Vocaloid of voices   作:rufus

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お待たせしましたー…Rufusです

間空いたので今回は結構長い…と思います


第二十話 桜

俺は怪我をした左肩を押さえながら、誰もいない閑静な住宅街を歩いていた。

いくら布で被い、手で押さえても、血は腕を伝い指先からポタポタ流れ落ちていく。振り返ると、血の痕が見事に来た道を辿っていた。

脚もどうやら怪我をしているようで、右足の太股から異常なほどの痛みが俺を襲った。

歩いていても辛い。だが追われている可能性が少しでもあるなら、俺は逃げなくてはならない。安全な場所に籠もるまでは。

「ヴェノマニア」で空を飛んでもよかったが、誰かに見られるリスクと骨折しているかもしれない俺の体の事を考えると断念せざるを得なかった。

彼女に助けを求めてもよかったが、俺の後悔と彼女への疑問が俺を制止させた。

 

…何故俺はここにいるんだ?

 

俺はこんなところでボロボロになりながら歩くために、束縛された生活から抜け出したわけじゃない。俺は彼女に会いたくてここに来た。聞きたい事があってここにきた。

そして、自分の手で彼女を守るためにここに来た。

 

それなのに、俺は一体何をしてるんだ?

 

これじゃ、ただ死ぬ為に抜け出しただけじゃないか。

 

頑張って歩いていた足が止まる。そして力が抜けたように、その場で倒れた。

すぐさま左肩から血が溢れ出し、気付くと血の海になっていた。

起き上がる気力もない。助けを求める声も出ない。俺は、生きることを放棄した。

彼女が俺の事を死んだと思っているなら、今俺がここで死んでも何ら支障はない。親も兄弟も親戚もいない、天涯孤独の身。誰も悲しんだりしない。

その前に、少しでも人助けできて、俺は少し喜んでいた。

 

でもやっぱり…死にたくねぇなぁ…。

 

 

虚ろになる意識の中、そんな夢を想っていると、俺の体を二つの影が覆った。

 

♬♭♯

 

始業式から数日後。

勿論の事ながら今回の件はニュースでばっちり報道されていた。

『謎のテロ組織、現る』『彼らの目的とは?』『何故「DIVA」を狙ったのか?』

新聞もテレビも連日その話題で持ち切りだった。

で、問題である「DIVA」上層部のコメントは、まさかのノーコメント。どのマスメディアにしつこく追い回されても、無言を貫き通した。そのせいか、ありもしない出来事を週刊誌がぼんぼん取り上げ…よく分かんないけどしっちゃかめっちゃかなのである。

それを理由に上層部は私達に活動一時中止を命じた。どうやら上層部は私達をテレビに出させなくする口実が欲しかっただけだったみたい。

みんなの状態はというと、骨折…とかはしたもののみんな命に別状はなかったようで、ひとまず安心した。けど私とルカ姉しか今はいなくて、すごく寂しかったりする。

数日の間で骨折など治るはずがなく、みんなは「DIVA」専用医療機関に入院していて、私達二人は毎日お見舞いに行っている。…というか仕事をするにもできないので寮にいても暇なだけなのだが。

 

そして今日もお見舞いに出掛ける。寮の玄関を閉め、私は車庫に停まっているルカ姉のフェラーリに乗り込んだ。

隣でルカ姉がエンジンをかける。そして車はゆっくりと動き出し車道へと飛び出した。

 

「ねぇねぇルカ姉」

 

「ん?なあに?」

 

「何でフェラーリなの?」

 

私は唐突に今乗っている車に関して質問をしてみた。

 

「いや…特に深い意味はないんだけど…」

 

「えー!?だったらもっと安いの買えばよかったじゃんかー」

 

「え、何で?」

 

「だって人目につく上、私達こんな髪色してるからすぐバレちゃうよ?」

 

「まぁそうだけど…気にしてたら一歩も外に出られないわよ」

 

「…気にしてないの?」

 

「うん」

 

普通に意外だった。でも彼女のいつもの澄ました顔を見ると、「あ、それもそうか」とどこか納得している自分がいた。

確かに今までルカ姉は「有名人」という偏見を全く気にしない素振りを見せていた。島の中にあるアウトレットモールにも、変装なしで行った事がある。案外気付く人が少なく、何事も無く買い物を終えた。

