急いで書いたので話の展開が突飛です…
危機というのはある日突然やってくる。誰にも、どんな時でも。
でも私達はそんな危機と、隣り合わせで暮らしている。
私はこんな生活をしてきて、まだ一ヶ月しか経ってないが、それでも幾度となくそれは訪れた。あたかも、それが当然と言わんばかりの顔をして。
だから、始業式と聞いて私は心底怯えていた。あいつらが来るんじゃないか、私達を殺しに来るんじゃないか、もしそうなったら私達の手でどうにかできるのか。考え始めたらきりがなかった。
そして、案の定それは現実に起きた。
ザッ、ザッ、と足音が鳴る。その音に私は体を震わせていた。
未だ立ち上る土煙の中から、二つの影が見えた。だんだんそれは濃くなっていきさ、輪郭がはっきりしていく。そして土煙から姿が現れた時、私の中で恐怖が芽生えた。
目の前に現れたのは、二人の男女。向こう側の人間だった。
片方は、この季節には不似合いなマフラーに長袖長ズボンを身につける男。髪は青かった。
もう一人は赤い服を着た茶髪の女。そして、どちらも剣を握っていた。
私には、その二人が人ではないような気がした。
単にその二人に恐怖を抱いたからかもしれない。けど、そう思わざるを得なかった。私に対する瞳も、私に向かってくる脚も、私を襲いにくる腕も、全て私…いや「私達」に対する憎悪がにじみ出ていた。まさしく、憎しみが産み出した「化物」。私はそれを受け止めることも、それに対抗することもできなかった。
今にも向こうが斬りにかかってきそうな空気の中、二人は歩みを止めた。
そして、マフラーの男は、私に対して唐突にこう言ってきた。
「…初音ミクだな?…悪いがここで死んでもらおう」
死、という言葉に心臓が跳ね上がる。自然と息も上がってきた。とうとう訪れた、実戦の時。
私は恐怖に支配されつつあった。
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。訓練とは全く違う、この恐怖感。私は彼らをナメていたのかもしれない。
「…ミ、ミクさん…?」
背後で座るグミちゃんの声。私の体と同じように、その声は軽く震えていた。隣にちょこんと座るイアちゃんも、今にも泣き出しそうな顔でこちらを見ていた。
彼女達の頭を優しく撫で、ゆっくりと立ち上がる。が、脚が震えて少しバランスを崩した。腕も小刻みに震え、ましてや眼球でさえも動きを止めることができず、まともに二人を見れなかった。
「あらぁ?ずーいぶん震えてるじゃない。初めての実戦にビビってるのかなー?」
違う、と言いたかったが口が開かなかった。彼女の言う通り、全身震えていた。
殺されるという恐怖を前に、私は怯んでいた。ましてや敵は二人。こっちは二枚あるBSIPカードの内、一枚は再使用待ちと、劣勢だった。
しかも残った一枚は、まだ一回しか使ったことがない。想像を絶する力を誇るが、使いこなすのが難しい。正直ここでこれを使うのは一種の賭けに近い。
だがこここでそんな事を言ってたら、死ぬ。
そういう世界だと、ルカ姉も口を酸っぱくして言っていた。時には無謀な事に挑まなければならなくなる。
それを一瞬でも恐れると、死ぬ、と。
この言葉の意味がようやく分かった気がする。
ふと思いついた事を、私は彼らに聞いてみた。
「…ねぇ…どうして私達を攻撃するの?」
突然の質問に、二人はキョトンとした顔でお互いを見た後、女はにやけながらこう答えた。
「あはは!!そんな事聞いてくるなんて…ルカと一緒ね!」
ルカ姉と…一緒?
「…我々は貴様等が憎い。そしてこの組織は貴様等の崩壊を目的としている。…単に利害が一致しているだけだ」
「…組織と貴方達は別にあるってことなの?」
「内部構造上、そうなる。我々はあくまで『仕事』でここにいる。組織に雇われた、といった方が正しい。まぁ『正社員』と呼ばれる人はいるがな」
そんな事はどうでもよかった。私が聞きたいのは、利害一致までに至った私達に対する憎悪の動機。何故私達が憎いのか。そこが聞きたかった。
がそれは私が聞く前に答えられた。
「…そんな事よりも何故憎いかを聞きたいようだな」
「…え…」
一瞬寒気を感じた。私の思っていることをまんま言い当てられた。
これもBSIPカードの能力なのだろうか…。私の中で恐怖感が増したような気がした。
「…カードの能力ではない」
またしても、心の中を読まれた。
一体どういう事だ?いや…これが彼の「デフォルト」なのか…?
