今回から、新章に突入します
第二十一話 進展
大きな桜の木の下。
初めて俺があの木を見に行った時、そこに彼女がいた。
桜の花弁ともに舞う、彼女のあの髪に、俺は一目惚れした。
あの頃の彼女はまだ、無垢で、純粋で、大木へと向かうあの目は、キラキラと輝いていた。
今の彼女にも、それがあるのだろうか。
いや、絶対無い。
彼女は傷付き過ぎた。
もう、昔には戻れない。
♭♯♬
目が覚めた。
一番最初に目についたのは、桜でも彼女でもなく、どこかで見たことあるような、コンクリートで出来た天井。一瞬俺はまた捕まったのかとヒヤッとしたが、周りを見渡してそれは違うという事が分かった。
奴らのアジトは、どこも必ず地下にある。おまけに誰かを監禁しているとなれば、部屋に窓を設けるような事はしない。なのに俺の上に敷かれている布団は、窓からやってきた太陽の光を浴びていた。
窓から外を覗くと、自分はとんでもない高さの所にいる事が分かった。地上の建造物がとても小さい。20階とかそのぐらいはあるのだろうか。
助けてくれた人には感謝するが、正直早くここから出たかった。得体の知れないこの場所に、のんびりと身を置くのはどうも落ち着かないし、いくら前例と違うとはいえ、結局のところあいつらの仕業ではないとは限らない。早くここから逃げて、身の安全を確保したいところだ。
部屋を出るため、ゆっくりと起き上がる。が…
「うっ…」
体にほとばしった鋭い痛み。そうだ、俺はボロボロになって、逃げてる途中で倒れて、それで…
自分の体をよく見てみると、そこかしこに包帯が巻かれていた。かなり手厚く看病されたようだ。
体がこの調子では逃げるにも逃げられない。傷口が開くのを覚悟で逃げるより、ここで完治してからの方が健全な判断と言えよう。俺は起きかけた上体を再びベッドへ寝かせた。
ボフンと、体がベッドに沈む。その途端、部屋の外から物音がした。そしてスリッパを履いて歩く時の、特有のパタパタと鳴る足音が聞こえてきた。
…明らかに誰かいる。
おまけにそれは徐々に大きくなり、部屋の扉の前で鳴ったのを最後に、それは鳴り止んだ。
この上ない緊張感。額に冷や汗が流れる。得体の知れない人間を前に、傷だらけの俺は何もできない。肝心の護身用の刀も、見渡す限りこの部屋にはない。奪われたといったところか。
この部屋にあるのは、勉強机に本棚と、あまりに何も無さ過ぎた。いくら身を守ろうとも怪我だらけで武器も持っていなければ、もう諦めるの他ない。
俺は殺される覚悟で、ドアの向こう側にいる誰かに声を掛けた。
「…誰だ?」
すると恐ろしい事に、ドアノブが回った。そしてゆっくりとドアが開いていく。それと同時に俺の脈はどんどん速くなっていく。
が、ドアは途中で動くのをやめ、微妙なドアの隙間から誰かがこちらを見ていた。
「…」
「…」
見た感じ、年端もいかない女の子のようだ。体つきも随分華奢な感じだった。小学生…いや中学生だろうか。となると、俺を運んできたのは確実にあの子ではない。他に誰かいるという事になる。
にしても…何でさっきからずっとドアから覗き見してるんだ…?
何もしてこないので自分から話しかけてみる。
「…なぁ、ここはどこだ?助けてくれたのには感謝するが、こんなところに連れてくるとは一体どういう事だ?」
「…」
沈黙。話そうとすらしてないのが目に見えている。
人見知りなのかどうなのかは知らないが、覗き見してきてそれだけって…。何だか腑に落ちない。
「…まだ誰かいるんだろう?できればそいつ呼んできてくれないか?」
「…」
「いや…俺怪我をしていて思うように動けんのだよ。誰か呼んできてくれ」
「…」
「…」
何なんだこれ…。何で向こうは何も反応してこないんだ?
