もう1人の赤い彗星の失敗作   作:嫉妬憤怒強欲

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これから

 この世界に転移してから一日が立つ。

 まだ過度な運動は駄目だが歩き回るくらいなら大丈夫ということで医務官から退院の許可が出て、その直後に医務室の固定電話経由でアラド少佐から迎えを寄越すからちょっと艦長室まで来てほしいと連絡が来た。

 

 内容はやはり俺とバルギルに関しての今後の方針についてで艦長が直々に伝えるとのことだ。

 

 昨日からそれについて考えていたが、今後の身の振り方についての答えがまだ出ていなかった。

 

 どうやってこの世界に来たのか分からない以上恐らくもう戻れないだろう。いや……もう俺はあの世界に戻るつもりはないだろう。ならこれからどう生きればいいんだ?

 

「あら。大分回復したようね」

 

思考に更けていると自動ドアが開く音と共に聞き覚えのある声がする。

 

振り向いてみればそこには昨日医務室で目が覚めた時最初にいた美女が紙袋を片手に入ってきていた。

 

「昨日ぶりね」

「君は、昨日の……」

「そういえば自己紹介がまだだったわね。私は美雲・ギンヌメール。戦術音楽ユニットワルキューレのエースボーカルをやっているわ」

 

戦術音楽ユニット?ワルキューレ?ハンマ・ハンマの前身機と同じ名前だな。

 

聞き慣れない単語が出てきて思わず首を傾げたが自分も名乗らなければ失礼だと思い自己紹介しておく。

 

「あの、自分は……」

「無理して敬語を使わなくていいわよ」

「……俺はアインハルト・シュヴァルツ。呼びにくかったらアインで構わない。美雲s「さんもいらないわ」…み、美雲」

「よろしい♪ これからよろしくねアイン。これ、貴方の着替えよ。着替えたら声を掛けてね。その後艦長室まで案内するわ」

「え?あ、ああ……ありがとう」

 

美雲は服の入った紙袋を丸椅子の上に置き、そのまま医務室から出ていってしまう。

 

どうやらアラド少佐が言っていた迎えは彼女らしい。

 

……なんだろうな。昨日会った三人とはなにか違う

 

 彼女から感じるのはなんというか疑心や警戒が混ざったものではなく純粋な好奇心や興味に近い。

 それに昨日会った赤い髪の女性よりも大きいなにかを感じる。

 

 色々疑問に思うがとにかく待たせるのも悪いため、水色の病衣を脱ぎ、紙袋の中にある白と黒のツートーンカラーに赤のラインが入ったジャケットと深いグレーのズボンの制服に袖を通す。

 

 これがここでの軍服なのだろうか、前の世界で着ていたのよりも生地が良く、窮屈さも感じない。

 

「すまない。待たせた」

 

 医務室から出て廊下で待っていた彼女に一応謝罪の言葉を入れるが、当の彼女は特に不機嫌な様子も見せず「別に気にしなくていいわ。よく似合ってるわよ」と返す。

 

「それじゃあついてきて」

「ああ、わかった」

 

 それから目的地に着くまでの短い時間、廊下の通路を肩を並べて歩きながら気になっていたことを問うてみた。

 

「……そういえばどうして俺が他とは違うと分かった?」

「何の話かしら?」

「ほら、昨日俺が目を覚ましてすぐ」

「ああ、あれね。そうね……根拠は無かったけど、しいて言うなら女の勘……いいえ、上手く口では説明できないけどそう感じたの」

 

 感じた……か。ニュータイプみたいなことを言うな。

 ……まさかな。

 

「……まあいいか。それじゃあさっき言ってた”戦術音楽ユニット”と”ワルキューレ”というのはなんなんだ?」

「そういえば異世界人だから知らないのは当然ね。ワルキューレは、星間複合企業体ケイオスの情報・芸能部門に所属する戦術音楽ユニットで、銀河系各地で猛威を振るう謎の奇病ヴァールシンドロームを歌の力で鎮静化するために結成されたのよ」

「ヴァール……一体どんな病気なんだ?」

「症状を簡単にまとめると感染者が凶暴化して衝動のままに破壊を尽くす暴徒となるわ。感染者の中には軍人もいるから機動兵器を使われて街が戦場になるケースが多いわね」

 

 何だその病気、一昔前のゾンビゲーム並に怖すぎるぞ。

 

「…って、そんな病気を歌で抑制が可能なのか?」

「ええ、詳しいことは言えないけど歌声を聞かせることでヴァール発症者を正気に戻すことができるのだけど生の声じゃないと効果が薄いから、護衛役のΔ小隊と共同で戦場に赴いてライブを行っているわ」

「戦場という命懸けの舞台で生身で歌う覚悟を持ったアイドルユニット……だから戦術音楽ユニットか。知名度はどれくらいなんだ?」

「銀河ネットワークチャートに常時ランクイン。貴方も私達のファンになる?」

「……まだ歌を聞いてないぞ」

 

 

 話を聞けば聞くほど俺の中の常識が崩れていく。

 昨日この世界についての話で、歌姫が巨人族との戦争を終わらせたというのには正直半信半疑だったがどうやら事実のようだ。

 ヴァールと歌の力、そして巨人族……なにか関係があるのか?

