1/1 追記
時間は少し遡る。
ハイリヒ王国王宮内、召喚者達に与えられた部屋の一室で、八重樫雫は、暗く沈んだ表情で未だに眠る親友を見つめていた。
あの日、迷宮で死闘と喪失を味わった日から既に五日が過ぎている。
あの後、宿場町ホルアドで一泊し、早朝には高速馬車に乗って一行は王国へと戻った。とても、迷宮内で実戦訓練を続行できる雰囲気ではなかったし、勇者の同胞が2人も死に、さらにそれを実行したのが同胞であるという証言まで出たのだ。国王にも教会にも報告は必要だし、詳しく調べる必要があった。
それに、厳しくはあるが、これから先の困難を思えば。致命的な障害が発生する前に、こんなところで折れてしまっては困るのだ。故に勇者一行のケアが必要だという判断もあった。
雫は、王国に帰って来てからのことを思い出し、香織に早く目覚めて欲しいと思いながらも、同時に眠ったままで良かったとも思っていた。
帰還を果たしハジメと神羅の死亡が伝えられた時、王国側の人間は誰も彼もが愕然としたものの、それが無能のハジメと力量が不明の神羅だと知ると安堵の吐息を漏らしたのだ。
国王やイシュタルですら同じだった。強力な力を持った勇者一行が迷宮で死ぬこと等あってはならないこと。迷宮から生還できない者が魔人族に勝てるのかと不安が広がっては困るのだ。神の使徒たる勇者一行は無敵でなければならないのだから。神羅がベヒモスとやり合えるだけの力を持っていたと言っても、それで腕がつぶれてしまっては意味がないと。
だが、国王やイシュタルはまだ分別のある方だっただろう。中には悪し様にハジメを罵る者もおり、死人に鞭打つ行為に雫は憤激に駆られたが、その前に正義感の強い光輝が怒り、勇者に王国や教会に悪印象を持たれるのはまずいと言う判断で二人を罵った者達は処分を受けたが。
だが、それが原因で光輝は無能にも心を砕く優しい勇者であると噂が広まり、結局、光輝の株が上がっただけで、二人が勇者の手を煩わせただけの無能であるという評価は覆らなかった。
「あなたが知ったら……怒るでしょうね……」
あの日から一度も目を覚ましていない香織の手を取り、呟く雫。
医者の診断では、体に異常はなく、おそらく精神的ショックから心を守るため防衛措置として深い眠りについているのだろうということだった。故に、時が経てば自然と目を覚ますと。
雫が香織の手を握ると、その手がピクリと振るえる。
「!香織、聞こえる!?」
雫が呼びかけると香織の瞼が震えゆっくりと目を開けていく。
「香織!」
「……雫ちゃん……?」
涙目で雫が香織の顔を覗き込むと、香織はボーッとした様子で名を呟く。
「ええ、そうよ。私よ。香織、体はどう? 違和感はない?」
「……うん。平気だよ。ちょっと怠いけど……寝てたからだろうし……」
「そうね、もう五日も眠っていたのだもの……怠くもなるわ」
そうやって体を起こそうとする香織を補助し苦笑いしながら、どれくらい眠っていたのかを伝える雫。香織はそれに反応する。
「五日? そんなに……どうして……私、確か迷宮に行って……それで……」
徐々に焦点が合わなくなっていく目を見て、マズイと感じた雫が咄嗟に話を逸らそうとする。しかし、香織が記憶を取り戻す方が早かった。
「それで……あ…………………………神羅君たちは?」
「ッ……それは」
苦しげな表情でどう伝えるべきか悩む雫。だが、香織はその様子を見て小さく目を伏せると、
「そう………夢じゃない………本当の事なんだね………二人とも………」
小さく呟くその姿はいっそ落ち着いていると言っていいだろう。だが、その目を見れば、奥に危険な色が、声色の節々に震えがあるのが分かる。それが彼女が必死に激情を抑えようとしている証であるのは明白だ。そうしなければ、目の前の親友に当たってしまいそうだから。
「………ねえ、誰なの」
「え?」
「結局………二人を落としたのは……どこの誰なの……?やっぱり、檜山君だったの?」
静かに、だが問い詰めるように香織は雫に聞く。その目は誤魔化しは許さないと言うように細められて雫を見据えている。
今までに見たこともない親友の表情に雫は息を詰まらせる。彼女の知る香織はこんな表情をするような子ではない。やはり、許せないのだろう。想い人と友人を殺した者を。だとしたら………伝えるべきではない。
「そ、それがね、まだはっきりとは「雫ちゃん……答えて……」っ……」
誤魔化そうとした雫だが、香織は聞きたいのはそれじゃないと言わんばかりに遮る。
その目を見て分かってしまった。どうあがいても香織に誤魔化しは通用しないと。仕方なく雫は口を開く。
「……ええ、そうよ。本人が認めたわ……」
「………そっか…………それじゃあ、当然罰は受けたんだよね?仲間を二人も死なせたんだから……」
