ありふれた職業で世界最強 魔王の兄は怪獣王   作:夜叉竜

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第94話 それでも

 ハジメが宣言した瞬間、光輝のときのように周囲は水を打ったように静まり返った。だが、意外にもクラスメイト達が騒ぎ出すようなことはなかった。光輝と同じ様な宣言だが、光輝とは対照的な静かな雰囲気に、彼らはただ困惑したように彼を見つめる。

 対し、ユエ達南雲パーティの面子はその言葉を聞いて全員が覚悟を固めたような顔をする。

 

 「な、なんだよ南雲........てめぇも天之川と同じように、あの場所に向かえって言う気か……!?」

 

 近藤がそう言いながら未だ轟音鳴り響く方角を指さす。その言葉に反応したかのようにクラスメイト達がハジメを睨みつけるが、当人は小さく口をへの字に曲げると、

 

 「そんなことは言ってないだろ。お前等についてこいなんて言うつもりはない。逃げたいなら逃げていい。でも、俺は行くってだけだ。手伝えなんて言わないし、させないっての」

 

 そう言うと、クラスメイト達はみな呆けた表情を浮かべた後、一転、困惑した表情を向けてくる。

 

 「い、行って何をするんだよ。あんなの、俺達でどうこう出来ることじゃ………」

 「そのための備えはずっとしてきた。それこそ、準備不足なんて言い訳、通用しないぐらいにな。だからそこは問題ねぇよ」

 

 そう言ってハジメは肩をすくめるが、そんな彼を愛子は殺気立った目で睨みつける。

 

 「南雲君も何を言っているんですか。そんな事先生は許しません……!今すぐ私と一緒に来なさい」

 

 もはや命令するような口調に、だがハジメは眉を顰めたりせず、愛子と正面から向き合うと小さく息を吐き、口を開く。

 

 「…………先生ならそう言うだろう。でも、許されなくても、止められても、行かせてもらう」

 「どうして私の言う事が聞けないんですか!?あんな戦いに向かうなんて先生は許しません!私と一緒に逃げなさい!」

 「悪いけど、そう言うわけにはいかない」

 「あれは私たち人が挑んでいい存在じゃありません!そんなことも分からないのですか!?」

 「.........分かってるよそんな事。いやというほどにな」

 

 そう言ってハジメは小さく苦笑を浮かべる。勇ましさや戦意が感じられないその表情にその顔に愛子は戸惑うように息を詰まらせるが、すぐに頭を振ると、

 

 「だ、だったら逃げればいいじゃないですか!敵わないなら逃げればいいんです!戦える人に任せればいいんです!自惚れるのもいい加減にしてください!」

 「自惚れた事なんて………最初の頃はそうだったな。でも、もう自惚れてねぇよ。自分の身の程は弁えてる。それでも………逃げたくないんだ」

 「あ、貴方は以前、私達に逃げろっていったじゃないですか!そのあとあなたたちも逃げてきたじゃないですか!今回も逃げればいいじゃないですか!」

 「ああ、そうだ。あの時俺は逃げた……でも、今度は逃げないって決めた。そんだけだよ」

 

 そう言うハジメの表情はひどく落ち着いている。それは彼の決意がゆるぎないものであると示しているようだ。愛子は全身を激しく震わせ、ギリッと奥歯を噛み締めた後、忌々しげに叫ぶ。

 

 「あんな戦い、化け物に任せておけばいいんです!貴方がやる必要はないんです!どうしてその事が分からないんですか!?」

 

 その瞬間、親衛隊達は大きく目を見開く。確かに神羅は怪獣だが、紛りなりにも生徒だ。その神羅を生徒思いの愛子が化け物呼ばわりした事に彼らは驚きを隠せなかった。更に愛子の言葉がきっかけになったように周囲の他の生徒たちが口を開く。

 

 「そ、そうだ……あんなの放っておけばいいだろ」

 「そ、そうよね……変な事してこっちに来られても勘弁だし……手を出さないほうが正解よ」

 「化け物は化け物同士で殺し合っていれば……」

 「どうせならそのまま相討ちになってくれた方が……」

 

 完全に神羅を同級生どころか人とすら見ていない言葉が次々と上がる。

 だからこそ、

 

 「………そうなんだろうな、きっと」

 

 その言葉に全員が意表を突かれたように言葉を無くす。まさか同意してくるとは思っていなかったのか愛子は戸惑うように目を瞬かせる。

 

 「きっと、俺なんかが行っても何の力にもなれないだろうな。俺がいないほうがいいのかもしれない。兄貴に任せて、さっさと逃げるのが正解なんだろう」

 「だ、だったら……」

 「さっき言ったろ。俺が嫌なんだよ。このまま兄貴に全部任せるなんて……絶対に嫌だ。そんだけだ」

 

