第二十一話です。
響達を追いかけるガリィが見たのは、逃げ惑う人々の群れだった。
≪必死に逃げるくらいならさっさと移住すればよかったのに、変な連中ね≫
(それぞれ事情があるから…⦅フォロー⦆)
現在の時刻は十九時を回っており、空が暗闇に染まるまであと僅か、という所であった。
未来からの通信でリディアンがノイズに襲われている事を知った響は、翼とクリスの二人と共にリディアンへと急行していた。しかし…。
「未来ー! みんなー!」
「リディアンが…」
未来からの通信が届いてから数十分。到着した三人が目にしたものは半壊した私立リディアン音楽院の姿、そしてもう一つ。
「っ!」
無残な光景を眼下に見つめ、悠然と立つ櫻井了子の姿だった。
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≪出たわね老害。アンタの仕事は装者達の踏み台なんだから、ちゃんと空気読んで死になさいよね≫
(多分フィーネさんは勝つ気まんまんだと思うんですけど⦅名推理⦆)
(ガリィちゃんあんまり前に出ちゃダメだよ。気付かれたらやばい)
響達と同じように、ガリィもまた遠距離から櫻井了子の姿を捕捉していた。ちなみに万が一にも気付かれるわけにはいかないので、その距離は今まで監視の仕事をしてきた中で最も離れている。
≪流石にこの距離じゃ全然聞こえないわね。まったく、ぺらぺら喋る暇があったらさっさと戦って死んでほしいんだけど≫
(辛辣ぅ!)
(十二年間潜伏してたんだからちょっとくらい喋らせてあげなさいよ…)
響達と了子が何か話しているようだが、流石に距離が離れすぎているので全く聞こえない。ガリィは退屈だった。
≪うーん、今日は帰るの遅くなりそうだから簡単なものがいいわね。麺類にしようかしら?≫
(完全に他人事ですね…)
(ほら、フィーネがとうとう表に出て来たんだから見てあげようよ)
暇なガリィがキャロルの夕食を何にするか考えていると、了子の姿が突然ネフシュタンの鎧を纏ったフィーネに変貌する。とうとうラスボスが表舞台に姿を現した瞬間であった。
≪え、何アレ? クリスちゃんはダサい体操のお姉さんスタイルだったのに、なんで老害女は無駄に豪華な姿なのよ≫
(ゆ、融合してるからデザインも変わったんじゃないですかね?⦅適当⦆)
(ラスボスが体操のお姉さんスタイルだと…その、ね、分かるでしょ?⦅大人の事情⦆)
ネフシュタンの鎧はクリスが纏っていた時とは違い、金色に輝き豪華になっていた。正にボスの姿である。
≪えっ、また喋り出すの…? ちょっと尺稼ぎやめなさいよ待たされるこっちは暇なのよ暇!≫
(積もる話があるんでしょうねぇ)
(今フィーネは自分語りして気持ちよくなってるから邪魔しちゃ可哀想でしょ!)
ラスボスが正体を現したにも関わらず会話を続ける連中に我慢の限界が近いガリィ。
このまま会話を続けたら畜生人形が何を仕出かすか分からない。謎の声達は早く戦闘が開始される事を切に祈っていた。
≪ラーメン、うどん、そばもいいわね。どれにしようかし…あの、何かすごい揺れてるんですけど。これ絶対ヤバいやつでしょ! ねぇ!?≫
(君のような勘の良い人形は嫌いだよ…)
(なにがでるかな~なにがでるかな~♪)
ガリィが相変わらず夕食のメニューを考えていると、なんと突然足元が揺れ出したのである。
「あ、これヤバいやつだ」と嫌な予感がしたガリィが謎の声達を問い詰めるものの、彼等は答えをはぐらかすばかりで役に立たない。そしてそれから僅か数十秒後…
地面から巨大な塔が生えた。
≪えぇ…⦅困惑⦆≫
(あれが「カ・ディンギル」だよ。何年か前に説明したよね、確か)
(はぇ~、でっかい…)
(フィーネはあれを一人で設計したんだよなぁ⦅驚愕⦆)
そう、地面から生えた塔の正式名称は「カ・ディンギル」。フィーネが月を破壊するために設計、建造した荷電粒子砲である。ちなみにその膨大な建造費用は全て日米の政府に真意を隠して出させたものであり、如何にフィーネが有能かが分かるだろう。
≪…あの塔の事はいいわ。それより! アイツらはなんでまた喋り始めてるの? なに、ガリィが参戦するのを待ってくれてるの、ねぇ?≫
(⦅畜生人形はお呼びじゃ⦆ないです)
(響ちゃん達に塔の説明をしてくれているんだよなぁ)
(親切っすね…)
やっと開戦すると思われたがそうは問屋が卸さない。フィーネが突然生えた塔について、そして自分の目的について説明し始めたのである。親切なのか、それとも誰かに聞いてほしくて仕方無かったのか…真実を知るのはフィーネのみである。
そして畜生人形の限界が近い、フィーネにはどうか空気を読んで開戦してほしいのだが…。
≪ネフシュタン? デュランダル? 知らないわよ、全部水で押し流せば一発よ一発≫
(ガリィちゃん待って! もう始まる! 始まるから待ってお願い!)