香織の言葉に幾分か落ち着きが戻ってきたが……
「……それなんだけど……」
「?なに?」
「………光輝が許しちゃって……そのまま………」
「………………………ハ?」
香織の声から、温度が完全に消え去った。
メルド団長があの時の経緯を明らかにしようと優香から詳しく話を聞き、やはり檜山が犯人である可能性が高い。その線でメルド団長が調べようとしたところで、檜山が光輝やほかの生徒の前で土下座したのだ。
彼曰くあの状況を招いて悪かった。二人への魔法の件は少しでも威力を求めた。もしかしたら慌てていて、使い慣れない魔法だったから制御を誤ったのかもしれないと。
だが、優香はそうは思わなかった。ああもピンポイントに二人の前に移動するとは思えない。そう言おうとした瞬間に、光輝が檜山を許すと言ったのだ。
やってしまった罪は消えないが償う事はできる。死んでしまった二人のためにも一緒に戦おうと。そうすれば二人も許してくれると。その言葉に優香は信じられないという表情をするが、更に周りの生徒たちもその意見に反対はしなかった。檜山は言った。制御を誤ったかもしれないと。そして優香が見たのは最後の一撃のみだ。つまり、最初の誤射は自分達ではと言う懸念が生まれ、口を挟めなかったのだ。そして王国、協会側も勇者である光輝がそう言うならと檜山に特に何の処分も下さなかった。勇者の仲間に仲間を殺した奴がいることを公にしないという思惑もあるだろう。その一連を見て、優香は愕然としていた。
「……………ナニソレ?ドウ言う事?ナンでそうなるの……?」
香織が表情が抜け落ちた能面のような顔で、まるでヘドロのような色合いの瞳をして、口から抑揚がない、温度もない言葉を紡ぎながら雫に問いかける。
「………香織、落ち着いて聞いて……」
このままではまずいと雫が香織を落ち着かせようと手を伸ばした瞬間、彼女はその手を掴み上げ、ぎしりと握りしめる。
「っ……香織……」
「ねえ………なんでアナタは……ナにも言わナカったノ……?」
そう問いかける。名前で呼ばない。まるで他人に問いかけるような口調に雫は小さく目を見開き、悟ってしまう。ギリギリで均衡を保っていた香織の心の天秤を完全に狂わせたと。
その事実に雫の心は引き裂かれるような激痛を感じ、今すぐに恥も外聞もなく泣きわめき、謝りたい衝動に駆られるが、雫はこらえ、口を開く。これ以上行けば間違いなく香織は壊れる。それだけは絶対に防ぐ。そのために。
「………神羅君に頼まれたから……後は頼むって……」
「神羅君……?」
その言葉に香織の目に僅かに光が戻る。もちろん嘘だ。神羅はそんな事、自分には言っていない。それに彼の性格から考えてそんな事を頼むとも考えられない。だが、香織を落ち着かせるには、戻すにはこれしかないのだ。そのためならば、いくらでも話を捏造すると雫は覚悟を決めて口を開く。
「ええ……初日にハジメ君が言ってたでしょ。自分たちは教会に保護されている。それが無くなれば身一つで放り出される。もしもあの時頑なに反対したら……最悪追い出されてしまう……そうなったらみんな……彼に後の事を頼まれた以上、私はああするしかなかったの……ごめんなさい……香織」
「…………」
雫の言葉に香織はしばし動きを止めると、そっか、と呟いて雫の腕から手を放す。その目は先ほどよりもはっきりとした光が宿っている。香織とて分かっていると思う。神羅が雫にそんなこと頼んでいないことぐらいは。だが、神羅の名前によって幾分か冷静さは取り戻したのだろう。
「ごめんね、雫ちゃん……痛かったよね……」
「ううん、大丈夫。気にしないで」
香織の怒りも分かる。二人を殺したことに対し何のお咎めも無しで、そして自分はそれを止めることをしなかった。怒りを向けられて当然だと思う。
そんな中、香織は静かに息を吐きながら瞑目し、ゆっくりと目を開けると、
「………私は諦めない」
「え?」
「二人は……神羅君たちはまだ生きてる。まだあそこできっと戦ってる……私はそう信じてる。この目で確かめるまで絶対に諦めない」
「香織……それは……」
普通に考えればあり得ない。特に神羅に至っては両手足が潰れているのだ。そんな状態で奈落に落ちて、仮にハジメが無傷だったとしても、生きていられるとはとても思えない。だが、香織の目はまるで確信があるかのような光をたたえている。
「だから助けに行く。今よりもずっとずっと強くなって、必ず二人を助けに行く……たとえ何があろうと何が立ちふさがろうと………なぎ倒す………!」
そう言う香織の顔を見て、雫は息をのむ。その目は先ほどに比べれば光を放っていたが、それは決意なんてぬるいものではなかった。それは邪魔する物全てを己の手で粉砕し、目的へと突き進むという不退転の覚悟とでも言うべきか。
