ガリィちゃんとわたしたち   作:グミ撃ち

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第百五話です。




第百五話

 

 

「……マリア、大丈夫?」

 

「ななな何を言っているのよ! 私がこの程度で狼狽えるわけがないでひょう!?」

 

「なんで一番年上のお前がそんなにビビってるんだよ……⦅ジト目⦆」

 

 限定解除を成し遂げた装者達の前に現れた巨大な獅子……しかしその強大な敵に対し、彼女達は約一名を除き、取り乱してはいなかった。 いや、それどころか……。

 

「……おもしろい」

 

「翼さん?」

 

 響は隣に立つ翼の表情が先程までとは変化している事に気付いた。巨大な獅子を見つめる彼女の表情は何処か吹っ切れたようなものへと変わっていたのである。

 

「何を言う、マリア。 負の感情を何も抱く事無くあれ程の強敵と手合わせできる好機に私は……心が躍るな、立花!⦅SAKIMORIの眼光⦆」

 

「はいっ!――って翼さん目が怖いです!」

 

「限定解除して性格まで変わっちゃったのデス!?」

 

 実はここに来て一番やる気になっていたのは翼だった。どうやら度重なる奇跡と、何のわだかまりも無しに剣が振るえる事によりテンションが上がってしまったらしい。

 

「クク……待ちきれないのならば、まずは貴様等から来るがいい。 立花響、風鳴翼!」

 

 なお、キャロルの方も色々なものから解放された事によりテンションが上がっていた模様。こんなテンションで獅子機を大暴れさせるとか本当にやめて下さい地形が変わってしまいます⦅白目⦆

 

「――ああ、一番槍は私達が務めさせてもらう! 立花、暁!私に続けっ!」

 

「あぁーっ!? 私も行くから待ってぇ~!」

 

 しかしそんな祈りも空しく、脳筋乙女と化した二人が獅子機へと突撃を開始する⦅悲しみ⦆

 

「えっ!?私も行くんデスか!? あのトンデモ相手に真っ直ぐ突っ込むなんて馬鹿のする事デェェェェェェス!!」

 

 更にその二人に巻き込まれる形でもう一人の装者、暁切歌がやけくそ気味に突撃を開始する。

 

 獅子機VS装者六人の戦いの始まりは、まさかの正面衝突という形で開始されたのだった。

 

 

「えぇ……⦅困惑⦆」

 

 

「あいつら、本物の馬鹿だったんだな⦅真顔⦆」

 

 

「あれ程強大な相手に躊躇無く飛び込めるなんて……くっ!私にもあの子達のような勇気があれば!!⦅勘違い⦆」

 

 

 ちなみにその光景を見ていた者達の反応は様々だったが、何故かマリアのメンタルはたやマ⦅ただの優しいマリア⦆状態になっていた模様⦅遠い目⦆

 

「推して参るっ!!!」

 

「ククッ、随分と元気になったな風鳴翼! 気力が回復したとはいえ先程の負傷も完全には癒えていないのだろう?後で痛みに泣く事になっても俺は知らぬぞ!⦅心配⦆」

 

「心配無用! 今私の頭の中にあるのは目の前の獅子を斬り伏せる事のみ!!」

 

 そんなマリアを余所に、脳筋レディと化した翼が獅子機へと攻撃を開始する。その剣戟はまるで躊躇の無い、正に後の事は何も考えていないような一撃であった。

 

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「あ、翼さんがライオンに……」

 

「……切歌君も巻き込まれたようだな」

 

 司令室で戦いを見守るメンバーは、巨大な獅子が戦場を駆け回る光景を呆然と見つめていた。

 

「あの巨体でそのスピードは反則すぎます! これも全部、全部ガリィの仕業なんですか!?⦅憤怒⦆」

 

「エルフナインちゃん……⦅遠い目⦆」

 

「……皆、笑っているな⦅ただしマリアを除く⦆ まあ、翼の笑顔にだけは少し怖さを感じるが……」

 

「た、楽しそうでいいじゃないですか⦅目逸らし⦆」

 

 エルフナインが今日三度目の大噴火を起こす中、モニターには攻撃的な笑顔を浮かべた翼が獅子機へと斬り掛かる映像が映っていた。なお、先程巻き込まれた切歌は死んだ魚の目をしている模様⦅悲しみ⦆

