ゆきのんといっしょ   作:青木々 春

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はじめまして。

上手くいってる。

 

そう、上手くいっているのよ。最近の私は。

まだ私が幼い頃。葉山くんともよく遊んで、姉さんとの関係も拗れることのなかった純粋なあの幼い頃。まるであの時の暖かい気持ちが、今蘇りつつある。

 

それはきっと、由比ヶ浜さんが。

そして誠に遺憾なのだけれど、目の腐った彼のおかげというのは間違いないだろう。

彼らに出会ってからいろんなことがあった。

 

何度彼らに情けない姿を見せたものか。

何度彼らに迷惑をかけたものか。

 

心では分かっているつもりだけど、上手く言葉に言い表せない。

もっともそれは私の問題であって、誰のせいという訳ではないけれど。

とにかくこの私、『雪ノ下雪乃』としてのイメージというか。キャラクターというか。

そんなものを気にしている時点でアレなのだけれど…そういったものが彼らによって崩されつつあるのだ。

 

いえ、もう崩されているのかもしれないわね…。

 

そしてそれを踏まえて思うことがある。一番に、私は変わった。

今までの自分が間違いだったなんて微塵も思ってないのだけれど、それでも環境が変われば人はそれに適応するため、変わっていくのが普通だ。

 

そして私はそれが大嫌いだ。

 

きっと『彼』もそう。そうやって人に合わせるようなこと、絶対にしたくないもの。

それでも私のナニカが少しづつ変わっていってるのは確か。いえ、問題はそこじゃない。

 

変わるのが悪いことのように話してしまったが、私はそうとは思っていない。

単純に考えてみなさい?より良い方向に変わっていった方が変わらないより絶対にいいでしょう?

それが進歩といい、進化というのだから。

 

それじゃあ私は何が不満なのか。

えぇそうね。私は自分が『変わった』んじゃなく、彼らに『変えられた』というのが気に入らないのよ。

 

一体私はどこまで染まってしまったのか。このままでいいのか。

 

最近はそんなことが頭に浮かぶ。私自身、自分の信じるものだけは曲げるつもりはない。

それでも今までの私と今の私じゃ決定的になにかが違う。

そうね、ぐにゃぐにゃ曲がった根性を持ったあの男に毒されたかしら?

冗談めかして言って、少しクスっとする。

 

こんなことで悩むことになるなんて、一年前の私は思いもしなかったでしょうね。

 

そう思いながらふと時計に目をやる。そういえばもうこんな時間なのね。そろそろ寝ようかしら。

つけっぱなしのパソコン。電源を落とさないと、バッテリーがもったいないわね。

ベッドから腰を上げ、パソコンへ向かう。その時、風が窓を叩く音がした。

 

「ニャ〜」

 

それと同時に、気の抜けた猫のような声も──

 

「〜ッ!?」

 

なんでいきなりパソコンの猫動画が再生されたのかしら!?い、いえ、でもそんな様子はないわね…。それじゃあなに?ね、ねねね、猫の幽霊的なあれかしら!?

 

いや、幽霊が怖いとかそういうのじゃないわよ?

そんな存在しているかどうかも曖昧な、いえ、存在していないものを怖がっても不毛じゃない。

そうよ、あんな非科学的なものいるはずがないのよ。今震えているのはただ寒いからであって、決して恐怖しているわけではないのよ?それにどこかの部屋のネコが私の部屋のベランダに紛れ込んだ可能性だって十分あるじゃない。

でも隣の部屋空き部屋なのよね…。いっ、いや、野良猫の可能性もあるわ!

でもここ結構上の階なのよね…。そっ、それじゃほんとに幽霊が…!?

いえ、だからといって別に怖いというわけではないのだけれど!だけれど!!

 

………いや、風の音ね。実際風の音も聞こえたし、その一部が猫の鳴き声のように聞こえたのでしょう。

 

急に聞こえた猫の声に思考をぐるぐる廻らせる。普段は猫好きの私だが、こんな夜更けにマンションのベランダから猫の声が聞こえてみなさい。ホラーでしかないわ。

それにしてもくだらない、こんなことでワタワタと。一体誰に言い訳しているのかしら私は。

 

「ふぅ、流石に夜更かししすぎたわね。もう寝ましょう」

 

額の汗をぬぐって、心を落ち着かせる。

全く、私は一人で何をやっているのかしら。情けない。

どうも最近は調子が出ない、今日だってそう。無駄に変なことを考えてしまう。

そして独り言も増えた気がする。

 

「ほんと、どうしたのかしらね…」

 

またボソッと独り言を呟く。

するとそれに返事をするように…………

 

「ニャ〜」

「ひゃうぅぅっ!?」

 

もうやめてぇ!!!

 

 

そろそろ日をまたぐかというほどの夜更け。

その街は既に眠りについていて、住宅地のこの辺りは静けさや穏やかさに包まれていた。

しかしこの少女、雪ノ下雪乃の心の内は全く穏やかではなかった。

 

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

 

「夜分遅くにごめんなさいニャ。ネコのトロですニャ」

 

「そ、そう」

 

夢でも…見ているのかしら?

