第三十四話です。
「あらら、意外と人気なのね。前の方はもう埋まってるじゃない」
「少し早めに来てよかったデスね、これなら真ん中には座れそうデス」
「うん、もう少し遅かったら危なかったかも」
ガリィ一行が講堂へ着いた時には、既に前の席は埋まっていた。もう少し来るのが遅ければ満席で座る事ができなかったかもしれない。
「じゃ適当に座りましょうか。 行くわよ、アンタ達」
「了解デース」
「うん」
適当に真ん中の席に座る事にしたガリィ一行。コンテストが始まるまではあと十五分くらいであった。
「こういうのは初めてデス、楽しみデスねぇ♪」
「そうだね、切ちゃん」
「…いやいや、アンタ達の行ってる学校にも学祭くらいあるでしょ?」
このようなイベントに参加するのは初めてだと嬉しそうに語る二人に突っ込みを入れるガリィ。二人の事情をガリィは知っているはずなのだが、彼女は何食わぬ顔で質問するのであった。
「えっと…あはは、それはデスね…」
「…私達、学校、通ってないから…」
二人は嬉しそうな表情から一転して暗い表情へと変わってしまう。事情が事情ゆえに仕方ない事ではあるのだが、やはり今の生活には辛い部分があるのだろう。
「はぁ? アンタ達も学校通ってないの?」
「アンタ達も…って事はガリィも通っていないんデスか?」
「意外…」
ガリィが学校に通っていない事に驚く二人。なお戸籍が無い、悪の組織の戦闘員、そして人形という三倍役満で学校に通えるわけが無い模様。
「ガリィはね、忙しくて学校なんて行ってる暇は無いの、分かる? アンタ達はどうなのよ」
「…私達もそうデス。 やらなきゃいけない事のために頑張ってるデスよ」
「うん、私達にしかできない事だから」
ガリィに問いを返された二人はそれまでの暗い表情ではなく、どこか決意を秘めたような表情で言葉を返すのだった。
「そう。それなら暗い顔なんかせずに胸を張って生きなさいよ。 そうね、ガリィをお手本にするのがオススメよ♪」
ドヤ顔で二人に語るガリィ。ガリィを見習った方が良いとかいう悪い冗談は本気でやめてほしいところである。
「あはは、ガリィは自信満々デスねぇ」
「うん、すごい自信」
自信満々なガリィの姿に気が抜けてしまう二人。相変わらずの道化っぷりである。
「当然よ。 ま、そんな事は気にせず楽しみなさいって事。初めてなんでしょ、こういうの?」
「…そうデスね、あたしもガリィみたいに胸を張って楽しむデスよ」
「私はガリィみたいにはできないけど…自分なりに頑張ってみるね」
≪えぇ…適当に喋っただけなのにこいつらチョロすぎない?≫
(やめろー! ガリィを見習っちゃ駄目だぁー!)
(ガリィちゃんは胸を張りすぎだから手本にしちゃいけないんだよなぁ…)
(見ろよ二人の目を…この何も疑ってない純粋な目を…)
ガリィの言葉に騙されてしまった二人である。ちなみにガリィの脳内ではこの瞬間、声達の悲鳴が響き渡っていた。
「そうね、努力しなさい。 今は…十分前ってところね。席もほとんど埋ま――」
「良かった、間に合ったぁ~」
「席は…後ろの方はまだ座れるみたい。響、早く座ろ?」
話す途中のガリィの耳(キャロル製なので優秀)が僅かに捉えた声、それは…。
≪響ちゃんと未来ちゃんね。間に合ってくれたみたいでガリィも嬉しいわ≫
そう、ガリィが聞いたのは響と未来の声であった。二人もクリスの晴れ舞台を見に来たのだろう。
「?? ガリィ、どうしたデスか?」
「なにか、考え事?」
どうやら二人には響達の声は聞こえなかったようだ。まぁかなり離れているのでどこぞの人形でもなければ聞こえないのが普通である。
「大したことじゃないわ。 アンタ達の名前、まだ聞いてないでしょ? それにふと気付いて黙っただけよ」
二人には聞こえていないのを確信したガリィは、とっさに誤魔化しにかかったのであった。
「そういえば、あたしとした事が自己紹介を忘れていたのデス!」
「うん、うっかり…」
「それじゃ自己紹介タイムね。まずはデス子からでいいわよ」
