第百十五話です。
「何ぼさっとしてやがるマリアっ!!とっととその雑魚共を連れて行きやがれ!!!」
【ちょっと!! いきなり何やってるのよ!?】
(ガリィちゃんがマジモードって事は……マジでヤバいって事だよっ!!)
(総員に告ぐ、緊急事態につき戦闘態勢を取れ! 繰り返す、クソ真面目に戦闘態勢を取れ!!)
パヴァリア光明結社に所属する三人の女錬金術師……彼女達に発見された瞬間、誰よりも早く行動を起こしたのはガリィ・トゥーマーンだった。
ガリィは仲間達が逃げる時間を稼ぐため、即座に女錬金術師の周囲を氷結させ視界を塞ぐ。しかしその予想外の行動に驚いたのは敵だけでなく、味方であるマリアもだった。
「何言ってるのよガリィ! 足止めは私が引き受けるって決ま――」
「アタシはそんな約束してない! いいから黙って早く行きやがれ!!今のお前じゃ足止めにすらならねーんだよ!」
「そっ、それならせめて私も一緒に――」
「ここにいるのがあいつら三人だけとは限らないだろうが! だからお前はさっさとそこの足手纏い共を逃がして増援を連れて来い!!」
「だっ、だけど――」
「チッ――あおいっ!この馬鹿を連れていけ、早くっ!!」
(早く行ってくれないとガリィちゃんが本気で戦えないんだよぉ!!)
(イグナイト無しのマリアさんよりはガリィちゃんの方が生き残れる可能性が高いから!適材適所だから!)
突然のガリィの行動に戸惑いを隠せず、行動に移せないマリア。
そんなマリアの様子を見たガリィは、他に動けそうな人間を探し……友里あおいに託すことに決めたようだ。
「っ!?――っ! マリアさん、藤尭君!行くわよっ!!」
「ちょっと!? ガリィ!絶対死ぬんじゃないわよ!ここでサヨナラなんて私は絶対許さないんだからね!!」
「ガ、ガリィ……ご、ごめん!俺の、俺の所為だ……!」
「お前もか藤尭っ! クソがッ!どいつもこいつも甘えた事ばかり抜かしやがって!!」
(よし、この三人は殺そう。じゃないとこっちが殺られるし⦅意識の切り替え⦆)
(問題は時間稼ぎをどうするか、だね⦅抑制の無い声⦆)
【っ!? 突然どうしたの貴方達!?】
国連から派遣された調査班のメンバーが撤退するのに続き、あおいに手を引かれ撤退を始めるマリアと藤尭。
しかし二人はガリィの方を、特に結果的に原因を作ってしまった藤尭は泣きそうな表情で見つめるのだった。
「ちっ、仕方ないわね……!――藤尭ぁ!! お前は
「っ!?――あ、ああっ! 絶対だぞ、約束だからなっ!!」
(現時点で動きを見せていないという事は、それほど戦闘への意識は高くないのかもしれませんね)
(あの人形を守るために離れられないんじゃない? つまり、彼女達の生命線である可能性が高いあの人形を狙えば……)
(いや待って、それは逆効果になる可能性もあるから危険かも。 それよりも両手を上げて降参するフリをして――)
【えぇ……⦅困惑⦆】
見るからに動揺していた藤尭もなんとか持ち直し、調査班は撤退を地下からの完了する。
そして、残ったのはガリィとパヴァリア光明結社に所属する錬金術師三人……氷の壁の向こう側で何故か全く動きを見せていない敵だけとなった。
「こんな子供騙しの小細工で、私達をどうにかできると思っていたなら……」
「ムカつくからすぐに壊しちゃってたけど♪」
「そう考えているわけでは無い、か」
しかし仲間達の撤退が完了した瞬間……氷の壁は全て消滅し、その先には……三人の女錬金術師の姿があった。
「あら、待ってくれるなんて優しいのね貴方達♪ もしかしてだけど、このままガリィの事も見逃してくれたりするのかしら☆ (こいつらにどれだけ効果があるか分からないけど、やるしかないわね……仕込みを始めましょう)」
「ふふっ、ショボい術式の割に度胸は据わっているというワケダ」
「ねぇ、どうするサンジェルマン? やっぱり人形に言っても意味無いのかしらね~?」
「……命令に従うだけの人形とはいえ、先程の動きを見てもこの人形は中々の知性と行動力を持っている。伝えてみる価値はあるかもしれない」
(よしよし、よーし! なんだか分からないけど、その調子で油断しててくれ!)
