第十七話です。
響と未来が仲直りしてから数日経ったある日、ガリィはいつも通り退屈な監視を行っていた。
≪平穏って良いわねぇ…フィーネもちょっとは空気読めるじゃない、見直したわ≫
(も、燃え尽きてる…)
(あれだけハラハラさせられたらねぇ)
(もしかしてずっとこのままの方が良いのでは…?)
ガリィは数日前の出来事の後遺症で燃え尽きていた。
まぁ後数日もすれば元に戻るのだろうが、ガリィはここ数日文句も言わずおとなしく監視をしていたのである。
≪今日も平和そのものだし、ちょっと下に降りて散策でもしましょうか≫
(いいねいいね)
(新しい服でも買いに行く?)
(ゲーセン寄ろうぜゲーセン!)
ガリィが街で遊ぶ事を提案すると謎の声達も賛成する。ここ数日のガリィはおとなしいので問題を起こす事は無い、という安心感があったのだろう。
≪そうね~、歩きながら考えましょ。じゃ、しゅっぱ~つ♪≫
(((はぁ~い)))
楽しそうにリディアン付近の繁華街へと向かうガリィと謎の声達。ちなみに今日のガリィは帽子を装備している。万が一響や未来に会っても顔を隠せるようにする為である。
しかしそれで満足してしまい彼等は見落としていた。確かに今のガリィは問題を起こす可能性は低いだろう、しかしそれが向こうから近付いてきたら? 緩み切った彼等はそれを微塵も考えていなかったのである。
その結果、ガリィにこの後人形生最大の危機が訪れるのだった。
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繁華街に降りてから一時間、ガリィは紙袋を持って歩道を歩いていた。
≪新しい服も買ったし、次はどうしようかしらね≫
(ゲーセン!)
(本屋とかは?)
(小物も買わない? 前の伊達眼鏡みたいなさ)
≪う~ん、そうね~≫
次はどこに向かうか考えながら歩くガリィ。そして曲がり角を曲がった瞬間、事件は起きた。
「っ、おっと、すまない」
「っ、いえいえ、こちらこそごめんな…さい…」
曲がり角を曲がった途端、ガリィは人とぶつかってしまったのだ。相手がすぐに謝罪をしてきたので、ガリィも顔を上げ謝罪を返す。しかし、ガリィの瞳に写ったその相手が問題だった。
≪なんで…≫
(あっ…)
(なぜ…私達は仲良くショッピングを楽しんでいただけのはず…それが、何故、こんな)
(あへぇ…⦅失神⦆)
「む、どうした? 俺の顔に何か付いているか?」
≪なんで風鳴弦十郎がこんな所にいるのよぉぉぉぉぉぉ!!!≫
(ミカちゃん! ミカちゃん呼んできて早く!⦅錯乱⦆)
(落ち着いて皆! キャロルちゃんも呼ばないと!⦅錯乱⦆)
(おまえも落ち着け、まだ何もバレてないんだから)
そう、ガリィがぶつかった相手は風鳴弦十郎。特異災害対策機動部二課の司令を務める男である。その手にはレンタルビデオショップの袋が握られており、おそらくビデオか映像ディスクを借りた帰り道、または返却しに向かう途中なのだろう。
この男、実は司令でありながら驚異的な戦闘力を有しており、その力はオートスコアラー総出で戦っても勝てるか分からない程のレベルなのだ。
当然、ガリィ一体では絶対に勝てない。なのでガリィはこの出会いをいかに平穏に終わらせるか、それだけを考え頭脳をフル回転させていた。
≪ガリィを舐めるんじゃないわよ! 穏便に終わらせてみせるんだから!≫
(そうだ、さっさと別れればいいんだ!)
(自然に、自然にね!)
穏便に終わらせると意気込むガリィ。腕の見せ所である。
「い、いえいえ。お兄さんが男前だったので見惚れちゃっただけですから。アハハ…」
(はぁ~⦅クソでか溜息⦆)
(あのさぁ…⦅失望⦆)
(逆ナンかな?)
「そ、そうか…」
≪よし、うまくいったみたいね≫
(⦅うまくいって⦆無いです)
(怪しさが増しただけなんだよなぁ…)
うまくいったと主張するガリィ。果たしてこのまま離脱する事ができるのだろうか。
「それじゃ、私はこの辺で。さよ~なら~」
「待て、君は中学生くらいか。学校は?」
≪ああああ!! 引き留めるんじゃ無いわよ化け物!≫
(大魔王からは逃げられないのか…)
(まぁOTONAなら引き留めるよなぁ)
(こんな時間に中学生くらいの女の子が一人で歩いてたら訳アリと思うよねぇ…)
逃げようとしたガリィだが、そうは問屋が卸さない。弦十郎はこんな時間に買い物している中学生くらいの少女を心配したのか、引き留めてくるのであった。
≪…なんか、だんだんムカついてきたんですけど≫
(ガリィちゃん!?)
