キングギドラの咆哮が響き渡った瞬間、神羅は背びれを青く、激しく点滅させながら吠える。
「ユエ、シア、さっさと逃げろ!こいつは俺が相手をする!!!」
神羅はその場から大きく飛びのき、一気に数百メートルの距離を稼ぎながら全身から黒い魔力を放出。それは瞬く間に黒い巨体を構築し、ゴジラへと変ずると地面を粉砕しながら着地する。
ギドラからしてみれば虚空からゴジラがいきなり現れたような光景にも拘らず、三つの頭部に動揺した様子は見られない。まるで、神羅がゴジラだと気付いていたようだ。
ゴジラが唸り声をあげ、背鰭を激しく明滅させながらギドラを睨みつけると、ギドラも空中に浮遊しながら翼を大きく広げ、尾を激しくかき鳴らす。それだけで尋常ではない
「っ………シア!いったん退避してハジメ達と合流しよう!」
ここでゴジラとギドラが戦闘を行えば間違いなく巻き込まれる。そうなればユエであっても生きて帰れる自信はない。一刻も早くここから退避しなければならない。ユエは黒盾をしまいながらシアの肩を掴むが、シアは何も答えない。だらりと腕が垂れ下がり、手からドリュッケンが零れ落ち、そのまま地面に向かって落下していく。それでもシアは虚空を見つめたまま何の反応も示さない。
「シア、どうしたの!?」
慌ててユエはシアの前に回り込み、顔を覗き込むが、その瞬間、大きく息を呑む。
シアは土砂降りの雨にも構わず大きく目を見開きながら激しく体を震わせていた。半開きの口からよだれを垂らしながら、何かをぶつぶつと呟いている。
「王……あの者こそ……王………王に……王に従え……従え………」
その呟きが進むにしたがってシアの目が白目をむきはじめ、それに比例するように体の震えが大きくなっていく。明らかに異常な事態だ。
「シア、しっかりして!シア!気をしっかり持って!」
ユエはシアの肩を掴んで激しく前後に揺さぶりながら呼びかけるが、彼女の異常が収まる気配はなく、むしろ呟きは早口に変わっていき、震えも大きくなり、異常はシアを蝕むように進行していく。
「っ……!ゴメン!」
ユエはそう謝ってから拳を握り、更に黒い重力場で包むと、思いっきりシアの腹部に叩きこむ。
げぼっ!とシアは口から激しく胃液が吐き出しながらその場で体を九の字に曲げ、激しく咳き込む。
「げほっ、げほっ、おぇあ………あ、あれ?私……何を……?」
それが収まり、体を起こしたシアは困惑したように周囲を見渡している。身体の震えも止まっており、完全に正気に戻った様子だ。
「シア!よかった、戻ってきた!」
それを見たユエは安堵したように顔を崩しながらシアを抱きしめる。
「ゆ、ユエさん!?い、一体どうしたんですか!?」
「それはこっちのセリフ……突然様子がおかしくなったけど、何があったの?」
「何って……偽王が吠えたら、急に頭の中で声が響いたんです。我こそが王。我らこそが王。王に従え……王の命に従えって………そしたら……急に意識が遠のいて………その声に従わなくちゃいけないって思い始めて……」
最初こそ困惑したように話していたシアだったが、進むにしたがってその顔が青ざめていき、体が恐怖で震えていき、己の肩を抱きしめる。
「まさか……呼びかけ……?」
前世で、偽王が地球全土の怪獣に呼びかけ、己の配下にしたと言うのは神羅から聞いている。恐らくあの咆哮はその呼びかけだったのだ。このトータス全土……いや、もしかしたらトータスの外の海の果てにまで届く王の宣誓。その影響をもろに受けたのだろう。
だが同時にユエはなぜ自分は無事なのだろうと疑問を感じる。自分もあの咆哮は聞いたがそんな声は聴いていないし、正気を失ったりもしていない。
なぜ、とユエは困惑しながらシアを見て、彼女の頭のうさ耳を見て目を見開く。
(まさか……亜人族だから?)
