みんな幸せになってほしいだけの短編集   作:RoW

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すまぬ、蘭ちゃん難しかったんや。




青い楓と色付ける夕焼け

駅前の少し開けたところ、そこの一部に人が集中していた。

その中心にはギターを持った男が一人。夕日が街を赤く焼き尽くす時間帯、その男の声は熱く駅前に響いていた。

その声は感情的で、ギターの演奏は正確で激しい。

ソロで弾き語りをするにはまったくもって惜しい人材であることは確かである。

 

そんな男の演奏に聞き惚れる観衆の中に、髪に赤いメッシュを入れた少女が一人。

男の演奏に聞き惚れていた。

観衆が一人、また一人と時間に追われてか去って行く中でその少女だけはずっとその場に残り男の演奏を聴いていた。

 

ほどなくして、夕日が沈みきった。

それに合わせたように男の演奏は終わった。最後まで男の演奏を聴いていたのは数人の仕事帰りのサラリーマンと、メッシュを入れた少女だけだった。

 

「洲宮楓でした。ありがとうございました」

 

ぱちぱちぱちとまばらな拍手を受ける。

観客に一礼するとそそくさと後片付けをはじめた。

 

「なんでそんな技術があってソロでやってるの」

 

赤メッシュの少女美竹蘭は唐突に楓に話しかけた。

突然のことに楓は少し驚いた様子だったが、観客に話しかけられることには慣れているのか片付けをしながら蘭の質問に答える。

 

「俺は楓だ。青葉の楓だ」

 

「どういう意味?」

 

「……さぁね。また来て聞いてくれればわかってくるんじゃないか」

 

そういうと楓はギターケースを担いで去っていった。

 

「意味わかんない」

 

蘭には楓の言葉の意味を理解することはかなわなかったが、理解しようという気持ちが沸き上がっていた。

それと、楓の音に対する強いあこがれも。

 

 

 

 

 

それから蘭は楓が弾き語りをしているのを見かけるたびに足を止めた。

二人が言葉を交わすのは楓が帰り支度をしているわずかな時間だけだった。

 

「どうやって感情をのせてるのか教えて」

 

「知らん。俺に教えを乞うな。勝手に盗んでいく分には構わないから」

 

 

 

「ギターと歌声があたしは連動しない」

 

「お前の中にズレがあるんだろ」

 

 

 

「音に感情を込めるのは経験が大事だって聞いた。あんた、楓はどんな経験を?」

 

「羨望だよ。音楽からじゃねぇけどな」

 

 

 

「なんでスタジオを使わないの」

 

「カラオケで一人でやってるから」

 

 

 

 

二人の関係が少し変化し始めたのは二人が出会って二ヶ月ほどたったころだった。

 

「つぐみ、ちょっと場所貸して。……ぁ、あそこの人と相席でいいから。コーヒーいつもので」

 

蘭は作詞をするために幼馴染の家が経営している羽沢珈琲店に訪れた。

そこで、偶然にも楓と蘭は遭遇したのだ。

 

「おい、勝手に相席にすんな」

 

「別にいいでしょ。楽譜貸してくれない」

 

「は、なんで」

 

「楓と一緒に歌えばなんかわかるかと思って」

 

楓と同じくギターボーカルである蘭にとって楓は理想的な演奏者だった。

圧倒的な技術力と表現力、歌唱力を兼ね備えたギターボーカル。

 

楓ほどの能力があればスカウトされてもおかしくなく、いつまでも弾き語りでのさばっているのがおかしなくらいである。

 

「あたしはバンドをやってる。ギターボーカル」

 

「だから?」

 

「誰かさんの言葉を借りるなら、羨望」

 

「は、意味わからない言葉使うやつがいたもんだな」

 

「あたしがあんたみたいな演奏ができれば……」

 

「できればなんだよ。お前はそんな自分のバンドをどうしたいんだよ」

 

羨望というとても自己中心的なそれに自分のバンド全体を巻き込もうとしている蘭に楓は少し腹を立てた。

 

「もっとレベルアップできると思った」

 

「ボーカル一人変わったところでバンドは崩れるだけだ」

 

「じゃあどうすればいいの」

 

「知らん。お前のバンドがどんなのかも知らん。俺はお前のコーチじゃない」

 

「じゃあ見に来て。ここのライブハウスで今度ライブするから」

 

