第百二十二話です。
「――ん? どういう事かな、これは」
「例の試作品ノイズを五体同時使用し、彼女を亜空間に封じ込めました。 いくら最高位の錬金術師とはいえ、一日二日での脱出は到底不可能でしょう」
「キャロルに何をした、答えろ!」
「答えてやってもいいワケダが、それよりも自分達の心配をした方がいいワケダ」
「キャロルちゃん!?」
「サンジェルマンってばさっすがー♪ タイミングが完璧すぎて痺れちゃったわよ~☆」
キャロルを亜空間へと封じ込める事に成功し、拍手喝采に湧くパヴァリア陣営。
これで戦況は五分五分の状態から一気にパヴァリア組有利へと変化する事だろう、何故ならパヴァリア組にはアダム・ヴァイスハウプトという強大な戦力が存在しているのだから。
「へぇ……酷い事をするね、君は。 ……そう言えばおかしいと思わないかい、彼女を。 使えなかったはずなのにさ、力を」
「……そうですね、おかしいですねそこに気付くとは流石です局長⦅半ギレ⦆ で・す・が! それよりも今はシンフォギア装者の掃討を行い、後顧の憂いを断ち切りましょう」
なお局長はキャロルについて勘違いしている事に、この時点でようやく気付き始めたらしい。
その『すごい事に気付いたよ、僕はね』と言わんばかりの表情に対しサンジェルマンはいつも通り殺意を抱いたが、この男をコロスよりもすべき事が今はあるので、とりあえず受け流す事にした。
「心配性だね、君は。 そんなにも脅威に思っているのかい、シンフォギア装者達を?」
「……彼女達がキャロル・マールス・ディーンハイムと互角に渡り合っていた事を、もうお忘れになりましたか? 局長はともかく、我々にとってその事実は脅威以外の何物でもありません」
「そうなのかい、君達にとっては。 分からないけどね、僕にその気持ちは」
「……それについては仕方ありません。 二流三流の私達と違い、局長は超一流の錬金術師⦅ただし才能のみに限る⦆ですから」
「それについてはよーく知っているよ、僕自身が。 だけど卑下する程でも無いだろう、君だけは。他の二人とは違ってね」
パヴァリア組が今すべきはシンフォギア装者達を殲滅し、自分達の計画を盤石のものにする事である。
この機会を逃せば、次は再びシンフォギア装者達とキャロルを同時に相手しなければいけなくなるため、ここで彼女達を排除する事はパヴァリア組にとっては必須なのだ。
「っ……彼女達を侮辱する事はやめて頂きたい。 では、手早く排除を行いましょう。局長はまず、プレラーティの援護を――」
その必須である作業を行う為、サンジェルマンは局長が言い放った聞き捨てならない言葉を無理矢理に飲み込み、空を見上げる。
「――――――――――えっ?」
そしてこの時、彼女の『空を見上げる』というなんとなしに行った行動が……後に襲い来る災厄から、自分達の命を救う事になったのだ。
ピシッ……ピシッ……
サンジェルマンが見つめる何も無いはずの空間……そこには何故か、亀裂が生まれていた。
しかもその亀裂は僅かではあったが徐々に広がり始めており、更に……。
『~♪』
次にサンジェルマンが異変を察したのは、透き通った歌声が自身の聴覚へと届いた時だった。
その旋律は戦場に立つシンフォギア装者達、そしてそれを最も知るレイアにとっては福音以外の何物でもないだろう……しかし、サンジェルマンにとっては――自身に死を告げる宣告以外の何物でも無かったのである。
「――――っ!?」
そうこの時、サンジェルマンはこれまでに感じた事が無い程の恐怖と不安を胸に抱いたのだ。
凡人の神経であれば恐怖で身体が硬直し、呼吸する事も忘れてしまう程の衝撃……それがサンジェルマンの精神と心に襲い掛かったのである。
「撤退するわよ二人共っ!!!!! あの変た――局長は私が引き受けるっ!!!」
しかしサンジェルマンはこの時、自身の思考を奪おうと襲い掛かる恐怖に打ち勝ち、最善の判断を選び取った。
それはこの後、自分達に襲い掛かる災厄から逃れるという決断……キャロルと同じように長い時間を生き抜いている彼女の強靭な精神力だからこそ、恐怖を振り払いそれを選び取る事ができたのである。
「っ!? どういうワケ――いや、了解したワケダ!」
「はいはーい、撤退しま~す♪」
そして、サンジェルマンに全幅の信頼を寄せるプレラーティ、カリオストロもに続く。
サンジェルマンの言葉を聞き、即座に行動に移せるところから、彼女への強い信頼が伺える光景である。