その時私は、何でみんな気付かないんだろうという事より、堂々と買い物をしていたルカ姉がすごく勇敢に思えた。…と言うのは大袈裟かもしれないが、そんな勇気一体どこから出てくるのだろうと不思議に思いつつ、尊敬していた。ある意味、戦闘においてもあれだけ勇敢に戦えるのは、それと繋がっているからかな。

 

そんな事を思いながらふと外を眺めた。

…あれ?随分と景色が早く流れるような…

 

「ってルカ姉!!何爆走してんの!?」

 

フェラーリは家を出てから数分も経たない内に時速80kmを出していた。30km規制の住宅街で。

いくら車通りが皆無だからだって、こんなにスピードを出したらもしもの時がとてつもなく心配だ。

 

「へーきへーき。警察も来ないって」

 

「そういう問題じゃなぁい!!」

 

そんな事を言っていると時速は100kmにまで達した。ルカ姉はここを高速道路と勘違いしているのだろうか…。

 

「…ってルカ姉!!目の前行き止まりだよ!?」

 

気付くと目の前は青い海。そしてその海は刻一刻と迫ってきている。

後300m…

 

「あ、やべ」

 

後200m…

 

「やべじゃないでしょぉ!?早く止まってぇ!!」

 

後100m…

 

「…ミクちゃん、こういう時はこうすんのよっ!!せいっ!!」

 

何やら決め台詞をほざいている中、ルカ姉はそのままのスピードで素早くハンドルを回した。

 

「うわぁぁ!?」

 

すると車は道を大きく使ってドリフトした。キィィィという音をたてながら、海すれすれを通り、何事も無かったかのように方向転換した。そしてフェラーリは、ドリフトが終わったところで停止した。

 

「あー危なかった」

 

「随分能天気だねぇ!?」

 

ルカ姉のあっけらかんとした態度に、つい反論が漏れ出した。

 

「だってこんなの日常茶飯事だし…」

 

「おかしいよ!!これがいつもの出来事なら命いくらあっても足りないよぉ!!」

 

「まぁまぁ…今度から規制に従って走るから、もうそんなに怒らないで?」

 

そう言うと、彼女は私に対して上目遣いを発動。つぶらな瞳で目をパチクリさせている。

くっ…そんな事されたら…何でも許しちまうじゃねえかっ…!

 

「もー…仕方ないなぁー、今度からちゃんと走ってよ?」

 

「キヲツケマース」

 

「走る気ないでしょ!?」

 

「あ、バレた?(笑)」

 

「バレバレだよー、もぉー」

 

 

「ねぇね二人とも、これからどこ行くの?」

 

 

「あ…そうだ、早くお見舞いにいかな…」

 

…あれ?今誰かの声が聞こえたような…。

 

「「って何でいんだよペッテンソン!!」」

 

「だからその名前で呼ぶなぁー!!」

 

知らぬ間に後部座席になぜか赤いツインドリル。そのことについてはルカ姉も驚いたようで

 

「出てけ!」

 

と聞きなれない暴言を連発。というか彼女に対してはいつもこんな口調のような…。

 

「まぁまぁー。私も暇なんだよー」

 

「黙れキメラ!貴様に背中を見せられるか!」

 

ごもっともである。

 

「えー私そんなに信用されてないの?この間の始業式のあれだって教えてあげたジャン」

 

「伝えるのが早すぎんじゃ!みんな忘れてたわあほぉ!!」

 

そう。伝えてきたのが3月の上旬。んで始業式が4月。人間そんな長く記憶できることは限られている。私だって襲われてそういやあテトが伝えてきたな…とようやく思い出したほど。

これにはルカさんも忘れていたようで、というのも、テトが毎度毎度言ってくる襲撃予告は今まで予告通り行われたことがなく、どうせ今回もガセネタと捉えていたらしい。んで記憶から抹消された、と。

 

「でもルカに暗殺部隊送らせたのも私なんだよ!そのおかげで襲撃が起こってるってわかったんじゃないのー?」

 

「黙れ!結果的に私達以外ベッド生活じゃ阿呆!分かってるんならもっと予防策練っとけ!!」

 

