みんな幸せになってほしいだけの短編集 作:RoW
季節は七月中旬。高校生は期末テストを控えている時期だろう。だからだろうか、午後四時過ぎのハンバーガーのチェーン店の中にはちらほらと制服姿の少年少女の姿が見られる。
「期末テストに向けて勉強は進んでますか?」
「ぼちぼちってとこだな紗夜は?」
気が付けば松村は氷川のことを紗夜と呼ぶくらいには親しくなっていた。紗夜のほうはいまだに松村君呼びではあるが名前呼びになるのも時間の問題だと思われるくらい頻繁に空き時間があれば二人はこうして話をしている。
「今度こそはあなたの学年主席の座を明け渡してもらうとだけ言っておきましょうか」
「へぇ。近況報告兼勉強しにここ来たのにポテトをひたすらぱくついてるやつの言うことじゃないぞ」
「む、息抜きだって重要でしょう。私が努力を怠っているとお思いで?」
「んにゃ、お前に限ってそんなこたぁねぇよな。……賭けをしねえか?」
以前の一件以来、互いに距離を縮めた二人は放課後にこうして過ごすくらいには親密になっているのだ。それも以前の週三くらいの頻度で。
「賭け事はだめです」
「金銭が絡んだものじゃないから問題ないだろ。こういうことがあったほうがモチベーションも上がるだろ」
「まぁ、それなら。でも、賭けの内容はどうするので?」
そう来なくちゃ、と松村はにやりと笑みを浮かべた。
「夏休み中、俺に付き合え」
「へ?」
高校一年生の夏休み。バイトや課題はあってもそれなりには暇な松村は遊び相手を探していた。不良だと勘違いされている松村は友達などいない。会話をする相手もそれこそ紗夜くらいのものなのである。なので多少強引でも約束を取り付けたかったのである。しかし、超絶不器用な松村は普通に誘うということを知らない。それゆえに、このような形になってしまったのだろう。
「わ、わかりました」
一方の紗夜も友人はあまりいない。お堅い風紀委員というガワが周りをあまり寄せ付けないのである。男友達など松村一人のみなのだ。しかしそんなお堅い紗夜も一人の女子高生。青春というものを意識しているのは当然のことなのだ。ゆえに今回の夏休みの誘いにそういうことを意識してしてしまっても仕方のないことである。
「私が勝ったら夏休み、私に付き合ってもらいますよ」
「オーケー」
これはどちらが休暇中の予定の主導権を争う戦いであるーー!
(紗夜の水着めっちゃ楽しみ)
テストも終わって、世の中の高校生は夏休みを謳歌している時期。松村と紗夜も賭けの結果に基づいて今話題のプールへと遊びに来ていた。現在は松村が更衣室出口のところで紗夜を待っているところだ。
(それにしてもまさか引き分けとはなぁ)
期末テストの勝負の結果二人は同じ点数で同率学年一位に輝いた。その結果。休みの予定は交互に入れるという形の妥協案で落ち着いた。本日は松村の提案でプールに赴いている。
「お、お待たせしました」
顔を赤く染めながら紗夜は更衣室から出てきた。
紗夜の髪の色と同じ水色のビキニ。腰にはパレオストールを巻いている比較的シンプルなものである。
髪は普段とは違いアップにしていて動きやすさを重視していることがわかる。
紗夜にしては非常に露出度の高い水着なのだが紗夜のシミ一つ見られない白くきめ細かい肌ならば羞恥心は別として、さらして誇るべき体である。
「……き、きれいだぞ?」
少し口をもごつかせ、言葉を咀嚼して出てきた言葉はとてもシンプルな言葉だった。それは水着姿にかけられた言葉か、紗夜のきれいな肌にかけられた言葉かどうかは定かではなかったが、どちらにしても紗夜が顔を赤らめるには十分な言葉であった。
「あ、ありがとうございます。それで、私なりに今日の計画を立てて来たのですが」
