第九十話です。
「…そう。わざわざ死地に赴いて来るなんて貴方、娘さんが余程大切なのね」
「っ…」
「返答は無し、ですか。 それは否定を意味しているのか…あるいは、答えたくとも答えられないのか…どちらなのかしらね(こんな時、ガリィちゃんなら…)」
翼の窮地に駆け付けた人物…それは翼の父である八紘だった。それを見つめるファラは内心では狂喜乱舞しながら、風鳴親子の溝を埋める方法を全力で模索していた。
「翼さん、ご無事ですかっ!?」
「緒川、さん…? この状況は一体…⦅困惑⦆」
「それが、僕にも何が何だが分からない状況でして…」
ファラが思考をフル回転している間に、翼の下には緒川が駆け付けていた。しかし彼も今の状況には困惑しており、翼と同じような表情をしていた。
「…」
「周囲が気になる、という事ですか…仕方ないですね、貴方達を始末する前に慈悲を掛けて差し上げましょう(ガリィちゃんならこんな風に勝者の余裕を見せるはず…! それで次は…)」
依然八紘は黙ったままだったが、その目が僅かに周囲を気にするかのように動いた事をファラは見逃さなかった。そして彼女はとある術式を起動させ、風鳴親子をサポートするために動き始めたのである。
「っ!? 貴様、何をした!?」
「盗聴防止の術式を展開しました、これで我々の声が周囲に漏れる事は絶対にありませんわ(さあ、舞台は整えましたわよ)」
「本部、聞こえますか…! …電子機器がシャットアウトされているようです」
「なんだと…?」
「貴方達を始末するのは簡単ですが、それでは貴方達が可哀想でしょう? なので最後に親子で会話する時間を設けて差し上げます(私に聞かれると恥ずかしいでしょうし、少し離れた方がいいのかしら…? だけどそこまでするのは不自然に映りそうだし…)」
ファラが起動した術式…それは安心安全キャロル印の盗聴防止術式だった。この術式を起動すれば範囲内の音声が一切外に漏れないのは当然の事、通信機や盗聴器などの機械類も全てシャットアウトできるという優れたものである。…キャロルのスペック高すぎ、高すぎじゃない?⦅震え声⦆
「…(これが最後の時間となるのであれば、私は…)」
「…私の事は好きに始末するがいい、だが――」
沈黙が場を支配する中、最初に言葉を発したのは翼だった。彼女は父親と緒川の命を守ろうと、言う事を聞かない体で戦闘を継続させようとするのだが…。
「…翼!」
「っ――はっ、はい」
翼が再び立ち上がると同時に彼女の父、八紘から声が掛けられる。突然の事に驚愕する翼が慌てて返事をすると、彼は翼の方へと向き直り言葉を紡ぎ始めるのだった。
「歌え、翼。 もう一度、夢を追い掛け…お前らしく生きるのだ」
「――っ! で、ですがそれでは…私は風鳴の道具にも、剣にも…!」
八紘が放った言葉、それは翼にとっては衝撃的なものだった。自身を疎んでいた父が現れただけでなく歌えと…夢を追い続けろと言い放ったのだ。それは彼女を困惑させるには十分すぎる程の衝撃だった。
「ならなくていい! 風鳴の穢れた道具などに…お前はならなくて、いいのだ…」
「っ――おとう、さま…」
そして更に翼を混乱させたのは、父が何かを堪えるような表情で自身を抱きしめた事だった。翼は初めて感じる父の暖かさに困惑するものの、冷え切った心に何かが注がれていくような不思議な感覚を覚えていた。
「…(認識阻害術式、起動完了。 後は空気に徹するのみね…)」
「――これはっ…!?(…彼女はまさか、ガリィさんと同じなのか…?)」
ちなみにファラは少しずつ親子から距離を取りながらサポートに徹していた。なおNINJA緒川に薄々勘付かれている模様⦅遠い目⦆
「…」
「…おとうさまは、私の存在を疎んでいたのでは、ないのですか…? だから私は、せめて役に立てるようにと自身を剣に…」
「…」
父親の胸に収まる翼が心情を吐露するのだが、八紘の返事は沈黙だった。彼は娘に伝えたい事がたくさんあったが、それを言葉にすることのリスクが頭をよぎり上手く言葉にすることができなかったのだ。
「…馬鹿ね、娘を疎んでいた父親が貴方との思い出を残し続けるはずが無いでしょう?(貴方達親子だけは、絶対に逃がさない…!⦅迫真⦆)」
「…私との、想い出…?」
しかし、思わぬ所からの援護で状況は一変する。状況を動かしたのはファラ・スユーフ、何故か先程の場所より離れた場所にいた彼女が風鳴親子を援護する為に動き始めたのだった。
「ええ、そう。 この屋敷の子供部屋…そこは散らかっていたにも関わらず、塵一つ無いという不自然な状態が残されている。まるでその部屋だけが過去に取り残されているような不自然な状態が、ね…」