(ほら、邪魔しないで座って見てよ、ねっ)
≪…ちっ、命拾いしたわね≫
果たして命拾いしたのはどっちなのであろうか…。
ガリィが限界を迎える寸前に響達がシンフォギアを纏いフィーネとの最終決戦が始まった。既にカ・ディンギルはチャージ状態に入っており残された猶予は少ない。装者達は積極的に攻めるしかない状況に追い込まれていた。
≪あらら、思ったより戦えてるじゃない。やっぱりネフシュタンって大した事無いわね、これならガリィが戦えば圧勝よ、圧勝≫
(ネフシュタンが下手したら一番ヤバいんだよなぁ…)
(知らないって、幸せよねぇ…)
三対一とはいえ完全聖遺物と五分に渡り合う装者達。翼が前衛、響が遊撃、クリスが後衛とバランスが取れたパーティであるため、うまく機能しているようだ。
≪知らないって何をよ? …ってクリスちゃん何やって…成程、馬鹿なあの子らしいわね≫
(…そうだねぇ)
カ・ディンギルの発射まであと僅か。クリスはフィーネの隙を突き、自分が発射した大型ミサイルに乗り空を目指していた。
≪…そう、それがアンタの精一杯なのね。良い判断よ馬鹿娘、ガリィが褒めてあげる≫
(絶唱…)
(悲しい歌だねぇ…)
カ・ディンギルの射線上に陣取ったクリスは歌い始める。
そう、絶唱を。自らの命すら危険に晒す歌を…。
絶唱を歌うクリスの周囲に小型リフレクターが多数展開されると同時に長砲身のライフルが二丁出現する。
更にクリスはそれを合体させ一丁の大型砲とし、カ・ディンギルに向けて構えるのであった。
そして次の瞬間カ・ディンギルは粒子砲を発射、それに対しクリスも一瞬遅れて引き金を引く。
衝突する二色の閃光、クリスは口から血を滲ませながら砲撃を続けるが…。
その結果は、粒子砲に押し負けたクリスが閃光に飲み込まれる、というものであった。
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≪命を使い潰してもあの程度なんて、割に合わないにも程があるわよ≫
≪でもね≫
「仕損ねた!? 僅かに逸らされたのか!?」
≪アンタの命は、老害女の顔を歪ませるくらいの価値はあったみたいよ≫
上空を見つめるガリィの瞳には、一部が欠けたものの今だ健在である月が映っていた。
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雪音クリスは、地上に向けてゆっくりと落下していた。
(ざまぁみろ…)
砲撃が衝突した瞬間押し負けると分かった。だから片側にエネルギーを集中させ、射線を逸らすので精一杯だった。
(あたしはここまでか…)
自分の命が擦り減って行くのが分かる。だけど後悔なんて微塵も無い…だって
(壊す事しかできなかったあたしの歌を、初めて平和の為に使えたから…)
そうだ、もう未練なんてどこにもない。これで胸を張ってパパと、ママの所に…
『クリスちゃん』
『雪音』
『クリス君』
「っ!?」
(なんで、なんでこんな時に! あたしはもういいんだ! あたしはもう満足し)
『アンタを諦めずに手を伸ばし続ける人がいたなら、その時は好きにしなさい』
「っ!? はっ、はぁっ…」
意識が急激に浮上する。体は思うようには動かない、でも…
(……そうかよ。それならあたしの好きにさせてもらうからな性悪中学生!!)
ぎこちない動きで頭を押さえ着地の衝撃に備える。今あたしが思う事は一つだけ。
「死んで…たまるかよ!!」
心の底からの想いを声に出す。その瞬間、脳裏に浮かぶあいつが意地の悪い笑みを浮かべたような気がした。
次回も読んで頂ければ嬉しいです。