紗夜は矢継ぎ早に本日の予定を口にする。スライダー系は混むことが予測されるので最初は流れるプールなどで遊んだ後少し早めの昼食をとる。その後みんなが昼食をとるタイミングでスライダーへ向かうというものだった。
「なんつーか、楽しみにしててくれたか?」
たまたまこのプールの無料入場券を手に入れたのでここに誘ったという単純な動機だったのだが紗夜がここまでガチだと、楽しみにしててくれたように見える。自分とプールに遊びに来ることが楽しみだったのであれば男としては非常に嬉しいことである。
「べ、別にそういうわではありません。そう、非効率的な行動が好きではないので計画を立てただけです!」
「楽しむための計画ってことだろ?」
「じ、時間は有限です。行きますよ!」
「松村君は泳ぎが得意なんですね」
「そうでもないんだけど、苦手ではない」
「お前どんだけ負けず嫌いだよ。ただのなんちゃってビーチバレーだろ」
「う、うるさいです」
「ここでもポテトか」
「別にいいでしょう!」
「彼氏さんは彼女さんのおなかあたりに腕を回してください。彼女さんは彼氏さんのほうに体を倒してくださいね」
(こいつ体細すぎだろ)
(ほんとは不良じゃないのに体はがっしりしてるのよね)
「ではいってらっしゃーい」
ここのウォータースライダーは非常に激しいことで有名である。
「うおおおおぉぉ!?」
「----っつ!?」
「どさくさに紛れて胸を触ったでしょう」
「ごめんなさいわざとじゃないんです」
「次は気を付けてくださいね。ではもう一度行きましょう」
「楽しんでくれてるようで何より」
「今日はありがとな」
「次は私の都合に付き合ってもらいますから気にしないでください。それに、楽しかったです」
「スタジオって初めて来た」
「私としてはあなたがピアノを弾けるのが意外でした」
先日のプールから数日、紗夜の提案により音楽スタジオに来ていた。本来ならば予定していなかったらしいのだがメッセージアプリ上の会話で松村がピアノを弾けることが発覚したことにより企画されたのだ。
「中学のコンクールで優秀賞どまりだったけどな」
「十分です」
先日のプールの時とは異なり紗夜の雰囲気がピリピリしたものになっていることを松村は感じ取っていた。
紗夜は今日お遊びで松村を誘っていない。
「で、なに弾くの?一応渡された楽譜は練習してきたぞ」
「まずは、これから行きましょう」
ギターとキーボードだけのボーカルすらいない即席バンド。しかしながら二人のレベルは非常に高いものである。
松村の前奏から紗夜の正確無比なギターが奏でられる。
二人はかつて、校門で頻繁にもめ事を起こしていたくらいかみ合わない。近頃はそのようなすれ違いがないように情動にまかせて行動することを控えていた。まずは会話から入って互いを理解するように心がけている。
しかし、音楽についてはそういうものではない。この二人はバンドを組んでいるわけではない。ゆえに音楽性などかみ合うはずもない。
最初はなだらかに演奏をしていた二人だったが、松村の曲調をかえた。
テンポはそのままに鍵盤を激しく叩き音をかき鳴らす。急な音の変化にぎょっとして自慢の精密さを欠いてしまう。しかし松村はそんなことを気にする様子もなく我の強い演奏をやめない。
「……く、このっ」
しかし、氷川紗夜という女はその程度で負けを認めるような弱いギタリストではない。自らの精密なプレイをかなぐり捨てて、校門前で大声を張り上げていたように力強くギターを鳴らす。多少の音ブレやミスタッチなど全く気にも留めない紗夜の紗夜らしからぬ演奏。松村に食らいつくように熱く激しく。
やがて曲が終わる。余韻を部屋全体に響かせ楽しんだ後紗夜は弦とピックから手を放すとすぐさま松村に詰め寄った。