「わ、分かったよ…じゃあ予防策として次の作戦について教えるよ」

 

それを聞いた瞬間、場が一気に緊迫した。今までふざけ半分でツッコんでいたルカ姉の目の色も変わる。

 

「…奴らは、とうとう大きく動き出してくるよ」

 

「…どういうこと?」

 

「具体的には…『UTAU』総動員で『DIVA』を潰しに来る。この間の始業式や、これまでの襲撃とは比べ物にならないほどの規模……はっきり言えば世界規模ね」

 

「「世界!?」」

 

まさかの言葉につい驚きが漏れ出す。私達がルカ姉に教えてもらった限りでは、世界規模なんて聞いたことない。ましてや、そんなことできるほどの組織とも思ってもみなかった。

私達が見てきた彼らの姿は、氷山の一角に過ぎなかったということだ。

 

「そんな事が可能なはずが…」

 

「今、最下級の下っ端達、400人くらいが海外遠征に出てる」

 

「よ、400人!?聞いてないわよそんな話!?」

 

「そりゃそうだろうね、秘密裏での増員計画だったし」

 

ルカ姉の様子を見るに状況は思ったより深刻らしい。

海外への進出。400人という増員。そしてそれら全員で私達を潰しに来るという。まだ新米の私でもあまりに危険である事は把握できた。

けど、私はテトに一つ質問をしてみた。

 

「…最終的な目的は私達を潰すことなんだろうけど…でも海外に行く理由は何なの?」

 

しかしその質問に答えたのはルカ姉だった。

 

「海外にも少しだけ『DIVA』がいるのよ。私ほどの世界的な知名度はないけど、その国に関しては結構な人気があってね、まぁ『UTAU』の事だから狙うのは分かってたけど…でも」

 

「どうして今なのかって?」

 

テトがルカ姉の言葉を遮る。その言葉にルカ姉は頷いた。

だがテトの答えは何とも中途半端だった。

 

「知らないわよそんなこと…。まー『DIVA』が弱体化してる今、ここで総力戦を仕掛けるのが妥当だと考えたんだろうかね」

 

「…誰がですか?」

 

「うちのボスだよー。何考えてるかも分からない人さ…。いっつも真っ暗な部屋に籠もってるし顔も分からないし…」

 

ボスらしくないボスだな…。

 

しかし何故かその言葉にルカ姉が食いつく。

 

「嘘でしょ」

 

「え」

 

思いもしなかった言葉にテトは動揺し始めた。

 

「う、嘘なんじゃないよー?るーちゃんに嘘つくわけがないじゃないかー」

 

「…昔カイトに教えてもらったんだけど、あんた嘘つく時目が上から下に動くわよ」

 

「何その分かりやすい挙動!?私そんな仕様!?」

 

「知らないわよ!!心理戦最強のカイトが言ったことなんだから本当よ!」

 

そんなタイトル持ってたんだあのマフラー…。

 

「…顔、分かってるんじゃないの?」

 

「私帰る!!」

 

そう言った瞬間、テトは咄嗟にドアを開け外へ飛び出した。それを見た私とルカ姉も追い掛けるためドアを開けた。

私達が外に出ると、テトの姿は車の後ろにいた。がすぐさまその姿は消えてしまった。

 

ガチャン

 

「何でトランクに逃げ込むのよ!」

 

「う、うるさい!さっきの事を気にしないって決めない限り出ないからな!」

 

こいつ本当に31歳か…?

 

「車重くなるからな!燃費悪くなるからな!金かかるからな!私こう見えて結構体重あるからな!」

 

「地味なカミングアウトはいいから!さっさと出てきなさい!」

 

「ぜってーでねー!!」

 

まるで5歳児のように駄々をこねるテト。姿は見えないが、車が揺れてるからするにバタバタと暴れているようだ。ホント迷惑な奴だな…。

 

「…知ってる?トランクの中に閉じこめられて、熱中症で死んだ人がいるみたいよ」

 

ガチャ

 

「すみませんでしたぁ!!」

 

ルカ姉のSっ気たっぷりの矢のように刺さる言葉に、呆気なくテトは彼女に土下座した。

何だか四コマ漫画のようにころころ変わるこの状況に、戸惑いと呆れを覚えた。

っていうか、テトが現れる日って大抵こんな感じなんだよな…。それを思うと余計呆れる。

 