 

「……ん?」

 

 ふと窓の外に目をやると船の外観に視線が止まった。

 

「……人型?」

 

 俺がいる戦艦がざっとドゴスギア級以上の大きさはある上に人型の形態をしている。

その両腕はフライトデッキとなっており、デッキ上に旧世代の戦闘機が何機か上がっていた。

 

「貴方が乗っていたアイテールは元々マクロス・エリシオンの左腕部で個別の宇宙空母として分離・単独行動が可能なの。いざという時はこのマクロス・エリシオンが巡航形態に変形するわ」

「……は?」

 

 てっきり戦艦が基地か何処かに停泊していると思っていたがまさかより大きな戦艦とドッキングしていたとは……しかもこの大きさで変形!?

 

 美雲からの衝撃的な事実に思わず動揺してしまう。

 

「ウフフッ、驚くのはまだ早いわよ。景色の方も見てみて」

「……?」

 

 言われた通り窓の外の風景に目をやると眼下に広がる景色に圧倒された。

 どこまでも青く澄みきった空、豊かな自然、透き通るほどに綺麗な青く輝く海が広がっている。映像でしか見たことのない宇宙世紀の地球とは比べ物にならないほど美しい景色に

声が僅かに震えてしまった。

 

「驚いた?私たちケイオスが支部としている海洋惑星ラグナよ」

「……これは、凄いな」

「ウフフッ」

 

 俺の反応が面白かったのか隣で見ていた美雲は微笑み、左手で薬指と中指を交差させ、Wの文字を作る。

 

「Welcome to ラグナ。貴方を歓迎するわ」

 

 

 

 

 そうしてしばらく歩いているとあっという間に『艦長室』と書かれた扉の前にたどり着く。

 

案内を終えた美雲は「また後でお話しましょ」と言い残し何処かへ立ち去って行った。

 

一人残った俺は部屋をノックすると、「入れ」と声が響く。扉を開け中に入るとそこには昨日会ったアラド少佐と赤い髪の女性、そして艦長と思しき男性がいた。

だがその男性は2メートルはゆうに越える巨漢で緑色の肌をしている。

服の上からでも分かるほど隆起した筋肉と、それ以上に凄まじい威圧感を放っている雰囲気に、一瞬警戒心を抱いてしまった。

 

昨日アラド少佐が言っていたゼントラーディという巨人族か。

 

「よく来てくれた。私はアーネスト・ジョンソン。マクロス・エリシオンの艦長だ」

「……あ、失礼しました。自分はジオン共和国軍所属アインハルト・シュヴァルツ少尉であります」

 

どうやら此処の巨大ロボット兼艦の艦長を務めてるようだ。

なるべく失礼のないように敬礼する。

 

「話はアラドから聞いている。我々がいる此処とは違う別次元の世界での長年にわたる地球人同士の戦争、その戦争で主力として活躍した人型機動兵器……未だかつてない事例だが我々がまだこの宇宙の全てを把握できていないのを鑑みると捨て置くことはできん。よって君の身柄は我々が保護しよう。下手に君とあの機体を新統合軍に引き渡してしまえばモルモットとして扱われる可能性もあるしな」

「誠にありがとうございます」

 

 モルモットか……どの世界でも人をモノのように扱う連中はいるものだな。できればあんまり関わりたくない。

 そうなると艦長の提案はこちらとしてはとても有り難い話だが単純な好意……という感じではなさそうだ。

 

棚から牡丹餅、濡れ手に粟というがここは民間企業、只より怖いものはない。

 

俺がいた世界ではこういった話には必ず裏があった。だが判断材料が少ない。

一応この提案を拒否しない方がいいだろう。一歩間違えて不況を買えば本当にモルモット行きになる可能性がある。

 

……人となりを把握するまでなるべく力のことは隠したほうがいいかもしれない。

 

