いつか妹に誇れる兄になるために 作:シスコンスキー
(これは……どうなっているんだ?)
俺は内心で混乱していた。当然である。トラックに挽かれて気付いたら母親の葬式に参列だぞ?しかもこれは……これは……。
「若返ってる?」
俺は自身の手を見る。小さくて艶のある柔らかそうな手だ。決して血豆があり、薬物をやっていた注射跡のある手ではない。おいおいまさかとは思うが………。
「転生?いや逆行か?んな馬鹿な………」
ライトノベルじゃあるまいに……あれか、トラックに挽かれて死んだらもれなく皆転生なり逆行なりする法則でもあるのか?
いや、問題はそんな事じゃない。
「おにーちゃん?だいじょうぶ?なんかこわいかお……」
「ん、あ…ああ、大丈夫だ。問題ない。ちょっと考え事していたからね」
広い葬式場のはじっこで座布団に座る俺は妹を安心させるように優しく笑みを浮かべる。妹……久城 睦月の小さな頭を撫でてやればそれだけで彼女は猫のように目元を細めて安堵してくれる。
妹を安心させながら俺は周囲を観察して思考する。
まず、これが死にかけの俺の見ている妄想の類でないとしたらこれまでの情況証拠から見て十中八九俺は逆行している。俺や妹の姿、この母の葬式、それに参列している母方の親戚一同の姿から見て明らかだ。何で逆行したのか?なんてのは無学な俺には分らんし、そもそも偉い学者だろうと多分証明不能だろう。問題はこのままこの妄想が続くとしたらどうなるのか、だ。
(思い出せ俺……思い出せ!確かこの葬式で……そうだ、葬式の終わりの段階で親戚同士で俺らの親権の押し付け合いが始まるんだよな?)
特に背景のない場合でも親戚同士で子供の押し付け合いがあると聞く。無学で素行の悪かった父と一族から出て行った母親の子だ、それだけで印象は悪いだろう。子供一人育てるのに幾らかかるんだっけ?結構必要だった筈だ。
(しかも俺は糞親父似だからなぁ………!)
役満じゃねぇか!完全にマイナス要素しかないじゃねぇか!スリーストライク!バッターアウト!
(この際俺がどこに突っ込まれるかはどうでもいい。妹だけでもちゃんとした所に預かってもらわないと行かない……!)
前回馬鹿やって自滅した俺はどうなろうが仕方ない。だが幸せの中にあった妹を不幸にする訳にはいかない。
(どうする?いきなり俺やっちまったからなぁ……)
以前の人生でよくあった逆行物の小説ではバタフライエフェクトとかいうのがあった筈だ。蝶の羽ばたきのような出来事でも巡り巡って大きく未来を変える、だっけ?
(その意味ではいきなりつまずいた……!)
多分俺は葬式の時泣いてなかった筈だ。泣く事すら忘れていたと思う。完全に母の死に茫然としていた筈だ。確か妹の事すら殆ど視界に入って無かった。それが今回は泣いちまった。しかも今こうして妹と一緒に寄り添うように部屋の隅にいる。
これは不味いかも知れない。これがどう作用するか分からないが俺達を預かった祖父は糞がつく位には厳しかった。
観察する限り葬儀に出ている親戚には女性は兎も角男性には静かに沈痛そうに耐え忍んでいる者はいても泣きじゃくる者なんていなかった。古風な祖父からすれば情けない位泣いていた俺にどんな印象を受けるか……。
しかも妹とこう一緒にいると……前の時は祖父の屋敷でも俺と妹を殆ど合わせなかった。俺から妹を隔離していたのだと思う。俺は兎も角妹は母の子として大切に育てていた筈だ。だが今回こんな俺とべたべたしていると妹の方まで………。
「っ………!」
俺は顔を青くして妹の頭を撫でていた手を止める。不味い、こんな事している事自体がやばい。俺のせいで妹まで冷遇されかねない。
「……おにーちゃん?」
死人のようになっているだろう俺の顔を見てか、それとも撫でている手が離れたからか再び妹は不安そうな顔を向ける。止めろ、そんな縋るような目線を向けないでくれ!周囲がお前を俺の同類扱いするだろう!?
「……睦月」
「なぁに、おにーちゃん?」
賢い妹は俺の様子が普通じゃない事を察したのか恐る恐る答える。
「母さんがもういないの……分かるよな?」
俺が尋ねると妹は純粋な目でこくりと頷く。
「……多分、睦月は親戚の人達の家で暮らす事になる。もうお家には帰れない」
そう言って思い出すのはボロボロで汚い長屋部屋である。記憶にある限り俺が母と一緒にいた頃覚えている家はあれだけだ。
「うん………」
妹はまた小さく、不安げに頷いた。ここで嫌だ!と泣かないのが二歳年下の妹の賢さを証明している。俺が同じ年だったら暴れながら泣きじゃくっている筈だ。
「もしかしたら……いや、多分俺とお前はこれから離れ離れだ。お前はお兄ちゃん無しで生活しないといけない」
「えっ………?」
妹の表情がこの世の終わりとでもいうように凍り付く。
「大丈夫だ。親戚の人達がお前の世話もしてくれる。今より多分良い暮らしができるぞ?もうモヤシ炒めだけの生活はしなくてもいいんだ」
少なくとも以前の生活よりは遥かにマシだろう。
「睦月、泣くな。いいか?これは仕方ないんだ。そうしないとお前も虐められる」
俺が妹と距離を取っていれば多分前回同様妹が冷遇される事は無い筈だ。そうでなければ困る。
「いやだようぅ……おにーちゃんといっしょがいい……!」
必死に泣きそうになるのを押さえて妹は懇願する。その姿に胸が締め付けられるが、それが妹のためなのだ。一度落ちる所まで落ちた俺の同類にする訳にはいかない。
「睦月、泣いちゃ駄目だ。これはお兄ちゃんのためなんだ」
「おにーちゃんのため?」
「ああ、睦月が辛い目にあって欲しくないんだ。お母さんがいなくなって睦月まで酷い目にあって欲しくないんだ」
「けど……」
「大丈夫さ、すぐにじゃないさ。睦月が辛い目に合うとお兄ちゃんも辛いんだ」
俺はそう言って妹を説得しようとするが、妹は納得出来なさそうに反論する。
「けどむつきもおにーちゃんがつらいとくるしいもん。おにーちゃんはむつきをくるしくしたいの?」
「うっ……」
子供の癖に賢い、流石妹、俺なんぞとは頭の作りが違う……!だ、だが……!ここで負ける訳にはいかん!