亜人族は獣の特徴を有した人間。つまり他の人間族よりも獣に近い。それが要因なのだろうか。
「って、まさか……!?」
獣に近い存在はギドラの影響を受ける。では魔物はどうなるか。
慌てて視線を周囲に向ければ、予感は的中していた。魔人族側の魔物たちの生き残り全てが先ほどまでとは打って変わって静かにギドラを見上げている。まるで王の命を待つ兵士のように。
そしてギドラの右の頭部が魔物たちを見下ろし、軽く吠える。
瞬間、それに答えるように魔物たちが咆哮を上げ、
「な、なんだ!?急に……ぐぁ!?」
「ど、どうした!?おい、言う事をぎぁ!?」
「ふ、フリード様、助け……がぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
次々と魔人族へと襲い掛かる。己の背に搭乗していた魔人族を振り落とし、落下した魔人族にほかの魔物たちが一斉に襲い掛かり、血祭りにあげていく。そんな光景がそこらじゅうで繰り広げられ、魔物の咆哮と魔人族の悲鳴が周囲に木霊する。
「ど、どうしたんだウラノス!しっかりしろ!」
それはフリードが乗っているウラノスも例外ではなかった。咆哮を上げながら激しく身をよじり、フリードを振り落とそうとする。フリードは懸命に鞍に掴まって堪えるが、ウラノスは更に激しく暴れまわる。
「魔物たちが……一瞬で………!」
「これが……偽王………!」
その光景を見て、ユエとシアが戦慄の表情を浮かべた瞬間、
ゴガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!
天を揺るがすような凄まじい咆哮をゴジラが上げる。ビリビリと空気が揺れ、あまりの大音量にユエとシアは顔をしかめながら耳を塞ぐ。
咆哮が収まるとゴジラは唸りながら身を震わせてギドラを睨みつける。対しギドラははっきりと顔を歪ませながら、忌々し気にゴジラを睨みつけている。
何が、と二人がギドラを見上げていると、
「う、ウラノス……大丈夫か?いったい何が……?」
不意に聞こえてきたフリードの声にユエ達が視線を向ければ、先ほどまで暴れていたウラノスが弱々しく鳴きながら頭を振っており、その首元をフリードが撫でていた。
更に地上でも魔物たちの動きは止まっているが、どこか様子がおかしい。まるでエラーを起こしたロボットのように体が震わせ、混乱したようにうめき声を上げている。
「まさか………偽王の呼びかけを上書きした?」
ギドラにできるのならゴジラも似たようなことはできる。それを使って奴の呼びかけを無力化したのだ。
だが、その僅かな間に魔人族の部隊は壊滅状態に陥っていた。魔物はまだ残っているが、地上の魔人族はほぼ全滅状態となってしまっており、空のいた魔人族達もほとんどが黒鷲の背中から振り落とされ、そのまま魔物の群れに呑み込まれてしまったようだ。
部隊の惨状を目にしたフリードの顔色は蒼白となり、瞳の集点がぶれるが、そんなもの知らないと言わんばかりにゴジラはギドラを睨み、荒々しく尾を地面に叩きつけ、背びれを激しく明滅させる。ギドラも激しく尾を振り回しながら三つの頭部の視線がゴジラに集中する。
ただでさえ尋常ではなかった圧がさらに高まり、ぶつかり合い、せめぎ合う。さながら噴火の寸前の火山を見ているような圧迫感にその場の全員が動けない。混乱しきっていた魔物たちですら、かつてない重圧を感じ取ったのか嵐をやり過ごそうとするかのように動きを止めている。
だがそれは、あまりにも唐突に、理不尽に、身勝手に破られる。
ゴガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!
ルァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!!