(あんた達はそのショボい術式で、散々苦しんだ後に死ぬんだよぉ!!⦅ゲス顔⦆)
【これしか方法が無いとはいえ、キツいにも程があるわね……!】
何故かガリィを排除しようとせず、錬金術師の三人は何かを話し合っているようだ。
その千載一遇の好機にガリィはすかさず殺傷力の高い術式の展開を開始し、空気中の水分を人体に有害なものへと変貌させていく。
後はこの術式を展開している事を錬金術師に見破られないように立ち回りながら時間を稼ぐだけなのだが……困難な事に代わりは無く、ガリィにとっては変わらず正念場が続くのだった。
「ちょっと、アタシを無視しないでほしいんだけど。意味無いだの伝えてみるだの、一体何の話をしてるのよ?」
「あぁ、ゴメンゴメン♪ そうね~……簡単に言うと、あーし達は貴方の味方って事かしらね♪」
「……はぁ? どういう意味よ、それ?」
≪何言ってんだコイツら⦅真顔⦆≫
(え、何? もしかしてガリィちゃんを戦力として引き抜きたいの?)
(つまり想い出無限タンクがバレてるって事!?)
しかし、何故かその後も錬金術師の三人はガリィに攻撃する事は無く、それどころか意味不明な言葉をガリィへと投げ掛けていた。
これにはガリィ内部に存在する自慢の考察班も困惑し、何がなんだか分からない状況である。
「貴方の主であるキャロル・マールス・ディーンハイム。彼女が現在置かれている状況を、我々は正確に把握しているという事だ」
「マスターの置かれている状況、ですって……?」
「そう……哀れな主を救い出す手伝いを我々がしてやる、と言っているワケダ」
≪哀れな主……いやいや、確かにガリィのマスターは数百年も勘違いしてたお馬鹿さんなんだけど……他人に言われるとなんかムカつくわねぇ⦅半ギレ⦆≫
(いえ、それは多分違いますガリィさ――ちゃん……この人達は何か、致命的な勘違いをしているのではないでしょうか?)
(致命的な勘違いって、例えばどんな?)
(それは情報が足りないのでまだ分かりませんが……ガリィちゃん、情報をどうにか引き出せませんか?)
≪あーはいはい、他に方法も無さそうだし分かったわよ。ガリィにお任せですっ☆≫
哀れな主って何だよ――とガリィは内心不機嫌になるのだが軍師の推測により怒りを治め、情報を引き出す方向に動き出した。
その結果……。
「……アンタ達に何が――アタシ達の何が分かるって言うのよ!?⦅迫真の演技⦆」
そこには……必死の形相を浮かべながら適当な事を叫び散らす人形の姿があった。
ちなみにその様子はとても演技には思えず、まるでこちらの姿が本来のガリィ・トゥーマーンだと錯覚させるような説得力が満ちていた事を補足しておく。
「ビンゴッ♪ 流石はサンジェルマンね♪」
「相変わらず冷静で、その上的確な判断を下す女なワケダ」
「そちらが本来の姿、か……先程は何かを言い争っていたようだけど、この様子だと足止めを押し付けられていたのでしょうね」
そして当然、元々大きな勘違いをしている彼女達は見事に引っ掛かってしまう。この時点で彼女達の中ではキャロルに自動人形四体、そしてチフォージュ・シャトーという巨大戦力に手が届いたと思っているが、それは勿論ガリィによって作られた幻である⦅悲しみ⦆
「勝手に話を進めないでって言ってるでしょう!! 哀れなマスターを救い出す、ですって……貴方達にそんな事、できるわけがない……信じられない!!」
≪というかそもそも、こいつらが何を言ってるのかすら分からないのよねぇ……⦅遠い目⦆≫
(この人達、自分達だけで盛り上がってるからねぇ)
(何がビンゴ♪なんだよ⦅真顔⦆)
【自分達だけ置いてきぼりで話を進められるのって、何だか気持ち悪いわよねぇ……】
どうにか情報を引き出そうとするガリィだが、錬金術師達は内輪で盛り上がっているためこちらに情報が落ちて来ないというフラストレーションが溜まり続ける状況である。