もはや敵の顔をまともに見れないほど、私は恐怖に包まれていた。気付くと私は一歩一歩、後ろに下がっていた。脚を止めようにも、体が勝手に動いてしまう。恐怖は、私の体でさえ奪った。
「そこらへんにしてあげたら?」
「…そうだな。敵を戦闘不能にするにはこれで十分…か」
そのかわり、向こうはゆっくりと私の方へ歩み寄っていく。近付くにつれ増していく、恐怖と絶望。
対抗しようにも、敵の殺気に押されていた。BSIPカードを挿そうとするも、手が震えて落としてしまいそう。自分では見えないが、この時の私の目はきっと虚ろで、生気を感じない目なのだろう。
ふと、後退する私の足が止まった。動かそうとするも、動けない。もはや、後退する事もできなくなった。敵はもう数メートルという距離まで迫っている。戦わなきゃ…戦わなきゃ…!!
こういう時に、ルカ姉が助けに来てくれるのかなぁ…。
でも…さっき向こうで戦ってたなぁ…。
いや、頼っちゃいけないんだ。もう、一人で戦える。
先日黄色い双子もどきと、こんな話をした。
『このまま、ルカ姉の陰に隠れたままでいいのか?』
当然、三人とも否という意見だった。
彼女の本意とはいえ、戦闘全てを彼女に委ねるのはいかがなものかと。
私はともかく、鏡音の二人はちゃんと戦える。それにもしもの時の為にも、実戦に慣れるという事は重要。危険なのは重々承知だが、やらなくちゃならないのは必然的だ。
それでもルカ姉は私達には訓練しかさせなかった。
しびれを切らした私は、その理由について聞いてみたことがあった。
すると、彼女は私達を守りたいという、今まで言っていた理由とともに、もう一つこう言ってきた。
『…奴らは何故か知らないけど、私を主に狙ってる。だから盾としての役目…っていうのもあるけど、半分は自己防衛よ』
ならば尚更、私達が戦わなければならない。そう思った。
それが彼女への恩返しになるのなら。
そして今戦えるのは、私しかいない。
まだ、二人は戦えない。鏡音の二人も、今頑張って戦っている。
私が何とか…しなくちゃ…。
私の手から、BSIPカードがこぼれた。そこには白い文字で「Tell your world」と書いてあった。
ゆっくりと、ゆっくりと、それは地面に落ちていく。その時、辺りはスローモーションになっていた。
そして地面に当たり、跳ね返った。
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁぁぁあああぁぁああぁああ!!!!」
♬♬♯
それは唐突に起きた。俺も普通にビビった。
あまりに暇だったので体育館の屋根で寝ていたら、いきなり下から地響き。
直後、体育館の屋根が全壊した。咄嗟に交わしたが、下から襲ってきた謎の風圧により上空に飛ばされてしまった。まぁどうってことはなかったが。
屋根がなくなった体育館を眼下に見下ろす。ある一点を中心に、全てが破壊されていた。壁は何とか保ったものの、床は地割れし、転がっていた瓦礫は一掃された。
その一点には、初音ミクが倒れていた。
驚愕した。あれを彼女一人でやったのか…?正直これまでの新人の「DIVA」の中で、最も使えないと思っていたが、あれほどの力を出すとは…。が、とはいえ敵のみならず、味方も巻き込んでしまった。あれほどの力なのだ。コントロールするには相当な精神力が必要だろう。
あれ……あいつは…。
静寂とした体育館の中で一人だけ起き上がり、周りに目もくれず去ろうとしている人影を見た。
ボロボロのフードを被っていてよく分からないが、恐らくあいつだ。よくあいつらのアジトを抜け出せたものだ。
奴には会わないのか…。変なプライドを持つところは、昔と変わらない。
おや…あいつ……どこでBSIPカードを手に入れたんだ…?
右手にもっているのは確かにBSIPカード。勿論、こんな高さからじゃ常人では見えないが。
というか、それを持ってるってことはヘッドホンも持ってるってことなのか…?
