あと、プロローグに少し手を加えました。
ではどうぞ!
頬に水滴が当たり、口に流れ込む感触にハジメは意識を取り戻す。
(あれ……?僕……生きて……)
疑問に思いながら目を覚まして体を起こそうとして、低い天井に頭をぶつけて呻きながらうずくまる。
そして反射的にハジメは天井を練成で広げようと手を伸ばすが、左腕はひじから先が無い。それを見てハジメは息をのむが、少しすると左腕を幻肢痛が襲い、思わず切断面を抑えるが、そこは盛り上がった肉で塞がっている。
「ど、どうして……」
ハジメが疑問に思っていると、再び水滴が頬や口元に当たり、それを飲み込むと体に活力が戻ってくる。
「まさか……これの……そうだ、兄さん!」
ハジメは慌てて右手で周囲を探ると、すぐに手は誰かの体に触れる。どうやら何とか持ってくることはできたようだ。
ハジメはすぐさま神羅の体を揺する。
「兄さん!しっかりして!目を開けて!声を出して!」
ハジメはそう言いながら揺するが、神羅は何も声を発しない。それどころか呼吸音も聞こえない。
ハジメは顔を青くしながら必死に神羅を揺すり、体に触れていく。四肢はあの見るも無残なありさまだった。では胴体はと手を触れてすぐに手が穴に落ち、そこでにちゃりとした感触を覚える。
その感触にハジメの目が絶望に染まる。よく見なくてもその感触だけで分かる。兄の腹に穴が開いているのだ。致命傷クラスの。
その事実にハジメは過呼吸気味となり、目の焦点が合わなくなってくる。世界が音を立てて崩壊を起こす音が聞こえてくる。だが、そこでまた水滴が頬に当たる。
その感触でハジメははっとし、焦点が定まる。
「そうだ……この水……!」
恐らくだが自分の傷はこの水のおかげで治ったと思われる。だとしたら、兄もこの水で助かるのではなかろうか。
ハジメは急いで水滴がたれるところに手を差し出して水滴を受け止める。幾らか受け止めたところですかさず神羅の口元に持って行って飲ませようとするが、神羅の口は堅く閉ざされている。ハジメは左ひじを使って口をこじ開けて飲ませようとするが、水がこぼれてしまう。
「ダメだ……もっと必要………水源を探してみよう」
ハジメは幻肢痛に耐えながら右手を水滴が流れる方へ突き出し錬成を行う。そのままどんどん練成して奥に進んでいく。普通なら魔力が尽きてしまうが、この水は魔力も回復するようで、それで回復しながら進んでいく。
流れる水の量が増えてきて、さらに奥に進んでいけば、ついに水源にたどり着く。
「これ……は……」
そこにはバスケットボールぐらいの大きさの青白く発光する鉱石が存在していた。
その鉱石は、周りの石壁に同化するように埋まっており下方へ向けて水滴を滴らせている。神秘的で美しい石だ。アクアマリンの青をもっと濃くして発光させた感じが一番しっくりくる表現だろう。
ハジメは一瞬、幻肢痛も兄の事も忘れて見蕩れてしまった。だが、すぐに思い出すと鉱石の周りの石壁を練成で取り除き、最後には右手でもって石壁から引き剥がす。
ハジメは手の中の鉱石をしげしげと眺めた後、そのまま直接口をつけて水をすする。
すると、体の内に感じていた鈍痛や靄がかかったようだった頭がクリアになり倦怠感も治まっていく。
やはりこれがハジメの回復の原因だったようだ。これならば神羅を助けられるかもしれない。ハジメの目に僅かながら希望が宿る。
なお、まだハジメは知らない事だが、実はこの石、神結晶と呼ばれる伝説の鉱物だったりする。
神結晶は、大地に流れる魔力が、千年という長い時をかけて偶然できた魔力溜りに蓄積、その魔力そのものが結晶化したものだ。確認されている限りでは三十センチから四十センチ位の大きさで、結晶化した後、更に数百年もの時間をかけて魔力を蓄積し、蓄積した魔力が飽和状態になると、液体となって溢れ出す。