「デス子!? そんなあだ名は絶対お断りデス!」
「はいはい、それが嫌なら早く自己紹介しなさいよ」
突然始まる二人の自己紹介タイム、ガリィは先に切歌を指名したようだ。不名誉なあだ名を避ける為に彼女には是非頑張って頂きたいところである。
「暁切歌、好きな物はたこ焼きデス! よろしくデース!」
「たこ焼きが好きなのはよーく知ってるわよ。それじゃ次、強情なアンタね」
「…ん、頑張る」
切歌の超簡単な自己紹介が終わり、次は調の番である。若干緊張している様子の彼女だが、大丈夫なのだろうか…。
「月読しらb――――痛い…」
「調っ、大丈夫デスか!?」
「あらら、舌噛んじゃったわね。 たかが自己紹介で力入れ過ぎなのよ、アンタ」
自己紹介を始めた調だったが、気合を入れ過ぎたせいで舌を噛んでしまったようだ。
ちなみに涙目で悔しそうな調を見てガリィは内心「空回りの時といいやっぱりコイツおもしろいわね♪」と調への好感度を上げていた。(畜生)
「…こんな事で、負けない」
だが調の闘志はまだ消えていなかった。再び自己紹介を再開する気なのだろうか、彼女は息を一つ吸って…。
「わた――」
「月読調ね。分かってるからもういいわよ♪」
「…(半泣き)」
「鬼デス!ガリィは鬼の子デ-ス!!」
息を吸ってまさに今言葉を出そうとした瞬間、畜生に台無しにされてしまったのだった。これには調も半泣きである。
「なによ、舌噛んだ調を心配して止めてあげたのに。 それなのにひどいわ、悲しくて泣いちゃいそう♪」
「すごい笑顔じゃないデスか! やっぱりガリィは鬼デス!悪魔デス!!」
「いいの切ちゃん、チャンスを活かせなかった私が悪いんだよ…」
「調はたかが自己紹介で深刻に考えすぎデース!!」
≪…やっぱりこいつらおもしろいわね、おバカだけど≫
(ガリィちゃんに気に入られるとか…二人とも、やってしまいましたなぁ…⦅合掌⦆)
(もはや畜生から逃れられない運命なのか…)
とうとうガリィにお気に入り登録されてしまった二人。二人の未来が暗闇に包まれた瞬間であった。
「あっちの方、なんだか騒がしいね」
「楽しみで仕方ないんじゃないかなぁ。私も皆の歌が楽しみで待ちきれないよ~」
「そうだね、私も楽しみだなぁ(そう、楽しみ。クリスが出てきた時の響のリアクションが、ね♪)」
ガリィ達の方が騒がしく気になる響と未来。原作では二人はクリスが登場する事を知らないが、実はガリィが秋桜祭に来てしまった事で未来が変わってしまったのだ。
翼との長電話に集中しすぎたクリスは早々に友人に捕まり説得され、更に翼→未来のラインで情報が伝わってしまう。
ちなみに響だけは「あのバカにだけは言うなよ、面倒臭いのはごめんだからな」とクリスがストップをかけたので知らないままであった。
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「えぇー!? まだフルコーラス歌ってない…二番の歌詞が泣けるのにぃ~!!!」
コンテストが始まってしばらく経ち、今は響達の友人三人の出番が終わったところである。
コスプレをしてアニメソングを歌った三人は現在、会場を爆笑の渦に包んでいた。
「あはははは! 最高デース!」
「…(笑いを堪えている)」
「いや笑いたいなら笑えばいいじゃない…ほれほれ、笑いなさい♪(マスターみたいねこいつ)」
「がりぃ、ほっへたひっはらないれ(ガリィ、ほっぺた引っ張らないで)」
爆笑する切歌とは対照的に何故か笑いを堪えようとしている調。ガリィはそれが気に入らなかったようで、調にちょっかいをかけているところであった。ちなみにガリィも一応笑っていた、鼻で。
「いやぁ~、楽しいデスなぁ~」
「よく笑うわねアンタ、こいつに少し分けてあげなさいよ」
「たふけて、ひりちゃん(助けて、切ちゃん)」
ようやく落ち着いた様子の切歌。なお、調はまだほっぺたをガリィのおもちゃにされていた。
≪さて、アイツの出番はいつかしら、楽しみね≫
(まだ大分先、かなぁ?)
