ゴミを一通りまとめて、叢夜と天鉢は一服していた。IS学園内の清掃を任されているとはいえその敷地を全て二人でやるのは流石に辛いものがある。だが、校舎の方は生徒達によって毎日掃除されているのである程度負担は軽減されるている。
ISの戦闘能力を目の当たりにして、天鉢は改めて自分が生きていることに感謝していた。これはもう一種の奇跡なのではなかろうか。だが隣にいる親友はそのISを相手に殴りかかった大馬鹿野郎だ。
「あ、お疲れ様でーす」
「どうも」
休憩中の二人の元に、一夏が小走りで駆け寄ってくる。できることなら交流は避けるべきなのだが挨拶の一つ二つくらいはいいだろう。
「……普通の青年だな」
「お前は何を言ってるのか」
「率直な感想」
「まんまだな」
一夏を見て、叢夜は呟いていた。何か特別なのだろうが、見たままではわからない。織斑の性から分かるように、千冬の弟だ。
「しかし、織斑。お前はいいねぇ、青春してて」
「一夏でいいですよ」
「んじゃ、俺たちも名前で呼んでくれ。こっちが叢夜。俺が剛だ。よろしくな」
「ゴミ。先に片付けてくる」
叢夜が両手にゴミ袋を持ってIS学園のゴミ収集場へと去っていく。居心地が悪いかのような離れ方に、一夏が気になったようだが、天鉢はそれにフォローを加えた。
「ああ、気にすんな。無愛想だが悪い奴じゃない。でも喧嘩売るのだけはマジでやめとけ。忠告兼警告だ」
「はぁ……」
「それで? 俺に何か用か」
「あ、いや。見かけたので挨拶だけでもと。新しく来た若い男性職員と聞いたんで」
「まぁ、この学園女しか見当たらねぇしな……」
今のところは、だが。
「ま、これからも相談とかあったら同性のよしみで聞いてやるからよ。気軽に声かけてくれ。仕事に戻る」
「ええ、それじゃ」
軽く手を振り、去っていく天鉢の背中を見送り、一夏は胸をなで下ろした。一見すると屈強な二人組であったが、思ったよりも気さくな相手で良かった。
「おっと、俺も急いで寮に戻らないと……」
最近は日が暮れるのが早い。一夏は学生寮へ小走りで急いだ。
ゴミ袋をまとめて収集場に置いて、叢夜は肩を慣らす。
「おお、お疲れ様」
「……お疲れ様です」
敷地の掃き掃除を終えた壮年の男性用務員も同じくゴミ袋を片付ける。お互いに自己紹介を済ませると、轡木十蔵と名乗る用務員は叢夜を値踏みするように眺めた。
「自分に、何か」
「いやいや、お前さんほどたくましい職員が来てくれて助かるよ。歳になると中々重労働でな」
「手を借りたい時はいつでも言ってください。自分に出来ることならば、何でも」
「ほう。何でも……と来たか。なら早速、一つ頼まれてくれんかな」
ぐるりとIS学園の敷地を見回し、つられて同じように見渡すと、所々に青いビニールシートが張られている。以前の事件の傷跡がまだ残っていた。
「見ての通り、学園はまだ本調子じゃない。またいつ、不躾な輩が攻めてくるとも限らんしな。機能も完全じゃない、となれば生徒達に及ぶ危険も自ずと増える。それから守ってやってくれんかな」
「そのつもりです。俺と剛はその為にIS委員会に“飼われた”んですから」
「そうだったそうだった。はは、期待しとるよ、
足早に立ち去ろうとしていた叢夜の足が止まる。同じ会社に所属している傭兵達の間で噂にされていた名前を呼ばれて。
それを、一介の用務員が知っているはずがない。職員とは言え用務員にまでそれを知らせるとは考え難い。
「……失礼ですが、轡木さん。貴方、何者ですか?」
「なに、ただの用務員だよ。若い者に期待しとるだけさ」
朗らかに笑いながら、轡木十蔵は立ち去る。
(ただの用務員が知ってるはずないだろ……)
そんなことがあったと、後に合流した天鉢に話すと。
「俺たち以外にいたんだな。男の職員」