ビシッ……
その間にも空間に生まれた亀裂は広がり続け、既にその奥から人影のようなものが見え始めていたが、どうやらパヴァリア組の撤退は間に合いそうな様子で――。
「――ん? どうしたんだい、突然。 慌ただしいね、君達は」
そう、確実に間に合っていただろう、余裕を持って。
ただし彼がこの場にいなければ、だが……⦅悲しみ⦆
「っ!? 何を悠長に粗末な物を見せ付けているんですか貴方は!?」
「? 傷つくじゃないか、粗末だなんて。 美しいだろう、この腹筋は」
勿論彼を放っておく事もできないため、転移結晶を手にアダム局長の下に駆け付けたサンジェルマン。
しかし彼は焦る事無く、むしろ広がり続ける亀裂を興味深そうに眺めている始末である。
「……いい、加減に……⦅全ギレ⦆」
これには普段は冷静沈着なサンジェルマンも、遂に限界を突破したのだろうか。
粗末なモノ♂をぶら下げながら腹筋を見せ付けるその姿に、サンジェルマンは自身の拳に強化術式を施すと……。
「しなさいこの露出狂の変質者がっっっ!!!」
「そんな事より見てみなよ、あれをね。 彼女の仕業かな、あのブフッ!?」
アダム局長の頬に、渾身のビンタを叩き込んだ。ちなみにサンジェルマンは当初、深い殺意に誘われ局長のエクスカリバー♂を殴るかを本気で考えた。
が、絶対にエクスカリバーを触りたくないのを理由に結局、頬を打つ事にしたようだ。
「一刻を争う状況だと何故分からないんですか貴方は!? ああもう、行きますよっ!!!」
「……何か間違ったかな、僕は。 嬉しいね、教えてくれると」
そしてそのまま、サンジェルマンは局長を自身へと引っ張り寄せ転移結晶を起動すると次の瞬間、錬金陣が広がり始め二人を安全圏へと逃がす術式が展開され始めた。
『これで安全』……そうサンジェルマンは僅かに警戒を緩め、術式の展開が完了するのを待つ。
しかし――――
「――――大丈夫、間に合う、絶対に大丈夫……」
サンジェルマンは見た、見てしまった。
亀裂の中から覗く二つの瞳が、そして外へと伸びた手が自分達の方を向いている事を。
そして次の瞬間、自分達に向けて全てを滅ぼす極大の閃光が放たれた光景を……。
サンジェルマンにできる事はその光景を呆然と見つめ、神に祈る事も無くただ術式の展開が間に合う事を信じるだけだった。
「眩しいね、とっても。 避けなくていいのかい、僕はともかく君は」
「……もう間に合いません。 ですが、こちらは間に合わせて見せます」
自分達に迫り来る光の奔流。
それを対照的な表情で見つめる二人が、光に飲み込まれる瞬間まで、あと……。
「……仕損ねた、か」
しかしその光がサンジェルマン焼き尽くす事は無く、前傾姿勢だった局長の前髪を僅かに消し飛ばした瞬間、二人の錬金術師は戦場から姿を消した。
「……これで今生の別れとなればいいが、それは連中の目的次第と言ったところか」
その光景を見つめるのは小さな天才錬金術師……そう、我らがクソチート反則ラスボス出て来るだけで勝ち確定という異名を持つキャロルちゃんである。
ちなみに彼女が亜空間を脱出した方法だが、それは至極単純……亜空間を丸ごとぶっ潰し、核である五体のアルカノイズごと消し飛ばしたというもの。
キャロル程の錬金術師なら核となるアルカノイズ一体ずつ殲滅し、亜空間の迷路を脱出すると言う丁寧で確実な手段も取れたのだが、今回の戦場にはアダム・ヴァイスハウプトという自身と同等以上の実力⦅ただし獅子機については考えないものとする⦆を持つ敵が存在していたため、大量の想い出を歌と融合させるという力技での脱出を選択したのだろう。
「それに備え、エルフナインとイグナイトモジュールの再稼働を急がねば……今の装者達では、奴等の相手を務めるのは荷が重――」
「キャロルちゃーーーん!! おーーーーーい!!!」
「……ふっ、私が色々と頭を悩ませているというのに、全くお前と来たら……」
結果的には敵が撤退し、こちらは被害ゼロで戦闘は終了したが、現状の装者達よりも敵錬金術師が格上だという事がハッキリしたというのは確かである。
故にキャロルは彼女達の持つ強化兵装……現在機能を停止しているイグナイトモジュールの再稼働が必須だと考えていたが……その時、地上にいる響が彼女へと声を届け、それに気付いたキャロルは表情を緩めながら、地上へと降下するのだった。
「……翼です、敵の撤退を確認しました。 こちらは離脱者、怪我人共に無し、この後の指示をお願いします」
