みんな幸せになってほしいだけの短編集 作:RoW
いや、かわいい。
花咲川学園では、一種の名物と呼ばれるものが存在する。
しかしそれは、学園内に誇るような、部活動や、学業面のものではない。
ーー風紀委員による服装、所持品チェックも、その一つである。
「貴方は何度言えば理解するんですか!髪の色を染めるのは校則違反だと言っているでしょう!」
登校時間の校門前。風紀委員により行われるその活動は、風紀が基本的に整っている花咲川に置いてはあまり意味のないものであるのだが、当然、例外というのも存在する。
「うっさいな、地毛だっつーの」
「貴方、先週は茶髪だったでしょう!同じ理由で先週私から逃げておいて、金髪に変えてくるとはいい度胸ですね!」
「ほら、アレだよ。スーパーサイヤ人ってヤツだ。俺も目醒めちゃったんだよ」
「何を訳のわからないことを言ってるんですか!」
ーーまたやってるよ、あの二人。いつもいつも懲りないね。花咲川名物、風紀委員と不良の揉め事。まぁ、風紀委員って言っても、氷川さんは、松村くん専属って感じだけどね。
「とりあえず、これは地毛。先週パチこいてたんだよ」
「言いましたね、言質はとりましたよ!それと、カバンの中を見せてください」
「……ほら」
「貴方のことですからどうせゲームや漫画本がーー、っつ!?」
「ぷっ、くくっ、何が入ってたよ?」
悪戯が成功した子供のような、それでいてあくどい笑みを浮かべながら、松村は氷川に問いかける。
それに対して氷川は顔を林檎のように真っ赤に染め上げて、プルプルと震えている。
「は、は、は」
「あ?」
「破廉恥なーー!!」
不良生徒、松村綾人のカバンに仕込まれていた所謂エロ本を、純情風紀委員氷川紗夜はその不良の顔面めがけて投げつけた。
「ってーな、何すんだ!」
「貴方こそ何を持ってきているんですか!」
「見りゃわかんだろ!エロ本だよ!」
「なぜそんなものを持ち込んでるのですか!喧嘩を売ってるんですか!いいですよ、買いますよ!」
「お、マジか。お前、そういう趣味?八百円な」
ニヤニヤしながら、松村は氷川に対しエロ本を押し付ける。
すると氷川は、周りに聞こえるくらいに、すーっと思い切り息を吸い込むとーー
「いい加減にしなさい!」
花咲川校門にて怒号が鳴り響いた。
本日も、花咲川は平和である。
「「すいませんでした」」
校門前でエロ本だなんだと騒ぎ立てた結果、仲良く二人は生徒指導室へと連行され、結果として二人は放課後までに反省文を原稿用紙三枚を書かされるという罰を課せられた。
「なんで私まで」
「大騒ぎしたのはオメーだろ」
「元はと言えば貴方が子供みたいな悪戯をするからでしょう。結局アレは没収されて、いい気味です」
「氷川の真っ赤な顔を見るためだけに買ったもんだからいーんだよ」
十八歳以下の少年が十八禁の本を買う理由としては大分おかしな理由である。しかし、この氷川紗夜という少女はポーカーフェイスを崩さないことで有名である。
いつも揉めている松村の前でも滅多に無表情を崩さない。
「貴方という人は」
呆れから、氷川はため息をつく。
教室にて二人はシャーペンを動かしながら互いに悪態をつく。
「……なぁ、氷川」
「なんですか」
「反省文にエロ本って書いてたら反省してる感じがしねぇよな」
「知りませんよそんなの」
「氷川がエロ本をどう表現したのかを聞いてんの」
松村が発したその言葉にはからかいの色が色濃く含まれている。
それはもう、朝に氷川をからかった時のように悪戯な笑みを浮かべている。
「例え隠語であったとしても私がそんな下品な単語を書くわけないでしょう!」
あからさまな揶揄い文句でも顔を赤く染めて抗議の声をあげる氷川をみて満足げに頷くと、どれ、と松村は氷川の書いている反省文を横から覗き込む。
すると、その文章は見事に松村の事を悪く言うものだった。
「……オイ」
「貴方が悪いのは事実でしょう。教員方もそれは分かっているのでしょうが、体裁というものがありますから。私はそれなりに甘く見てもらえるのです」