そんな状況に対し『もうこのまま話を引き延ばして、コイツらを殺すのが一番早いわね……』ガリィがそう思い始めた時……。
ガリィ一行にとって最悪の事態は起こった。
「成程、信じられない、か……確かに、私達を容赦無く殺しに掛かる程度には信じてもらえていないようね」
「っ!?――アンタ、まさか気付いて!?」
横に並ぶ彼女達三人の中央に立つ、サンジェルマンと呼ばれていた錬金術師……彼女が言葉を呟き手を掲げた瞬間、熱風が周囲を包んだのである。
そう、ガリィが密かに術式を展開していた事は彼女にだけは既にお見通しだったのだ。
「ちょっ、熱いじゃないサンジェルマン! いきなりどうしたって言うのよ~!?」
「この子が悪さをしていたのよ。まあ私達相手ではそもそも意味は無かったでしょうけど、念の為にね」
「……弱いからこそ頭は回る、というワケダね」
「クソがっ……!(意味が無いって事はコイツら、マスターと同じで身体を弄ってやがる……!)」
(あああああああっ!!!⦅発狂⦆)
(ま、まだです! 既に時間はかなり稼ぎました!どうにかここを切り抜けて脱出しましょう!)
【とにかくまずは、外に脱出しないとどうしようもないわね……】
これまで稼いだ時間が無駄になった事に激しく動揺する声達。
これでガリィが生き残るには錬金術師を撃破するか脱出する事のみ……となれば当然、ガリィは脱出を選ぶことになるのだが……。
「この人形、どうやら深刻な人間不信に陥っているワケダ」
「まっ、そうなっても仕方無い部分はあるわよねぇ……で、どうするの?」
「捕縛……いえ、保護しましょう。 主が表に出て来ない以上、まずは人形達を抑える」
当然、それを彼女達が簡単に許してくれるはずもないのが現実である。
このまま抵抗しても駄目、逃げるのも困難……では、ガリィに取れる手段はというと……。
「……」
≪はぁ……マリア達ももう外に出てる頃でしょうし、最後の最後の手段……アレをやりましょうか≫
(あー、アレかぁ……)
(捕まるくらいなら仕方ないよねぇ)
【確かに、マリアちゃん達がいなくなった今なら使えるわね。危険な事には変わりないけど】
ガリィが使いたくない最後の手段……それは彼女が本来出せないはずの超威力を生み出せる夢のような技である。
しかし、ガリィの不機嫌な声が示すようにその技はリスクだらけの、言ってみればミカが切歌達との戦いで使用した自爆技に近いものだった。
「そんなに意気消沈しちゃって、さっきまでの威勢はどうしたのかしら♪」
「切り札が駄目になって、潔く諦めたというワケダね」
「それはこちらにとっても有り難い。大人しく同行してくれるのなら、私達も手荒な事は――」
これまで騒いでいたガリィが黙り込んだ姿を見て、錬金術師達は抵抗の意思が無くなったと判断する。
しかしこの時、ガリィは既に行動を起こしていた。そして、その準備が整った事を示すかのように異変は突然起こり始めた。
ピシッ……
「フフ、フフフ……アハッ、アハハ……♪」
「「っ……?」」
「っ!」
ガリィが狂ったように笑い始めた途端、左手に突然亀裂が走り、それが徐々に大きくなっていく。そしてあっという間に亀裂が左肩まで広がり切った瞬間――
「
ガリィは自身の左肩から下を、自身の手で躊躇無く切り落とした。
「「「っ!!!」」」
その理解不能な行動に錬金術師が驚愕する中、ガリィの左腕は地面へと落下し……。
「白銀の世界へようこそ、なんてね♪」
(想い出爆弾だ! 食らいやがれ!!)
(キャロルちゃんを助けた時のが自爆技に変貌するとは、たまげたなぁ⦅白目⦆)
左腕が強烈な光を放った瞬間、オペラハウスは白色だけが支配する世界へと変貌した。
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「クソが……歩き辛いったらありゃしないわね……」
(あいつらは!? た、倒せたんだよね!?)