美竹蘭という女は愚直な女だ。一度本気でやると決めたことはとことんやるし、妥協はしない。譲らない。

そんな蘭が見つけた理想的ギターボーカル。師事することが自分の成長につながると蘭は確信していた。

 

一方で楓は自分を必要としているバンドを探していた。

事務所からのお誘いは何度もあったが、そこに楓が求めている音楽はなかった。

楓の羨望を共に形にしてくれる仲間がいなかった。ゆえに楓は路上で奏で続けるのである。

 

「Afterglowっていうバンド。ガールズバンドの中では名前が売れてきたほうだとおもう」

 

「……夕焼け、ね」

 

「意外。もしかして頭いい?」

 

「なんでむしろバカだと思ってた。……ちょっと興味がわいた。いつやるんだ」

 

「来週の土曜。あたしの名前出せば入れるようにしとく。じゃあね」

 

いつも楓の前では仏頂面な蘭がふっと微笑むと、そそくさと会計を済ませて出て行った。

 

「ーーお前の名前、知らねぇぞバカ」

 

 

 

 

 

「Afterglowです。いつも通りやっていきます」

 

何とかして、会場に入ることができた楓。楓がスタジオに入った時にはもう一曲目が始まるところだった。

強引に誘われ入るのに苦労までしたのだから、気に入らないバンドだったらさっさと帰ろうという心づもりの楓。

ふとステージの蘭に目をやると目が合った気がした。

そしてその蘭の熱く滾った眼は雄弁に楓へと語りかける。

 

これが私たちの夕焼け(いつも通り)だとーー

 

蘭が言う通り、このAfterglowというバンドは発展途上あることがわかる。

だが、それでも光るものはあった。

自分たちの音を自分たちの持つ景色を、夕焼けをかすかながら表現している。

 

蘭が引っ張っているようで、ほかのメンバーが蘭の背中を押しているというバンド。

確かに蘭が成長することでこのバンドは次のステージに上ることができると楓は確信した。

 

「ま、ちょっとの間くらいなら一緒に歌ってやってもいいか」

 

楓からすればまだまだつたない蘭のギターと歌声。しかし磨けば光ることは間違いないし、実際楓は蘭のような人を探していた。

楓に崇高な目標などありはしない。あるのはたった一つの願望だけ。

ゆえにーー

 

「利用させてもらうぞ」

 

洲宮楓は傲慢な人間である。

 

 

 

 

「今日は二曲だけ。文句あるなら帰れ」

 

「大丈夫。あたしがリードでいいよね」

 

「……ま、どっちでもいいが、ふがいなきゃ奪うぞ」

 

「上等!」

 

いつもの駅前。楓と蘭は演奏前の軽いミーティングをするとすぐにギターを手に持つと、互いに目くばせ。

 

ーーいくよ!

 

ーー遅れるなよ

 

まだ夕暮れで、学生たちが帰宅をしようとしている駅前、熱く激しい音が弾けた。

実際はそこまでの音量でもないのに、大音量が駅前に響いているようにすら聞こえる。

電車が通過する音すらかき消して歩く人々の視線と耳を奪う。

 

一曲目は有名曲のカバー。

 

『今すぐ君に会いに行こう』

 

そんな曲の導入部が、この時間の少し冷たい風に乗って人々を捕まえる。

 

『頼りない翼でもきっと飛べるさ』

 

歌詞に合わせて、楓と蘭は空を見上げた。

二人の歌声はのびやかで、自由な蝶のようだった。

 

一曲目が終わるころには二人の周りに人だかりができていた。

すぐさま二曲目に入る二人。

 

二曲目はボカロ曲、しかし楓のテンションが上がったのか、序盤からリードギターを蘭から奪う。

蘭はギョッとしつつも曲を壊すわけにもいかず、リズムギターへ移行する。

しかし、蘭もただ一方的にやられるだけの女ではない。

ボーカルパートで蘭の表現力をこれでもかと発揮する。

 

『明日よ明日よもう来ないでよ!』

 

蘭の様々な経験から知った感情をワンフレーズに乗せて吐露すると観客も楓も感銘を受ける。

楓も蘭に負けじと演奏のグルーヴを上げる。

二人は子供の喧嘩のように自分が自分がと主張する。協調性も何もあったものじゃない。バンドというのもおこがましい。だが、二人が張り合えば張り合うほど、曲はさらに高みへと完成されていく。

 

気が付けば二人は同じメインボーカルを張っていた。

リードもメインもなく、自由に、歌いたいように歌う。

そんな自由な二人の演奏はとても相性が良く、人々を魅了する。

 