「身元証明用のIDはまだ用意できていないが、エリシオン艦内に君の部屋を用意した。こちらの手配が済むまでの暫くの間は其処を利用してくれ」

「はっ、了解しました」

「それからある程度のこの世界の基本的な情報と一般常識が知りたいだろうから、機密指定されていない情報をまとめた端末を用意しておいた」

「はい、空いた時間にでもいいから閲覧しておいてね。一般常識がない状態だと街とか出歩けないから」

「ありがとうございます。えっと……」

「そういえば自己紹介がまだでしたね。戦術音楽ユニット『ワルキューレ』のリーダー兼デルタ小隊のマネージャーをしていますカナメ・バッカニアといいます。よろしくね」

「此方こそよろしくお願いします」

 

脇に控えていたカナメという赤い髪の女性よりタブレット型の情報端末を渡される。

 

「取り合えず話はここまでだ。今日は部屋でゆっくりしたまえ」

「はっ、お心遣いありがとうございます……道中自身の機体を確認してもよろしいでしょうか?」

「ああ、構わんよ。格納庫には見せて困るようなものは無かった筈だからな」

「それじゃあカナメさん、すみませんが彼を案内してやってくれ」

「分かりました。こちらへどうぞ」

「ありがとうございます」

 

 最後に「では、失礼いたします」と言って艦長たちに敬礼をし、俺とカナメさんはブリッジを後にするのであった。

 

 

 

 

 

♢♦♢

 

 

 

カナメの案内の元、バルギルが保管されている格納庫に辿り着いた。

 

 格納庫の内部は、10m級の可変型機動兵器『バルキリー』の製造・整備を行う施設だけあって、面積、高さ共に広大な空間が広がっている。

 床の備え付けられている整備台に固定された戦闘機形態の複数のバルキリーの周りで、作業を行っている大勢の整備士の声や、作業用の機械の音が響き渡る。

アイン達は慌しく作業に勤しむ彼らの邪魔をしないように作業の行われていない道へと進むことになる。

 

「……あれがバルキリー、現代科学をはるかにしのぐプロトカルチャーの技術を導入して開発された可変戦闘機か」

 

 モビルスーツより一回り小さいな。

 

 アインがいた世界でジオン公国がまだ「ジオン自治共和国」だった頃、地球連邦に対する独立戦争の開戦準備のひとつとして、次世代型新兵器の開発が極秘で進められていた。

コロニー国家でしかないジオンが質、量、兵力ともに強大な力を持つ地球連邦軍に対し優位に立つためにしても既存の戦術では勝てる筈がない。

そこで一つの秘策として生まれたのが、人間が搭乗してコントロールし、重力下や目視での遠近感が掴みにくい宇宙空間での戦闘に対応でき、宇宙戦闘用の艦船や誘導兵器を凌駕する人型機動兵器=モビルスーツだった。

 

 動力源にはトレノフ・Y・ミノフスキー博士が発見した「ミノフスキー粒子」の技術の採用により、大幅な小型化を実現したミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉が使用されており、小型ながらも最も高いエネルギーを得る事ができ、加えて放射能も極めて少なく抑えることが可能である。冷却問題を除けば稼働時間限界はないと言ってよい。

 また、流体パルスシステムを応用したスムーズな駆動と能動的質量移動による自動姿勢制御が実現し、その結果、宇宙空間での自在な高い機動性を獲得。

 ルウム戦役で戦艦対戦艦の超長距離砲撃戦や突撃挺・戦闘機による一撃離脱戦法という、従来の艦隊決戦のみを想定していた地球連邦軍の意表をつく形で、敵艦に直接攻撃を加え撃破するという戦闘を行い、有効な迎撃手段を持たない地球連邦軍に対して圧倒的優位に立つこととなった。

 

 しかし連邦もモビルスーツを本格的に開発し戦局が一変、連邦の白い悪魔RX-78の活躍によりジオン公国が敗北した。その後の宇宙世紀0080年代後半からは地球連邦軍内部におけるエゥーゴとティターンズの主導権争い、アクシズの帰還など、地球圏は一年戦争時に匹敵する混沌とした状況下にあり、当時は一年戦争以降積極的に進められていた公国系と連邦系の技術融合の成果が結実した時期でもあり、モビルスーツ開発の激動期を迎える。

 それにより純粋な人の技術の発展だけで一年戦争で活躍したモノコック構造、いわゆる外骨格構造を採用したタイプの第1世代から自重の全てを内部のフレームで支える分稼動範囲を狭めていた装甲のかさばりを無くしかつより複雑な動きを可能にするムーバブルフレーム構造を採用した第2世代、ムーバブルフレームに可変機構を加えた第3世代へとモビルスーツは恐竜的進化を遂げていった。