【……そうだと、いいわね】
(ああもう! とにかく一歩でも遠くへ逃げないと!)
白に包まれたオペラハウスから外へと現れた一人の少女……左の肩から指先までを全て失い、ぎこちない動きで歩み続ける彼女の目的はそう、この場所から一歩でも遠くへと離れる事だった。
「アハハ……三流錬金術師の分際で、アタシを舐めてるからこうなるのよ……」
(ガリィちゃん!?)
(駄目だ、関節まで凍り付いててダメージが……)
【本来なら至近距離で撃っていい技じゃないもの……こうなるのは当然、か】
しかしガリィ自身が至近距離で放った技により、彼女の身体のほとんどは凍り付いてしまっていた。それでもここまで辿り着いたのは、絶対にキャロルの下に帰り着くという彼女の執念に他ならない。
だがそれもここまで……遂にガリィに限界が訪れ、彼女は地面へと倒れ伏してしまう。
「喚くんじゃないわよ鬱陶しいわね……アタシはまだ、諦めてなんかいないんだから……!」
しかしそれでも、唯一動く右腕だけで這うように動き続けるガリィ。しかしその速度は正に亀のようなものであり、彼女を待つ運命は変わらず絶望のまま――
「ガリィっ!! こっちよ二人共、早く来て!」
「っ!? お、おいっ、大丈夫か!? 大丈夫、なんだよな!?」
「落ち着いて二人共! とにかくガリィちゃんを車に乗せないと!」
(っ!? な、なんでまだここにいるのさ!?)
(まさか、ガリィちゃんが出て来るのを待って……?)
(ユウジョウ!)
しかし、クソったれな運命はまたしてもガリィに敗北する事となる。
その原因を作ったのは……『絆』 彼女がこれまで築いて来た、仲間達との絆であった。
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「ざーんねん、逃げられちゃったみたいね。 でも宝物が無事だったのは不幸中の幸い、ってところかしら♪」
「ええ。巻き込まれたのはどうでもいい物のみ、何も問題は無いわ」
「それにしてもあの人形……雑魚の割にはとんだ隠し玉を持っていたワケダ」
ガリィと仲間達が合流を果たしていた頃……三人の敵錬金術師は被害状況の確認、特に宝物の無事を念入りに確認していた。
「ビックリしたわよねぇ。 で、あーしとしてはやられっぱなしなのがちょーっと嫌なんだけど、二人はどうなの♪」
「どうでもいいし、あんな雑魚に興味は無いワケダが」
「もぉ~、相変わらずプレラーティはノリが悪いんだからぁ♪ サンジェルマンはどう? あの子、お仲間達と一緒に逃げ出しちゃったみたいだけど♪」
「……そうね、彼等には少し実験に付き合ってもらいましょう。 プレラーティには念のため、人形の守りを任せるわ」
「了解したワケダ」
どうやら彼女達の内一人はここに残り、他の二人は追撃を行う事に決まったようだ。
ちなみにサンジェルマンの目的は追撃そのものでは無いようだが……その答えは、とある術式の起動実験を行う事であった。
「生贄から抽出されたエネルギーに、荒魂の概念を付与する……」
「す・る・と♪ わーお、なんと無敵の怪物が誕生、なんて♪ なんだか興奮しちゃうわね♪」
「連中には気の毒だが、ここで確実に消えてもらうというワケダね」
サンジェルマンが南米の神性「ヨナルデパズトーリ」の像から概念を付与する事によって顕現した超巨大な怪物。
そしてオペラハウスの天井を軽々と突き破り顕現した怪物は間も無く、逃げ出した敵に止めを刺すべく行動を開始する。
「さてさて♪ 鬼ごっこの始まりよ、S.O.N.G.の皆さん♪」
その後に続くのは二人の錬金術師。
無敵の怪物が間も無く、逃走劇を繰り広げるS.O.N.G.の面々へと襲い掛かろうとしていた。
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「アンタ達、どうして……?」
無敵の怪物が顕現する数分前……ガリィは仲間達との合流を果たしたものの、同時に戸惑いを隠せないでいた。何故仲間達がまだここに残っているのか、それがガリィには理解できなかったのである。
「本部への報告は他に任せて俺達は残ったんだよ。 ガリィが出て来た時、車が無いと逃げ切れないだろ?」
藤尭は本部への増援要請を済ますと、情報を全て他の仲間に託しここでガリィを待つ事を選んだ。