4つの咆哮が轟いた瞬間、ゴジラは地面を吹き飛ばしながら猛然と駆け出し、ギドラは真っ直ぐにゴジラ目掛けて両足を振り上げながら急降下する。
そして両者が激突した瞬間、凄まじい衝撃が周囲を駆け巡り、雨粒の悉くが吹き飛ばされ、衝撃をまともに浴びたユエ達が吹き飛ばされる。
それがきっかけとなったように魔物達は一目散に逃走を始める。そこに秩序なんてなく、行動が僅かにでも遅れた物、体の小さい物は他の魔物に弾き飛ばされ、立つ事もできずに踏み潰される。全ての魔物が生き残るために一メートルでも多くここから遠ざかろうとした結果、新たな地獄が生み出される。その地獄に巻き込まれ、ただでさえ少なかった魔人族の生き残りが更に踏み潰されていく。
「っ……皆、撤退だ!一人でも多く、この場から退避しろ!急げぇ!!」
フリードは喉を裂くような大声を張り上げると、魔人族たちは即座に退避を始め、フリードを乗せたウラノスも猛スピードで王都付近から撤退していく。
「っ……!シア、早くここから逃げる!」
「分かってます!」
それはユエ達も例外ではなく、弾かれたようにその場から背を向けると、そのまま王都方面に急行する。
それらに気づいた様子もなく、激突と同時に組み合っていたギドラとゴジラだが、ギドラはゴジラに両足の爪を喰いこませ、更には尾を胴体に巻き付け、きつく締め上げる。逆にゴジラはギドラの足を圧し折るつもりで掴むとそのまま地面に引きずりおろそうと力を込める。
が、その前にギドラが大きく羽ばたく、ゴジラの巨体が一瞬浮かび上がる。そこからギドラは一気に降下してゴジラを背中から地面に叩きつける。盛大な地響きと共に大地が割れ、衝撃で魔物たちが木っ端のように吹き飛ばされる。
更にギドラはゴジラを押し付けながら飛行し、引き摺り回す。その軌道に沿って地面がめくり上がり、地上の魔物たちが土石の波に呑み込まれていく。
だがゴジラもやられっぱなしではない。引き摺られながらも背びれを光らせると、口から青白い火球を放つ。これまでの熱線とは違う、チャージができていないため威力は低いがチャージせずに撃てる小回りと連射が効いた新技だ。
火球は3本の首の根本に直撃し、ギドラが怯んだように動きが止まる。その瞬間、ゴジラは今度こそ熱線を放つ。
青白い閃光はギドラを直撃し、その威力で巨体を大きく吹き飛ばし、背中から地面に叩きつける。それだけで大地が割れ、耳をつんざく轟音が響き渡る。
だが、ギドラは熱線の直撃を受けたにもかかわらず、即座に立ち上がる。その黄金の鱗は一部が焼けこげているのだが、それは見る見るうちに治っていく。忌々し気に唸るギドラの視線の先で、ゴジラが背を向けた状態で立ち上がろうとしていた。
好機と見たのかキングギドラは即座にゴジラ目掛けて猛然と地面を駆けて突進する。
その瞬間、ゴジラの長い尾が青白い炎を纏いながら静かに振り上げられる。
その光景を見たギドラはとっさに止まろうとするが、その時にはすでに尾の間合いに入っていた。
そして、ゴジラが思いっきり体を振るうと、猛然と尾がギドラを横薙ぎに殴りつける。爆音と青白い爆発と共にギドラの巨体が横に吹き飛ばされる。
が、ギドラはどうにか脚と翼を地面に叩きつけて着地。殺しきれなかった勢いで地面を抉っていくが、倒れるのだけは防ぐ。
尾を振り抜いた勢いで振り返ったゴジラは間髪入れずにギドラ目掛けて突進する。ギドラは迎え撃つように三つの首を伸ばし、ゴジラに牙を突き立てようとする。
ゴジラは拳を握ると右の頭部を殴り飛ばし、中央の頭部に頭突きをぶち込み、左の頭部を掴み上げる。
ゴジラはそのまま左の頭部を地面に叩きつける。その隙に殴り飛ばされた右の頭部が憤怒に両目を燃やしながら襲い掛かり、ゴジラの左肩に喰らい付く。
それと同時にギドラの牙から雷撃が放たれ、ゴジラを襲う。