(こればっかりはねぇ…)
(まぁ楽しみながら待ちましょうか)
≪そうね≫
そう、まだクリスの出番は先である。原作と違い既にクリスは説得されてはいるが、出番が回って来る時間は変わらないのでガリィはその時を静かに待つ事にしたのだった。
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- 三人組の次の参加者 -
「~♪」
「あら、普通に上手ね」
「でも、なんだか眠くなる声だね」
「zzz…」
「切ちゃん…(ジト目)」
- その次の参加者 -
「今度は激しい曲みたいね」
「…はっ!? ね、寝てないデスよ!」
「おはよう、切ちゃん」
「おはよう♪ いい夢は見れたかしら?」
「穴があったら入りたいデス…(赤面)」
- 更に次の参加者 -
「あの右端の人、さっきのたこ焼き屋の人じゃ…(困惑)」
「仲良し五人組なのに六人出てきた時はびっくりしたデスよ…」
「しかも明らかに私達を見てるじゃないあの人。なんでこれだけ人がいる中で見つけられるのよ…(困惑)」
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「さぁて! 次なる挑戦者の登場です!!」
(退路は無い、覚悟も決めた…)
あたしは舞台袖で自分の番が回って来るのを静かに待っていた。そしてとうとう回って来た出番、だけど…。
(恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい)
一歩が踏み出せない。あたしはちゃんと歌えるだろうか、見てる人をガッカリさせないだろうか、そんな事ばかりが頭に浮かんで足が竦む。だけどその時…。
「――――っ!?」
突然あたしは誰かに肩を掴まれ、そしてステージへと押し出された。誰の仕業かは考えるまでもない、あたしが一歩を踏み出せない事に気付いてあいつらの内の誰かがやったのだろう。
「っ!」
あたしは息を飲んだ。目の前にいるたくさんの人、それが全てあたしを見ている。
(やっぱり無理だ、あたしには…)
そうだ、あたしにはやっぱりでき――
「~♪」
ふと顔を上げたあたしの視界に移ったもの、それは…。
(あいつ! こんなところにいやがったのか!?)
そう、そこにいたのは性悪…いや、ガリィだった。ガリィは口元を歪め楽しそうにこちらを見ていて、あたしにはその顔が「こんな場所であんた、歌えるの?」と挑発しているように見えた。
(なんだよそのムカつく表情は!あたしを馬鹿にするんじゃねぇ!!)
ムカついたあたしはガリィを睨み返した。しかし次の瞬間…。
「…(パクパク)」
(はは、なんだよそれ…)
ガリィの表情が柔らかいものへと変わり、その口の動きは「ファイト♪」と言っていた。
(あぁ、気が抜けちまった。これも全部あいつのせいだ、だから…)
(罰として最後まで聞けよな、性悪ガリィ!)
あたしは歌い始める。伝えたい事を、伝えたい人達に向けて。
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≪さて、そろそろ潮時ね。一旦退散しましょうか≫
(…⦅感動⦆)
(うぅぅぅ⦅感涙⦆)
(うまい⦅確信⦆)
この後の展開を考え一旦席を離れる事を声達に伝えるガリィ。しかし彼らはクリスの歌に感激しほとんどが使い物にならなくなっていたのだった。
「わぁ…(感動)」
「…(感動)」
≪なにこれ、全滅じゃない。まぁ二人に気付かれずに離れられるからいいんだけど≫
ガリィが隣を見ると、切歌と調も感動しているのかクリスの歌に夢中になっていた。そしてガリィは今が好機と思い、静かに席を立つのであった。
≪えっ、なにこれ、会場中みんな感動してるんですけど。これじゃガリィがおかしいみたいじゃない、全く≫
なお、この人形は特に影響されなかった模様。最後まで聞いて欲しかったクリスが気の毒である。
≪さて、とりあえずしばらく外で歩きながら、この後の展開でも聞いておきましょうか≫
(最後まで聞きたかったなぁ…)
(ま、これは仕方ないよね)
こうして講堂を離れたガリィ一行。しかし…。
(…あれ、これって…)
(しっ、静かに)
(ふふふ…)
「~♪」
歩きながら無意識に鼻歌を口ずさむガリィ、そのメロディは先程クリスが歌っていた曲のものであった。
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歌い終わり観客へと頭を下げるあたし。これが最後まで歌を聞いてくれた人達へ感謝を伝えるための、あたしの精一杯だった。
(はは、なんだか恥ずかしいな、こういうの…)
頭を上げ開場を見渡すと二課の仲間達、そしてバカの親友の姿を見つけた。あたしに向かって笑顔で拍手している姿を見るとなんだか恥ずかしくなってきた。
(伝えたい事、全部歌に込めた。二課の連中、舞台袖に居る奴ら、そして…)
あたしは会場の中央の一点へと視線を向ける。ムカつくけど、それでも嫌いにはなれない奴、あたしはそいつがいる方を見て、そして…
(見たかよ、あたしだってやればでき――――)
あいつが居たはずの中央の席、そこには…。
「――――はぁ!?」
そこには、誰もいなかった。
あいつ! 歌ってる途中には座ってたのに逃げやがった! ふざけるなよ!!!(全ギレ)
こうしてあたしの晴れ舞台は幕を閉じた。あいつ、今度会った時には絶対文句言ってやる…。(憤怒)
ごめんなさい、この話で終わる予定でしたが、秋桜祭編はあと一話だけ続きます。
次回も読んで頂けたら嬉しいです。