「……バカなのアンタ、アタシが転移結晶を持っているって知っているでしょ?」
「転移は封じられる可能性があるって、キャロルが言っていたでしょう? だから待っていたの、貴方の帰りを皆が願って……そして信じていたから」
マリアは再突入する事を何度も考えたが結局はガリィの言葉に従い、焦る気持ちを必死で抑えながら増援の到着を待っていた。
「……ふん、アタシがあんな連中に負けるわけないでしょ……全く、皆して余計な心配してくれてんじゃないわよ」
「そうね、本当に流石としか言いようがないわ……帰ってきてくれて、本当によかった」
友里はただ静かにオペラハウスを見つめ続け、ガリィの帰りを待ち続けていた。
「全く三人揃って馬鹿よ馬鹿、お・お・ば・か!! そんなおバカさん達にはキツーいお説教……と言いたい所だけど早くここを離れないとね――十中八九生きてるわよ、あいつら」
「それ、本当なのか……!? 建物ごと氷漬けにしても駄目とか、理不尽すぎるだろ!」
「早くガリィを車に! ここを離れましょう!」
【あのサンジェルマンとかいう錬金術師、三人の中でも別格ね。彼女、この子が左腕を落とした時には、人形を守ろうと動き始めていたわよ】
(リーダー格っぽかったし、実力も一番というワケダ)
(あの黒髪で眼鏡の子の口癖、特徴的だったねぇ)
このようにガリィとの再会を喜ぶマリア達だが、そうも言っていられない事情があった。
そう、実はガリィは見ていたのだ。サンンジェルマンと呼ばれた錬金術師が、左腕が発光した瞬間に動き始めていたところを……。
「ガリィの積み込み、完了したわ!出していいわよ!」
「了解! 飛ばすからしっかり捕まっていてね!!」
「今日はもう疲れちゃったから後はアンタ達に任せていいわよね☆ あー働いた働いたっと♪」
仲間達の手で車に乗せてもらい、今日の仕事は終わったとばかりに目を瞑るガリィ。
こうして車は無事に発進する事はできたのだが……無慈悲にも、追撃の手はすぐそこに迫っていた。
「頼むから追い掛けて来ないでくれ――ってなんだよあれぇぇぇっ!?」
出発してから数分と経たない内に、助手席から後方を監視していた藤尭が見てしまったもの……それはこちらとの距離を凄まじい速度で詰めて来る……超巨大なナニカ、だった。
「何よあれ……蛇? いえ、それとも龍……?」
「本部、聞こえますか!? 現在ガリィが損傷し戦闘不能状態の上、更に巨大な化け物に追撃を受けています!」
『増援が間も無く到着するはずだ、それまでなんとか持ち堪えろ!』
緊急事態に次ぐ緊急事態、しかも絶望的な状況に襲われるS.O.N.G.の面々だが、唯一の希望は増援が到着間近という事である。
しかし相手は手練れの錬金術師三人に超巨大な化け物が加わり、仮にレイアとファラが加わっても変わらず戦闘要員の数で負けているのだ。
「あのさぁ……レイアちゃんとファラちゃんだけじゃ、ぶっちゃけ厳しいと思うわよ?」
『そうか……響君達も既にそちらに向かわせているが、到着にはもう少し時間が掛かりそうだ』
「あ、そう。それじゃ後は~、本日全く働いてないマリアおねーさんに~、頑張ってもらうとしましょうか♪⦅満面の笑み⦆」
「ええっ!?――ああもう!分かったわよやってやるわよ!貴方にばかり良い恰好させてられないものね!⦅やけくそ⦆」
つまり勝負は、装者達の到着までの時間を稼げるかにかかっているという事。
もしも装者達が到着すればこちらの戦闘可能人数は八人となり、優勢を取れる見込みが大きいと考えるのは当然だろう。
「もっと速度出して! 追いつかれる!追いつかれるから!!」
「無茶言わないで!これでも精一杯飛ばしてるんだから!」
「っ!まずい!?」
「っ!? ああもう次から次へと鬱陶しいわね! マリア、アタシはいいから前の二人を――」
しかし、追撃の手が及ぶ瞬間は彼等の想定よりも遥かに早かった。巨大な化け物は既にS.O.N.G.の面々が乗る車両を射程に収め、無数の牙が生えた大口で襲い掛か――
「っ!?」
ると思われた瞬間……怪物の身体を無数のナニカが貫き、その巨大な身体を無惨にも穴だらけにした。
「っ! はぁ、おっそいのよ全くもう……間一髪の登場なんてドラマじゃないんだから、本当にやめてほしんだけど?」
(来た!オートスコアラー来た!これで勝つる!)