(抑えて! 抑えて!)
引き留められてイライラするガリィ。このままではマズい、そう思いガリィをなだめる謎の声達であるが、その声は最早ガリィには意味の無いものであった。
「はぁ? おっさんには関係無いでしょ。学校行ってないからなに? 文句でもあるの?」
「すまない、そういうつもりで言ったのでは無いのだがその…心配でな」
「心配? あ、そう、ありがとうございます。それじゃアタシはもう行くので、さよなら」
≪このおっさんムカつくわね本当…だからラスボスに寝首かかれたりすんのよバーカ≫
(ガリィちゃん怒らないで、このまま静かに離脱しよう)
(なんとか乗り切れそう…かな)
強引に離脱しようとするガリィ。これで逃げ切れるか、と思ったガリィ達であったが彼等は知らなかったのだ。風鳴弦十郎という人間を、そのお節介な性格を。
「待て。少し話をしないか? そうしなければ家出少女である可能性を考え、俺は警察に君を連れて行かなければならなくなる」
「…っ!? てめぇ…ふざけた事言ってんじゃ…」
「俺は本気だ」
ガリィは弦十郎の目を見て確信する。コイツは本気だ、と。
「っ! …あ~あ、面倒なのに絡まれちまった、今日は厄日だ…」
≪なんなのコイツ! 死ね! ハゲろ!≫
(は、ハゲちゃうわ!⦅動揺⦆)
(ほんとぉ?⦅疑いの目⦆)
(あ~あ、もうめちゃくちゃだよ…)
知らなかったのか?大魔王からは逃げられない。風鳴弦十郎に捕まったガリィは、傍にあったカフェで彼と話をする事になってしまったのだった。
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カフェのテラス席、俺の対面に座る少女は不機嫌な様子だった。
「で、アタシに何の用? おっさん」
「おっさん…まぁ構わんが、その、さっきも言ったが学校はどうしたのかと思ってな」
再び少女を怒らせてしまう可能性はあったが、俺は結局真正面から質問する事にした。この少女にはその方が良いと思ったからだ。まぁあくまで勘で思っただけなのだが。
「はぁ…学校は行ってません。言っとくけど虐めとかじゃ無いわよ、ただ行ってないだけ。深い意味は無いわ」
「そうか、それなら良い。だが、親御さんは納得しているのか?」
深い意味は無いと言う少女の顔はあっけらかんとしていて嘘を言っている様には見えない。
だが少女の親はどうだろうか? 俺は続けて質問するのだった。
「親? あぁ、私の家って超放任主義なのよ。基本やる事やってれば学校行かなくても何も言われないし、お金にも不自由して無いし」
「そうか。なにやら訳アリだとは思ったが、俺の思い過ごしだったようだな。すまない」
そう言って買い物袋を見せる少女、確かに金銭には不自由していないようだ。それに親に対して不満がある風にも見えない。一体どのような家庭なのだろうか…? 気にはなるがそれよりも俺は、少女に早とちりした事を謝罪するのだった。
「分かってくれたなら嬉しいわ。それよりもおっさんこそこんな時間に何してんのよ、仕事は? 休みなの?」
「その、実は仕事中に抜け出して来ていてな。これを借りて戻る所で君にぶつかった、という訳だ」
俺は少女にレンタルビデオ屋の袋を掲げて見せる。すると少女の表情が不機嫌なものから機嫌の良さそうなものに変わっていくのだった。
「仕事中に? もしかしてアナタ、窓際族ってやつなの? だから何も言われないのね、可哀想♪」
「一応公務員なのだが…少し特殊でな。出番が無い時はこうしてても許されるってわけだ」
「ふ~ん、随分良いご身分じゃない。それで空いた時間に非行少女の保護なんて、立派な大人なのねアナタ」
「いや、俺はそんな大層な人間ではない」
楽しそうな顔で、俺の事を立派な大人だと言う少女。だが俺は断じて立派な大人などではない。まだ学生である彼女達を戦場に送り、それを見守る事しかできない俺は…。
「子供達を守りたい、傷つかないように手助けしたい、常日頃からそう思ってはいるが現実は厳しくてな。自分の無力を毎日のように痛感している、という所だ」
「へぇ、なんだか面倒臭いのね」
少女の言葉を聞いてつい弱音が口から零れてしまった。俺が響君や翼にしてやれる事は少ない、だが今俺の心に一番引っ掛かっている事…それは…。
「で、行かなくていいの?」
「っ!? 何を」「アンタ、分かりやすいのよ」
少女の突然の言葉に反応できない。それがおかしかったのか、少女は愉快そうな目で言葉を続けてきたのだ。
「アンタみたいな真面目で堅物そうな人間が、仕事中に抜け出してビデオ借りに行く? その時点でおかしいんですけど」
「だが、それは今日に限った話では…」