分からねえ…「主」は一体何がしたいのか。
まぁ、考えても仕方ないかぁ。
♯♭♪
…あれ?私どうしちゃったんだろ…。
倒れていた体をゆっくりと起こす。その時何故か酷い頭痛が走った。あまりの痛さに一瞬呻き、うずくまったが、痛みはすぐに治まった。
そして辺りを見渡した時、私は驚愕した。
地割れした床。
今にも倒れそうな壁。
消えた天井。
そして、これを自分がやったかもしれないという、事実。
私の体にまたしても恐怖が襲った。私は一体何をしたのか。分からない。思い出せない。
私は何ともないのに、どうして周りが傷だらけなのか。どうして?何で?わからない。
自分が怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
「…くそったれが…」
どこからか声が聞こえた。それを聞いた瞬間、私は思い出した。
この声…青い髪の男の声だ。そうだ。私は怖かった。あの二人に。
迫ってきて、恐ろしくって、でも何とかしなくちゃいけなくて、希望を捨てられなくて、でも手段がなくて、体が動かなくて、何も出来なくて…。
そしたら私は叫んでいたんだ。そしたら、すごい音がしたんだ。何かが崩れ落ちる音がした。
けど体に力が入らなくなって、倒れたんだ。
数メートル先の瓦礫の中から、私が恐れた、あの青い男が現れた。そのすぐ近くからも、女が現れた。あれだけの爆風をくらって、平然と立てるなんて…。
二人は私の顔を見るやいなや、憎しみを帯びた顔に変わった。
「…よくもやってくれたわねぇ…!ただじゃおかないんだから!!」
「まぁ落ち着くんだ…むしろ好都合と考えよう。あいつのおかげで他のターゲットまでわざわざ相手する必要が無くなった。…こちら側の人間が無事かどうかは別とするがな」
そう言って、彼は私を睨みつけた。
殺意。今の彼の目には、それしか感じられなかった。
戦うにも、後一枚あったBSIPカードをさっき落としてしまったし、見つかったとしても壊れているに違いない。状況はあまりにも絶望的だった。
…恐らく、さっきの私の起こした「叫び」は私の「デフォルト」が発動したからだと思う。
だが、その副作用は強い。私もさっきそれを実感した。「デフォルト」を使えば、何とかできるかもしれない。けどそれはと同時に私の命を縮めることになる。詳しい原理は知らないけど。
だから、使いたくない。でも使わなくては殺される。使うしかないのか…。
━━また、仲間を傷つけるのか?━━
…え?
頭の中で誰かの声が聞こえた。
━━自分は殺されたくない?なら貴様のせいで傷ついた仲間達はどう思うだろうなあ━━
ち、違う!私は…みんなを助けたくてやったんだ!
━━だが、結果的には貴様のせいで劣勢になっているではないか━━
━━それでもまだ綺麗事を言うのかしら?━━
━━そういうのを責任逃れっていうんだよ━━
━━いっそ殺されちゃえば?━━
私の中には「ガヤ」がいる。いつからそこにいるのかは知らない。
私が失敗した時、悩んでいる時、時々現れては私に非難を浴びせてくる。うざったいけど「ガヤ」のいう事は全て正しかった。反論の余地なんて、どこにもなかった。
昔からそうだった。周りから非難しか浴びてこなかった。どんなに小さなミスをしても、とやかく言われた。お前は最低なんだ、と。それが心の中に染み着いて「ガヤ」として現れたのかもしれない。
一度、これを医者に診てもらったら、一種のうつ病だと言われた。驚かなかった。心の中では薄々分かっていた。その時から薬を服用し始め、今年で5年くらい経つ。症状は大分落ち着いているが、精神的に不安定になるとまた現れる。今みたいに。
『どうしてこうなったか』
いくら医者に聞かれても私は答えなかった。目星はついているが、そうだとは認めたくなかった。
それを認めたら、私のしてきたことは一体何だったのか、分からなくなってしまう。私の存在意義が消えてしまう。そんな気がした。
でも今なら違うと言える。
と思っていた。
今この時が無ければ。
「…ね……の子………様子…かし………」
「むし………都合……………確……仕留め………」
あの二人の声が、うっすらと聞こえた。朦朧としている世界の中で。赤い何か、青い何かは何とか識別できたが、視界は完全にボヤケていてほとんど何も見えない。音も聞こえなかった。けど、私に迫ってくる足音は、さっきと同じようにはっきり聞こえた。
落ち着き始めた精神が、また恐怖で震え始めた。視界が徐々に暗くなっている。甲高い悲鳴も聞こえてきた。はたまた、さっきまで静まり返っていた「ガヤ」が息を吹き返したかのように騒ぎ始めた。
さっきと…同じだった。
また、私は…同じ事を繰り返すのかな…?
