――とある民間軍事会社にて。
話はほんの二ヶ月、三ヶ月前になる。もしかすれば一か月前だったかもしれないが、仕事を引き受けた彼ら二人にとってはどうでもいいことだった。
製造途中であったISが突如起動し、暴走を始めたという事らしい。その時は動きが緩慢で必死の抵抗によりどうにか騒動を鎮圧。今はプロジェクトそのものを一時凍結処分としている。完成間近、というだけありIS企業からの依頼は護送のみだった。
装甲車三両、トレーラー二両による搬送に些か過保護すぎやしないか、と懸念しているのは運転手である日本人男性、天鉢剛。二十代半ばにしてこの企業には五年近く従事している。その隣にいる無愛想な日本人男性は蔵守叢夜。彼の無二の親友だ。
もし、またISが原因不明の暴走を始めた場合、トレーラーもろとも爆破するように指示を受けている。しかしそこまでのことをするならいっそ分解してしまえばいいとも思っているが、そうもいかないらしい。
「お偉いさんの考えていることは分からん。なぁ?」
助手席に座っている相方に声を掛けてみるが、反応は薄かった。
「……ん? ああ」
「俺たちとしては、報酬さえ貰えればいいけど、よ」
ウインカーを上げてからハンドルを切る。
今回の護送の依頼はIS委員会からだ。原因不明の暴走を起こした十二機中、四機は消息不明になっており、残りの八機に関しては製造の一時停止が委員会から命じられている。
天鉢が運送しているISは、二機。今回の件で何も異常がなければ晴れて再開される予定だ。
「年末だってのに急に仕事入れられても困るよな」
「……」
「聞けよ」
「聞いてやろう」
「テメェこのやろう……」
叢夜の見ていたモニターに高速で接近する反応が、一つ。無線を手に取り、装甲車で待機している同業者に連絡する。
「この反応、戦闘機じゃないな」
「そうじゃなけりゃなんだよ」
「――ISだ」
バックミラーを確認しても追跡してくる車両はない。空を見上げても戦闘ヘリがなければ戦闘機も飛んでいない。優雅に飛んでいるのは鳥と、鋼鉄の四肢くらいだ。
天鉢は毒づき、アクセルを思い切り踏む。前方を走っていた装甲車とトラックを追い抜いてハンドサインで戦闘用意を知らせるとギアをトップに入れ替えてハンドルを切りながら目的地まで急ぐ。後続のトラックと装甲車もそれに追従し、叢夜はその隣で悠長に後部座席に身体を伸ばしている。
「おい、どうすんだ! ISがくるなんて想定外だぞ! 前のテロリストの残党か!? ってお前は何してんだ!」
「戦闘用意だ」
「装甲車で勝てるわけねぇだろうが、よ! 頭ぶつけんなよ!」
ガンッ!
「言うのが遅い」
後部座席から取り出したのは支給されているアサルトライフルだが、そんなものがIS相手に効くとは思えない。豆鉄砲にも劣る。だが、そのアンダーマウントレールに装着されているグレネードランチャーの弾を装填していた。
窓から身を乗り出し、接近するISに向けて発砲。だが、それを避けるどころか平気な顔をしてトラックに張り付き始めた。振りほどこうと左右に車体を振っているが、天井を剥がしている。
「トラック、離脱しろ!」
運転手が身を投げ出し、道路を転がる姿を見た叢夜がグレネードの引き金を引くのと天鉢が起爆ボタンを押したのは同時だった。
最後尾の装甲車が急ブレーキでトラックとの衝突を避ける。その脇をもう一台のトラックが通過し、装甲車を追い越して先行した。
装甲車に乗り合わせていた隊員四名含めた六人は降車後、すぐにトラックに接近する。反応はまだトラックに張り付いていた。その場にいる全員が死ぬ覚悟を決める。世界最強の兵器を相手に生身で追い払うなど到底無理だと分かっていた。しかし、引き受けた仕事を途中で投げ出そうなどという者もいない。
黒煙の中から飛び出してきたのは無人のISだった。本来ならば搭乗者がいるべきはずの空間が空いている状態で着地するともう一機。襲撃してきたISが現れる。
それは全身が黒で染められた山羊頭のISだった。フルスキンで搭乗者の顔は不明だったが、右手の大型ライフルと左手に持った逆十字架のサーベルに思わず身震いする。
《迎えに来たが、護衛は予定外だ》
(男?)