 そう言うハジメの表情に変わりはない。だが、その目には静かな決意が宿っていた。何があっても、神羅を助けに行くというゆるぎない決意が。

 その目に愛子は小さく声を漏らす。そして次の瞬間、愛子は何かに気づいたように目を見開くと、カタカタと体を震わせ始める。先ほどまでの興奮が落ち着いた事で、先ほどまでの自分の行動、そして自分が発した言葉に気付いてしまったのだ。

 愛子はその場にへたり込み、目の焦点が定まらなくなり、顔は蒼白となり、ガチガチと歯の根を鳴らす。

 

 「わ、私は……い、いえ、違う……違います……私は……私は……」

 

 錯乱するように頭を振りながら呟き始めた愛子だが、メルドは彼女の元に近づくと、首に手刀を落とす。一瞬痙攣したのち、愛子はそのまま意識を失い、倒れ込むが、メルドが即座に背中を支える。親衛隊が慌てて愛子の名前を呼びながら駆け寄ると、メルドは彼らを安心させるように頷く。

 

 「悪いな、メルド」

 「いや、俺の方こそ悪かった。もっと早くこうしていればよかった……」

 

 メルドは後悔を滲ませて首を振るが、ハジメはそんな事ないと言うように首を横に振る。

 

 「この場は任せていいか。行かなきゃいけないからさ」

 「ああ、分かった………ただ、一言言わせてくれ………絶対に死ぬな。必ず戻って来い。神羅も一緒にな」

 

 その言葉にハジメは小さく笑みを浮かべて頷くとその場から歩き出す。その隣に、ユエ達が続く様に並び立つ。

 生徒たちが目を丸くする中、代表するようにユエが口を開く。

 

 「ハジメ、私達も行く」

 

 端的な、余計なものをそぎ落とした言葉は、彼女たち4人の決意を何よりも示していた。

 

 「………こう言っちゃなんだけど、これは俺の我が儘だ。俺が行きたいから行くってだけで、それにユエ達がつき合う必要は……」

 「私の居場所はハジメの隣。ハジメが行くと言うのなら、私は地獄の底だろうと一緒に行く」

 

 そう言ってユエはハジメを見上げ、小さく口の端を持ち上げる。

 

 「それが理由の7割。後の3割は単純。私も神羅を、友達を助けたいだけ」

 「そうですよ。私たち全員、神羅さんを助けたいって思いは同じですよ」

 「そうじゃ。ハジメ殿に付き合うつもりはない。妾達が神羅殿を助けたいのじゃ」

 「好きな人を助けたいと思うのは当然でしょ?だから、私は行くよ」

 

 彼女たちの言葉にハジメは無粋だったか、苦笑を浮かべると再び歩みを再開しようとし、

 

 「待って、南雲!」

 

 その背に優花が声をかける。その声に振り返れば、優花や親衛隊の面子がこちらを見つめていた。だが、その目には他の生徒たちのような畏怖や恐れはなく、自分たちを案じているような色があった。

 彼らを代表するように優花が口を開く。

 

 「南雲……本当に行くの?あそこに」

 「ああ、行くよ」

 「死んじゃうかもしれないのよ?あっという間に……虫を潰すみたいに……」

 「そうだな……」

 「………怖く………無いの………?」

 

 その問いにハジメは一瞬考えこむように唇を噛み、

 

 「怖いよ」

 

 そう言って弱々しく笑う。それは再会してからのハジメからは想像できないほどに弱々しい、地球にいたころの彼を思い出させるような笑みだ。だというのに、頼りない感じは一切しなかった。まるで決して揺らぐことのない山を見上げているような感覚を覚える。

 

 「怖いに決まってるだろ。怖いと感じない奴は、絶対に頭がイカれてる。俺はそこまで狂えてねぇよ」

 「じゃぁ………どうして……行けるの?」

 

 ハジメは小さく息を吐きながら轟音が響く方向に目を向け、口を開く。

 

 「お前らは兄貴を怪獣だと、化け物だって言うけどさ………どう言う訳か、俺はそうは見れなかった。怪獣の姿を見ても俺は化け物だと思わなかった。正直、ちょっと意外だったよ。それで考えたんだ。どうしてそうなんだろうって。でもさ、割とすぐに気付いたんだよな……兄貴はさ、昔から何も変わってないからだって」

 

 そう言ってハジメは何かを思い出すように目を細める。

 

 「いつだって兄貴は俺の前に立って、俺を守ってきてくれた。物心ついた時からずっと……そうだった。俺は兄貴の背中をずっと見続けてきてたんだ」

 

 そう。あの時から何も変わっていない。幼少時、近所で犬に吠えられて、怖さのあまり、身がすくんだ時、神羅は自分を安心させるように前に立った。あの時から、いつだって彼は、怖い物の前に立ち続けていた。

 それはトータスに来てからも同じだった。いつもいつも、自分が怖いと思った時、神羅は前に立ち、怖い物に立ち向かっていた。

 

