深夜のIS学園の見回りをしている蔵守叢夜にとって、こうした誰も居ない学舎を歩けるというのは新鮮な気分だった。別な場所で同じように見回りをしている天鉢剛はどうだか知らないが。
青春時代の学び舎に向ける思いは、特にこれといった感傷もない。二十代の折り返しとなった今更、叢夜は青春時代が二度と戻ってこないものだと実感していた。それに心を痛めることは何一つない辺り、自分も歳を食ったものだと考えながら物音一つしない学園の深夜警備を何事も無く終える。
程なくして、白い息を吐いていた天鉢と合流。二人は適当な場所に腰を下ろした。
「そっちはどうだった」
「何もなかった」
「だろうな」
「……で、寒いんだが」
「サクッと話まとめて戻るか」
深夜警備という仕事は傭兵である二人にとって非常にありがたい話でもある。それは学園の地形を把握することも含めて。
「今までの話をまとめると、学園の復旧自体は殆ど終わってる。んで、新しく壊れたのがこことここ」
「二日もあればどうにかなるな」
「問題は、だ。学園の機能そのものだな。おー寒っ、出力がちっと落ちてる。アリーナのシールドだったな確か」
「ああ。以前の襲撃者はずいぶん派手にやってくれたものだ。電気系統がいくつかやられてる」
「直せそうか?」
「俺にはちんぷんかんぷんだからお前に任せた」
「任されてやる。――それから、使えそうな場所はあったか?」
「そんなもの」
鼻で笑い、指し示した。
「でかすぎて目に入らないくらいだ」
「それもそうか」
天鉢もまた不敵な笑みで返すと、二人は宿舎へ戻る。
「…………」
そんな二人の姿を、窓から眺めていたルナリアは右目に触れた。既に就寝しているセシリアを起こさないようにしてモニタを起動する。
最初はただの義手と義眼だと思っていた。それからISとの同調率を上げるものだと知らされ、他にもまだ何かあると思っている。あの篠ノ之束が“普通”で終わらせるはずがない。スカー・オブ・グレイブにしてもそうだ。破損した装甲の修理と定着で終わらせるはずがない。武装も最低限、元より手を加えた様子はなかった。
(まだ、何かあるはずなんだ……)
焦っても仕方ないのは分かっていても、漠然とした焦燥感に駆り立てられる。今の自分では、決定的な敗北がいつか訪れることを理解していた。立ち位置にしてもそうだ。遊撃などしなくても、一年生の専用機持ちだけで十分に通用する。
コンソールを休まず叩く手が知らず知らずの内に強まっていた。
――№3、ビスク・ザ・アメイジングは№1の決めた事柄に従うことが不満だった。正確には、神の言葉に従うことが不満であった。
他の兄弟達を迎える。それは大いに結構だ。自分もまだ見ぬ兄弟達に会ってみたかった。しかし、その期待は大きく外れる。何故ならば、その兄弟たちはいずれも揃って未完成の醜悪な姿だったからだ。
『なぜこんなにも美しい世界で、自分がこのような醜い兄弟を迎えなければならないのだろうか』
その思考より生じたプログラムの僅かなズレが、彼をより完成へ導いた。しかしそれ以上の進歩は何一つなかった。
海に揺蕩うだけで彼は至福だった。視界を染める青の世界。自由に泳ぐ多種多様の生き物たち。それは記録しているだけで飽きることはなかった。だが、もう一つ彼には興味を惹くものがあった。それはIS学園の存在。
『どうして神様はそんな場所を狙うのだろうか』
――だから、彼は自分の居場所を兄弟達から削除した。そして、観察する。当然、№1の最期も一部始終を記録している。間の抜けた話だが、№4はその直上を気づくことなく通過した。
№3はIS学園を観察していたが、決して襲撃しようとしない。何故ならば敗北が目に見えているからだ。興味はあるが、こうして眺めているだけでその好奇心は満たされた。だが人間よりも、彼の目には水棲生物の一日の方がより刺激的で斬新に思えた。
そうしているだけで、一体どれほどの時間が経過しただろうか。幾つの朝と夜を迎えて超えて、何千何万の生き物を記録しただろう。青の静寂が打ち破られた。
――全てのオペレーションを終えた№4が、№3を捉えた。
《そこにいたのか、№3……》
その時の記録だけは破壊される直前まで、彼の記録に鮮明に残されている。自分に死を告げる者を死神と呼ぶのなら、まさにそうであった。
№3の武装は特異な物でありそれは空陸での運用を前提としていない奇妙な武器だった。水上での戦闘こそが彼の真骨頂である――が、しかし。もはや彼の知っている№4はそこにはいない。
鮮血のシルエットの中に混じる黒の斑点は変色した赤い液体であり、彼の武勲の証。虐殺でも正しい。№2を失い、自らの失態で№1を失った№4は手段の是非を選ばくなっていた。それは神の言葉でも従わない。指定されてもいないからだ。
だからこそ、今。
見殺しにした№3を彼は粛清するためにここへ来た。
《何故だ。どうしてだ、№4! ボクの居場所は――!》
《そうだ。俺のセンサーには反応しない。そしてネットワーク上での逆探知も不可能だ》
《そのはずだ、どうして!》
ナノマシンによる水流操作。捻れ、唸る水柱が№4を飲み込んだ。だが意に介した様子もなく突破する。その両手に握られているカタールの刃がより強力に、より鮮明に赤く輝く。
《全てのオペレーションを終えた今の俺には、お前がよく見えるぞ。何故こうも容易いことに気づけなかったのか》
《――化け物め!》
《死を受け入れろ、兄弟。俺が貴様を“否定”してやる》
海上での戦闘においても一方的なまでの防戦に追い込まれた№3には、もはや如何なる手段を用いたとして、その全てが尽く無意味に終わるであろう可能性に導かれた。そうなれば自然、頼らざるを得ない相手は一つだけだ。
《助けてくれ、IS学園!》
一目散に向かう彼我の距離は、既に機動力で勝る№4に隙を見せるだけだった。だがその道を塞ぎ、遮るのは№3が幾度となく目にしてきた水棲生物の群れ。だが、全てが肉片と化して青い海の一点を赤く染め上げた。
両肩部の攻防一体型ユニットであるシェラタンの周辺に光壁が生じる。上昇した出力による自爆を防ぐためのシールドであるが、それに頼るまでもなく№3の破壊は可能だった。
加速した機体から放たれる斬撃が海を割る。そして、№3のシールドを貫通して左腕を切り落とした。エネルギー残量はまだ十分に残っている。大幅に減少したとはいえシールド越しに機体を破壊する機能を№4は有していないはずだ。
《有り得ない、有り得るはずが……!》
異常事態にはIS学園も気づいている。目と鼻の先だ。だが、その敷地に足を踏み入れる頃には既に№3の胴が切り離されている。蹴り飛ばされた上半身が転がり、校舎の壁面にヒビを入れた。それを目撃した用務員が頭を抱えている。
《俺のミッションは終了した。後は、過去の損失を償うだけとなった。そして、俺が破壊されることによって、全てが完成する。――全ては、そう》
制限装甲の解離。よりエネルギー出力に適した装甲形態となって全てを迎え撃つ。
《神の仰せのままに! 俺が望むままに!》
『白魚』
№3 ビスク・ザ・アメイジング
ニードルガン:アルレシャ
水分子操作ナノマシン:フム・アル・サマカー
好奇心により任務より逸脱した行動を取っていた。彼の好奇心は全て海中の生物の行動にのみ向けられていたが真意は不明。
№4によって粛清される。