来るな。大人になって考えればミスばかりだ。もっとまともな人生を歩む選択も出来た筈なのにな……。
「……!!?……!?………!?」
従姉妹が俺に駆け寄っているのが分かる。何か俺に向けて叫んでいる。ああ、無事そうで良かった。あんたには礼があるからな、俺なんかと身代わりに助かってくれて幸いだ。
視界がゆっくりと暗く、霞んでいくのが分かる。その癖思考は思ったよりはクリアだ。……いや、少し眠いな。
別に事故で死ぬのは構わない。俺のような人様に迷惑ばかりかけてきた屑には似合いの最後だろうよ。だが……だが………。
(ああ、最後に……妹の結婚式に出たかったなぁ………)
折角更生したんだ。妹が招待状をくれたんだ。従姉妹が大枚叩いて出席のお膳立てをしてくれたんだ。死ぬのはいいさ。けどよ……けどよぅ……せめて……せめて………!
(妹の成長した姿を見たいんだ……いや、見なくてもいい!せめて……せめて謝罪させてくれ……!)
迷惑をかけた事を、そしてそんな屑兄貴を招待してくれたことに感謝を……!
「頼むよ……神様ぁ……せめてもう一度だけ……」
俺は血がこびりついた手を震えながら空に向ける。はっと何かを叫ぶ従姉妹は俺の血で汚れた手を抱きしめる。ああ、服が汚れちまうだろうが……馬鹿野郎、俺なんかのために妹の式で出るドレスを汚すなっての……。
意識が遠のいていく。手足の感覚が消失していく。ああ、駄目だなこれは……助からない……ごめん……睦月……本当にごめん………俺……最…後まで………お前に……迷…惑……を…………。
俺の意識の最後に見た光景は幼い頃の妹の笑顔だった………。
意識がぼんやりと蘇ってきた。念仏の音が聞こえた。いや、御経か?葬式でもやっているのか?妹の結婚式前に縁起でもない事だ。あ、違う。俺は確かトラックに挽かれて……じゃあこの御経は俺の……。
「おにいちゃん?どーしたの?いたいいたいなの?」
「えっ……?」
目の前には妹の姿があった。いや、より正確には幼い頃の妹の不安そうな顔があった。長い黒髪に大きな可愛らしい瞳は不安に揺れて今にも泣き出しそうだ。誰が俺の可愛い妹を泣かそうとしている奴はって……。
「えっ?えっ?ええっ?」
そこで俺は周囲の情況に気付いた。喪服だ。皆喪服だ。喪服の大人達が沢山並んでいる。そして壇上では坊主が御経を唱えており、更に一段上には大きな遺影があった。その顔に見覚えがある。母だ。記憶にあるのより若く見えるのは多分俺達を生む前に撮った写真だろう。葬式の時に同じものを見たような気もする。
って、待てこれ………葬式?誰の?いや、遺影があるから母のだろう?というか俺…ちっちゃくね?
「おにーちゃん?」
「あ、ああ……大丈夫だよ、睦月。何でも無い、何でもない……」
俺は自身を落ち着かせながら妹に優しく語りかける。何がなんだか分からないが取り敢えずそれがベストだ。妹を泣かす奴は許さん、この俺すらな!
俺が無理をして笑みを浮かべると妹はようやく安心したようになりハンカチを俺に差し出して、俺の顔に押し付ける。
「睦月……?」
「おにーちゃん、なみだふかないと。おかーさんがいつもわらうようにいってた。ふたりならかなしいこともはんぶんこになるから……ね?」
妹は不安そうに、しかし優し気な笑みを浮かべてそう語りかける。それは生前母が口にしていた台詞だ。
「ああ、そうだな……俺、涙流してた?」
「うん、いまもながしてる」
「えっ……?」
妹の指摘に俺は目元に恐る恐る触れる。濡れていた。雫が目元からぽたぽたと、頬を伝って溢れるように流れていた。
…………少なくとも、俺の記憶が正しければ母の葬式で涙を流してなかった筈だった。
俺、久城 暦はこの日母の葬式の日に逆行したのだった………。