 「でも本当は、その背中を見続けるのが嫌だった。守ってくれるのは嬉しかったけど、同じぐらい自分が情けなくてしょうがなかった。本当は怖い物が出てきたとき、後ろじゃなくて、隣に立ちたかった。一緒に、怖い物に立ち向かいたかったんだ。ここでなら、それができると思っていた」

 

 だが、とハジメは自嘲するように口元を歪め、

 

 「できなかった。どんなにステータスが上がっても、技能が増えても、俺はいつも肝心なところで立ち向かえなかった。ずっと兄貴に任せっきりだった……だから、今ここで逃げたら、今度こそ俺は終わりだ。ずっとずっと、兄貴の後ろに居続ける。隣になんて立てやしない。だから、俺は行くんだ。俺が立ちたい場所に立つために。死ぬのは怖いし、怪獣はもっと怖い。何だったら、全部が怖い。怖くて怖くてしょうがない。それでも、逃げたくないんだ」

 

 その瞬間、優花は気づいた。彼は………自分達と何も変わらないのだと。

 怖くて、本当はやめたくて、逃げ出したくて………それでも戦う事を選んだ。そうするだけの理由があるから。それでもと、歯を食いしばり、踏みとどまる理由があるだけなのだ。

 ならば、止められない。同じように、それでもと立ち上がった自分たちが、同じ彼らを止めることはできない。

 周りの親衛隊達もそれを感じたのか諦めたような表情を浮かべている。きっと自分も同じ顔をしているのだろう、と優花は小さく笑みを浮かべ、

 

 「分かった。こっちは任せて」

 

 その言葉にハジメ達は小さく頷き、今度こそその場を離れようとし、

 

 「ま、待て南雲!お前は引っ込んでいろ!香織たちも行く必要はない!俺があいつらを倒す!」

 

 割り込んできた声に、ハジメは小さく息を吐く。それに気づいた様子もなく、光輝は言葉を続ける。

 

 「みんな、化け物の弟なんて信じちゃだめだ!俺が勇者として化け物どもを打ち倒して見せる!」

 「光輝、少しは落ち着きなさいよ!そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?」

 「雫は黙っていてくれ!俺は勇者だ!人類を救うためにここにいるんだ!どんな敵だろうと恐れはしない!」

 「………じゃあ、戦ったら?」

 

 その言葉に光輝はえ、と目を瞬かせて発言者であるユエを見る。雫も予想外の言葉に目を丸くしていると、ユエは軽く鼻を鳴らして言葉を続ける。

 

 「私たちは私たちの意思であの戦いに参戦すると決めた。それを止めることは誰にもできない。それは貴方にも言える。貴方が戦うと自分で決めたのなら、私達は止めたりはしない。全力で挑むと良い。ただし、」

 

 そう言って光輝の足元を指さし、

 

 「そこから一歩でも踏み出せればの話だけど」

 「何を言っているんだ……」

 

 言葉の意味を問いただそうと光輝はユエに歩み寄ろうとし、出来なかった。

 足がその場に縫い付けられたように動かないのだ。それに気づいた光輝が困惑の表情で体を揺するが、体が揺れるだけで、足は一歩たりとも動こうとしない。

 

 「気付いてなかった?あの怪獣が現れてから、自分が一歩も動けていなかったことに。倒れた時の事はカウントせずにね」

 「な、なんだこれ……どうして俺の足が………どうなっているんだ!?南雲、お前俺に何をした!?」

 

 ハジメが何かしたと考えたのか、光輝が吠えるが、ハジメは小さく息を吐き、

 

 「分からないのか、天ノ河。お前は怪獣を怖がってるんだよ。足がすくんで動けなくなるほどにな」

 

 その言葉に、光輝は愕然としたように目を見開く。

 

 「ば、馬鹿を言うな!俺は勇者なんだぞ!怖がるはずがない!恐れるはずがない!お前が何かをしているんだろ!?」

 「だったらそこから動いて見せろ」

 

 光輝は顔を歪ませながら必死に足を踏み出そうとするが、そんな彼の意思を無視するように足は動かない。何とか動こうと必死に腕を、聖剣を振り回すが、どんなにやっても光輝はその場から一歩たりとも動けない。終いには勢い余ってそのまま尻もちをついてしまう。光輝は慌てて立ち上がろうとするが、どうやっても立ち上がる事ができない。

 ハジメ達は少しすると、今度こそその場から戦場に向かって足を踏み出す。

 

 「ま、待て南雲!俺に何をした!?俺を開放しろ!俺は恐れてなんかいない!俺は勇者だ!勇者なんだ!勇者が怖がるはずがないだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 光輝は自身を奮い立たせるように叫ぶが、それも降り注ぐ豪雨と雷鳴にかき消されてしまう。




 これを書いていて何となく分かったんですが、自分はこう言うそれでも、と歯を食いしばって立ち向かう系の主人公が好きみたいです。無双系も好きだけど、過ぎればウザく感じるんですよね
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