(心臓が止まるかと思ったゾ⦅真顔⦆)
(そうだよ⦅便乗⦆)
その攻撃方法に嫌と言うほど見覚えがあったガリィは、笑顔を浮かべながら一つ悪態を吐いた。
その視線の先には、そう……。
「レイア・ダラーヒム……友の窮地に、派手に参上」
「同じくファラ・スユーフ、遅ればせながら到着致しました。これより敵戦力の排除を開始します」
レイア・ダラーヒムとファラ・スユーフ。頼りになる増援がまず二人、劣勢を強いられる仲間の下へと駆け付けたのだった。
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「お前、弱いけどカッコ良いゾ! そういう人間はスゴイって、マスターも言ってたからナ!」
「あっ、うん……!お前も、助けてくれてありがとな!――ってそうじゃなくて足!大丈夫なのか!?」
「大丈夫だけどちょっと歩きにくいゾ! ニシシッ!」
一方、こちらは軍人達によって占拠された村の奪還を完了した響達。彼女達は現在、軍人達を縄で拘束しつつ大人達の到着を待っていた。
なお、片足を失ったミカは待機組である……まあミカは元々細かい作業が不得手なため、どちらにせよこうなっていただろう。
「ステファンッ!!」
「わわっ、どうしたんだよいきなり!?」
「何言ってるのよもう! 貴方はいつもいつも、無茶ばっかりして!!」
「??? コイツ誰ダ??」
「俺のねーちゃんだよ、妙に心配性な所があって過保護気味なんだ」
そういう事で暇を持て余すミカは自身が庇った少年……ステファンと会話を交わしていたのだがその最中に突然、彼は一人の女性に抱きしめられてしまう。
どうやらその女性は彼の姉のようで、弟を心配していたらしい。
「おいおい、勝手に動くなって言ってるだろーが! まだ連中の残党がいないとは限らないんだから、な……」
「ご、ごめんなさい……家族が危険な目に遭っていたのでつい――――貴方……嘘……!」
一カ所に集まった村人の輪から外れた女性に対し、注意を呼びかけるクリスと謝罪する女性。
しかし、二人がその顔を見合わせた瞬間……彼女達の表情は凍り付くのであった。
「――――――ソー、ニャ……?」
何故なら、クリスの目の前に立つ女性の名はソーニャ・ヴィレーナ……クリスの両親の死亡現場に居合わせた旧知の女性だったのだから。
「勝手に飛び出したりなんかして、何をやっているんですか貴方は……! 『首謀者が逃げたので追撃に向かいます!』だけじゃこっちは何も分からないじゃないですか!」
「も、申し訳ありません……! 気持ちがはやってしまい、つい……」
『気持ちは分かるが説教は後にしてやれ、緒川。 それよりも今は、軍人達の拘束と村の安全確保を頼む』
「……そうですね、了解しました。 軍人達の移送人員の方はどうなっていますか?」
『既にプラントに到着している。間も無く、そちらにも到着するはずだ』
ちなみにその頃、翼は慌てて駆け付けたNINJA緒川の説教を受けていた。
どうやら慌てていた翼は、報連相の全てをすっ飛ばして村へと向かってしまっていたらしい。
この失策には流石に、普段は温厚なNINJAも激怒不可避である。
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「えっと、その、なんだ……無事、だったんだな」
「えっ、ええ……捕まりかけたんだけど、たまたま他の組織が介入して来てね。ドサクサに紛れて逃げ出せたのよ」
「そ、そうか……」
「その、クリスの方は……?」
「あっ、あたしか!? あたしは、その……捕まって六年くらい、ここにいたかな? その後は巡り巡って、今はここで働いてるって感じだな」
「六年も……ごめんなさい、辛い事を聞いてしまって……」
「ちょっ、勘違いすんなよ!? 日本人は金になるからって、変な事は一切されてないんだからな!」
「そ、そうなの……よかった」