「さて…茶番はこれまでにして、私は帰るね」

 

何事も無かったかのように、涼しい顔でこちらを向く。久々に楽しくじゃれあえて笑顔かと思いきや、テトはとてつもない深刻な顔をしてこちらを見ていた。

 

「…最後に忠告しておくわ。今度の戦闘ヒドいモノになるわよ。何故か『master』は戦闘開始日…8月13日午後2時まで『DIVA』との交戦を禁じたからそれまでは安心だけど…」

 

「…それ本当?」

 

「うん、でも油断はしないでね?気性の荒い奴もいるし…。後海外との連携も取ること。戦闘の準備もしっかりね」

 

「ええ…分かっているわ…、でもそんなにヒドいモノになるのかな…?」

 

どうやらルカ姉は、まだ「UTAU」がこんな大胆な作戦を実行するとは思えないらしい。けどこの意見には私も同意だ。今まで奇襲という奇襲を仕掛けてきて、始業式以外は大して大きなモノではなかった。

しかし今回は別のようだ。

そして彼女は続けてこう言った。

 

「…次の作戦が終わったら、きっと世間はその戦闘をこう呼ぶでしょうね」

 

 

 

「第二次歌姫狩り」と。

 

 

 

♪♬♩

 

「レーンー…もーちょっと手加減してよー…」

 

「俺はいつでも本気なのさっ。…ゲームに関しては」

 

「うぐぐ…もう一回じゃぁ!もう一回!!」

 

「まだやるのかよ…もういいじゃん…」

 

「やーるーのー!!」

 

「仕方ねえなぁ…これで最後だぞ?」

 

「おうよ!!絶対負かしてやる!!」

 

テレビには、もう見慣れた画面。二人のキャラが向かい合って互いに様々な攻撃を繰り出している。二人が持っているコントローラーは無線で、テレビの横にあるゲーム機に繋がっている。確か最近発売されたゲーム機だ。コントローラーに充電式を採用した新型らしく、コントローラーごとに乾電池を使わなくてすむというモノだ。他にも様々な仕様に改良されているらしいが、よくは知らない。

 

ドーン

 

「あぁ!!…また負けたー…」

 

「はい、これで10勝目。…俺病室で寝てくる」

 

「…ま、まだじゃぁ!!もう一回勝負せんかい!!」

 

「えぇ!?これで最後って言ったじゃん!」

 

「んなもん知るかい!!」

 

「なんて卑劣な!?」

 

この光景も、もう毎日の日課のようになっている。周りの人は皆目を引かせているが、私にとってはとても微笑ましい光景だった。

襲撃後は私を含め、酷い傷を負って長い時間気を失っていた。ルカさんとミクさんがいなければこの世にはもういなかった事だろう。二人には本当に感謝している。

 

「はい、今日はもう終わりな?俺もう疲れたわ…」

 

「えー!?まだ正午にもなってないよ!?残り半日どう過ごせばいいのさぁ!?」

 

「朝っぱらからこんなんやらせるリンがわりぃーんだよ!」

 

「うるせー!!こーんな病院の中じゃ暇で暇でしょうがないんだよ!!」

 

「じゃあ寝てろよ!!」

 

「いーやーだー!!」

 

床に寝て手足をバタバタと振り回すその様は、まるで5歳児。これが果たして13歳のする事かどうかは、無論否だ。

 

「ほらほらぁ…そんなに暴れないでくださいぃ。いくら私達しかいないからってぇ、安静にしてなきゃ駄目ですよぉ?」

 

見かねた私はリンちゃんをなだめることにした。

しかし、今日のリンちゃんは一筋縄ではいかないようで

 

「いーやーだー!!」

 

有無を言わさずただバタバタと暴れていた。こうなればリンちゃんを止められるのはルカさんしかいない。

そういえば、いつもならもう来ている頃なんだけど…

 

「うるさいわよリン!!」

 

とか思っていたら、後ろから聞きなれた怒鳴り声が聞こえた。

 

「「ルカ姉!」」

 

「ほんっと朝から賑やかね…。周りの目線を感じないのかしら…」

 