 

「……友里、中継しているヘリにもう少し後退しろと伝えてくれ。 恐らくこれからは更に激しくなるだろうからな」

 

「了解しました」

 

 モニターを見つめていた弦十郎は突然中継ヘリに後退の指示を出す。そして、それが大正解だった事を示すように戦いは更に激しさを増していくのであった……。

 

 

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「うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」

 

 響のアームドギアが巨大な獅子を正面から殴り飛ばし、その巨体を僅かに後退させる。

 

「はあぁぁぁぁっ!!!」

 

「オラオラオラァッ!!」

 

 その後詰を翼が放つ巨大なエネルギー刃が、そしてクリスの放つ無数の弾丸が間髪入れずキャロルへと向かう。

 

「やるな!――だが、その程度では私には届かぬぞ!」

 

 しかしキャロルは獅子機に迫る弾幕を錬金術で、そして巨大なエネルギー刃を獅子機の火球で全て叩き落とす。

 

「切ちゃん!」

 

「了解デース!」

 

「ああもう!やってやる……やってやるわよ!!!⦅やけくそ⦆」

 

 だが装者の攻撃はこれで終わりでは無かった。シュルシャガナとイガリマが巨大な刃を獅子機へと放ち、マリアが左手のギアから超火力の砲撃を放つ。

 

「ククッ、ハハハハハハハ!!」

 

 それでも獅子機に傷一つ付ける事が叶う事は無い。キャロルは迫る刃に対し、ダウルダブラの弦を網のように展開し防御。更に、獅子機に迫る砲撃に対しては……。

 

 

「っ!? 自分から突っ込んだ!? あの子何を考えて――」

 

 

 獅子機はなんと、頭から砲撃に突撃したのである。その行為を自殺としか思えず、マリアはキャロルの意図を問い質そうとするのだが……。

 

 

「――ふむ、僅かとはいえ獅子機の装甲が剥がされるとはな」

 

 

 煙が晴れた先に見えたのは……頭部の装甲を僅かに損傷しただけの獅子機と、そして獅子機の内部中央で全くの無傷の姿を見せるキャロルの姿であった。

 

「嘘、でしょう……限定解除状態のアガートラームの砲撃を受けてほとんど無傷ですって……?」

 

「狼狽えるなマリア! 僅かとはいえ損傷は与えている!」

 

「そうデス! 一発でダメなら、百発でも千発でも撃ち込んでやるだけなのデス!」

 

 ほぼ無傷の獅子機の姿を見て、その装甲の硬さに愕然とするマリア。それに対し、翼と切歌がマリアを勇気づけようと声を掛けるのだが……。

 

「――おい、嘘だろ……?」

 

 その声を発したのはクリス、そして……。

 

 

「傷が、消えて……」

 

「ええええええっ!? は、反則だよそんなの~!!!」

 

 

 クリスが見た光景と同じものを見せられている調と響が、絶望的な事実を語る。そう、マリアが獅子機につけた傷は僅か数秒で修復され始めていたのだ。

 

 

「……獅子機を構成しているものは全て私の想い出によるもの……つまり、私の想い出が尽きぬ限り生半可な攻撃は全て修復されるというわけだ」

 

 

 信じられないものを見る様な表情の装者達に対し、キャロルは丁寧にその理由を説明する。つまり何処かのポンコツがいらん事をした所為で、獅子機は傷をつけてもすぐ修復♪という事であった⦅真顔⦆

 

「生半可な、攻撃……? 私の、アガートラームの砲撃が……?⦅遠い目⦆」

 

「……私もこれは反則だとは思っているが、全力を尽くすと宣言した以上手加減をするわけにも、な……恨むなら、ガリィを恨め⦅目逸らし⦆」

 

 自身のほぼ最大火力を否定され、人生に疲れたOLのような表情になるマリア。その哀愁漂う姿に対し、キャロルは目を逸らしながら全責任をガリィに押し付ける事にしたようだ。

 

「ガリィ……ってまたあいつの所為かよ!?いい加減にしろよあの馬鹿人形!⦅憤怒⦆」

 

「待ってください雪音先輩。 いくらなんでも今回の原因がガリィとは私には思え――」

 