およそ十年ぶりに再会したクリスとソーニャ……周りが空気を読んで二人きりにされた彼女達は、ぎこちない会話を交わしていた。
「……弟を、村を助けてくれてありがとう」
「いや村の連中はともかく、お前の弟を助けたのはあたしじゃなくてあいつだっての。 (そうだ……もしもミカがいなかったら、あいつはあのままアルカノイズに足を絡め取られてた。 そうなっていたらあたしは、あたしは……)」
もしもミカがこの場にいなければ……クリスはそんなもしもの世界を想像する。
そしてクリスの脳裏には一つの悲しい光景……自身が手にしたシンフォギアでステファンの足を貫く光景が、何故か鮮明に浮かび上がっていた。
「あの小さな子、本当にすごいのね。まるで一瞬で移動したように見えたわ」
「ああ、本当にすごい奴だよあいつは……ミカの奴がいなかったらあたしは多分、お前の弟の足を撃つ事になってたと、思う……」
「っ!? ステファンの、足を……?」
「ノイズに触られた人間はな、その部分から分解されて……最後にはこの世から消えちまうんだ。 だからそれを防ぐには、浸食されている部分を切り落とすしか無い……いや、他に方法があるのかもしれないけど、少なくともあたしはそれ以外知らないんだよ」
そう、ノイズに触れられた人間は例外無くこの世から姿形も無く消滅してしまう。それを防ぐための手段、それは触れられた瞬間に該当部位を切除する事である。
「ノイズは人間を分解してしまう……話には聞いていたけど、現実に見た事は無いわね」
「まっ、それが普通だな。 というかそんな光景を見せられてみろ、一週間は夢に出てくるぞ。……あたしも初めて見た時はそうなったからな」
「その……クリスは今、ノイズを失くすために戦っているの?」
話の中でソーニャは、どうやらクリスが何を目的に動いているのかが気になっているようだ。
まあ十年ぶりに再会した少女が、鎧を纏い不可思議な力を行使したのだから気になるのは仕方の無い事だろう。
「んー、ちょっと違うな。あたし達は今、ノイズを玩具と勘違いしてるクソな連中を追ってるんだ。今回はその関係でバルベルデに戻ってくる事になったんだけど……」
「……そう、クリスは立派ね……私とは大違いで、貴方が眩しく見えてしまうわ……」
「? それって……というかソーニャ、お前って今、何をやってるんだよ?」
クリスが所属するS.O.N.G.の現在の任務はバルベルデ攻略、そしてその裏に潜むパヴァリア光明結社の暗躍を阻止する事である。
そう堂々と話すクリスを黙って見つめていたソーニャだが、やがて顔を俯かせてしまう。
一体、今の話の何処に彼女が落ち込む要素があったのだろうか。
「私……私が今行っている事は――――ただの自己満足、それ以外の何物でも無いわね」
「自己満足って……なんだそれ?」
「紛争で親が亡くなった孤児を見付けては……自己満足のために支援を行っているの。 そうすれば不思議とね、少しだけ楽になるのよ……あの人達を殺した自分が誰かを助ける事で、許された気持ちになれるの」
ソーニャ・ヴィレーナは紛争孤児の支援活動に現在進行形で従事している女性である。
彼女がその活動を開始したのはクリスの両親の死から二年後のある日……路上に佇む孤児を見付け助けたのが始まり……当時、過去の記憶に苦しんでいた彼女は、その行動によって自分自身までもが救われた気持ちになり……それが今現在まで続いていた。
「ソ、ソーニャ……お前がやってる事って、まさか……!」
「ええ、そうよ。私は今、貴方のご両親の真似事をしているの……でも、やっぱりあの人達みたいに上手くはできなくて……きっと純粋な善意で行っていないからでしょうね」
しかし勿論、その活動は簡単なものではない。所属する組織の資金問題、不足する人員、そして減るどころか増え続ける孤児……これまでに彼女は何度も、その分厚い壁に心を抉られてここまで来ていたのだ。
「……(ソーニャがこんなに辛い想いを抱いているなんて、さっきまでは知らなかった……今こうやって話さなければ、分からないままだった……)」