その目を見て雫は悲し気に小さく目を伏せる。壊れるのは防げた。だが……察した。もう以前の香織は存在していないのだと。
そんな親友に自分ができる事は……
「……分かったわ。だったら私も付き合うわ。香織に何かあったら意味がないしね」
「……ありがとう、雫ちゃん」
これ以上親友が傷つかないよう、守り抜くこと。そう、雫は思った。
「それじゃあさ………さっそくだけど、お願いを聞いてくれるかな?」
「なに?何でも言って、香織」
その階層は完全な闇に包まれていた。光源がなければ一寸先も見えない完全な暗闇。
だが、その暗闇の中を彼はすいすいと進んでいた。全く光源の類など持っていないにもかかわらず、彼は闇の中の全てが見えていると言わんばかりに壁に激突することもなく通路を進んでいく。
と、その彼が歩く先で何かがキラリと光る。それに気づいた彼は首を傾げるも、次の瞬間にはそちらに向かって走っていく。
だが、少しして彼は落胆したように歩みを緩める。その先にいたのは2mほどの金色の瞳を持った灰色のトカゲ。彼が探している存在ではなかった。
と、その時、その瞳が光を帯びる。その光を浴びた彼はだが次の瞬間、ん?と首を傾げる。今何かされたのだろうと言うように。
トカゲがあれ?と言わんばかりに声を上げるが、彼は気にしない。気にせずトカゲとの距離を地面を抉り砕きながら一瞬で詰め、頭を掴み上げるとそのまま軽く握りつぶす。
まるで豆腐か何かのように何の抵抗もなくトカゲの頭は握りつぶされ、そのまま絶命する。ビクン、ビクン!と体が数度痙攣するが、それもすぐに収まる。
彼は死体を眺め、そのまま食らいつく。その顎はトカゲの骨も容赦なくかみ砕き、口元を血で汚しながら肉を喰らっていく。
そのまま2mの巨体を一片の肉片も残さずに平らげると彼はげっぷを漏らしながら口元の血を拭い、再び歩みを再開する。
彼が次に探索しているのは地面のそこかしこにタールのようなものがある泥沼のような場所だった。普通は足を取られるだろうが彼は気にも留めずに何の抵抗もなく歩いている。周囲を見渡しながら歩いていると、
鋭い歯が無数に並んだ巨大な顎門を開いて、サメのような魔物がタールの中から飛び出してきた。それに気づいた彼は無造作に片手を突き出す。
次の瞬間、腕は魔物の口の中に飲み込まれ、サメは腕を噛み千切ろうとする。
が、サメがどれほど食らいつこうと、腕を食いちぎろうとしてもその牙は腕に突き刺さらない。
サメが困惑したように何度も何度も顎門を閉じようとするが、何も変わらない。
彼は小さく眉を顰めると腕をサメをぶら下げたまま勢いよく振るう。
瞬間、凄まじい豪風と共に周囲のタールが根こそぎ吹き飛ばされる。腕に食らいついていたサメはそれを至近距離で浴びた結果、ぐちゃぐちゃの肉塊となって吹き飛ぶ。
それを横目に彼は再び歩き出す。
彼が歩いているのは階層全体が薄い毒霧で覆われた階層だが、彼は苦しそうな気配もなく悠々と歩いている。途中でかい虹色カエルが毒を吐き出し、もろに浴びてしまったが、彼は何の痛痒も感じずにそのままカエルを瞬殺し、捕食した。
そのまま歩いていると、前方に新しい敵が現れる。それは巨大な蛾だった。彼は少しその姿を見つめると、ふん、と小さく鼻を鳴らし、地面を吹き飛ばしながら距離を詰め、蹴りを繰り出す。蛾は一瞬で爆散する。それを確認した彼は死骸には目もくれずに即座に歩き始める。
密林のように鬱蒼とした場所を彼は歩いている。その彼に向かって巨大な百足がその体を分離させて一斉に襲い掛かるが、彼はその全ての攻撃を避けようともせずに真っ向から迎撃していく。拳が、蹴りが、尾が百足を吹き飛ばし、爆散させていく。
樹のような魔物もいたが、彼の
次々と襲い掛かる魔物を歯牙にもかけずに彼は進んでいく。
再会の時は近い……
一応こちらは残しておきます。
え~~、彼女の件、終盤に出ると言う言葉に多くの方が難色を示されました……いや、パワーバランスだけでもないんですよ。
これはあくまでもゴジラとありふれのクロスですから、ハジメたちにも見せ場を作らないといけないんです。そうじゃないとクロスさせた意味がありませんから。でも、突然すごい力を手に入れて互角は論外です。怪獣の強大さが一気に薄れますし、人間の強さを表すこともできない。なので、少しずつ、段階を踏んでいこうと思っているんです。だから……………彼の件もあるし……
彼女を弱体化させればと言う意見もありましたが、自分は拒否です。自分の中であの二匹は一方が守ってあげるとかではなく、対等に守り守られが一番輝くと思っています。そのためにも弱体化はさせません。
ただ……あそこをいじれば早めに彼女を出すことができるとは思います。そうですね……早めて中盤ぐらいが限界かと………これ以上はマジで早くならない。これが限界です。ご勘弁を。