それだけで済まされてしまった。
セシリアが紅茶を飲んでいる横で、ルナリアは以前と何一つ変わりなくパソコンと睨み合っている。パジャマ代わりに虎のパーカーを羽織り、ゼリー飲料(カロリーゼロ。ヘルシー)を咥えて、プラプラと揺らしながらニュースを検索していた。
『某IS企業、プロジェクト再開ならず』
そのような見出しに目が留まり、ルナリアはマウスを動かしてクリックする。
自分が意識を失い、世界から隔離された束のラボで治療を受けていた間にどうやら世界では色々と起きていたらしい。
(……無人機の暴走)
嫌な思い出が蘇る。しかしどうやら、正確には製造途中のISが突如動き出したという。そうなると原因はISコアの方になる。だがシステムに手を加えることができる科学者がいるのだろうか。暴走したISの中には、最悪手足の装甲が取り付けられたばかりの機体もあったようだ。
IS関連のニュースをここ数ヶ月遡ると、全部で十二機。そして最新の記事では運送途中の二機が更に所属不明のISによって奪われたとある。これで行方の知れないISが六機に増えた。
「また物騒なニュースが増えてきましたのね」
パソコンの画面を覗き込むようなセシリアがルナリアの髪を弄り始める。
「…………」
カチカチと手を動かしながら、されるがままにされていた。櫛で梳き、それから編み込み始める。伸ばしっぱなしのロングヘアーは三つ編みのポニーテールにされた。
「……もしかして、戦うことを考えてます?」
『場合によっては』
十中八九、戦うことにはなるだろうが。セシリアは画面を見たまま視線を動かさない頭を叩いた。驚いて見上げたルナリアは頬を膨らませた相手に首を傾げる。
「困りますわ。私のボディーガードとしてこれからずっと一緒にいてもらわなくては。勝手にいなくなっては、それこそ首輪でもつけるようですわ」
(…………ペット?)
両手を頭の上に乗せてピコピコと動かしてみる。
「……犬、ですの?」
『虎』
「虎はそんなにかわいいことしませんわ」
『がおー』
フードをかぶり、威嚇するようなポーズをとってみるもやはりセシリアの反応は薄い。
「迫力ありませんわよ……」
肩を落とし、空になったゼリー飲料の容器を膨らませて遊ぶ。そんなことをしていると今度は取り上げられて捨てられた。
「もう、しっかりしてくださいませ。貴方はもう私のボディーガードですのに!」
パソコンのタスクバーにメールの着信を知らせるアイコンが出てくる。それはクリックするまでもなく自動で開封された。
起動していないセシリアのパソコンまでもが勝手に起動し、画面を開く。そして同じようにメールの着信、同時に開封される。
『我々は“最強”を否定する』
それは、以前と全く同じ内容の一文だった。
「なんですの、これ?」
「……」
既読してから、ルナリアは削除する。だが、操作を拒否して新たに書き加えられた。
『IS学園へ通達。明日、我々は挑戦する』
廊下から聞こえてくる騒ぎから察するに、恐らくは寮に備え付けられたパソコン全てに送信されている。
そのメールは既読済みのチェックがつくと自動で削除された。
全面的にIS学園を対象とした宣戦布告。相手を探す手間が省けたというものだ。
『セシリアと離れ離れになることはなさそう』
「私が言っているのはそうでありませんわ。ウイルスとか引っかかるようなことはしてませんのに……」
「……」
心配するのはそこなのか、と。パソコンのセキュリティソフトでチェックしてみるがどこも異常はない。ネットも問題なく開ける。
(明日、か)
ご丁寧に日時を指定しているだけ有難いと言うべきか、稀代の大馬鹿野郎と罵るべきか。
相手が誰だか知らないが、敵というのなら全力で迎え撃つだけだ。