「ガリィがいなければ、俺はそもそも獅子機を真面に起動する事すらできなかったぞ」

 

「雪音先輩、ガリィを捕まえたらまず私に会わせて下さい⦅静かな怒り&熱い掌返し⦆」

 

「あ、あはは……(私の幻聴かと思ってたけど、本当にガリィちゃんが原因だったんだ……)」

 

 ……遂にガリィがやらかした事が装者達に伝わり、包囲網が構築され始めたようだ。もしも今、ガリィが近くにいるとクリスが知ったら彼女は躊躇無くミサイルをぶち込むのだろう⦅遠い目⦆

 

「気を確かに持てマリア。 キャロルの言う事が確かならば、消耗戦に限れば私達にまだ勝ち目はあるという事だ」

 

 クリスが噴火するのを余所に、意気消沈するマリアを勇気づけるため翼が声を掛ける。……しかし、翼の言う消耗戦には……。

 

「残念だが……仮にこのまま獅子機を起動し続けても、今日の内に私の想い出が尽きる事は無いだろう⦅無慈悲な宣告⦆」

 

 そう、キャロルが言う通り消耗戦に持ち込む事は完全に悪手なのである⦅遠い目⦆ つまり、獅子機を倒すには

 

 1、超火力で獅子機の装甲を一撃で貫く⦅難易度極大⦆

 2、獅子機では無くキャロルをピンポイントで狙う。ただしキャロル自身もすごく強い⦅難易度極大⦆

 3、獅子機と二十四時間以上戦い続け、想い出が尽きるのを待つ⦅現実的に不可能⦆

 

 この三つの手段の内、どれかを選ばなければならないという事である。これを見れば如何にガリィがやらかしているかが分かるだろう⦅呆れ⦆

 

「ガリィは何処だっ!? 探せ!!!⦅全ギレ⦆」

 

「……この戦いが終わったら、ガリィのお墓を建ててあげるとするデス……⦅遠い目⦆」

 

 そしてこれには普段は温厚な翼も大激怒である。確かに翼は強敵との戦いに心を躍らせていたが、フィーネのネフシュタンを彷彿とさせる相手などは流石にノーサンキューだった模様。

 

「大火力なら……響とクリス、それに私の砲撃で責めるのが正解かしら?」

 

「でも、単発じゃさっきの二の舞になってしまうのデス!」

 

「ああ、だからそれを連続で叩きこまなきゃいけないって事だ……って無理だろそんなの!あのライオン、どれだけのスピードで走り回ってると思ってるんだよ!?」

 

「……残りの三人で動きを止めれば、なんとかなるかもしれません」

 

「ええ!? さ、三人だけで大丈夫なの!?」

 

「勿論困難だろうが、他に手段が無い。 暁、月読! お前達はユニゾンでギアの出力を高めつつ獅子機をかく乱してくれ! その隙に私が足を止める!」

 

「「了解(デース)!」」

 

 これに対し、装者達は全員で集まり緊急対策会議を開く。そして数分後……会議の結論は三人で獅子機の足を止め、残りの三人が同時に大火力を叩き込む、という事に決まったようだ。

 

「ふふ、意見は纏まったようだな。 さて、貴様等がどう動くのか見せてもらうとしよう」

 

 装者達が集まっている光景をキャロルは楽しそうに見つめていた。どうやら装者達が獅子機の鬼装甲、超耐久力をどう突破する気なのかを楽しみにしているようだ。

 

 

「お前……! 高みの見物しやがって、笑ってられんのも今の内だからな!!⦅半ギレ⦆」

 

「そうかそうか、それは楽しみだな雪音クリスよ。 ……と言いつつ先陣は貴様等三人、か」

 

「~♪(調!)」

 

「~♪(うん、切ちゃん!)」

 

「はあぁぁぁぁっ!!!」

 

 クリスに言葉を返したキャロルが見た光景は、獅子機へと迫る三人の装者……そして後方に控えたままの三人の装者だった。

 

「……何か企んでいるようだがまぁいい、まずは貴様等と遊んでやるとしよう」

 

 装者達の動きが何かの意図を有しているのは明らかだが、戦いを楽しんでいたキャロルはそれを理解した上で誘いに乗る事にした。そして……。

 