「お前が俺のことを目の敵にしなきゃこんなことにはなんなかっただろうが」
「貴方があからさまな不良行為を行うからでしょう!」
ついに二人は文句を言い合いながらも動かし続けていたペンを止め互いに向かい合ってガンを飛ばしている。
二人の視線の間ではバチバチと火花が散り、氷川の目は細められ、松村の目は鋭く光る。
「この髪は地毛だって言ってるだろ!お前がうるさいから茶にしてみたらそれもダメ、なんならいいんだボケェ!」
「なぜそこで黒にするという選択肢がないんですか馬鹿なんですか!」
「俺の成績がお前と毎回一二を争ってるのはご存知の通りだろーが!」
実はこの不良、勉学の面に関しては非常に優秀である。
素行は悪いが成績は良い。なんともアンバランスな不良なのだ。
「そうでしたね!不良にして学業優良とか何考えてるんですか!」
「先月の中間テスト、俺に負けた氷川の顔は傑作だったな」
「うるさいですよ!次は勝ちます!」
はぁはぁ、と反省文を書いていればありえないほど息切れする二人。
しかし、二人の目からは戦意が衰えた様子を見えない。
それどころか、目の奥でより熱くメラメラと炎が立ち上っているかのような眼光を互いに送りつけている。
「変態!」
「頑固者!」
「素行不良者!」
「頭でっかち!」
「社会不適合者!」
「むっつりスケベ!」
口を開けば小学生レベルの頭の悪い口論が勃発した。
他人が見ればこれが本当に学年一二を常に争っているものたちの口論かと耳を疑うだろう。
「「……このっ」」
今度は無言のどつきあいである。
互いに相手を傷つけるつもりはないのか、優しい猫パンチみたいなもので、肩をどつき、額を指で弾く。
しかし、それも次第にエスカレートを始める。
シュババババっ。
ぱし、ぱし、ぱしっ。
両手で高速の打撃戦を行う不良と風紀委員。
威力は優しいものの、互いの手はギャグ時空であるならば残像を遺すレベルの速度である。
「セクハラで訴えますよ!」
「先に手ぇ出してきたのはテメェだろうが!」
「貴方が私をむっつりスケベなどと事実無根な事を叫ぶからでしょう!」
止まらない低レベルな戦い。ああ言えばこう言う。手を出せば手を出し返す。
目をそらした方が負けと言わんばかりにガンを飛ばし合う。
そんな二人だけの戦場に第三の刺客が現れーー
「お前ら、反省文は……さては反省しとらんな」
教師の介入により、松村と氷川の低レベルな争いIn教室は終わりを迎えた。
そして戦いは次のラウンドへーー。
「チッ。氷川のせいで体育倉庫の整理とか。マジふざけんな」
「責任転嫁もほどほどにしなさい。百パーセント私は無関係でしょうに」
反省文を書き終えた二人は反省の色が見えないという事で体育倉庫の整理掃除という、どこかの恋愛漫画で見たことあるような展開へと縺れ込むことになった。
「体育倉庫という完全密室で二人きりだからといって手を出してきたら叫びますからね」
「そんな素振り一瞬でも俺が見せたかよ。自意識過剰なんじゃないですかぁ?それともやっぱりむっつりなんですかぁ?」
「は?貴方の人間性から鑑みて釘を刺しただけじゃないですか。そんなこと言われる筋合いはありませんよ」
当然のごとく口論を続ける二人、やはり反省はしていなかった。
しかしながら、ちゃんと教師から言いつけられた倉庫内の掃除と整理は順調に進んでいるというのだからタチが悪い。
「俺に手ぇ出して欲しいならもうワンカップ胸膨らましてから出直してこい」
「だれが手を出して欲しいなんて言いましたか!曲解もいい加減にしなさい!」
「俺の好みじゃねぇって言うのをわかりやすく言っただけだろうが!テメェの方が曲解してるわボケ!」
「文面通りに受け取っただけじゃないですか!言葉足らずなあなたが悪いのでしょう!」
ネット競技に用いるポールや器械体操用のマットといった大型なものは力が強い松村が。細かな備品はしっかりと整頓して氷川が。二人は口論しながらも図らずとも役割分担を行い整理を進めて行く。