ゴジラが苦しげな声をを上げると同時に中央の頭部までもゴジラの首元に喰らい付き、雷撃を放つ。
流し込まれた雷撃に全身を襲われ、ゴジラは苦悶の咆哮を上げる。それだけに終わらず左の頭部も拘束を振り払ってゴジラの右腕に喰らい付くと、雷撃を放ち、漆黒の巨体をを振り回す。ゴジラは噛み付きを振りほどこうとするが、ギドラは逃がさんと力づくで抑え込もうとし、結果互いにもつれるように暴れまわる。地面が、魔物が、王都周辺の全てが砕け散り、破片が豪雨と混じって地面に打ち付けられ、破壊が加速していく。その破壊の雨は当然王都にまで降り注いでいるが、結界が辛うじて防いでくれている。
激しく暴れても振りほどけない事に業を煮やしたのか、ゴジラは両腕に青白い炎を纏わせるとギドラの中央の頭部を殴りつける。
爆炎が炸裂すると同時にギドラが驚いたように口を放し、その隙にさらにギドラを大きく振り回し、その勢いで右の頭部を振りほどくと、左の頭部を殴りつけて怯ませ、更に胴体に蹴りを叩きこむ。たまらずギドラは大きく後ろにたたらを踏むが、踏みとどまってゴジラを睨みつけると、三つ首の喉元が光り輝く。
そして三つの口が同時に開いた瞬間、眩い黄金の雷撃が放たれる。最上級魔法の天灼すら児戯と思えるほどの凄まじい雷撃がゴジラに襲い掛かるが、ゴジラはをそれを身を伏せて回避する。
目標を失った雷撃はそのまま空に向かって伸びていき、王都の結界の上部を掠める。たったそれだけで大結界が全て砕け散り、王都に結界の破片が豪雨に交じって降り注ぐ。
そして雷撃を避けたゴジラはその態勢から熱線を放つ。熱線はギドラを直撃。巨体は吹き飛ばされ、背中から地面に叩きつけられ、凄まじい地響きを引き起こす。
ゴジラは荒々しく咆哮を上げながら猛然とギドラ目掛けて突進する。
時間を少し巻き戻し、ギドラが降臨した直後。その光景は王城にいたハジメ達からも見えていた。
「な、なんだよあいつ………」
誰かが空を見上げながら呟く。だが、その声に答える者はいない。答えられる者はいない。その場にいる全員が愕然と空を見上げていたからだ。
空を覆う黒雲を切り裂きながら現れた圧倒的な金色の巨体。まさに神話の中と言っても過言ではない現実離れした光景に恵理と檜山を含めた誰もが言葉を失い、理解を放置していた。
「あ、あれは……まさか………」
「ああ、きっと……」
その中であってもティオとハジメは頭を働かせていた。あの金色の体に三つの首。間違いなく、ゴジラが前世で戦い、エヒトの手によってトータスに召喚され、解放者たちを蹂躙した偽の王だろう。
このタイミングでの出現をハジメ達は全く予想できなかった。
そしてキングギドラが大きく咆哮を上げた瞬間、クラスメイト達の認識が追い付き、それと共に一瞬で心が恐怖に呑み込まれ、悲鳴と絶叫が響き「カァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」わたる寸前、凄まじい
オルクス大迷宮を彷彿とさせる行動を起こしたのはハジメだった。全力の魔力放出と加減なしの威圧によってあの時の神羅と同じことをやってのけたのだ。もっとも、もしもキングギドラが目の前にいた場合、ハジメには成功させる自信はあまりなかった。今回は自分達とキングギドラの距離が大きく離れていて、尚且つ奴の意識が別の何かに集中していたから成功したのだ。
「好き勝手に動くな!全員今すぐ、城の中に退避しろ!」
ハジメはそう叫ぶが、周りの生徒たちのほとんどが動こうとしない。いや、動けないのだ。あまりにも事態が急転しすぎて理解が追い付いつかず、右往左往している。
「っ……!ティオ、香織!後動ける奴全員で……」
ハジメはそう言いながら近くにいたティオに顔を向けるが、その瞬間息を呑む。
ティオは焦点の定まらない眼で虚空を見上げながらよだれが垂れるのも構わずに口を半開きにして立っていた。
