あまりに呆気ないですが、始業式編、終わります
「ぐずん…みんながぁぁ…」
ヘリの中で泣きじゃくるミク。その声を聞いていると私まで悲しくなりそうだった。
私はこういう時、無暗に励ますのは無意味だと思っている。他人の心なんて分かりもしないのに、それを分かったかのような顔をしてあーだこーだと励ます。そんなの、迷惑だ。
私は静かに彼女の頭を撫でた。それしかできなかった。
貴方は何も悪くない。そう思いを込めて。
♪♩♬
数時間前。
ボロボロになった体を動かし、私はミクを切り捨てようとした青い男を間一髪で止めた。
「き、貴様…!」
憎しみの目線を受ける。が、私は冷静に刀を抑えた。
すると彼は無謀かと思ったのか刀を引き、数メートル退いた。
「…相変わらずだな、お前。何も変わっちゃいない」
「そういう貴方達は随分変わったわねぇ。目がもう犯罪者の目よ?」
私はこの男女を知っていた。
敵だから、じゃない。「裏切り者」だからだ。
「久々ねえ~ルカ。折角の再会なのにそんな怖い顔しちゃやだよー」
「…黙りなさい。貴方達には笑顔を見せる必要はないわ」
「黙るのは貴様だ、巡音ルカ。私達を『見捨てた』くせに、後輩には愛情を振りまくってか?」
「見捨てた」。その言葉を聞いて一瞬胸が苦しんだ。
そうだ…私は…二人を…。
嫌、駄目だ駄目だ。ここで私情を挟んでは殺される。私は、決めたんだ。絶対に連れて帰るって。
そのためにもまず、死んではならない。私も、二人も。
だから今負っている怪我がどんなに酷くても、「何のこれしき」と自分に嘘をつかなきゃいけない。
多分今は肋骨が数本折れ、左腕もひびが入っているだろう。
それでも私は戦わなくちゃいけない。絶対に。
「…相当な重傷のようだな。それでも俺達と戦うか?」
カイトは人の心を読むのに長けている。今何思っているのかなど彼に掛かればすぐに見破られる。謀り事を企むなど彼の前では無意味。だからここは力で圧すしかない。
が、それは今ここでは不可能に近かった。
傷が酷いというのもあるが、力に関してはメイコの右に出る者はいない。
彼女は華奢な体にも関わらず、とんでもない怪力である。飛んでくる岩は素手で粉砕。武器を持たせようなら一回の戦闘で再使用不能になる。
そんな二人の強さは何より私が一番よく知っていた。一対一ならまだしも、二人もいては勝てる確率は低い。冷静に考えればここは逃げるのが一番の策だ。だがここで逃げたら、他のみんなを一体誰が守る?ミクは今の所無傷だけど、心の方では相当な傷を負っている。戦闘はもはや不可能かもしれない。他のみんなは…全員気絶している。負った傷からしても、目を覚ましても戦うことはできないだろう。
私しか、いない。
私がみんなを守るんだ。
「…来るぞ」
「分かってるってばー」
懐から、新しいBSIPカードを取り出す。今この状況を打破するにはこれしかない。
向こうから来る気配がないので、ゆっくりとBSIPカードをヘッドホンに差し込んだ。ヘッドホンは読み込みを始め、キュイイインという音を鳴らし始めた。
そして意識は、電脳世界に飛ぶ。
ピンク色で染まった世界の中で、白い螺旋状の柱が幾つも、回りながら浮遊している。
やがて上から一つの柱が私に襲いかかってきた。突然の事で、私は思わず目を瞑った。
服が、上書きされていく。目に見えていなくても分かった。
体をくすぐられているかのような感覚。それが終わる時、私は再び現実に戻る。
目を開く。そこにはさっきと何も変わらない、荒廃した体育館があった。
勿論、敵も一歩も動かずそこにいた。違うのは、二人が武器を構えている事だけだ。
そして、私の姿も違う。
「…何だあれは…?」
「デフォルト」に近い色合いの服。スリットをそのまま腿まで短くし、下にはスパッツ。上着はアクセサリーなどを取っ払っただけのような感じ。少しラフな容姿になっている。
「ねぇ…あれ初めて見るんだけど…」
「…構えてろ、気を抜くな」
やはり、あの二人はこのBSIPカードを知らない。このカードでの主な戦術は「体術」。殴る蹴るというのがこのカードでの武器だ。しかし私はそんなに体を使うというのが得意ではない。が、こんな状況で好き嫌いなんて言ってられないのは当然だった。
深く体を構える。それを見た二人はより警戒を強めた。そしてお互いが睨み合い、動きを止めた。
風通りがよくなった体育館には常に風が入り込み、私の長い髪をかき乱す。短くなったスリットもそれに応じてヒラヒラとなびいていた。遠くの方では雷鳴が鳴り響く。直に雨が降るだろう。空に分厚い雲があるせいか、天井が無くなってもちっとも明るくなることは無かった。むしろどんどん暗くなっているような気がした。
やがて一つの雫が、天空から落ちてきた。
光も無くなっていく世界で一つだけ、空中にきらりと輝きを示した。
雫はまっすぐに地面に落ちていき…
光は、消えた。
「なっ…!?」
それは一瞬にしてかたが付いた。
私の両腕は二人の首を的確に狙い、残り数ミリというところで止まった。呆然とする二人。そうなるのも仕方なかった。
何せ動き始めてから、1秒しか経ってないのだから。
♩♬♯
「…ねぇ」
ヘリの騒音が酷い機内なのに、何故かその時のミクの声は、今までの声よりはっきりと私の耳に届いた。そして彼女はゆっくりと、涙を含んだ目で私を見た。…というより睨んでいるようだった。