「来るぞっ!」

 

 目の前には大口を開けた獅子機……しかしそれに怯む事無く三人は獅子機へと攻撃を開始した。

 

 

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「あれ程に楽しそうなマスターの姿を見るのは初めてだな」

 

「ええ、そうね」

 

 怪獣大決戦が繰り広げられている場所から離れた岩山……そこから二体の人形、ファラとレイアが戦況を見守っていた。

 

「……ここまで余波が来る程の力の激突、ミカが来ていればどうなっていたか」

 

「きっと乱入しようとするでしょうね。 ですが、さすがのミカちゃんでも厳しいでしょう」

 

「ああ、そうだろうな」

 

 姿が見えないミカ……彼女は想い出がほぼ底をついていた事、そして多大な損傷を負った事により今はS.O.N.G.に保護されていて不在である。

 

「……そういえばガリィちゃんは何処にいるのでしょう? 流石に来ていないという事は無いと思うのですけれど……」

 

「さぁな、どうせまた何処かで派手に悪巧みでもしているのだろう」

 

「……否定できないわね⦅遠い目⦆」

 

 ちなみにガリィも不在だったが普段の行いの所為で仲間にも心配されていない模様。

 

 自身のやらかしにより装者達に睨まれ、仲間にはこの無惨な信頼度……ガリィ君!ギャラルホルンで異世界に行ってやり直そう!⦅善意の提案⦆

 

 

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「天羽々斬の剣戟により、獅子機の足を止める事に成功! 続いて後方の三人が同時攻撃を展開!」

 

「イチイバルの攻撃、全弾命中! 続いてアガートラームの砲撃……これも命中しました!」

 

「まだです! 響さん!」

 

 S.O.N.G.司令室は、装者達の策が実った事に湧き上がっていた。

 

「響のギアが、ライオンの顔に……!」

 

「ああ、見事に突き刺さったな」

 

 弦十郎達は装者達三人の一斉攻撃、それが翼達三人により足を止められた獅子機に次々と命中して行く光景を見つめていた。

 装者達が限定解除した状態で放つ最大火力は凄まじく、響の拳が突き刺さった瞬間に獅子機の周囲では大爆発が起こったほどである。

 

「爆炎により状況、把握できません!」

 

「装者達の退避を確認! 全員無事のようです!」

 

「これなら、流石の獅子機でも……!」

 

 爆炎漂う中、状況の把握に努めるオペレーター達。後はキャロルの無事が確認されれば、大団円で終わる事が――

 

「――いや、まだだ」

 

 終わると思われた時、弦十郎の目は爆炎の中で輝く二つの何かを捉えていた。その何かとは……。

 

「嘘、でしょう……?」

 

「し、獅子機健在! それに……」

 

 

「獅子機の瞳が、青色に変化している……?」

 

 

 それは青色に輝く二つの瞳だった。そして爆炎が晴れ……先程の攻撃などまるで無かったかのように、無傷の獅子機が装者の前に姿を現した。

 

 

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「馬鹿な……無傷、だと……?」

 

「嘘だろ!? あたし達がつけた傷は何処に行ったんだよ!?」

 

「目の色が、変わってる? さっきまでは赤かったのに……」

 

「本当だ、青色になってる!」

 

 装者達の目の前には、無傷の獅子機が青色の瞳を輝かせ堂々と大地を踏みしめていた。

 

「確かに響の拳で獅子機は倒したはず……! それが、何故……?」

 

「……それは本人に答えてもらおう」

 

 翼の視線の先……変わらず装者達を見つめるキャロルの身体には多少の傷がついていたが、戦闘を継続するには問題は無さそうである。

 

 

「……勘違いしているようだから言っておくが、貴様等は確かに獅子機を撃破する事に成功した。 ただし……私が安全に運用できる程度の想い出で構築した獅子機を、な」

 

 

 翼の問いに対し、キャロルは何が起こったのかを説明する。そう、装者達は確かに獅子機の撃破に成功していた。しかし、そもそも獅子機とはキャロルのダウルダブラの弦と想い出により構築されるもの……つまり、キャロルの想い出とダウルダブラがある限り何度でも構築する事が可能なのだ。