信用されてないっていうなら分かる。見ず知らずの関係だし。だがだったら何でこんなところに連れてきたりするんだろうか…。
引き続き、彼女からの冷徹な目線が送り続けられている。…逃げたい…。
と半分呆れ始めた時
「あれぇ?アイス、何してんの?」
ドアの向こう側から、誰かの声がした。それに聞いた「アイス」と呼ばれた少女は一目散にドアの向こうへ駈け出した。結局何しにしたんだ…。
と同時にひとまずほっとした俺。きっとさっきの声の主がこの部屋にやってくr…
バーンッ!!
「何事っ!?」
突如ドアが勢いよく開け放たれた。そしてずかずかと部屋に入ってきた女性。顔を見ると、憤怒の色一色だった。
「貴様ぁ!!アイスに何した!!」
「…え?」
…どうやら俺はあらぬ疑いをかけられたらしい。
しかし、俺は冷静に対処する。
「…貴様こそなんなのだ?倒れているのをいいことに、こんなところへ連れてきて…」
「助けてやったんだろうが!!感謝しろよそこぉ!!」
「だからってこんな軟禁状態にしろだなんて言った覚えはない」
「SMいいじゃん!」
「俺に何を求めてるんだよ!?」
何かいきなり衝撃的発言を聞いてしまったが、気にしてはいけない。うん。
となんやかんや言い争っているうちに、さっき覗き見していた子が、こっちに冷徹な目線を送りながら謎の怒り爆発女の元へ歩いて行った。
そして怒りあってる中で彼女はこう言った。
「……この人知ってる」
「「…え?」」
♭♯♯
今私のいる教室には、私を含めて今30人近くいる。男女の比率は半々。みんな、この音楽科に入学を許可されたという事は、音楽に関しては大人顔負けのエリートという事になる。
ドラマーもいればピアニストやヴァイオリニスト、ピアノの調律師なんてのもいる。このクラスの人達でバンドなんて組めば、たちまち人気殺到なんて事も不可能じゃない。まさに音楽のための学校、と言った所だ。
「ミクさんの歌の上手さだったら軽音部でもやっていけるよ!」
「そうそう!是非軽音部に入るのを勧めるよ!」
その中でも、トップクラスの精鋭が集うと言われるのが、この学校の軽音部。
軽音部、といってもあらゆるJ-POPに対応するため、オーケストラでも使うような楽器も奏でるそうだ。そのため、音楽科からそれはとんでもない数の人達が入部を希望するのだが、その時に行う入部試験というのがとてつもなく難しいという。なのでこの学校では軽音部に入る事=この学校のスターになると言う事。案の定試験が難しすぎるのかほんの数人しか所属していないんだとか。
「その軽音部の部室ってどこにあるの?」
と聞くと、私を取り囲んでいるクラスメイトの内の一人が、自分の机からこの学校の地図を取り出し、おもむろにある場所を指差す。
そこはこの六角柱の校舎の北にある、本館と呼ばれる場所だった。本館は西本館と東本館に分かれ、東本館に軽音部の部室があるのだそう。この東本館には他にも部室があり、放課後は活気に包まれる。
ただし、注意すべき点がある。
「でもね、この西本館は学校の中枢部とも言われててね、校長室やこの学校の事務所があって、時々とんでもない有名人とかやってきて立ち入り禁止になるんだよー」
「そんで東本館に入ろうとした新入生が間違えて西本館に入って、退学にさせられたなんて話があるんだぜ」
…要は近付くべからず、という事らしい。
「まぁそいつはかなりの方向音痴だったらしいから…ミクさんなら大丈夫だな!」
…残念ながら、僕はその方向音痴なんです。かなり重度の。
そんな話を聞いていたら行くのが少し怖くなってきた。クラスメイトと一緒に行くのも一つの手だが、どうやらこの学校は必ずどこかの部活に所属していなければならないという決まりがあるらしく、放課後は部活で忙しいようだ。
となると、このクラスで放課後暇なのは…
「…グミちゃん、放課後軽音部見に行かない?」
隣の席で私と同じようにクラスメイトに囲まれているグミちゃんに声をかける。