「どうしたの…?」
「…あの二人と何があったの?」
あの二人とは、恐らくカイトとメイコの事だろう。
「…名前も知ってるし…そもそも『見捨てた』って何なの?」
私は俯いた。「あれ」は誰にも話した事はない。いや、話せる人がいなかった、と言った方が正しい。私が孤独になってしまった…あの…。
「話したくないなら…別にいいよ…」
ミクは睨んだ目を悲しみに変え、再びうずくまってしまった。
正直、今これを話していいのか、分からない。これを言って、もしミクが「裏切り」でもしたら…。
私は彼女を信じている。が、絶対にないとは限らない。私は二人を失ってどこか疑心暗鬼になってしまったのかもしれない。矛盾しているのは分かる。けどそう思わずにはいられない。そしてそんな私を、いつも私は憎んでいた。
辛かった。そんな毎日が。テレビの仕事では表に出さないよう努力し、歌にもそんな悲哀と醜悪を声に出してはならない。仕事から帰るといつも泣いていた。泣いて、泣いて、泣き疲れて、気付くと夜中の三時、なんてのがざらにあった。
私は今それを、出会って一ヶ月の、年下の子に話そうとしている。裏切るかもしれない不安と、辛さから少しでも解放されたい願望と、色んな感情が混ざって、頭がどうにかなってしまいそうだ。
「…ルカ姉も、辛い事あったんだね…」
ミクが力のない声で、ぼそっと漏らした。
この子にも沢山辛いことがあった。それを知っているのは、私だけ。
あの時━━初めてミクが「UTAU」に襲われたあの日━━私に彼女の全てを、泣きじゃくりながら話してくれた。
その頃のミクは、常に悲しげな顔をしていた。でも話してくれたおかげて随分明るくなった。前とは比べ物にならないほどに。私も今、悲しげな顔でもしているのだろうか…。この事を話せば、少しは明るくなるのだろうか?
その前に、ミクは話してくれたのに私は話さないのはおかしいのだろうか…。
けど私の体は正直だった。
考えがまとまる前に、口が先に出た。
「…聞いてくれる?」
♪♭♭
これは、私が9歳の時の話。
当時「DIVA」は私、カイトとメイコの三人だけだった。二人は私より後に「DIVA」になったが、私より三歳年上だった。そして私を妹のように接してくれた。すごく楽しかった。二人といる時間が。
でも私は家の事情で「家」に住むことができなかった。その為二人と過ごす時間は限られていた。沢山遊んだ後、家に帰る時はいつも泣いていたっけ。帰りたくないと、泣きながらすがってた。
でも二人は私を優しく諭し、「また会えるよ」と言ってくれた。
私はその言葉を信じ、泣きながら手を振り車に乗って「家」を後にしていた。
「…いつか、また会えるよね」
それがいつしか私の口癖になった。
だがある日を境に、二人は居なくなった。
その時、私は「きっと二人とも仕事で忙しいのだろう」と思っていた。
だが、テレビに流れた一つのニュースで私の希望は崩れ去った。
『突然『DIVA』のカイトさんとメイコさんが活動休止を…』
信じられなかった。あんなに歌うことが楽しかったと言っていたのに。
だがら「家」から居なくなったのか?
疑問に思った私はYamaha本部に駆け込み、理由を問いただした。
話によると、ヘッドホンのアップデートに関して研究者側とトラブルを起こし、研究者の一人を負傷させたという。その責任を取るために、「あくまで」一時的な活動休止、及び自宅謹慎に処したらしい。
納得がいかなかった。
何故二人は、研究者を怪我させるという激情に任せた行動を取ったのか。それほどまで二人を怒らせた「ヘッドホンのアップデートに関する話」とはどんなものだったのか。研究者達は皆口を閉ざす。資料を覗いても正しいものなど見せてくれはしない。
そして肝心の二人の居所も分からない。
私は、飽きらめざるを得なかった。
♬♯♭
「…数日後、研究者の一人が二人の様子を見に行ったんだけど、家には誰も居なかった。そんで一カ月後にあった『UTAU』との交戦で、二人が向こう側の人間として戦闘している事を確認。…研究者達は二人を他の『UTAU』と同様の措置を行う事を決定した…」
気付いたら、私の目は涙で溢れていた。
話していた私が悲しくなるなんて…、情けないったらありゃしない。
けどこの話を聞いていたミクの方が泣いていた。
「だ、大丈夫…?」
「ぐずっ…ひっく……ぅぅぅ…」
あまりにも涙を溢れさせて泣いているので、見てるこっちが少し心配になってきた。
それよりも、何故彼女はそれほどまでに泣いているのか…?私には理解でなかった。まるで自分の出来事かのように泣く彼女の姿に、私は胸を痛めた。
私は…同情が欲しくてこんな話をしたんじゃない。
そう言いたかったけど何故か言葉が出なかった。
「…どうして泣くの?」
数分の沈黙の中、ようやく出た言葉がそれだった。
彼女は休みなく溢れる涙を拭い、泣きながらもこう話した。
「…私の過去と…重なっちゃって…」
再び彼女は泣き始めた。大きな声で、わんわん泣いた。あいにく、この泣き声はヘリコプターの騒音のせいで私にしか聞こえない。やがてそれは私の心を涙に染めた。
隣に座る彼女を優しく抱きしめる。
私の腕の中で泣くミクを見て、やがて私もわんわんと泣き始めた。