 

「安全って、なんだよ……?」

 

「……想い出の消費量の関係で、私が獅子機の起動テストを行えたのは過去に数回程しか無い。故に万が一の事を考え、安全に運用できる程度の出力で構築していたのだが……まさか撃破されるとはな」

 

 今迄のキャロルは過去に数回しか起動していない獅子機を安全に運用する為、注ぎ込む想い出の量を調節していた。

 しかし装者達に敗北した後に構築し直した獅子機は、ガリィから渡された想い出を限界まで注ぎ込んで顕現したもの……つまり最早クソゲーすら超えた何かであった⦅白目⦆

 

「……つまり一度撃破された後、瞬時に構築し直したという事か。それも先程までより強力なものに……!」

 

「その通りだ風鳴翼、証拠に獅子機の瞳が青く染まっているだろう? くく……ガリィらしくもない澄み切った色だとは思わないか?」

 

 ガリィの想い出を大量に注ぎ込んだ結果、獅子機の瞳はそれまでの赤から青に変色していた。こんな時まで自己主張する所は流石ガリィ・トゥーマーンであるが、それの相手をさせられる装者達はたまったものではないだろう。

 

「ガリィの色、デスか……? ってそんな事よりどうするんデス!? せっかくトンデモを倒したのにもっとトンデモなのが出て来てしまったのデェェェェェス!!⦅悲鳴⦆」

 

「っ……もう一回、さっきみたいにやれば――」

 

「それだよ調ちゃん! もう一回、もう一回やろう!」

 

 この状況で装者が取れる手段は、先程と同じく最大火力をぶつける事……そう調が主張し、響がそれに賛成するのだが……。

 

 

「残念だけど、それを認めるわけには行かないわ。 調、貴方……無理をしているのが丸分かりよ、ほら」

 

 

 それを制止する声を上げた装者が一人……マリアであった。彼女が言葉を言い終わった後、調の腕を軽く掴むと……。

 

「マリア、何を――痛っ!」

 

 調の腕に走ったのは痛み……そう、先程の攻防で調の身体は限界を迎えつつあったのだ。ミカとの激戦を潜り抜け連戦を繰り広げている彼女の身体に蓄積したダメージは最早、限定解除により回復した気力だけでは補えなくなっていたのである。

 

 そして、それは調だけではなく……。

 

「貴方、もう限界なんでしょう? それに切歌やクリス、もちろん翼もね」

 

「っ……」

 

「マリア、お前……」

 

「はぁ!? あたしを見てどこが限界だって言うんだよ!」

 

「さっき着地した時に貴方、顔を顰めていたわよね? 足に痛みが走ったのが原因じゃないのかしら?」

 

「っ!? そ、それは……!」

 

 そう、調と同じくミカとの戦いで負傷した切歌、レイアとの戦闘で足を負傷したクリス、そして一時は倒れてしまうまでダメージを蓄積していた翼の身体も限界寸前だったのである。

 

「み、みんな大丈夫なの!? ごめんなさい私、みんなが無理していた事に全然気づけなくって……」

 

「いや、立花が謝るようなことは無い。それよりも立花……お前は平気なのか? 確か、キャロルと十五分以上戦い続けたのだろう?」

 

「はいっ、私は全然大丈夫です!」

 

「そ、そうか……⦅困惑⦆」

 

「ウッソだろお前!? どんな体力してればそうなるんだよ!?」

 

「流石は響さんデス!」

 

「うん、凄いね」

 

 なお、響はまだ元気が有り余っている模様。しかし六人中四人が限界を迎えつつある中では、いくら響一人が奮闘したとしても厳しいものがあるだろう。

 

「……とにかく! 貴方達四人はこれ以上は無理よ。ギアを解除して病院に直行しなさい」

 

「なっ……ここまで来て降参するって事かよ!? それじゃアイツの手を繋ぎたいって言ったこいつの願いはどうなるんだよ!?」

 

「ク、クリスちゃん!? む、無理はしないでよぉ……」

 

「うっさい馬鹿!ここまで来て引き下がれるか!」

 

「……私も雪音と同意見だ。 先程よりも格上の出現に、心躍らずにはいられないのでな(明らかな空元気だという事は自分でも分かっている……だが、この戦いは引き下がるわけにはいかないものなのだ……!)」