「なんですかあの演奏!楽譜通りになんてこれっぽっちもなってないじゃないですか!」
「でも楽しかったろ?」
「……否定はしません」
「あんなピリピリした空気でブレなんてない機械が出すみてぇな音じゃつまらない。俺らだからできる音出したほうが楽しいだろ。こんな殴り合いの喧嘩みたいな演奏誰にもできたもんじゃねぇ。俺らだけの音だ、ワクワクするだろ。それに、自分の音、気にしてたんだろ?」
度重なる雑談により二人は互いのことをそれなりに深く知っている。その中で紗夜がギターをしていることや、妹に対して抱えているコンプレックスについても松村は知った。
「覚えてたんですか。一度軽く話した程度なのに」
「あんときだけ異様に真剣な顔してたからな印象に残るよ」
「ありがとうございます。おかけで何かつかめた気がします。でも、ミスタッチが多いですねお互いに」
「俺はブランクあったし、紗夜はスタイルが今までと違うんだからしょうがねえだろ」
「ええ、ですから完璧になるまで付き合っていただきますよ」
「え」
この後二人はめちゃくちゃ練習した。
シャカシャカとイヤホンから音楽を聴きながら松村いや、
綾人が待っている場所から少し離れたところからは祭囃子が聞こえてくる。
つまり、綾人は紗夜と夏祭りへ行く約束をしていたのである。
しかも、紗夜からの誘いで、である。
夏休みも終盤に差し掛かった本日までに二人は幾度となく外出をしてきた。主に綾人は娯楽施設へ誘い、紗夜はギター、課題消化のため喫茶店とまじめなものである。そんな紗夜が初めて娯楽系のものに誘ってきたのだから少しそわそわしているのである。
「待たせてしまったかしら」
「んにゃ、今来たとこ……」
綾人はデートの定型句を口にしかけたところで、言葉を詰まらせた。
紗夜は青を基調とした色に控えめながら花柄をあしらった落ち着いた浴衣を着ていたのである。控えめに言って美しすぎるのである。また、普段よりも多少ではあるが化粧に気合を入れているようにも見える。
「ど、どうかしら。母に着て行けと言われたから着てみたの」
「めっちゃきれい」
「そ、そう。ありがとう」
二人の関係はこの夏休みを通してより深まった。基本的には誰に対しても敬語で苗字呼びの紗夜が松村のことを綾人と呼び捨てタメ口でしゃべるようになっているのである。
「花火まで時間あるから適当にぶらぶらするでいいか?」
「ええ、大丈夫よ」
花火を華とするこの夏祭りは花火の豪華さバラエティーに富んでいる。また、屋台の数も非常に多い。つまりこの祭りは規模が大きく、日本でもトップに数えられるほどの有名な祭りなのだ。
そこまでの祭りであるがゆえに人の数も尋常ではない。一度はぐれてしまえば再開は困難であるだろう。
だから綾人は紗夜の手に自らの手も伸ばした。
「……ぁ」
「その、はぐれないように、な。嫌か?」
「嫌、じゃないわ」
「そうか」
互いに顔をほんのりと赤く染め、うつむいたり、互いの顔をちらちら見て目が合ってはそらすということを繰り返している。一応言及しておくと二人は付き合っていない。
「なにか覗きたい店はあるか?」
「別にないわね。目について魅かれたものから適当に回りましょう」
「……ポテト」
「おっちゃん、じゃがバタ二つ」
「おいおい、あの綾坊が彼女連れとは。サービスしてやろうじゃねぇか」
㋳の人がやっている屋台、綾人が昔から祭りでよくしてもらってるコワモテのおっちゃんからサービスされた。ちなみに綾人が不良認定されたのは学校での素行の悪さ(ボイコット)に加えて、この手の人と仲が良いからである。
「射的、弓道部の経験が生きるといいけど」
「じゃ、勝負な」
「なんでそんな勝負したがるのよ…」
結果、クマのぬいぐるみを獲得した綾人の勝利となった。なお、ぬいぐるみは紗夜に進呈された。