「お母さんが言っていただろう?お兄ちゃんは妹を守ってあげないといけないって。お兄ちゃんはお母さん共の約束を守らないといけないんだ。睦月はお母さんの言いつけを破るのかい?」
「うううっ………」
母の言いつけを盾にして俺は妹を説得する。流石に母の言葉に逆らえる程今の妹は我が強くはない。
「ううううう………わ、わかったぁ……おかーさんのいいつけなら……ひくっ……がまん…する………」
顔を紅潮させて、今にも泣き出しそうになりながらもそれを堪えて睦月は答える。泣かないのは場の空気を読んでの事であろう、やはり賢い妹だ。
俺は優しい笑みを浮かべて睦月の頭を撫でる。びくっ、と妹は震えるがすぐに安堵した表情となる。
「少し……ここで待ってくれるか?」
「……うん」
俺は妹を落ち着かせてからその場を立つ。これから妹のために一つ、一世一代の勝負するのだ。
俺は部屋の中で大人達が集まる一角に足を進める。
「春香の子供、どうするべきか……」
「子供二人でしょう?内では育てられないわ」
「春香は兎も角あの男の子供となるとなぁ………」
「妹の方だけなら……」
「あの年の兄妹を離れ離れというのもなぁ……」
人だかりに近づく度に小さなそんな声が聞こえてくる。やはり糞親父は随分と嫌われているようだ。
……落ち着け、俺。怯えるな、今の俺はあの頃の糞餓鬼じゃない。正確には大人になっても屑だった俺だが……流石に今からやる事位はやれるさ。
「あ…あの……」
俺は人だかりにそう呼びかけるが聞こえていないのか無視される。ぐっ……!もっと大きい声じゃない駄目か……。
「あ、あの……!」
その少し裏返った声にようやく親戚達がこちらに振り向いた。
「暦君、どうしたんかね?叔父さん達は今御話で忙しいんだがねえ……」
母の弟であった叔父が少し不機嫌そうにそう語る。その視線に私は一瞬俺は竦む。何ともいえない視線をこちらに向ける親戚達に怖気づいたのだ。今の俺が子供で親戚達を見上げる形になっているためもあるのだろう、凄い圧力だ。
「あっ……」
そのまま逃げだしたくなったが、俺はそれを堪える。駄目だ、ここで泣くな……!
「お…いえ、…わ、私と妹の事を話しているんです…よね……?」
震え声で俺が尋ねる。
「そうよ、暦君と睦月ちゃんを育てないとって御話しているのよ?」
確か母の従姉妹であったか、三十路頃の女性が優しく答える。尤も目は笑っていない。明らかにこちらを観察していた。
……落ち着け俺。此処でミスはするな。妹にまで被害が及ぶかも知れない。
「そ、その……お母さんは…私と妹を育てているのが……とっても大変そうでした。そ、その……!」
怖くて怖くて泣きそうになるのを我慢して俺は言葉を続ける。
「わ、私は……いいから、い、妹だけでもちゃんと育ててくれませんか……?」
震え切った声で俺はどうにか最後まで言い切った。走った後みたいに息絶え絶えで、今更のように涙が流れ始める。恐らく随分と見るに堪えない姿だろう。本当はこんな情けない姿を見せる訳にはいかないのだが……我慢しきれなかった。
「…………」
親戚達は互いに困ったように顔を見合わせる。暫く静寂が場を支配する。
「………春香の所の小童か」
その声に私はびくっと肩を竦ませる。その枯れた声に聞き覚えがあった。
親戚達の中から現れた老人に私はさっと血の気が引いた。母の祖父だ。俺をスパルタしまくった爺さんだ。
ぎろり、と祖父は俺を観察するように見つめる。
「……あの男に似とるな?」
祖父の言った言葉は淡々としていたが、そこに 溢れんばかりの嫌悪感が含まれている事は俺は本能的に気付いた。
「あっ………」
何か言った方が良いのか?俺は言葉を紡ごうとするが実際は不可能だった。母の祖父はそんな俺を睨み続けて……。
「……ふん、どの家も二人養う余裕なぞ無かろうて。儂の屋敷ど預かろう」
祖父はそう私ではなく周囲の親戚に呼び掛けてそのまま関心を無くしたように立ち去っていく。
「あっ………」
祖父が視界から消えると共に俺は緊張の糸が切れたようにその場で足を崩して尻餅をついた。
「おにーちゃん!」
そんな俺を遠目で見ていたのだろう、妹が俺に駆け寄って抱きつく。ぎゅっと、俺を離さないように。
「おじいちゃんがいっしょていってたけど……ほんと?」
そして俺を不安げに上目遣いで尋ねる。
「そう……みたい……だな……」
俺は力無くそう答える事しか出来なかった。前回と同じ祖父の屋敷で兄妹での預り……それが吉と出るか凶と出るか、この時点で俺には分からなかった………。