その液体は神水と呼ばれ、これを飲んだ者はどんな怪我も病も治るという。欠損部位を再生するような力はないが、飲み続ける限り寿命が尽きないと言われており、不死の霊薬とも言われている。
ちなみにだがハジメが見つけた神結晶。これは自然にできたものではなく、とある黒い練成師が自作して、それをある少女が奈落に落としてしまったものである可能性が高い。
ハジメは外套で神結晶を包んで神水を漏らさないようにすると急いで神羅の元に戻る。
戻ってきたとき、神羅は変わらずその場に横たわっていた。ハジメはくぼみを作ってそこに神結晶を置くと外套を脱ぎ、神羅の口元に持っていくとそのまま外套を絞ってしみ込んだ神水を絞り出し、神羅の口に垂らしていく。
「兄さん!しっかりして!これで助かるから!絶対に助けるから!」
ハジメはそう言いながら神水を飲ませようとするが、神羅は微動だにしない。
「兄さん……起きてよ……僕を……一人にしないでよ……」
必死に神水を絞っていくが、仮に神羅の口の中に入っても飲み込むことはなく、傷も癒えない。意識を取り戻さない。絶望の淵に立ち、心が折れそうなのを必死に保ちながら絞るが、ついに外套から神水が出てこなくなる。
「兄さん……兄さん……兄さん……」
ハジメの手から外套が落ち、その手で神羅の首元に触れるが、そこからは何も返ってこない。ただ冷たい肉の感触しかしない。
それがとどめだった。今まで必死に目を背け、わずかな希望に縋り続けてきたがもう限界だった。もう目をそらすことはできない。
神羅は……自分の血を分けた双子の兄は………死んだのだ。
「兄……さん……」
ハジメはその場で崩れ落ち、光を失った目で項垂れる。ハジメの心は完全に折れてしまった。
南雲ハジメにとって、南雲神羅はどういう兄かと問われたら、彼はよどみなく憧れだと断言する。
双子として生まれながら、二人は双子と呼ぶのに抵抗があるほど似ていない。それは幼少期からだった。
小学校に上がる前には神羅の背はハジメを追い越した。ハジメが比較的家で過ごす日が多いのに対し神羅は外に出ることが多かった。もっとも、その神羅も友達と遊ぶというのは多くなく、散歩や一人で過ごすことが多かった。
だが、時々、ハジメが神羅と共に外で遊ぶときはいつも神羅はハジメを気にかけていた。ハジメはその神羅の後ろをカルガモのヒナのようについて回っていた。
そして、何かあった時、神羅はいつもハジメを守ってきた。それは小学校に上がってからも、中学校に上がってからも。いじめっ子や怖い犬。そう言った恐ろしい物に対し、神羅は常に一歩も引かなかった。一歩も引かず、後ろに隠れる弟を守り続けた。その背中は、ハジメにとってはまさにテレビの中のヒーローその物だった。
その背中にハジメは憧れ、魅せられ、羨望した。もちろん、全てではない。神羅の人間への認識や割と容赦がないところは直したほうがいいと思っているのだが、それでも憧れのほうが強い。
それと同時に心のどこかで情けないと思っていた。いつも兄の背中に隠れてばかりだったから。あの時、檜山たちもリンチしながら言われた。それでも、一緒にいないときはそれなりに立ち向かえたのだが、兄がいたらいつも隠れてしまっていた。それがハジメには兄の足を引っ張っているようでたまらなく悔しい事だった。
だからこの世界に来た時、ハジメは異世界や先への恐怖を抱きながらも心の片隅で喜んでいた。兄を助ける事ができるのだと。
だが、その時は………永遠に来なくなった。
ハジメは、今、手足を縮めて胎児のように丸まって神羅の横にいた。
ハジメの心が折れた日から四日が経っていた。
その間、ハジメはほとんど動かず、神結晶を置いたくぼみに溜まった神水のみを口にして生きながらえていた。
しかし、神水は服用している服用者を生かし続けるが、それで腹が膨れるわけではない。死なないだけでハジメは壮絶な飢餓感と幻肢痛による地獄を味わっていた。
(どうして僕がこんな目に?)