 

 離脱を進言するマリアに、翼とクリスが反発する。どうやら彼女達は言葉通りに倒れるまで戦い続ける事を決意しているようだ。

 

「……貴方達がそこまで言うのであれば、ここから先は私と響の二人で戦う。……どちらにせよ、この会話を聞いている本部からすぐに連絡が来るわ」

 

「っ!? マリア、通信機を……!」

 

「卑怯だとは思ったのだけれど、貴方達を止められるのは司令だけだもの。ごめんなさいね」

 

「それじゃ駄目だよマリア……! 六人の力を合わせないと勝てないのに、今私達が離脱するわけには……!」

 

「お、落ち着いて皆! ケンカは、ケンカは駄目だよぉー!」

 

 戦場のど真ん中で揉めに揉めている装者達であるが、その騒ぎは中々収まりそうにない。なお、それの光景を見ているキャロルはと言うと……。

 

 

「……終わりか (奇跡を起こし、獅子機の破壊までも成し遂げるとは……大したものだな、シンフォギア装者というのは)」

 

 

 キャロルは既に勝利を確信し、空中から悠々と装者達を見下ろしていた。仮に装者達が再び獅子機に向かってきたとしても、先程以上の火力を出せる可能性は無いだろう。つまりこの戦いは、どう転んでもキャロルの勝利に終わるという事である。

 

「翼! 貴方だって無理しているのが丸分かりなんだから!」

 

「な、何をするマリア!? いっ、痛い痛い痛い痛い!!!」

 

「ほら痛いんでしょこの馬鹿!心配させんな!」

 

「関節を極められたら誰でも痛いに決まってるのデス……⦅遠い目⦆」

 

「マリア、追い込まれるといつもあんな風だから……⦅遠い目⦆」

 

 

 

「フフ、仲が良いな貴様等は……だが、遊ぶのは後にして早く治療に向かうといい」

 

 翼に関節技を掛け始めたマリアを見て、キャロルはもう完全に戦闘が終了したと確信し微笑みを浮かべていた。

 

「遊んでいるのでは無い! これは私の意地と、マリアの意地との戦い――痛い痛い痛い!」

 

「まだ言うかこのっ! 早くギブアップして病院に行きなさいよ馬鹿!」

 

「ま、負けるものか……! 御父様の娘であり、苦難を切り開く剣である私がこんな事で――痛い痛い痛い!」

 

「マリアさんやめて! 翼さんをイジめないでぇー!!」

 

 ……これはもう完全に戦闘が終了したと言っても過言ではない状況である。そして…。

 

 

『お前達、聞こえるか?』

 

 

 本部からの通信音声が全員の耳に届く。きっと、この戦いを終らせる事を決断したのだろう。

 

「随分と遅かったじゃない! 早くこの馬鹿娘達に病院に行けって言いなさいよ!」

 

「くっ、卑怯だぞマリア! 叔父様、私はまだ戦えます!」

 

 マリアに関節技を極められながらも諦めない翼。それに対する弦十郎の答えは……。

 

 

『却下だ、翼。 お前の身体は既に限界をとうに超えている。故にこれ以上の戦闘参加を認めるわけにはいかん』

 

 

「そ、そんな……」

 

 本部からの指令は、翼にとって無慈悲なものだった。ショックを受けた翼がこの世の終わりのような表情を浮かべているのを見れば、それが如何にショックだったのかが分かるだろう⦅悲しみ⦆

 

「もちろん他の三人も、よね?」

 

『ああ、負傷している他の三人についてもこれ以上の戦闘参加は認められない。お前達は十分に戦った、だからこれ以上無理はするな』

 

「……無念」

 

「くやしいデスけど、何も言い返せないのデス……」

 

「……っざけんな! あと少し、あと一歩なんだ!おっさん……頼むよ……!」

 

『すまない、クリス君』

 

「っ!――なんだよ、それ……」

 

 そして翼が駄目な以上は他の三人も同様であり、これで戦闘可能な装者は残り二名となったのである。

 

「……で、ここからはどうするの? 私と響は戦えるけど、限定解除しているとはいえ二人じゃ絶望的なのは貴方も分かっていると思うけど」

 