「ティオさん!?どうしたんですか!?」
香織もティオの異常に気付いたのか声をかけるが、ティオはそれにすら答えず、逆にぶつぶつとうわ言のように何かを呟き始める。
「王……あの者こそ……王………王に……王に従え……従え………」
「何を言って……しっかりしてください、ティオさん!」
香織がティオの肩を掴んで激しく揺さぶるが、ティオの呟きは途絶えない。それどころか呟くほどに両面が白目をむいていき、体が震え始める。
「ちょ、ちょっと南雲!?ティオさん、なんかおかしくなってない!?」
更に異変に気付いた優花が慌てて駆け寄ってくる。
「……多分、あの黄金の怪獣の仕業だ。何らかの方法でティオに精神的に干渉してるんだ」
「それって……だ、大丈夫なの!?」
「どう考えても大丈夫じゃない!早く何とかしないと……!」
だが、精神への干渉なんてのはハジメには門外漢だ。一体どうやれば解けるのか……
そうしている間にティオの状況は更に酷くなっていき、呟きはもはや聞き取れないほどに早くなっており、もはや一刻の猶予もない事は明白だった。
「ちっ……悪く思うなよ、ティオ!」
そう言うとハジメはティオの顔を唐突に思いっきりぶん殴る。鈍い音と共にティオの顔に拳がめり込み、弾かれたようにティオの身体が吹き飛び、地面に叩きつけられる。
「ちょ、南雲!?いきなり何を!?」
「そ、そうだよ南雲君!まさか南雲君も……!」
「他に方法が思いつかなかったんだよ!正気に戻す方法なんてあれぐらいしか……」
「だからって……」
「いや……的確な判断じゃよ、ハジメ殿」
その声にハジメ達が顔を向けると、鼻から血を流しながらティオが立ち上がる。その目は、殴られた後にも拘らず、焦点がはっきりとしており、ちゃんと意思の光が宿っている。
「ティオさん、大丈夫なんですか!?」
「ああ……皆心配をかけて済まぬ。どうにか戻れたようじゃ」
香織に鼻を治してもらいながらティオは流れた血を拭う。
「何があったんだ、ティオ?もしかしてだけど……」
「ハジメ殿が考えている通りじゃ。奴が吠えた瞬間、頭の中で声が聞こえて……そこからはその声に従う事しか考えられず……」
顔をしかめながら頭を振るティオを見て、ハジメは自分の想像が当たったと確信する。
今はまだここの被害はティオだけだが、今度はどうなるか分からない。一刻も早くどうにかしなければ。
そう考えた瞬間、キングギドラの物とは全く違う咆哮が轟き、ハジメ達ははっ!と視線を咆哮が轟いた方角に向ける。そのさきは壁に囲まれていて見えないが、それでも分かる。
「あの咆哮って……神羅君の……だよね?」
「ああ……どうやら兄貴も臨戦態勢になったらしい」
「それは……不味いのう。神羅殿と奴が本気で戦ったら、王都が無事である保証なんてないぞ……!」
「南雲……一体何が起きているんだ……?あの魔物も依然言っていた怪獣と言う奴なのか……?」
ハジメ達が顔を引きつらせていると、彼等の代わりに生徒たちを宥めたメルドが近寄ってくるが、その顔には隠し切れていない恐れが浮かんでいる。
どうにか落ち着いた生徒たちも同様に恐怖が張り付いた顔をハジメ達に向けてくる。その中で、光輝が引きつった表情でハジメに詰め寄ってくる。
「そ、そうだ南雲!あれは一体何なんだ!?それにさっき聞こえてきた咆哮は……!?」
「……あれも怪獣だよ。それも、怪獣の中でもとびっきりにやばい奴だ。兄貴でも勝てるかどうか分からないレベルのな……さっきの咆哮は兄貴の物だ。本気を出したって合図のような物だよ」
その言葉に光輝が言葉を失い、親衛隊の面々がゴジラの姿を思い浮かべた時、予想外の者が声を上げる。
「そ、そんなのどうでもいいだろ!そんな事よりもさっさと拘束を解けよ!早く、早く逃げようぜ!」
「そ、そうだよ!今ここで争ってる場合じゃないでしょ!?一緒に逃げようよ!」