 

 それに対し、バルキリーという機動兵器は異星人の技術を利用して開発された。一体どれほどの性能なのかアインはとても気になっていた。

 

「それにしても旧世代の戦闘機の形状で宇宙戦が可能なのには驚いた」

「アインハルト君の世界では戦闘機を見るのは初めて?」

「アインで構いません。こういうのは歴史本でしか見たことありませんし、宇宙用の戦闘機は一年戦争以降に地球連邦とネオ・ジオンで様々な可変型のモビルスーツが開発されてからはもう過去の産物になってますね」

「そっちでも変形する機体があるの?」

「ええ。といってもバルキリーほど小柄ではありませんし、生産コストの高騰や機体構造が複雑になったことによる整備性の低下などの問題で可変型モビルスーツは主力機には成り得ませんでしたが……」

「へえ、こっちとは配備状況が違うのね」

 

 しばらく歩みを進め、格納庫の最も奥まった場所――デストロイド専用ハンガーに鎮座しているバルギルの元へとたどり着いた。

昨日から機体の周りに群がって解析を行っていた技術士や整備士は休憩に入っているのか誰もいない。

 

「……」

「だ、大丈夫?」

 

アインは自分が乗ってきた半壊の機体を見上げたまま彫像のように固まってしまう。解析のためとはいえ外装も外され、殆ど内骨格が剝き出しになっている愛機の様子にさすがの彼も俄かには声が出なかった。しばらくはそのまま呆然としていたが、やがて我に返ると傍にあるコックピットブロックに向かう。

 

「ちょっと点検してもよろしいでしょうか?」

「え?え、ええ」

 

 カナメに断りを入れてから内部のリニアシートに座り、ウィンドウを操作してシステムチェックを行う。何度かプロテクトを解除をしようとした痕跡があったがこの程度なら問題ないと判断する。

 

データを一通り確認し終えたアインは深いため息を吐く。

 

「(……この世界に転移しようとしたせいなのか機体に外見以上の負荷が掛かって腕と脚が吹き飛んだようだ。コックピットブロックとジェネレーターは厚い装甲に覆われていたおかげで無傷ですんだが他の部分は修理する必要があるな)」

 

だがこの世界にはモビルスーツの技術は存在せず、バルギルの予備部品もない。この世界でも元の世界と同様に追加生産も損傷箇所の完全修復もできないワン・アンド・オンリーな機体となっていた。

そうなるとケイオスに元の世界の技術を一部提供する必要がある。

 

「(いや、機体のこともそうだがこれからどうするべきか……だよな)」

 

昨日から答えのでない自問自答を暫く繰り返してもやはり今回も出なかった。

 

「(……どの道しばらくここに厄介になるのは変わらないか)」

 

思考を切り上げたアインはあんまり案内人であるカナメを待たせるのも悪いと思い、すぐにデータに再びプロテクトをかけてからコックピットブロックから出る。

 

もう用事がすんだことをカナメに伝えて格納庫を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「今日からしばらくこの部屋がアイン君の部屋になります。生活に必要なものは一通りそろっているはずだけど、もし何かあったら遠慮なく言ってね」

「了解しました」

「それと、無理して固くなる必要はないわよ」

「……無理してるように見えますか?」

「ええ、とっても」

「……分かりました」

「うん、よろしい」

 

 格納庫から出た後用意された部屋に到着する。中を確認するとそこは小さいながらも8畳程の一人で過ごすには十分なスペースがある士官相当な部屋で、ベッドやデスクにバスルームまで完備されていた。

 

「さて、ここまでで何か質問はある?」

「いえ、特にありません。ありがとうございます」

「礼には及ばないわ」

 

 一通りの説明を受け、カナメが「それじゃあ、何か用がある場合はそこの内線を使えば誰か来ます。まだ案内していない食堂には夕食時間に行きましょう。呼びに来ますので」と言ってそのまま別れた後、アインはさっそく渡された端末を操作しながら情報収集に入った。

 

 

「(……銀河で最初の知的生命体とされる先史文明『プロトカルチャー』

その文明の遺産であり、現代科学をはるかにしのぐ異星人の超先進科学技術『オーバーテクノロジー・オブ・マクロス』

そしてそれにより遠い場所へのワープ移動を可能にする超時空航行技術『フォールド航法』

西暦2000年から2008年までそれらの技術と地球に落下した『SDF-1 マクロス』を巡って起こった『統合戦争』

西暦2009年のマクロス主砲の誤射を口火に始まった『第一次星間大戦』

西暦2045年のマクロス7船団とプロトカルチャーを全滅の危機に追いやった怪物プロトデビルンとの戦い『バロータ戦役』

西暦2059年のマクロス・フロンティア船団と異星生命体バジュラとの衝突とマクロス・ギャラクシー船団の反乱が起こった『バジュラ戦役』

……やはり俺のいた世界とはだいぶ違うな)」

 