ここ数日それしか考え付かない。
その間何度も何度も、意識を失うように眠りについては、飢餓感と痛みに目を覚まし、そのたびに現実から逃げるように神羅の体を揺さぶり、神水を飲ませ、脈と呼吸を見る。そして死を幾度も叩きつけられ、苦痛から逃れる為に再び神水を飲んで、また苦痛に苦しみ、現実をぶつけられる。
それを何度も繰り返していくうちにいつしか、ハジメは神水を飲むのを止めていた。無意識の内に、苦痛を終わらせ、兄に会いに行く方法を実践したのだ。
(こんな苦痛がずっと続くなら……いっそ……そうすれば……兄さんに会えるし……)
そう内心呟きながら意識を闇へと落とす。
それから更に三日が経った。
一度は落ち着いた飢餓感だったが、再び今度は更に激しくなって襲い来る。幻肢痛は治まらず、ハジメの心を削っていく。
(まだ……死なないのか……あぁ、早く、早く……死にたくない……)
死を望みながら無意識に生に縋る。矛盾した考えが交互に過る。ハジメは既に、正常な思考が出来なくなっていた。うわごとのように神羅の名前を口にするようになった。
それから更に三日が過ぎる。その間ハジメは本当に神水を口にしていない。既に前に飲んだ神水の効力はなくなり、このままでは二日と保たずに死ぬだろう。食料どころか水も摂っていないのだ。
しかし八日目、そこからハジメの精神に変化が現れ始めていた。
幾度も幾度も幾度も幾度も死と生を交互に願いながら、地獄に耐えていたハジメの心に、ふつふつと暗く澱んだものが湧き上がってきたのだ。
(なぜ僕が苦しまなきゃならない……僕が何をした……)
(兄さんが死んだ……なんで死んだ……)
(なぜこんな目に遭ってる……なにが原因だ……何が兄さんを殺した……)
そんなどす黒い思考が滲みだし、ハジメの心を侵食していく。ハジメの心がどす黒く染まっていく。
ああ、そうだ。誰が兄さんを殺した。誰のせいで自分はこんな目に遭っている。分かっている。クラスメイトの誰かだ。誰がそうした。許さない。絶対に許さない。兄はいつも自分を押し殺すようなことはしなかった。常に自分の心に従っていた。ならば………
だが、脳裏に焼き付いた背がその浸食を阻む。確かに兄は怒るときは怒り、容赦なかった。でも、優先するのはいつもハジメの身だった。
自分は兄ではない。だが、自分はそんな兄の背に憧れた。だからハジメは自分に問う。
(僕は……‥俺は………)
9日目。ハジメは自分はどうしたいのか、どうすればいいのか、何をすればいいのか強く自分に問う。
(俺は何を望んでる?)
(俺は生を、兄貴と一緒に帰ることを望んでいる。兄貴の仇を取ることを望んでいる)
(それを成すにはどうすればいい?)
(俺は……俺は……)
そして10日目。
ハジメはじっと静かに横たわる神羅の体を眺めていた。その目には悲壮も、諦めもない。
そしておもむろに手を伸ばすと神羅の髪を束ねる青白い布を片手で苦労しながら外す。
「悪いな、兄貴……一緒に帰りたいけど、流石に死体と一緒じゃ帰ることなんてできそうにない。だから……せめてこれを形見として持っていくことにする」
ハジメは青白い布を口と右手を使って左ひじに固く、きつく巻き付けて縛り付ける。
そして手をついて練成を行うと神羅の周囲の地面を穴に練成する。
穴の中に横たわる神羅を見つめ、ハジメは一回瞑目すると、
「さようなら……兄貴……」
そう呟いて練成で地面を元の形に戻し、神羅を埋める。
完全に埋まったことを確認すると、ハジメは随分と溜まった神水を口に含んで活力を取り戻す。
そしてハジメは顔を上げる。その目に宿るのは奈落の底の闇と絶望、苦痛と本能、そしてそれらの中であっても色あせなかった憧憬の気持ちが鍛え上げた強靭な意志。
「俺は帰る……兄貴と一緒に……そして兄貴の敵を討つ。誰だろうと必ず見つけ出す……それを邪魔するならなんだろうと、誰であろうと……殺す」
その意志と共にハジメは横穴から這い出ていく。
奈落の底の一角。もうそこから人の気配が消えて随分と経つ。すでにハジメはその階層を後にしていた。神羅を埋葬した穴もすでに練成で完全に塞がれている。
その穴があった個所。穴も何もないその壁から何かが聞こえてくる。まるで何かを削り落とすようなガリガリと言う音。
そしてその音がやんだ瞬間、奈落そのものを揺るがすような轟音と共に壁が吹き飛ばされる。壁の一角ではない。壁そのものがだ。それによってできた穴の奥で揺らめく影が見える。その影はブルりと体を震わせると静かに視線を動かし、
「グルアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」
奈落そのものを揺るがさんばかりの咆哮を上げる。その瞬間、その階層の魔物……否、奈落に住まう全ての魔物が一斉に怯え、一匹残らず錯乱したように暴れ回る。
王の目覚めである。
と、言うわけでハジメ君は原作とは少し違います。そうですね……同時刻の原作ハジメよりも丸く、以前の優しさがそれなりに残っています。神羅に少し近いかな。代わりに心の頑強さは現時点では劣っていますね。
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