それは檜山だ。縛られた状態で、恐怖に引きつった顔で叫ぶ。それに便乗するように恵理も同じように叫ぶ。メルドは一瞬軽く息を詰まらせるが、すぐに首を横にふると、
「ああ、今すぐに退避する。だが、お前たちの拘束は解かん。この混乱に乗じて逃げられるわけにはいかないからな」
その言葉に恵理も檜山も愕然とした表情を浮かべ、激しく騒ぎ出す。
「なんでだよ!どう考えてもそんな事態じゃないだろ!?俺達が死んでもいいってのかよ!?ふざけんな!さっさと拘束を解け!俺を開放しやがれ!!」
「こ、光輝君……光輝君からも何とか言ってよ……このままじゃ、僕、逃げ切れずに死んじゃうよ……そんなの、光輝君は許さないよね……?」
檜山と恵理の抗議に生徒たちはどうすればいいの変わらず、途方に暮れたように突っ立っている。
「おい、何でもいいけど、早く城の中に逃げたほうがいいんじゃないか……?空もどんどんひどくなって……」
空を見上げていた淳史が放水銃を固く握りしめながら言った瞬間、凄まじい衝突音と共に何か衝撃のような物が空気を揺らす。
クラスメイト達は突発的な異常に激しくうろたえる中、ハジメ達は即座にその正体に気付く。
「これは……いよいよ始まったか……!とにかく全員、一回城の中に避難しろ!姫さん!あの秘密の通路に逃げ込むが構わないな!?」
「え!?あ、は、はい!そうしましょう!」
リリアーナが大きく頷いたのを確認したハジメは恵理と檜山を抱えようと足を向け……
その瞬間背骨に氷柱を突き刺されたような凄まじい悪寒に襲われ、反射的に後ろに跳び退る。
直後、上空から銀雷が降り注ぎ、広場を直撃、凄まじい衝撃が炸裂し、生徒たちが悲鳴を上げながら吹き飛ばされる。
荒れ狂う衝撃の中、ハジメは顔を庇いながらもどうにか踏ん張り続ける。
十数秒、もしくは数秒が経過したころ、銀雷が収まり、広場から空に向かって煙が立ち上る。
「っ……!おい、全員無事か!?」
ハジメが大声で叫ぶと、
「……妾達は大丈夫じゃ、ハジメ殿。香織も優花もな」
振り返れば、ティオが部分変化で出現させた翼を広げていた。そのそばには香織と優花の姿もある。どうやら翼で二人を守ったらしい。
「な、何が起きたんだ……!?」
メルドも無事なようで、リリアーナを守る様に彼女の前に立ち、大剣を構えている。
一方で周りからは吹き飛ばされた生徒たちのうめき声が聞こえてくる。どうやらまともに受け身も取れなかったらしい。だが、気配察知で見る限り、人数が減った気配は……
「逃げられるわけにはいきませんね」
その瞬間、ハジメは即座にドンナーとシュラークを構えて煙を睨みつける。
直後、煙が勢いよく吹き散らされると、その中心に銀と金の髪に魔力の翼を携えたノイントが立っていた。
「っ………神の使徒が、ここに何の用だよ……!」
静かに立つノイントを見てハジメの本能が警鐘を鳴らす。こいつは自分が倒してきた使徒とは明らかに違う。そいつらよりも間違いなく格上の存在であると。
恐らく神羅が相手をしていた存在だろう。恐らくだが偽王をここに召喚したことにもこいつが一枚噛んでいる気がする、だからか、そんな奴がここに来た理由がハジメには全く分からない。
やる事が無くなったから自分たちを始末しに来たのかと思ったところで、ノイントは予想外の言葉を口にする。
「いえ、ただ彼女を回収しに来ただけです」
そう言ってノイントはちらりと傍で意識を失って倒れている恵理を見下ろす。彼女を拘束していた縛廻鎖も、レージングも銀雷によって千切れてしまっている。
その言葉にハジメは一瞬ポカン、と口を半開きにするが、即座に意識を集中させ、ノイントを睨みつける。
「中村をって………一体何のために……!?」
「そう言う契約ですので」
淡々と告げられる言葉にハジメは困惑したように顔を歪める。と、
「ひ、檜山君……!?檜山君、どこですか!?」