突然ベランダから聞こえてきたネコの声。懐中電灯を武器に警戒しながらベランダを除くと、案の定そこにネコはいた。

そう、それだけなら良かったのだ。それだけなら私は全力でネコちゃんを甘やかした後、飼い主を探す。

ただそのネコ…そうね、あまり現実を直視したくないのだけれど…………立ってたのよ。

 

悲鳴をあげたくなった。泣き出したくなった。

 

正直いって私の気持ちはこうだった。しょうがないでしょう?二本足で立っている猫なんて初めて見たし…いえ、それ以上にそれ自体がありえないことなのだから、驚いたって仕方がない。

そしてほんとうに驚いたのはここからだった。

その怪しいネコを直感的に危険だと察知した私は、ゆっくりと後ずさりした。

今すぐ部屋に入り、ベランダの窓を閉め、鍵をかけてやろうと。そう思ったその時──

 

『こんばんはニャ〜』

 

そう、気の抜けた声で喋ったのだ。

……もう頭が痛くなってきたわ。そして今、目の前の喋るネコに丁寧に挨拶をされ困惑している私だけれど、これは通報したほうがいいのかしら?そもそも警察が相手してくれるのかしら?」

 

「ニャニャッ!?通報はダメニャ!トロは悪いネコじゃないんだから〜!」

 

あら、声に出てたかしら。

 

「あのね、あのね…トロ人間になるのがユメなのニャ。人間になる方法を探していたらここに辿り着いたのニャ」

 

気の抜けた声、気の抜けた顔で、トロと名乗ったネコは喋る。

その姿は、知っている言葉でなんとか頑張って会話をしようとする子供のようで、少し可愛く思えてしまう。

もうツッコムのも疲れたわ。まずはこのネコの話を聞くのが先決でしょう。

いえ、案外かわいいな〜って思ってじゃれてみたくなったとか、そういうのではないわよ?

 

「それで、飼い主はいるのかしら?」

 

まず聞くとしたらこれ。トロ自身は人間になる方法を探していると意味不明な供述をしているが、飼い主がいたら大変だ。今頃必至になって探しているかもしれない。

 

「今は居ないニャ…」

 

そう言いながら、トロは顔をションボリさせる。

何かまずいことでも聞いたかしら…。

 

「そ、そう。ひとまず行くあてはあるの?」

 

会話の雰囲気を変えるために、無理やり話を変える。

 

「君のお隣さん…えっと、君のお名前は?」

 

「そういえば名乗ってなかったわね。雪ノ下雪乃よ」

 

「ゆきの…ゆきの。よろしくニャ〜」

 

噛みしめるように私の名前を言った後に、嬉しそうに笑うトロ。

………少し可愛いわね。

なぜ喋れるのか。なぜ立てるのか。なぜ人間になりたいのか。直感的に聞くだけ野暮に感じた。

こんな小さな体で、何か大きなものを背負っているようにも感じた。

きっとこのトロというネコは優しいのね。出会って数分しか経っていない私でもそれが分かる。

彼…いや彼女なのかしら?とにかくトロに少し興味が湧いてくる。ただこのトロは………

 

「って、今お隣さんって言わなかったかしら!?」

 

「そうニャ。お隣の空き家に住まわせてもらってるニャ〜」

 

まさか隣の空き部屋に喋るネコが住んでいたなんて…。

でも大家さんに許可を取っているのかしら?いえ、取っているはずないわよね。

一応ここは家賃も高値がつくマンションだ。ネコに一部屋貸すなんてこと出来るはずがない。

 

「念のために聞くけど、マンションの管理人に許可は…」

 

「許可?許可ってなにニャ?」

 

あぁ、ダメだこれは。

まぁネコだもの。人間の常識なんて知るはずないわよね。

そうね…

 

「もし、もしよかったらだけど。私の部屋に来るかしら?」

 

仕方なく、だけれど。このままトロを空き部屋に住まわせたら、管理人さんにも迷惑がかかるし、トロも危険に晒されるかもしれない。でもトロが住みたくないのであればまた別だけれど。

別にネコを飼ってみたかったとかそういうのじゃないわよ?

 

「え、いいの!?やったー、やったーニャ〜!」

 

嬉しそうにぴょんぴょん跳ねるトロ。即答だったわね。なんだか悪い人に捕まらないか心配だわ。

でもよく考えてみれば、これからトロと生活するのよね。私の方も即決すぎたかしら?

 

「あのね、ユキノにいろんな言葉教えて欲しいニャ。それでもっと人間に近づくのニャ〜」

 

未だ嬉しそうに私に話しかけてくる。

私の独断で決めてしまったけれど、ずっと空き部屋に住まわせとくのもアレだし。

そう、別に間違ったことはしてないわ。ペット禁止のマンションじゃなければ、餌だってないわけじゃない。

母さんや姉さんにバレたら厄介だけれど。

 

「………はぁ、仕方ないわね」

 

それでも少し期待を胸に乗せながら、私は承諾する。

そう、ここから私とトロのデコボコな生活が始まったのであった。

 




プロローグなんで文字数少ないです。
地の文少なめ、緩く書きます。
時系列的には寿司屋の主人と出会った後です。
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