両親の死に対し、ソーニャが今も苦しみ続けている事がクリスには衝撃的だった。
あれからおよそ十年……そう、十年もの月日が経っているのにも関わらず、ソーニャは今も苦しみ続けているのだ。
「……(あたしと同じ……いや、下手をすればあたし以上にソーニャは苦しんでいたんだ……!)」
雪音クリスという女性は元来、人一倍優しい心を持つ人間である。故に、そんな彼女がこの状況で想う事はただ一つ……。
『まっ、その女と会ったら思うままに行動すればいいんじゃない? アンタには帰る場所があるんだし、失敗したらまた話くらいは聞いてあげるから』
そして、その想いに背を押すのは……親友のような、犬猿の仲のような彼女の言葉。
「……あのな、ソーニャ……!(よし、腹は決まった。 もっと話をしよう、ソーニャと……お互いの気持ちをぶち撒けて、後でアイツにどうだ!って胸を張って言うんだ!)」
この時、雪音クリスは確かに一つ成長した。その小さな一歩を踏み出した彼女は、目の前の苦しむソーニャへと――
「クリスちゃーーーーんっ!!!!! 大変大変大変!超大変なんだよぉ~!!!」
しかし、クリスの発した声はその数十倍もの大音量に掻き消され、儚くも消えていくのだった。
「なんでこのタイミングで突っ込んでくるんだよ空気読めバカっ!!――って先輩も一緒かよ……もしかして、何かあったのか?」
「先程本部から通信が入ったのだが、別動隊の方に錬金術師が出現したらしい。相手は少なくとも三人……今は、ガリィ一人で足止めを行っているとの事だ……」
慌てている響に対して、神妙な表情を浮かべる翼。その表情を見たクリスは、何か面倒な事態が起こった事を確信し、その内容を確認する事にした。
そして彼女は知る……別動隊の下に複数の錬金術師が出現した事を。そして、その足止めをガリィ・トゥーマーンただ一体で行っている事を。
「――――はっ? あの馬鹿人形だけで、足止め……っ!!」
「雪音! 迎えのヘリがすぐに来る、今は少しだけ待て!」
「っ!――クソ!あっちに出るなんて聞いてねーぞ!!」
その言葉の内容を理解した瞬間、車が停めてある方向へと飛び出そうとするクリス。
しかし既に緊急用のヘリがこちらへと派遣されており、彼女達はそれを待って増援に向かう事となるのだった。
「クリス……」
「……悪い、ソーニャ。ちょっと急用――いいや、絶対に行かなきゃいけない用事ができちまった」
「そう……気を付けてね」
「ヘリはあっちの広場に来るって! 行こうクリスちゃん!」
「ああ、分かった!」
少しでも早く現場へと辿り着くため、ヘリ到着予定の広部へと向かおうとする装者達。
クリスもそれに同調し、ソーニャへと背を向け走り始める。しかし……。
「ソーニャっ!!」
彼女はその途中で一旦足を止めソーニャへと振り返る。そして……。
「色々言いたい事とか、聞きたい事はあるけど……でもっ、あたしは!!!」
「クリス……?」
「ソーニャが生きていてくれて、また会えてあたしは嬉しい!! だから……また会いに来てもいいか!!」
彼女本来の優しい笑顔を浮かべ、クリスは威風堂々と言い放った。
「っ!?――は、はいっ……! 待ってるから!絶対絶対、待ってるからね!!」
そして、ソーニャの答えに背を押されたクリスは、再び広場への道を走り始める。
「また無茶しやがってあの馬鹿人形……ガリィ!あたしが行くまで絶対に死ぬんじゃねーぞ!!!」
窮地に陥る仲間を、そして友を救うために。
そしてこれより、パヴァリア光明結社との全面戦争は幕を開ける事になる。
たった一人の反逆者により捻じ曲げられた世界……その先に待つものは、果たして……。
話が全然進まないぃぃぃぃっ!!!⦅発狂⦆
ちなみに今回のガリィの負傷一覧
・左腕欠損(自傷)
・体中の凍結による甚大なダメージ(自爆)
……自作自演かな?⦅白目⦆
次回も読んで頂けたら嬉しいです。