「――貴様っ、何故その事を…!?」
「――そんな、それではお父様は何故…」
「私が調べただけでも、風鳴という家が異質な事は嫌というほどに分かりました。では剣ちゃんに聞きましょう…娘を愛する父親が、その異質なものから娘を守るにはどうすればよいのでしょうか?(ま、まだバレてないわよね…? 大丈夫よね?⦅震え声⦆)」
「…⦅やはり、彼女は…⦆」
ファラさん…⦅多分大丈夫じゃ⦆ないです⦅遠い目⦆
「っ――まさか…お父様は私を守るために、敢えて突き放し風鳴の家から遠ざけていた…?」
「さあ、どうでしょうか? その答えを知るのは貴方の父親だけですもの、彼自身が語る事でしか分かる事はありませんわ(そう!貴方の口から!翼ちゃんに!想いを伝えるのですっ!⦅キャラ崩壊⦆)」
「…私自身の言葉か、そうだな」
遂に答えを導き出した翼だが、ファラはそれを八紘の口から言わせるため彼へとキラーパスを送る。そして、ファラからのパスを強制的に受け取る事となった彼の答えは…。
「…私がお前に翼という名を付けた理由…それは呪われた家に呑まれる事無く、自由に大空を羽ばたくように生きてほしいという願いを抱いていたからだ」
ガリィとの会話、そして今の状況を経て遂に八紘は隠された本心を翼に…娘に告げ、それを聞いた翼の表情は正に呆然といった様子であった。
「っ…! …それでは、私がやった事は…」
「故に私はお前を呪われた家から遠ざける事にした。 だがその結果、お前は夢を捨て命までも奪われようとしている…私は、父親失格だな」
驚愕する翼を余所に、八紘は本心を打ち明け続ける。長年耐えて来たものが零れだした事で、彼自身も言葉を止める事ができなかったのだろうか…。
「そんな…! 私がお父様の本心に気付く事ができていれば、こんな…こんな事には!」
「それは違う! 私が間違っていた…お前が夢を捨てたと聞いた時、私は動かなければならなかったのだ…済まない、翼」
「おとうさま…ごめんなさい、ごめんなさい…!(私は大馬鹿者だ…!夢を捨ててまで剣となる必要など…捨てて良いものなど
二人は目から大粒の涙を流していたものの、その心は温かい何かに包まれていた。そしてそれを見つめる人形の方はというと…。
「…⦅良かったわね翼ちゃん…この光景が見れただけで今日、ここに来て良かったと思えますわ⦆」
「…⦅装者達の強化、ですか…悔しいですね、装者達にとっては僕達よりも彼女達の方が頼りになっているという事は…⦆」
涙を流しながら抱き合う親子の姿を見つめるファラは感動していた。なおこの時点で緒川には完全にバレている模様⦅諦め⦆
「…さて、そろそろ時間切れとさせて頂きましょうか。 剣ちゃん、既に剣を砕かれた貴方は如何致しますか?」
「っ、翼…」
「翼さん…!」
「…問題ありません、私はまだ戦えます」
それから一分後…二人が離れたタイミングを見計らい、ファラは翼達への最後通告を行う。どうやら翼にはまだ戦意が残っているらしく、再びファラの方へと向き直――
「っ!?⦅これは、何…!?⦆」
翼の表情を見た瞬間、ファラの人工知能が得体の知れないナニカを検知しエラーを起こした。その原因は…『恐怖』…もしも彼女が人間であったならば、大粒の汗が流れ体は震えていただろう…そう、今の翼はそれ程までのナニカを感じさせる雰囲気を放っていた。
「そ、そう…では、砕かれた剣の代わりに今度は何を武器とするのかしら?(これが、翼ちゃんの本当の姿…ガリィちゃん、貴方はこれに気付いていたというの!?)」
「いや、私は今も自身が剣である事を…友の苦難を斬り払うその思いに誇りを持っている(そう…この思いは変わらない、捨てる必要などどこにも無いのだ…!)」
ソードブレイカーに対抗するため翼は剣を…捨てなかった。そう、彼女は今も自身が剣であることを誇りに思っていた。しかし、それではファラを打ち倒す事は不可能なはずなのだが…。
「…それで私のソードブレイカーを打ち砕こうと? 貴方、自分の言っている事が分かっているのですか?(私は何かを見落としている…? 何を見逃しているというの…!?)」
「ああ、無茶を言っている事くらい分かっている。…故に、後は私自身の力で証明するのみ! 緒川さん、お父様を安全な所へ!」
後は戦いの中で証明するのみ…そう結論を出した翼は、再び闘志を燃やしファラと対峙する。…あと僅かで、翼の全てを賭けた戦いが開始されようとしていた。
「っ――はい!」
「待て、慎次――翼」
翼の闘志が復活した事を確認し、緒川が八紘を避難させるため動き出す。しかし、八紘はそれを制止し翼の目を真っ直ぐ見つめるのだった。そして…。
「…お父様?」