『ああ、そうだな。 マリア君も疲労が蓄積しているだろう、戦闘行動を中止してくれ』

 

「それが賢明ね。ありがとう(ここまで、か……。あの一斉攻撃で決められなかった以上、仕方ないわよね)」

 

 残った二名の装者の内、マリアにもどうやら戦闘中止命令が下ったようである。そして……。

 

『そして……響君』

 

「……はい、師匠」

 

 この時点で響は、次に何を言われるのかを分かっていた。次に弦十郎の口から出る言葉は、確実に戦闘の終了を告げるものだろう、と。

 

 

 

 しかし……。

 

 

 

 

『残るは君一人だが……たった一人であの獅子に立ち向かう気力は残っているか?』

 

 

 

 

「キャロルちゃんの手を繋げなかったのは悔しいですけど、みんなの身体も大事だか―――――――――えっ?」

 

 

 

 その言葉の内容を理解した瞬間、響の頭の中は真っ白になった。

 

 

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≪あれ、もしかして終わっちゃった?≫

 

(ソッスネ)

(二体目の獅子機が出て来たからね、仕方ないね⦅諦め⦆)

(こんなクソゲーにここまで付き合ってくれてありがとう、装者の皆……⦅感謝⦆)

 

 ガリィ・トゥーマーンは静かになった戦場の空気を察していた。

 

≪いやいやもう少しで勝てるでしょうが! 実際に獅子機を一回は壊せたんだしもう一回やりなさいよ!≫

 

(その獅子機を壊したら終わりっていう保障はあるんですか……?⦅震え声⦆)

(なんか目も青くなってるし……パワーアップしてるとかじゃないよね?)

(それは流石に考えすぎだと思うよ)

 

 満身創痍の装者達に対し、脳内とはいえ戦闘継続を要求する姿はまさに畜生のそれであった⦅呆れ⦆ というか自分の所為で完全体獅子機が出て来たというのに……知らないとは幸せである。

 

≪はぁ……装者達が負けちゃったらどうしようかしら。 ……シャトーでずーっと暮らすのも悪くないわね、もちろんマスターと仲睦まじく♪≫

 

(おい、おい……!⦅憤怒⦆)

(あのさぁ……⦅呆れ⦆)

(やだこの子、やっぱり頭おかしい……⦅今更⦆)

 

 諸悪の根源が自分の悪行である事も忘れ、暢気に将来設計を考えるガリィ。しかし彼女がいつも通りトチ狂っている間に、戦場ではとんでもない事態が起きようとしていた。

 

 

≪――あの子達、何やってんの?≫

 

 

 それに気付いたガリィの表情が驚愕に染まるまで、あと僅か……。

 

 

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「戦闘を終了する」

 

 通信機から流れる音声を聞いた後、弦十郎が出した結論は降伏だった。既に四名の装者が満身創痍の状態であるため、彼女達の安全を考えれば当然の判断だろう。

 

「……装者六人の力を合わせる事が不可能な以上、仕方ありません。 響さんとマリアさんには申し訳ありませんが……」

 

「装者六人の、力……?」

 

 それに対し納得した表情を浮かべるエルフナイン。しかしその側に立つ未来は、何かを考え込んでいるような表情であった。

 

「未来さん? どうかしましたか?」

 

「えっと……皆の力を一つに、だよね? もしかしたら、響のシンフォギアならできるのかなって」

 

「響さんのシンフォギア、ですか?」

 

「? どういう事だ、未来君」

 

 どうやら未来は何かを思い付いたようだ。それが何となく気になったのか、弦十郎も未来の言葉に耳を傾ける。しかし…。

 

「あっ、ただ思い付いただけでその……奇跡みたいな話ですから気にしないでください!」

 

 未来の思い付いた事は、どうやら奇跡が起こらなければいけないような話らしいのだが……。

 

「未来さん、話してください!」

 

「俺達は今日、『奇跡』を目の前で見たはずだ。ならばあと一つくらい奇跡が起こっても不思議ではないだろう」

 

「えっ、えぇ!? 二人とも、笑わないでくださいね……?」

 

 今日に限り、その言葉は彼等にとって身近なものだったのだ。そして、二人の勢いに押された未来は顔を引き攣らせながら思い付いた事を話し始めたのだった。

 