「ある意味賞賛に値するね…」

 

「あ、ミク姉もおはよー」

 

「おはよー」

 

二人がやってきて、初めて一日が始まる。

 

「家」にいた頃もそうだったように、ここでもみんながやってきて初めて今日が始まる。今回の出来事で、まだ「ここ」に馴染めてない私は困惑していた。けどルカさんはそんな私に優しくしてくれた。

ここに来てから、私はずっと恩返しをしたいと思っていた。多分リンちゃんとレンくんも同じ事を思っているだろう。ミクちゃんも誘って、後でパーティーとかやってみてもいいかもしれない。勿論サプライズで。

 

そんな事を思っていると、目の前ではルカさんが呆れ顔をしていた。

 

「…リンちゃんさぁ、ここ私達専用だけど一応人はいるのよ?そんなわーぎゃー騒がれたら迷惑でしょ?」

 

「うん…」

 

「だからこういう場では騒がない事。いい?」

 

「はーい…」

 

まるで小学生を諭すかのような話し方。リンちゃんあれでも中学生なのになぁ…。

というか、こうやってリンちゃんが落ち込むもよくある事。勿論「家」でもリンちゃんはルカさんに怒られてはしょんぼりしていた。そういうところも、何も変わってなかった。

私には、それもこれも全てルカさんのおかげ、のように思えた。彼女はいつでも笑顔。始業式襲撃直後もずっと私達を笑顔で励ましてくれた。気付かない内に私は彼女から色んなモノをもらっていたのかもしれない。

 

ただ…

 

「…ミクさんは、どこか具合が悪いのですかぁ?」

 

「え…あ、いや、大丈夫だよ?」

 

「そうですかぁ…」

 

気になるのはミクさんの方だった。

ミクさんは時々、とても辛そうな、そして悲しそうな顔をしていた。どうしてかは分からないけど本人が大丈夫と言うなら、私は無理に聞かないようにしている。けどみんなの輪に入らずに、よく一人でぽつんと佇んでるからして、相当な悩みを抱えているようにしか見えない。どうにかしてあげたいけど、大丈夫と言われているし、無理に聞こうとするとそれも失礼だ。

どうやらリンちゃんとレンくんもこの事には気付いていて、私と同じ事を考えている。

ルカ姉に相談はしてみたものの、少し複雑そうな顔をして「そっとしてあげて」と言われた。

二人の間に何があったかは知らないけど、新米の私が首を突っ込んでいい話題ではなさそうだった。

そして今日も彼女は暗い顔をして、遠くをぼーっと見つめている。

その姿を見ていられなくなった私は、談笑している輪から外れ、ミクさんに話しかけてみた。

 

「最近元気ないですねぇ…、大丈夫ですかぁ…?」

 

その声に気付いた彼女は、私の顔を見た後、すぐに目線を窓の外へとやった。

 

「…大丈夫、何も心配いらないよ」

 

いつも通りの返答。いつも通りの表情。心配する私に対して彼女は笑ってくれた。

だが、その笑顔は明らかに偽物だった。無理して笑っているのがバレバレだった。

 

「…そんな心配しなくても大丈夫だって…」

 

「大丈夫そうにないから話しかけてるんじゃないですかぁ…」

 

今日の彼女は特に酷い顔をしていた。目の下には隈、髪はいつもならきちんと枝毛もないように手入れをしているはずなのだが、今日の髪型は枝毛があちこちに散らかり、前髪も適当に分けられていた。どう見ても「これでいっか」と妥協している髪だった。いつもの彼女ならそんな事はしない。オシャレには人一倍気を遣う人だ。行く先がどこであろうと。

だから、私から見てすれば明らかに様子がおかしかった。

 

「本当に大丈夫なんですか…?」

 

「うん、平気だよ」

 

その後に「ちょっと外出てる」と言い残して、そそくさと部屋を出ていってしまった。何かに怯えるかのように。

みんなはその様子に何か引っかかるといった顔をしていたが、気にせず話を続けた。

 

彼女は…何を思っているのだろう…?