しかし、そこに青春の色気は一ミリとして介在することはない。
ーーはずだったのだが、
「とりあえず氷川、お前には色気がない」
「む、聞き捨てなりません。これでも女として最低限の身だしなみは整えています」
手を出す、手を出さない、好みの体つきじゃないといった少しぶっ飛んだ話の内容から、氷川の色気の話題で盛り上がり始めたのである。
「アクセをつけねぇ、化粧もファンデーションだけ。その上お堅い性格に近付きづらいオーラと目つき。そんな奴に色気なんかあるかよ」
「なるほど。というか、よく見てますね」
「あぁ、俺に寄って来る女なんて氷川くらいのもんだしな。一度はそーいう事も考えた」
「私に魅力を感じないのでは?」
「まぁ、そうなんだがな。頭でっかちの融通きかねぇドアホも笑えば可愛いもんだろ」
松村としては、どんな女子であろうと「笑顔」と言う武器を手にした子はすべからく可愛い。そんなニュアンスで言ったつもりだったのだ。
しかしながらその言葉を受け取る側の氷川は果たしてそのニュアンスを間違いなく受け取ることができたか、といえばーー
「あ、ありがとうございます」
否であった。
笑顔が可愛いと褒められた氷川は松村に対しては決して見せない頰を赤く染め、投げかけられた言葉のむず痒さからハニカミながらもその口角は僅かながらつり上がっている。
「そういう貴方も、目つきと髪の色と邪悪な笑い方と素行の悪さを除けばーー」
「おい、除きすぎだろ。俺要素どこにも無くなってるわ!あと、これは地毛だ」
「……それ、本当なんですか?」
この二人が揉める度に話題に上がる松村の金髪問題。
氷川の注意によって金髪を茶髪にしてみたり、赤にしてみたりと断固として黒にはして来ない松村。
その理由は金色の髪が地毛であるにも関わらず否定を投げかけて来る氷川へのちょっとした反抗心だった。
「ほれ、確かめてみ」
ずい、と頭を差し出した松村。思えば、今まで口論ばかりでこうして穏やかな形で説得することが無かった二人。
喧嘩が原因とはいえ、こうして二人で話す機会が出来たことは二人からすれば僥倖だったのかもしれない。
「では、少し失礼します」
氷川は腫れ物を扱うように優しく松村のその金色の髪をかきあげた。 松村はその頭を撫でられているかのような手つきに身をよじらせる。
そうすること数秒。
氷川はかきあげたことによって乱れたその髪を撫でるようにして元に戻した。
「……すいません」
そして、金髪が地毛であることが純然たる事実であったこと、それを今まで疑い続けたことを謝罪した。
「わかりゃいいんだ」
許しの言葉を貰った氷川。しかしながらその顔は少し浮かない表情をしている。当人の言葉を信じず、一方的に悪だと決めつけていたことへの罪悪感がその表情からはありありと受け取ることができる。
「……あーあ。どうしてくれようかなー」
一度は分かればいいと、そう投げかけた松村だったが氷川の顔を見て今度は先ほどとは打って変わった風に言葉をつむぐ。
「……週一でいい、またこうして話する機会を作れ」
「え?」
「お前の好きなポテトでも食いながら話ができりゃそれでいい」
「べ、別にポテトが好きなわけでは……」
「ないのか?」
「ない、わけではないですけど」
いまいち松村の要求がつかめない氷川は頭に疑問符を浮かべる。
散々喧嘩した相手にわざわざ週一で話をする機会など作らなくてもいいだろうに、とは氷川の心境である。
「またありもしない罪に問われたらたまんねぇ、こうして対話するっていうのは人間に与えられた特権だしな」
「あなたがそれでいいなら私としては言うことはありませんが」
「言ったな、約束は守れよ」
「破りませんよ。週に一度は必ずあなたに会いに行きます」
「お、言うなぁ。プロポーズ?」
「ち、違います!」
二人はこのまま会話を弾ませ、帰りが遅い二人の様子を見にきた教師に揃って怒られた。
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