不意に腕を抑えながら立ち上がった愛子がせわしなく周囲を見渡しながら叫ぶ。そこでようやく、ハジメは檜山の姿が見えない事に気付く。どこかに吹き飛ばされたのかと思った時、ハジメは大気に濃い血の臭いが混じっている事に気付き、顔をしかめる。
これは、と思ったところでノイントの足元の煙も晴れていき………頭を砕かれ、右上半身だけになった檜山の姿が露になる。その目には一切の光が宿っておらず、虚ろな闇のみが広がっている。
そのあまりにも無残な姿にクラスメイト達は愕然とし、愛子は呆然とした表情を浮かべる。
どうやら、檜山はあの銀雷をまともに喰らったようだ。確かにノイントは恵理については言及していたが、檜山については何も言っていない。恐らく、ノイントの狙いは恵理だけなのだろう。
「ひ、檜山君!檜山君!」
はっとした愛子が檜山の元に向かおうとするが、それを淳史と昇が抑え込む。
「玉井君、相川君!?離してください!檜山君を、檜山君を助けないと……!」
「無理だ先生!もう……もう、檜山は……檜山は、もう………!」
「ち、違います!そんなはずが、そんなはずがありません!檜山君、檜山君!」
昇の言葉に愛子は錯乱したように叫び、暴れる。それを見て、ようやく周囲のクラスメイト達は檜山の死を実感し始め、みな顔が蒼白となり、ガタガタと体が震えだす。
「貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
光輝が激昂したように咆哮を上げながら限界突破、覇潰を使用。全身から魔力の奔流をまき散らしながらノイント目掛けて一気に突進し、聖剣を振り上げる。
が、ノイントの手がぶれた瞬間、光輝の両手が肘から先が消失。ついで体が凄まじい勢いで吹き飛ばされ、そのまま広場の壁に叩きつけられる。少し遅れて聖剣がそれを握った右手ごと地面に落ちる。
「光輝ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「てめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
雫が悲鳴じみた声を上げながら光輝に駆け寄っていき、龍太郎が咆哮を上げながらノイントに殴りかかろうとする。ノイントが龍太郎に向かって無造作に手を伸ばした瞬間、額に何かを喰らったように仰向けに吹き飛ばされ、そのまま動かなくなる。
その様子に全員が最悪の展開を予想するが、龍太郎の頭は無事だった。ただ額が赤くなっていること以外は。
ノイントはゆっくりと視線をハジメに向けると、彼は宝物庫から取り出したゴム銃を放り捨て、改めてドンナーをノイントに突きつける。
「……香織、天ノ河の治療、いけるか?」
「う、うん……再生魔法なら……」
そう言って香織は光輝の元に走っていく。そして、優花もまた愛子の元に走っていき、ティオがハジメの隣に立つ。
「……別にあなた方の排除は命じられていないので、戦わないのであれば、見逃してあげますが?」
「そうかい。そいつはありがたい………でもな、俺個人としては、お前をこのまま逃がすわけにはいかないんだよ」
それは別に檜山や光輝の敵討ちなんてものじゃない。ハジメの直感が警鐘を鳴らしていた。このままこいつを逃がしてはならない。ここでこいつを仕留めなければとんでもない事になる。そんな予感がハジメを突き動かしていた。
「そうじゃな……このまま逃がすなど、できる事ではないな」
そう言ってティオは両手両足を竜へと変じ、黒い尾を伸ばし、構える。それを無感動に眺め、ノイントは呟く。
「そうですか………では、少し遊んで差し上げましょう」
今年のコミケ、二日行きましたが、戦果は上々、大収穫でした。でも、その分肩に凄まじい負担が……
それでは皆さん、今年一年、お疲れさまでした。来年も、良いお年を!