もはや、自分という存在に絶望し始めた。仲間を危機に陥れた、私に。
結局、私は「DIVA」になって何も変われなかった。
もう…このまま……死んで……いいよね…?
振りかざされる剣。私を睨む怨恨の目線。
私は死ぬことを…受け入れた。
ごめんね…お兄ちゃん……。
カキンッ
「…え?」
乾いた金属音。私にとって、それは聞き慣れた音だった。
まさか…そんな…。
私が見たのは、ボロボロで、傷だらけで、血で赤くなった背中。その背中もまた、私にとって見慣れていたモノだった。
「くっ……まさかそんな姿で立てるとはな……ルカぁぁぁああ!!」
「……よくも私の『家族』に手を出してくれたわね!カイトぉぉぉ!!」
いつものように、ルカ姉が立っていたんだ。
♪♯♭
「うー…やだなぁ…」
会議用のテーブルに突っ伏し、延々と口から零れるのは不安の呟き。彼女は普段どんな任務でものほほんとした態度で取り組み、彼女曰く「何となく」終わらしてくる。言わば、彼女は超楽観主義者なのである。そんな彼女が嫌だ嫌だと言っているのはきっと、「master」から何か特別な任務を与えられたからだろう。
ともかく、ずっとそこに居られては困るので声をかける。
「…どうしたのですか?」
「…ウター…聞いt…」
「嫌です」
「即答っ!?」
こういう時、彼女は愚痴しか出さない。それもただ一方的に。そうなるとかなり面倒くさくなるので、いつも私はそうなる前に断っている。これを快く引き受けるのは「貞子」ぐらいだろう。
「ねーいいじゃーん…私だって悩みの一つや二つあるんだよー…」
「…でも貴方、そういう時は『あんなのどうにかなる』とかいつも言ってましたよね?」
「今回はそうはいかないの!!」
珍しい。阿呆の塊である彼女がそんな風に考えてるなんて…。
一体どんな事を言われたのか少し気になるが、私は雑務の為席を外す事にした。
そうだ、どうせだしテトも誘おう。
「…今から書類の整理をするのですが、手伝ってくれませんか?」
「あ、うん別にいいけど……でもそういうのって下っ端の仕事でしょ?何でウタがやるの?」
「今日…ここがどうしてこんなに静かなのか忘れたのですか?」
「どうして……?んー………あ、海外遠征か…」
この「UTAU」には、一応海外支部が存在する。今日からその海外支部に2週間ほど下っ端どもが遠征に行く。が、各部隊の隊長副隊長…その他諸々の重役はもしもの為ここに残っている。
その下っ端どもは総勢およそ400人ほど。おまけに「正社員」と呼ばれる人が多々いるのでもう少しいる、かもしれない。かく言う私もその「正社員」の一人で、重役皆「正社員」である。元は雇われた身だったが、重役を担うにあたり「正社員」として採用された、という人もいる。
しかし、実際のところ皆そんなの気にしていない。別に「正社員」でないかどうかで格差があるわけではないし、むしろ「強い=正社員」という概念が下っ端どもにはあるそうで「正社員」に憧れを抱く者も少なくない。
正直、そんな人数を雇わなくても「DIVA」は私達だけで倒せる。
巡音ルカは確かに厄介だし、3人で相手しても適わない。だが弱みを握れば話は別。「一人の犠牲も出したくない」という考えを利用し、人質を捕れば形勢逆転する。
他はというと、力を持ち始めたので若干厄介な部分はあるが、かといって大したことは無い。やろうとすれば私一人で数人は殺せるだろう。
何故こんなにも人を要するのか、理由は分かっていた。
数か月後に決行する「ある作戦」の為だ。恐らく今日行われた奇襲作戦を終えると、しばらくは活動をやめることになるだろう。すべては作戦を成功させる為。
先程言った海外遠征は主にそれを目的としている。
今回の作戦は過去「UTAU」の中で史上最大の作戦である。絶対に成功させなければならない。
全ては奴らを絶滅させるため。