電子音声で加工されたような、くぐもった声が発せられた。
無人のISは先ほどの爆発で装甲の一部が破壊されているのか所々が破損している。破壊しきれなかったのは恐らく山羊頭のISが庇ったからだろう。
《まぁいい。奪うだけだ!》
「来るぞ!」
光学ライフルを使うまでもなく、鋼鉄の体躯で薙ぎ払われるだけでも生身の人間には強烈な打撃だ。無人のISは棒立ちのまま動かない。
先行していた車両が炎上する。天鉢が立ち止まり、見たのはもう一機のIS。
「くそ、二機か!」
そちらは即座に攻撃されて奪取された。乗組員の安否を確認する前に目の前の相手をどうにかしなければならないが、こちらは蹂躙される側だ。象と蟻ほどの差がある。
無造作な“黒山羊”の裏拳が叢夜を殴り飛ばした。地面を転がり、匍匐の体勢から銃口を向けたのは無人のIS。無防備な脚部に向けて再装填したグレネードを発射する。
シールドが機能しないまま直撃を受けたISが崩折れた。それに気を取られた黒山羊へ向けて天鉢がM4A1を連射するが、装甲に弾かれる。
さっさと奪取して行ってしまえばいいものを、天鉢がそう願いながらマガジンを取り替える隙に黒山羊のISがライフルで横殴りに吹き飛ばした。
倒れた無人のISを小脇に抱えて、飛び上がろうとする機体に向かってあろうことか叢夜は素手で殴りかかる。羽虫でも払うようなサーベルを避けて、頭部に向けて一撃。下から蹴り上げた。
《……満足か、人間》
「十分だ」
微動だにしなかったISに吹き飛ばされて、地面を転がった叢夜は飛び去っていく相手を見送るしかない。
「おーい、大丈夫か格闘バカ。ISに殴りかかるか、普通」
「まぁな。骨にヒビ入ったくらいだ」
他の隊員もさほど酷い怪我はしていないようだ。だが、もう一台の方は爆発炎上している。そちらの隊員の安否は想像したくもない。
「まったく、なんだってんだ……いきなり」
わめき散らす天鉢をよそに、叢夜は殴りかかった黒山羊のISに対する違和感を確かめるように拳を握っては開く。
(……避けようともしなかったな)
それどころか、呼吸すら感じなかった。至近距離まで近づいたと言うのに、鼻息一つ聞こえてこなかった事が気になる。
「とりあえず、負傷者の手当をしてからだな。仕事は失敗しましたとしか言えねぇや」
「案外、そうでもないぞ」
「なに?」
「俺の予想が正しければ、多分あの山羊頭は無人機だ」
「そういう報告は、依頼主にやってくれ。今は手当優先だ」
「そうするか」
――以上が、当事者達に起きた出来事。IS委員会に報告してから一週間後、再び日本人男性二名は呼び出された。
そして、同じような任務をIS委員会から直接依頼される。本来であればあらゆる企業、国家からの干渉が禁じられているIS学園で生徒達の護衛に従事しろ、と。
その所為で年末までの予定が台無しになったと嘆く天鉢の横で、自分達の扱いがどうなるのか尋ねた。
臨時の用務員という体で雇われ、学園内の事は一切口外しないことを義務付けられると同時に監視される。今回の一件を期に、二人はIS委員会子飼いの傭兵となった。
尚、生徒たちとの接触は可能な限り避けるようにとも忠告されている。
キャラ紹介
蔵守 叢夜/クラモリ ソウヤ
年齢 二十代半ば
所属 民間軍事企業
備考 自他共に認める格闘バカ
天鉢 剛/アマハチ ツヨシ
年齢 二十代半ば
所属 民間軍事企業
備考 叢夜の親友。今回の事件がきっかけでIS委員会に飼われることとなる傭兵。