蘭は原キーで、楓は一つキーを下げて。

曲のラストを二人は叫ぶように、未来の自分たちにまで届くように歌う。

 

『今日の日をいつか思い出せ未来の僕ら』

 

夕焼けをバックにこの二人で歌ったことはきっと忘れられないものだ。

 

「最後までありがとうございました。洲宮楓と、助っ人Aでした」

 

駅前に、拍手の嵐が巻き起こった。

予想以上の拍手と大歓声に楓と蘭は顔を見合わせ「やってやった」と言わんばかりに口角を釣り上げた。

 

 

 

 

 

「楓の言ってること、分かった気がする」

 

「俺がなんか言ったか?」

 

路上ライブを終えて二人は打ち上げとしてファミレスで食事をしていた。

ギターをわきに置いてしゃべる二人の姿は仲のいいバンドカップルであることだろう。

 

「あんたが青葉の楓だって言ってたやつ」

 

「あぁ、それか」

 

そんな恥ずかしいことも言ったかなと、水を飲みながら照れ隠しに目線をそらす。

 

「今日は、真っ赤な楓になれたでしょ」

 

「……否定はしない」

 

楓は自分の演奏をより高みへと昇らせてくれる相棒を探していた。

未熟な青葉の楓を、真っ赤に染まった楓へと変えてくれる存在を。

 

それが楓の羨望。かつて、楓はパートナー同士が互いに高めあう場を目撃した。

楓の行動原理はそれがきっかけなのだ。自分も高めあい、影響しあう仲間が欲しいという。

しかし、非常に高いレベルのギターボーカルであった楓に影響を与える人など数少ない。

レベルの高さに加えて楓との相性の良さも関係するとなればより限られる。

 

だから、今日の蘭との演奏は楓にとっては有意義なものであった。

楓が、自らの未熟な青い音が蘭と演奏することで真っ赤な色づいた()になれたと自覚するくらいには。

 

「次はいつやるの」

 

「次もくんのか」

 

「当たり前でしょ。あたしだって今回の演奏は、まぁそれなりだったと思うから」

 

不器用で口下手で恥ずかしがりやな蘭から「それなり」という誉め言葉が出た時点で蘭にとっても楓との演奏はとても有意義なものだったのだろう。

 

「まぁ、悪くはないが」

 

「楓って素直じゃないでしょ」

 

「お前が言うな」

 

「……お前っていうのやめて」

 

「俺はそもそもお前の名前すら聞いてないんだが」

 

知ってはいるけどな、と口にしかけたところで楓は止めた。

今は余計なことを言わないほうが蘭に対して優位に動けると判断したからだ。

 

「……ぁ、ごめん。蘭、美竹蘭」

 

少しの間は自己紹介したかどうかを思い起こしていたのだろう。

もう一月ほどの付き合いであるのに、名前を教えていなかったという何とも間抜けな状態である。

 

「洲宮楓だ、まぁ、よろしく頼むわ」

 

 

 

 

 

そこから二人が仲良くなるのは早かった。もともとは楓が蘭をそっけなく扱っていたためなので、蘭を認めたその後は比較的話すようにもなったのである。

しかし蘭には自分のバンドがある。そのため路上ライブを行うことはあまりできなかった。

 

「そろそろ二人でライブ、したいよね」

 

「お前のバンドの進捗しだいだろ。近いんだろ、ライブ」

 

しかし、ライブはできずとも練習は可能である。

二人の音は非常に相性が良く、練習でもその圧倒的なまでの表現力を損なわない。

スタジオの部屋の外へと漏れ出す音だけで人々を魅了していることを二人は知らない。

だから、二人はライブがしたい。自分たちの現在地を知るためには、人からの評価を得ることが一番だと思うから。

 

あたしたち(Afterglow)の後に時間とってもらって二人でCircleでライブをするのは?アンコール枠をこっちに回すとか」

 

「結局、蘭の練習が足らないだろ。中途半端な演奏するくらいなら俺はやんないぞ」

 

「また一曲二曲とかでいいから。あたしが弾ける曲なら楓が練習してくれば、あいてる時間で合わせられるでしょ」

 

「……お前んとこのバンドのセトリと相談だな」

 

「候補としては、この辺がいいと思う」

 

 

 

 

 

ライブスタジオCircleで、ライブが行われていた。観客は超満員。

それもそのはず、RoseliaとAfterglowの合同ライブ。ガールズバンドの時代を牽引する二つの実力派バンドの合同ライブともなれば客足が伸びることも当然のことである。

 

「は、いいね!この熱気最高だよ」

 

「じゃあみんな、ちょっと行ってくる」

 

蘭はAfterglowのメンバーに一言いうと、楓とともにステージに立った。

 

「ちょっと今日は違う相棒ですけど、よろしくお願いします」

 

蘭がマイクで観客にあいさつを一言告げると、楓と蘭はアイコンタクトを交わす。

 

ーーいくよ!