『そうか。 皆ご苦労だった。残されたアルカノイズの殲滅を完了次第、こちらへと帰還してくれ』
「了解デース! 操縦者を失ったノイズなんか、あたし達がちょちょいのちょいでやっつけてやるのデス!」
『ああ、頼りにしているぞ切歌君』
一方、響に抱き着かれているキャロルを見つめる翼達は、本部へと敵が撤退した事を報告していた。
敵錬金術師は撤退したものの、空港周囲にはまだ僅かにアルカノイズが彷徨っているため、装者達はノイズの殲滅を済ませた後に本部へと帰還する事になるようだ。
「撤退したとはいえ、あまり分散しすぎるのも危険かもしれないわね。 よし、切歌と調、それにレイアは北側のノイズを、それが終わったら東側に回って頂戴。 残りは翼と私で片付けるわ、いい?」
「マリア、響さん達は?」
「空港内部を空にはできないし、ここを守っていてもらいましょう。 楽しそうにしているのを、邪魔するのも可哀想だしね」
「うん、そうだね」
こうしてノイズの殲滅を開始した装者達。
そして、それから一時間程度の時間が経ち……空港周辺の安全が確認され、装者達は本部へと帰還する事になったのだった。
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「そういえば立花。あの怪物をお前が倒した事についてだが、何か心当たりは――」
「翼さん、し~!」
「?」
撤退命令を受けた響達……彼女達は二機のヘリに別れて乗車し⦅響、翼、キャロル、レイア組とマリア、切歌、調、クリス組⦆、帰還の途についていた。
そんな中、翼がふと思い出し気になった事を響に尋ねるのだが……それに対する響の返事は、指を口元に立てて『静かにして』という意思を伝えるものだった。
その反応に疑問を抱いた翼が、響が目線を向けている方向を見ると……。
「すぅ……すぅ……」
響の左肩には小さな頭……キャロルが寄りかかり頭を乗せており、彼女は気持ちよさそうな寝息を立てていた。
「……無理を推し、我々の下へと駆け付けてくれたのだ。 疲れが溜まっていて当然か」
「それもあるが、お前達の無事を確認して地味に安心したのだろう。穏やかな表情をしている」
「ありがとう、キャロルちゃん。 今はゆっくり休んでね」
「んぅ……」
それを見る仲間達の視線は暖かなもので、キャロルはそのまま響に導かれるままに、枕を彼女の膝に変えた。
なお、後日この事を聞いた青い人形が嫉妬とそのシーンを見れなかった悔しさで発狂する模様⦅遠い目⦆
「お前達は気付いていない……というか知らないのだろうが、マスターは以前では考えられないくらい、穏やかな表情を浮かべるようになった」
「そうなのか? お前達が傍にいたなら、慌ただしく退屈しない日々が築けそうなものだが……」
「……それについてだが、以前の私達と今の私達は別物と言っていい。 私もファラもミカも、そしてガリィも、今の様な性格では無かったはず……」
響とキャロルをそっとしておき、翼はレイアとの会話を行う事にした。
その中で翼はレイア達の性格が以前と違っているという事について興味を持ったらしい。
ガリィが色々ぶっ壊れている事については大いに納得できるが、その他の人形については不思議に思ったのだろう。
「全ての人形が、か? それは興味があるな」
「ああ、地味に構わない。 まずファラだが、あいつは少なくとも歌に熱狂的な興味を持つような性格では無かったし、性格も丁寧な言葉遣いの中に冷酷さを感じさせるようなものだった。 それがどうだ、今のファラは……いや、これ以上はやめておこう⦅目逸らし⦆」
「えぇ……⦅困惑⦆」
その内容を詳しく語り始めたレイアだが、トップバッターのファラが既に原型を留めていない状態である⦅悲しみ⦆
ちなみに現在のファラは冷酷な性格とは正反対のお節介な苦労人ポジであり、自分ではまだ隠せていると思っている狂信的なアイドルオタクである、これは酷い⦅遠い目⦆
「次に私だが、以前の私は物事への関心が地味に薄くてな。今の様にお前との会話を楽しんだりはしなかった。 ファラと比べれば普通に思えるかもしれないが、私自身にとってこの変化は驚くべきものだという事だ」
「確かにファラと比べれば普通かもしれないが……それはどちらかというとファラが……いや、これ以上はやめておこう」