「値段的に見てもバカらしいことはわかってるのだけど、一度食べて見たかったのよね」
「祭りのわたあめは還元率一番低そうだよなぁ」
巨大なわたあめを紗夜は購入した。可愛らしく小さな口で少しずつちぎって食べるも、ギブアップして綾人に押し付けた。間接キスが気になって紗夜の顔は少し赤くなった。
赤青黄色と鮮やかで大きな花が夜空へと轟音を響かせながら咲き誇る。その花は暗い夜空を明るく照らし、人々を魅了する。
綾人の案内で人が少なく、花火がより楽しめるスポットへと移動した二人は手を繋ぎながら黙って夜空を見上げていた。
「……なぁ、紗夜」
少しばかり真剣な声音で綾人は紗夜へ語りかけた。花火に絶賛夢中な紗夜は意識の大半を花火にやったまま反応する。
「なにかしら」
「好きだ。付き合ってくれ」
「ええいいわ、よ……ぇ」
突然にど直球に。愛の告白が紗夜へと襲いかかった。あまりに突然のことで、紗夜は目を丸くする。
「おし、じゃあ、これからは恋人同士っつーことでヨロシク」
「ちょ、ま、待って」
「ん?やっぱなしとかやめろよ」
「あの、本当に言ってるの?」
紗夜の頭はまだ状況への理解が追いついていないようだった。
顔を三度真っ赤に染め上げて視線は泳ぎまくり、ソワソワと落ち着かない様子である。
「ったりめーだ。紗夜が好きだ。何度でも言ってやる」
「わ、私でいいの?」
紗夜は自分に自信が持てない人間であった。
すぐそばに天才的な妹がおり、比較され続けることにより、自分は当たった存在であると心の何処かで思ってしまっている。
その思いを払拭するために日々並々ならぬ努力は積んできているが、それでも自身というものは中々に付きづらい。
「お前がいいんだよ。散々揉めて、話し合っていいヤツだって分かって、可愛いとこが見えてきて、好きになった。だからテストで勝負も持ちかけた。休み中もお前と会う口実が欲しかったからな」
「で、でも私は、よく見ないでひた走って、迷惑かけてっ、最初の時だって!半分は八つ当たり気味にあなたに突っかかってっ!」
綾人と同じように紗夜もまた、綾人の事を理解した。素行と口は悪いところがあるが、いい人であることも知っているし、頭も良ければ目つきの悪さに目を瞑ればイケメンで。何より、なにをやらせてもそつなくこなす。まるで、紗夜の妹のように。
「あなたのような素敵な人はっ、私みたいな勝手に何かに囚われて葛藤して暴走する私なんかよりも「わかった、もう黙れ」んむっ!?」
自らを誹謗する言葉が止まらなかった紗夜の口を綾人は自分の口を持って黙らせた。
初めてのキスはなんとも乱暴で強引だった。
「お前が好きだ。お前にそばに居て欲しい。キスもしちまったが、文句ねぇよな?だって俺らは恋人同士なんだから」
「っつ……ぅ。至らぬ身ではありますがよろしくお願いします」
一筋、紗夜の目からは涙が流れる。
「紗夜が自信がないのは知ってる。自分に自信が持てるようにするために人一倍努力してるのも知ってる。そんな奴を、努力してるやつを悪くいうもんじゃねぇよ」
「あなたは、本当に強引ね。慰め方も、その、きっ、キスも」
「じゃあ、今度は丁寧に」
再び口づけを交わす。今度は綾人からの一方的なものではなく、紗夜からも口を近づけた。
「我ながらめんどくさい女だと思うけど、よろしく頼むわ」
「は、上等だよ。お前が胸張って自分いい女っ!って言えるようになるまで支えた倒したるわ」
「支えるのが倒すのかどっちなのよ」
そんなとりとめもない話をしながら、二人が繋いでいた手はより深く絡まり合っている。
「そ、そういえば私からはいってなかったわね」
「んぁー?」
「好きよ」
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