 

♪♭♯

 

桜舞う季節。

今年は暖かくなるのが遅かったらしく、4月になって一週間経ったこの頃に、ここ東京の桜は満開を迎えた。

「DIVA」専用医療施設、通称「歌姫の揺り籠」の西側には床一面に芝生が生い茂る広大な公園がある。遊具はなく、林に囲まれていて、公園の中心には巨大な樹が堂々と鎮座している。

そして今は淡い桃色のベールを纏っている。

風が吹く度桜の花びらが舞い、それが落ちてできた絨毯は次第に広がっていく。

 

「…綺麗…」

 

ついそんな言葉が口から零れた。今気持ちが沈んでいる事すら忘れてしまいそうな、幻想的な景色。思わず息を呑んだ。

この桜は特に名前は付いていない…が、私の2ndシングル「千本桜」を聞いたとある人が

 

『ここまさに千本桜じゃね!?』

 

とツイッターで呟いたところ、瞬く間に広がり、「千本桜」と名付けられた。けど実際樹齢千年はあるという研究結果が出ているらしく、一部の人達は正式に名前を千本桜にしてもいいんじゃないかという意見が飛び交っている。

満開のこの時ならいつも人だかりができていたり、花見客がいたりするのだが、今は平日の昼間。人は全くいない。私は、この桜を独り占めしているような、そんな優劣感に浸りながら、あの桜を見ていた。

 

「…なーに一人で眺めてんのよ」

 

不意に後ろから声をかけられた。振り向くと、少し怒ったような顔をしたルカ姉が歩み寄ってきた。

 

「…他のみんなは?」

 

「家の中でゲームしてるわよ。ミクもやろうってみんな言ってるわよ?」

 

「いい、やらない」

 

「…そうでしょうねー…」

 

正直、一人になりたかった。

ただただ、この桜をずーっと眺めていたかった。

何か忘れられるような気がしたから。

 

「まーだ気にしてるの?あの事」

 

「…うん」

 

「大丈夫よ。みんな許してく…」

 

「絶対に許されない」

 

励ましなんていらなかった。同情もいらなかった。

許されるはずがない。また、間違いを犯して権利も失った。

ただ私は…

 

「そんな事で悔やんでたって、何も起こらないわよ?」

 

「…そんな事?私は仲間を傷付けたっていうのに!?ルカ姉にとってあれはそんな軽い事なの!?」

 

私はその言葉に腹が立った。命をとても軽く思っているような気がして。

私が言いたいのはそうじゃない。命なんて、むしろ人一倍重く見ていると、自分でそう思ってる。

だから悔やんでる。申し訳なく思っている。自分の意思じゃなかったとしても。

 

「私は…みんなに会う資格なんて無いんだよ…。みんなから許してくれるかどうかの問題じゃない!」

 

この桜の、宙に浮く儚い花弁達も、彼女の目にはとても軽いものに見えるのだろうか。

 

「そういう事じゃないわよ」

 

彼女の声色が変わった。今までにないほど、その言葉には怒気が混じっていた。

隣にいたルカ姉は私の正面に立ち、力強く私の両肩を掴んだ。

 

「あなたまだ15歳よ?私もそうだけど、人生の半分も経験してない、言わばアマチュアなのよ、私達は。それなのにこんなところで躓いてどうするの?この先何があるか分からない。他人から恨まれたり、怒られたり、蔑まされたりするかもしれない。間違いも犯す。してはいけないことだって、するかもしれない」

 

俯いた私の顔に痺れを切らしたのか、私の体を揺らした。

そして、彼女は初めて怒った。

 

 

 

「でも、それでも前を向いて生きなきゃならないの‼︎」

 

 

 

『それでも前を向いて、生きなきゃ駄目だよ』

 

 

 

あ…

 

思い出した。前にも、こんな事あった。

 

小さい頃の話。

自分の意思ではないけれど、遊んでる途中、私は友達を怪我させてしまった。

地べたに座って泣きじゃくる友達に、私も泣きじゃくりながら謝っていた。

その事を、兄に伝えた。私はこんなに悪い事をしたのだから、怒られるのだと思っていた。

けど彼は、怒りもせずた私の頭を撫でた。

前を向いて生きなくちゃならない。それを教えてくれたのは兄だった。

 

何も変わってなかったね、私。

 

ネガティブなとこも、泣き虫なとこも。

 

 

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