 この世界はシャア・アズナブル大佐の『人類を地球という揺り籠から巣立たせる』という目標がある意味達成した世界だと言っていい。

その上人間同士の戦いは終わり異星人とも和解して共存している。

 

 十年以上も争いの絶えなかったあの世界で生きていた自分から見たら正直羨ましいと心のどこかで感じている。また、いざその世界に転移してしまった後、元の世界での戦う理由を失った自分は今度は何を糧にして生きていけばいいのかアインは悩んでいた。

 

「……はあ」

 

 マクロス・エリシオンや人間が突然我を失い凶暴化する謎の奇病ヴァールシンドロームとそれに対抗できるワルキューレに関する情報に目を通そうとしたがモヤモヤしたままでは頭に入らないため、シャワーを浴びて気分をスッキリさせることにする。

 

着ていた制服をハンガーにかけてから浴室に入り、最初に熱めのお湯で汗を洗い流す。湯船というものに浸かってみたかったがそれだと時間が無くなるためシャワーだけにした。

 

そうしてそろそろ出ようかと思っていると、部屋の方に誰かが入ってきた気配を感じ取る。

 

 カナメがもう迎えに来たのだろうかと思いアインはバスタオルで髪と身体を拭き、替えの服に着替えて洗面所から出る。

 

「……え?」

 

 

「ノックしても返事が無かったから勝手に上がらせてもらったわ」

 

しかしそこにたのはカナメではなくマクロス・エリシオンの司令室までアインを案内した美雲だった。

ベッドに腰かけ、艶然と微笑みながらアインを見据えている。

 

「なんでいる?」

「あなたとお話したかったの」

「話?」

「ええ、貴方がいた世界のことをいろいろ聞きたかったの。だって気になるじゃない?私達がいるのとは違う歴史の歩みを見せた世界で、しかも70年は超えているなんて」

「……」

 

 感じからして情報収集の類じゃないということはただの個人的な興味のようだ。

異世界から来た人間に興味を持たない方が無理がある。

 

「……まあ、少しくらいなら」

 

 ちょうどアインも情報端末で調べられなかった気になることを機密に触れない程度に知りたかったため、この話に乗っておくことにした。

 

「――――そう、それじゃあ、貴方の世界では私たちが使っているような重力制御システムはないのね?」

「ああ、だからコロニーそのものを回転することで居住ブロックに遠心力による擬似重力を発生させている」

「けど重力の感じ具合が此処とは違うんじゃないの?」

「……ああ、宇宙育ちの俺には惑星の重力は少しきつい。まるで全身に重りを巻き付けているみたいだ」

「ふふっ、ここにいればそのうち慣れるわよ」

 

 楽しそうに美雲はクスクスと笑う。その笑い方には大人の女性のような雰囲気ではなく子供のような無邪気さがあり、一瞬アインの心臓が小さく跳ね上がった。

 

コンコン

 

「アイン君、入っても大丈夫かしら?」

 

その時、ノックが数度室内に響き、扉越しからカナメの声が聞こえてくる。

 

「いいわよ」

「……っておい、君が答えてどうする?」

「?その声は美雲?」

 

扉が開き、カナメが部屋に入ってくる。

 

「どうして美雲がここにいるの?」

「私達の仲間になるかもしれない人と親睦を図りにお互いの世界のことを少し話してたわ。異文化交流ならぬ異世界交流ってところかしら?」

 

 昼間の案内役と言い、普段なら歌うことにしか興味がなくあまり関わらない美雲に一体どんな心境の変化があったというのだろうかとカナメは珍しがる。

 

「ふーん……」

「…何よ?」

「別に~ただ珍しいと思っただけよ」

「……そう、ところでカナメはアインになにか用?」

「あっ、そうだった。アイン君、食堂が開く時間になったから案内するわね」

「お願いします」

「あら、なら私もご一緒するわ」

「ホントに珍しい」

「……たまにはそんなこともあるだけよ」

 

 カナメの含みのある言い方と微かに慌てている美雲が先に部屋を出る。

 残されたアインは「なんなんだ……」とこの状況を上手く理解できずにいたが、僅かに乾いた髪を軽く掻き、「まあいいか」と考えるのをやめてすぐに二人の後を追いかけるのであった。

 

 

 


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