「私も興味ありますからぁ、いいですよぉ」
相変わらず気の抜けた声。そのせいか周りのみんなはそっちの方が方向音痴のように思っているようで、周りから不安そうな目線が集中する。だがそれは違い、本当に方向音痴なのは僕だと気付くのは、もう少し先だろう。
♭♪♪
退屈だった授業も終わりを迎え、HRはちゃちゃっと終わって放課に入った。周りも自分の荷物を持ってそれぞれ教室を出て行く。私はみんなからの別れの挨拶に応じながら、身支度をしていた。
「ミクさぁん、行きましょぉ」
「あーちょっと待ってー、今行くー」
教科書を持ち帰るのがめんどくさくなった私は、そのほとんどを机の中に残し、鞄を持ってグミちゃんの元へ駆け寄った。
「じゃあ行こっか」
その言葉に頷く彼女を見て、私は本館へと歩き始めた。
本館は比較的簡単に見つかった。というのもこの学園内の敷地には、都心部のように建造物が隙間なく埋まっているわけではなく、どちらかというと、名門私立校というわりには施設の数というのが少ないような印象がある。
「…本館も大きいですねぇ…」
そのため、校舎同様、学校の施設にしては大きすぎる本館には、少しばかりたじろいだ。
外見からして十階建て…いやそれよりもうちょっとあるぐらい。二人は首を大きく傾けながらその大きさを実感していた。
でもそれは東の方だけだった。
「何で西の方が小さいんだろ…」
十階建ての隣にポツンと建っているのは、例の西本館。がしかし、その大きさというと二階建てで至って普通の学校の施設、といった感じだった。対して広そうというわけでもなく、今時の近代的なカジュアル的外見ではなく、少しオンボロな、そしてレトロな雰囲気。どう見たってこれは、東が新しく増築されたと見ていい。そして西は元からあった何かの施設をそのまま活用している。何だか、そう考えるとお洒落に見えてきた。
二つの本館を眺めたところで、私達は十階建ての方へと入っていった。
外見もそうだったが、内面も今時を先取ったような、近代的なデザイン。大きなエントランスの頭上には、特殊な光によって映し出されたディスプレイがそこかしこに宙を浮いている。よく見てみると、それらは各部活の案内板だったり、その部活がどんな大会に出てどんな功績を挙げたのかなど、別名部室棟だけあって部活のことしか書かれていない。
というか、そんな部室だけのこの東本館を何で十階建てにもしたんだろう。確かにこの学校は人数が多いし、その分他の学校と比べて部活の数も多い。そして、今後増えるかもしれない部活の事を考えると、十階建ても不思議ではないような気がしてくる。
「さて…軽音部の部室はどこかなぁ…っと…」
エントランスの中央に浮いている、巨大なディスプレイ。そこにはこの東本館の地図がディスプレイいっぱいに書かれていた。流石に十階ともあれば、その地図の量というのも普通の学校の比ではない。ましてや、それが学校全体でなく、部室棟だけというのだから驚きだ。その膨大な地図のせいか、ディスプレイの周りには人がごった返している。多分自分達の周りにいるのは新一年生だろう。流石に一年も部室に通っていれば、こんな案内板も見ずに行けるのが普通。こんな方向音痴で無ければ。
「…ミクさん、あれ、見てくださいぃ」
何かに気が付いたのか、グミちゃんがいきなりディスプレイの方に指差した。その指差す先は、最上階の地図。この地図では部活を色で分けて、その部活の部室をその色で塗りつぶしている。色だけを見てみると大きさなどはまちまちで、功績を挙げている部活はそれなりに広い。つまり、この案内板はどの部活がどれくらい功績を挙げてきたのかが一目で分かる、という事になる。
そして、最上階では一体どんな部活があるのか。そう思い、彼女に促されて見てみると…
「……何あれ…」
各階にある部活の数は、大体3〜6個ある。が、最上階の地図は、金色一色で塗りつぶされていた。
その金色に該当する部活こそ、私達が探していた、軽音部だった。