「それにアンタ、初対面の私に弱音零すくらいに落ち込んでるのにビデオなんて見る気になるの?」
「そ、それは…」
少女の言葉に俺はうまく言葉を返す事ができない。少女の目は真っ直ぐに俺を見つめている、それこそ絶対に逸らすなと言わんばかりに。
「大方ビデオショップに行ってたのはその間に決心を固めるため。本命は別、どこかの場所に行って何かをする事。違う?」
「っ!?」
彼女の推測はかなり抽象的であったが決して外れてはいない。
『雪音クリス』
八年前、バルベルデ共和国にて両親を失い、二年前に俺が救えなかった少女。
そして今、二課の敵として再び姿を現した少女。
俺は今、彼女の潜伏する場所を掴んでいる。だから仕事中に抜け出し話をするつもりで外に出たのだが、しかし足は前には進まなかった。フィーネに見捨てられ傷ついているであろう彼女になんて声を掛けるか、何の話をするべきか、迷っている内にここまで時間が経ってしまっていたのだ。
「そうだ…。俺は行かなければ、会わなければいけない子供がいる。だが…」
「うわ、クッソ面倒臭い相手なのね。その表情見れば分かるわよ」
「あぁ、少々複雑な事情でな。なんと声を掛ければいいのか迷っている内に…というわけだ」
観念した俺は少女に大まかな事を話す。というか最初は少女の話を聞くつもりだったのに気付けば俺が相談しているではないか…。俺はなんとも微妙な気分になってしまった。
「ふ~ん、じゃあ行きなさいよ。早く」
「いや、そうなのだが、しかし…」
俺に早く行けという少女。しかし俺はまだ何を言うべきか決めていないのだ、それでは彼女との話もうまくはいかないだろう。
「アンタみたいな存在がいるって伝えるだけでいいじゃない。どうせそんな捻くれたヤツ一回や二回会ったところでどうにもなんないんだから」
「俺のような、存在?」
「そ、アンタみたいな馬鹿でお人好しな大人がいるって事を教えれば? 喋る内容なんて二の次なんだから」
「それだけで、いいのだろうか」
「知らないわよ。アンタは馬鹿みたいに言いたい事言えばいいじゃない。その後は相手次第なんだから」
俺のような存在がいる事を伝える…。後は相手次第、か。
「いまだ何を話せばいいかは分からん。が、まずは俺という人間がいる事を知ってもらわなけば始まらない、か」
「馬鹿なのに小賢しいこと考えるからドツボに嵌るのよ。頭空っぽにして行きなさいよ、早く」
これは少女なりの激励なのだろうか。彼女の言葉に背を押され、俺は席を立つ
「ここの支払いは済ませておく。すまんな、こちらが相談に乗ってもらった形になってしまった」
「別にいいわよ、暇だったし」
「後日何かお礼をしたい、連絡先を」「嫌よ、この程度でお礼なんて必要無いわ」
「だが…」
「それじゃこうしましょう。縁があってまた会えたなら、その時に今日のお礼をもらってあげる。どう?」
彼女はそう言うが現実的では無いだろう。断りの方便ということか。
「あぁ、分かった。それじゃあ、またな」
「ハイハイ、頑張ってね~」
別れの挨拶を交わし俺は会計を済ませ店を出る。
そうだ、雪音クリスは腹を空かせているかもしれない。俺は最寄りのコンビニに立ち寄り、いくつかの惣菜を購入するのだった。
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ガリィ・トゥーマーンは噴火していた。
「なんで! アタシがっ! おっさんの! カウンセリングを! しなきゃいけないのよ! 死ねっ!!!!」
(あわわわわわ)
(よく頑張った! 感動した!)
「誰が非行少女だ! こちとら悪の組織の戦闘員やってんのよ! あんまり調子乗ってると分解するわよ! 世界!!」
(ガリィちゃんずっと心の中で『死ね!』『ハゲ!』しか言わないからめっちゃ怖かったゾ…)
(コーヒーはおいしかったです⦅満足⦆)
「何がお礼よ! こっちは二度と会いたくないに決まってんでしょ!! 二度と会わないのが一番のお礼よ!!!」
(油断して遊びに出たのが失敗でしたね…)
(ここ数日平和だったから…)
ガリィはいつもの監視スポットで叫んでいたが、やがて落ち着いたのか静かになって行くのであった。
≪はぁ…待たせたわね、アンタ達。もう大丈夫よ≫
(お帰り~)
(ビックリしたねぇホント…)
≪もう忘れましょ、結果的にあのおっさんもクリスちゃんの所に向かったでしょうし≫
(そ、そっすね)
(この後はどうする? 雨降って来たみたいだけど)
≪夕方までは続けるわ、一応ね≫
(了解~)
雨の中監視を続けるガリィ一行。
こうしてガリィはメンタル面に多大なダメージを負ったものの、人形生最大の危機を乗り切ったのであった。
次回も読んで頂けたら嬉しいです。