 

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「は、はい……私はまだ戦えますけど、でも……」

 

『そうか。君に頼みたい……いや、君にしかできない作戦が――』

 

 弦十郎の言葉に困惑しつつも、戦闘継続は可能だと返事をする響。だが……。

 

「なっ、何を考えているのよ!? 響一人だけで戦うなんて自殺と変わらないじゃないの!!!」

 

「叔父様……理由次第では、私達は命令に反してでも立花と共に戦います」

 

「おっさん、流石にそれだけは駄目だろ……⦅ジト目⦆」

 

「こ、これはパワハラデス! 調!今すぐ労働組合に連絡するデスよ!」

 

「……任せて、切ちゃん」

 

 それを聞いていた回りは大ブーイングである。まぁ確かにブーイングされても仕方がない命令なのだが……。

 

『話は最後まで聞け! これは俺やエルフナイン君ではなく、未来君が考えた作戦だ』

 

「っ!? 未来が、ですか?」

 

『ああ、だからとりあえず話を聞いてみてほしい――未来君、頼む』

 

 どうやらそれは未来が考えた作戦らしいのだが……響一人だけが戦う作戦とは、一体どういったものなのだろうか?

 

『響、聞こえる?』

 

「うっ、うん! 聞こえるよ!」

 

『皆さんも、聞こえますか?』

 

「あっ、ああ……全員、問題無く聞こえている」

 

「未来が、響を一人で戦わせる作戦を考えたですって……?」

 

 響を一人で戦わせる作戦を考えたのが未来だという事に驚愕する装者達。しかし未来が何の動揺もしていない事から、どうやらそれは事実のようだ。

 

『えっと、作戦を伝える前に響に聞きたいんだけど……キャロルちゃんの事、どうしても諦められない、かな? 響の嘘偽りない気持ちを、私に聞かせて』

 

「っ……私、は――」

 

『私が思い付いた事は成功するかも分からない上に、響が危険に晒されるかも知れないものなの。だから響に戦ってほしくない、それが私の正直な気持ち』

 

「未来……」

 

『だけど、それでも響があの子を……キャロルちゃんの手を取りたいなら、私は響の力になりたい。不安で悲しくて辛いけど、響を…皆を背中から支えるってあの時に決めたから』

 

 まるで響の意思の強さを試すかのような未来の言葉……そして――

 

 

 

「うん、私はキャロルちゃんと手を繋いで友達になりたい。 だからお願い……未来、私に力を貸して!!!」

 

 

 

『……うん、分かった』

 

 響の諦めかけていた心に陽だまりの光が届き、彼女の心は再び光を取り戻した。

 

 

「……そうは言うけど貴方、たった一人でこの状況を覆す事なんて本当にできるの?」

 

『マリアさん、さっき皆の力を合わせてあのライオンを倒していましたよね?』

 

「……? そうだけど……今戦えるのは響と私だけなの、だから六人で力を合わせるのは不可能よ」

 

 未来の考えた作戦……それは皆の力を合わせる事なのだろうか? しかしそれは不可能なはずだが……。

 

『……いえ、違います。 合わせるのは皆の力じゃありません』

 

「力じゃ無い……? それじゃあ、何を合わせるって言うの?」

 

 未来の言いたい事が全く分からないマリアは表情に疑問を浮かべ、未来に問う。果たして、未来が装者達に合わせてもらいたいものとは……。

 

 

 

 

 

 

『私が皆に合わせてもらいたいのは皆の想い……つまりシンフォギアそのものです!』

 

 

 

 

 

 

 未来が思い付いた作戦……それは装者の想いと歌の結晶であるシンフォギア、それを一つに束ねる事であった。

 

 

 

 

 ……この未来の思い付きが、これより後に起こる奇跡のバーゲンセールを引き起こす原因になるとはこの時は誰も……そう、誰も気付いてはいなかったのである。

 

 

 奇跡の洪水がキャロルと獅子機を襲うまで、あと僅か……。

 

 





揉めている間も空気を読んで静かに待ってくれるキャロルちゃん。

残り二話か三話で本編は終わると思います⦅予定⦆

次回も読んで頂ければ嬉しいです。



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