「…務めを果たし、無事に帰って来い…いいな?」
「っ…!――はい…! 心に刻みます!」
翼へと激励の言葉を残し、二人は後方へと避難を始める。戦場に残された翼はその後ろ姿を見送った後、再びファラへと向き直り対峙した。
「さて、避難も完了したようですし…始めましょうか(聞かせてもらいましょうか、貴方の歌を…特等席で、ね)」
「…その前に一つ聞いておきたい。 お前は…この状況を作るために――」
「これから死合う相手に語る事など…何も有りはしません(はぁ、少しやりすぎたかしら…だけど、ここまで来たからには歌ってもらわなければ困ります!⦅ファンの主張⦆)」
ちなみにこの時点で翼はファラの行動にかなり疑問を抱いていた。しかしここまで来て歌ってもらえないのは困るので、ファラは強引に話題を打ち切る事にした模様⦅ゴリ押し⦆
「っ…そうか、ならば私も全力で戦う事に集中させてもらう!」
前口上が終わり、翼はギアペンダントに手を伸ばす。そして…。
「イグナイトモジュール、抜剣!!」
目の前の敵を打ち倒すため切り札を…イグナイトモジュールを起動した。
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『お前が娘であるものか…どこまでも穢れた風鳴の道具に過ぎん』
(ああ、そうだ…何故、忘れていたのだ)
イグナイトモジュールを起動したことで翼に流れ込んだ呪い、それは以前と同じく過去の光景を彼女に見せ付けていた。
『お父様…! 待ってください!』
(この時、私はお父様の後ろ姿を追い掛けたのだ。そして…)
しかし…彼女の心は微塵も動揺しておらず、それどころかその光景を懐かしむかのような表情で見つめていた。
『…近寄るな!』
(…振り返ったお父様は何かを必死で堪えているような表情をしていたというのに、私は…)
『…』
(…奏)
そして突然景色は変わり、先程父親がいた場所には…奏が立っていた。
『…』
(ごめんなさい、貴方から受け継いだ歌を…夢を私は捨ててしまった)
『…翼』
(だけどようやく気付いたの…今も私には、奏とお父様からもらった大切な翼が生えているという事を…!)
『…うん』
(だから私はもう一度、この翼で夢を…あの日、貴方と夢見た景色をもう一度追い駆けたい!!)
『…それなら今、翼がやるべき事は分かってるよな?』
(ああ、私はこの身に課せられた使命を果たす!)
その言葉を最後に、景色は崩壊し舞台は現実へと戻る。その時が全ての呪縛から解放された彼女が…風鳴翼が産声を上げる時であった。
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「すまない、待たせたようだな」
「っ――い、いえ…それでは始めましょうか(これが、翼ちゃんの…!)」
ファラ・スユーフの視線の先…そこには圧倒的なナニカを放つ女性が一人…その身に呪いを纏った風鳴翼が立っていた。
「承知した」
「…!」
ファラの言葉が戦闘開始の合図となり、両者はほぼ同時に構えを取った。そして翼は歌を、旋律を奏で始め…。
「~♪」
そして…。
「――――――――――――」
旋律が耳に届いた瞬間、ファラ・スユーフの思考は完全に停止した。
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≪ねえ、静かすぎない…? もしかして間に合わなかったのかしら…?≫
(マジかぁ…⦅白目⦆)
(確かに静かすぎるねぇ…)
ガリィはウェル博士をグルグル巻きにした後、シャトーから風鳴邸前へと転移したのだが…そこは静寂に包まれていた。しかし…。
『~♪』
次の瞬間に聴こえて来たもの。それは…歌だった。
≪この声は…翼ちゃんね。 なによもー、間に合わなかったと思っちゃったじゃない!≫
(…なに、これ…?)
(これは、マリアさんの時と同じ…いや、それ以上…?)
(怖い…? いや、違うな…)
歌声が聞こえて来た事で安心するガリィだったが、何故か声達の反応はガリィとは違うようだ。
≪…? なによアンタ達、一体どうしたの?≫
(分からない、分からないけど…)
(ファラ姉さんが、ピンチかも…!)
(と、とにかく中の様子を確認しよう! 早く!)
≪わ、分かったわよ!≫
様子がおかしい声達に急かされ、ガリィは内部の様子を確認するために邸内へと慎重に侵入する。そして…。
≪――――――≫
そこでガリィが見た光景、それは…。
ようやくの翼さんのターンが来ましたね。ついでに歌を特等席で聴けるファラ姉さんもヘブン状態になって一石二鳥です⦅満面の笑み⦆
次回も読んで頂けたら嬉しいです。