次はレイア自身だが、彼女の変化はファラに比べれば地味なもの……しかし彼女自身にとっては、それは非常に大きな変化だったようだ。
「ああ、ファラについてはお前の心にも派手に被害が及びかねないからな。 それで次はミカだが、以前のミカは今と比べ容赦が無く、戦闘以外にはほとんど興味が無かった。 しかし今のミカは切歌や調とテーマパークを満喫し、司令達と映画を見て、夜は響や未来と夜景を楽しんだりもする……私達の中で最も今を自由に満喫しているのは、間違いなくあいつだろうな」
「確かに、ミカを見ていると本当に人形なのか分からなくなる時があるな。腕を換装している時は特に……」
そして次はミカだが、彼女については単純に外見相応に子供らしくなった、と言った所だろうか。
レイアが知っている以前のミカは、遊ぶ=戦いと思っているフシがありなんでも戦闘に結び付ける所があった。しかし今のミカにはそんな素振りはなく、純粋に自由を楽しんでいるようにレイアには見えていた。
「そして、最後にガリィについてだが……以前のあいつは今と違い、まるで演技をしているように私には見えた」
「演技……?」
「ああ、前のあいつは『性根の腐ったガリィ』、そして『マスターを愛しているガリィ』という人形を演じており、実際は何にしても興味を持っていない、そんな空っぽの存在……今になって考えると、私にはあいつが地味にそう見えていたと思う」
以前のガリィ・トゥーマーン……それはレイアにとって、心を持たない道化そのものだった。
笑顔を浮かべマスターに付き纏いいくら拒絶されようと好意的な言葉を繰り返し、主が視界から去ると無表情な人形へと戻る……レイアはそんな姿を何度も、それこそ数えきれないくらいに見て来たのだ。
なお、今のガリィはニヤニヤといらぬ事を考えているか、悪戯がバレて苦渋の表情を浮かべている事が多い模様。あれ、前の方がまともなのでは……?⦅疑問⦆
「それは……キャロルに対する信頼が、前が偽物だったと?」
「いや、そういうわけではない。 ただ、以前のガリィがマスターに抱いていた信頼は『人形』としてのもので、『ガリィ』のものではなかったと私は考えている。 だからこそ、以前のガリィはオートスコアラーの中で一番に犠牲になる事を目指していたし、それが人形としてマスターの役に立つ事を確信していたのだろう」
「……つまり、今のガリィとは……」
「ああ、似ても似つかないし私にも分からない、というか考えたくないのが本音だな……⦅遠い目⦆」
と、とにかくガリィについては演技臭かった行動が本心からのものになった、という事だろう。
それはきっと良いことに違いない、そういう事にしておくのが賢明である⦅思考放棄⦆
「成程……ちなみに原因についての心当たりは――」
「それについては間違いなくガリィだと思うが、マスターがガリィについての考察禁止令を出していてな……我々もガリィに何が起きているか、については嫌な予感しかしないので従っているという訳だ」
「……そうだな。私もお前達に倣い、これ以上藪をつつくのはやめておくとしよう⦅自己防衛⦆」
ちなみにシャトーでは現在、ガリィについての考察禁止令が出されている。
恐らくキャロルは気付いているのだろう。ガリィの中で起きている事が錬金術やシンフォギアとはレベルの違うトンデモ現象である事を……⦅悲しみ⦆
「ああ、それがいい。 それで話は変わるが、今回現れた錬金術師について――」
ガリィ達についての話は終わり、話題はパヴァリア組の錬金術師へと変わっていく。
こうして翼とレイアの雑談は本部に到着するまで続き、その間キャロルは一度も起きる事も無く、響に頭を撫でられながら気持ち良さそうに寝息を立て続けるのだった。
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- オマケ:キャロル起床 -
「ん、んぅ……?」
「おはよう、キャロルちゃん♪」
「……んぅ? どうしてひびきちゃんのおかおがみえるの……?」
「えっ? え、えっとそれはね……! (な、なにこれ可愛い!! というか響ちゃんって初めて呼ばれたすごい!嬉しい!)」
キャロルの奏でる悲鳴が響の鼓膜にダメージを与えるまで、あと一分足らず……。
空港の破壊:達成
シンフォギア装者の誘き出し:達成
局長の人形視察:達成
全員無事に帰還:達成
結論:パヴァリア組の勝利⦅確信⦆
※ なお、感想欄での異論は受け付けていません⦅真顔⦆
次回も読んで頂けたら嬉しいです。