 

ーーああ!

 

楓と蘭のギターでの前奏。相も変わらずパートなんて振り分けず自由に弾きたいように弾くだけの破天荒なもの。しかし二人の表現力は、表現される音はびっくりするほど重なる。だから、演奏は乱雑なものにはならず互いに互いの演奏を高めあう音となる。

 

『必ず僕らは出会うだろう』

 

きっとこの二人が出会ったことは偶然じゃない。

同じ表現を持った者同士である以上、互いが互いの音に魅かれるのは必然のことだったのだ。

 

これは、観客に向けた演奏などでは決してない。

たった二人のための二人の自己満足なライブ。

しかしそんな音に、表現に、熱い想いに観客は魅了される。

それは高い演奏技術を持ったRoseliaだろうと何だろうと関係なく。

 

そして、人一倍二人に魅了されたのは他でもないAfterglowのメンバーだった。

蘭の演奏が、歌声が、自分たちとの演奏の時とは異なるのだ。

そして羨望ーー蘭とともに自分たちもあのレベルまで、あの演奏を。

 

たった一曲だけの演奏。しかし、それに向けられて繰り出された拍手は三分間の間、鳴りやむことはなかった。

 

 

 

 

 

「Afterglowはいいのか」

 

ライブが終わった後、そそくさと帰宅をしようとした楓を蘭は引き留めた。

 

「すぐあと打ち上げ。楓はこないんでしょ。だからちょっと話そうと思って」

 

「今日はありがとな。おかげで、いい音を体験できた」

 

いつもぶきっちょで、口の悪い楓が素直に礼を言ったことに蘭は驚くが、実際それだけの演奏をすることができたのだから、それくらいのことがあっても不思議ではないのだろう。

 

「それはこっちのセリフ。Afterglowにとってもいい刺激になった」

 

「なぁ、蘭」

 

改まった顔で、楓は真剣に蘭に向き合った。

 

「なに」

 

「好きだ」

 

それは何の飾り気もない言葉にすれば三文字の言葉。

その三文字に一体どれだけの言葉を込めたのか蘭には及びもつかなかった。

 

「……ん、そう」

 

だから蘭にはそのとてつもない想いが込められた言葉に対するレスポンスを持ち合わせていなかった。

でも、想いは伝わった。それを証明するように蘭の顔は夕焼けのように真っ赤に染まっていた。

 

「お前の音に惚れた、お前の表現に惚れた、お前の物事に対する姿勢に、全部に惚れた」

 

だが、楓は蘭の反応を見て伝わらなかったと判断したのか続けざまに好意を込めた言葉をまくしたてる。

蘭は顔を俯かせて、プルプルと震え始める。

 

「蘭にずっとそばで俺を夕焼け色に染め上げてほしい」

 

「わ、わかったから、もういいよ」

 

とどまることをしらない楓の想いに羞恥心をくすぐられた蘭は耐えかねて、愛の言葉に待ったをかけた。

 

「その、あたしも、楓のこと……嫌いじゃないし、もう、楓といることは、あたしのいつも通りになってるから」

 

口下手で恥ずかしがりやな蘭が自分の持ちうる言葉のすべてを弄して楓の想いに答えようとする。

蘭が本気になってこたえようとするその姿を見て楓は頬を緩ませる。

 

「蘭、いいか」

 

楓は自分の右手を蘭の肩にのせ、顔を近づける。

 

「聞かなくていいよ、そんなこと」

 

一瞬の口づけ。

たった一瞬唇を合わせただけで二人の顔はとても真っ赤に染まっていた。

 

「ぷっ、まっかだよ」

 

「お前もな」

 

「楓を赤く染めるってこういうこと?いやらしい」

 

「バッ、ちがう!」

 

「どーだか」

 

 

 

二人の顔につられるように、空の色もきれいな夕焼けだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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