ではどうぞ!
ハジメがこの奈落を降りてどれほど経っただろうか。今、彼は77階層にて装備や消耗品の点検をしていた。ここに来るまでに、ハジメを取り巻くありとあらゆる環境は変化していた。
まず一番目立つのはその身体だろう。身長は以前よりも伸び、神羅に迫るほどになっている。体つきもがっしりとしており、以前よりも筋肉質だ。また、髪は以前の黒髪から白髪になっており、目の色も赤くなっている。
これは、第一階層で魔物を倒し、飢えからその肉を食べてしまったのが原因だ。魔物の肉は猛毒。喰らえば人間の体を内側から侵食し、破壊させてしまう。だが、その時にハジメは神水を服用した。
それによって破壊しては再生され、破壊しては再生されをひたすら繰り返した。だが、それによって彼は変わった。
ステータスは大きく上昇し、魔物の固有魔法を己の物にした。更に自分よりも強い魔物と言う制限があるが、肉を喰えばステータスが上昇し、固有魔法を得ることができるようになった。
今のハジメのステータスはすでに勇者光輝のそれを凌いでいる。
次に変化を上げるならハジメのメイン武器であるリボルバー型のレールガン、ドンナーだ。これはハジメが奈落の一階層で作って以来ずっと彼の相棒として活躍してきた武器だ。他にも様々な武器を作ってきて、それらを駆使してここまで来た。
だが一番大きな変化は、
ハジメがドンナーを眺めながら何やら物思いにふけっていると、
「……ハジメ。どうかした?」
隣から聞こえてきた心配そうな声にハジメははっとして首を向ける。そこには一人の少女がいた。
年は12歳ぐらい。最高級のビスクドールのような美貌に長い金髪、赤い瞳、そして年に似合わぬ妖艶さを持ったこの場には不釣り合いな少女。
彼女の名前はユエ。この奈落の50階層にあった封印部屋に封印されていた吸血鬼の少女だ。
彼女は300年前に滅んだ吸血鬼族の女王で、自動再生と言う魔力がある限り再生し続ける能力、更に魔法陣や詠唱無しで全属性の魔法を放てるという規格外の能力を持っているが、叔父にその能力を疎まれてあそこに封印された。それをハジメが封印を解き、以来一緒に行動をしている。ちなみに名前は以前のを捨ててハジメにつけてもらった。
ハジメは未だ引きずってるのか、と苦笑しながら口を開く。
「いや、俺もだいぶ……自分で言うのもなんだが強くなったと思ってな。そうしたら……失わずに済んだのかなって」
「それって……お兄さんの事?」
初めて会ったときにお互いの事情は話していた。ハジメがここに落ちた経緯、そしてその時に兄を失ったことも。
ユエの問いにハジメはああ、と頷いて左腕に巻いた布に触れる。
「どうしようもなかったって割り切ったはずなんだが……どうにもな」
我ながら女々しいとハジメが自嘲気味に笑うと、ユエがフルフルと首を横に振る。そんな事はないと言うように。
ユエがハジメに神羅の事を聞いた時、ハジメは兄とのことを色々話していた。そしてその時の表情だけでユエには分かっていた。ハジメにとって兄がどれほど大きく、大切な存在だったのか。それを失ったのだ。感傷的になるのも仕方ないと思う。
そんなユエの様子にハジメはありがとな、と頭を撫でてやる。ユエは嬉しそうに目を細める。
「よし、もう大丈夫だ。先に進むぞ、ユエ」
「……ん」
点検を終え、準備を整えたハジメとユエは壁の穴から出て、迷宮の通路を歩き、
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!
背後から尋常ではない轟音が轟く。
突如として響いた轟音にハジメとユエは驚愕しながらも即座に振り返り、戦闘態勢を取るが、その光景を見て唖然とした。
目の前には大量の土煙が立ち上っており、周囲の状況は目視ではうかがい知れない。ハジメの技能、気配感知は範囲外のせいか煙の中に何がどれぐらいいるのか分からない。そして、天井には巨大な大穴が口を開けている。
(まさか………天井をぶち破ってきたのか!?)
それ以外に考えられず、ハジメは戦慄の表情を浮かべる。確かに外に出るときに周囲には何もいない事を確認している。そしてこれ程の崩落が何の前触れもなく起こるとは考えられない。と、なれば考えられるのは上の階層にいた何かが床をぶち破って階下のこの階層に侵入してきたことだ。
そんなことができる魔物がいたのか、とハジメは考えるがすぐにあることを思い出す。
それは50階層に到達する前の事。突如として奈落全体を震わせるような凄まじい咆哮が轟いたのだ。突然の事にハジメが警戒をしていると、魔物たちが一斉に暴れだしたのだ。それこそ、その階層全ての魔物が恐慌状態に陥り、めちゃくちゃに暴れ、逃げ回り始めた。ハジメなど目もくれず、手当たり次第に走り回り、壁にぶつかり、何かから逃げ出そうとしていた。その時、ハジメは即座に身を護るために攻撃したが、魔物たちはハジメなど眼中にないと言わんばかりに動き回ったので、攻撃をやめてやり過ごしたのだが。ちなみにこの時、上層のオルクス大迷宮でも同じことが起こっており、冒険者にそれなりの犠牲者が出ている。
ちなみに咆哮はユエにも届いていたようで、かなり不安に駆られたようだ。
とにもかくにも、もしも階層をぶち破るような存在がいるなら、それはあの咆哮の主以外考えられない。
つまり、これまで戦ってきた魔物よりもはるかに強大な存在であると言う事だ。現に気配感知の範囲外にも拘らずに煙から感じるのはハジメが戦った魔物の中で最強であるサソリモドキよりも強大な気配。
ハジメがドンナーを突き付けながら煙を睨みつけていると、
「……大丈夫、私たち、負けない」
ユエが決然とした表情でハジメの左腕を掴む。ユエの言葉にはハジメは、
「そうだな」
そう言って不敵な笑みを浮かべて煙を睨みつけ、
「ハジメ?」
煙の奥から聞こえてきた声で一転、敵の強大さなぞ頭から吹っ飛んで愕然とした表情を浮かべる。意味もなくドンナーを持つ右手が震え、歯の根がガチガチとなる。ユエもまた聞こえてきたのが人間の声であると言う事に驚いているが、ハジメよりはましだ。
そして2人の目の前で土煙の中から彼は現れる。
ハジメよりもがっしりとした体に高身長。どこかハジメに似た顔立ちだが今のハジメよりも鋭く、威風堂々とした雰囲気を持つせいか年上に見える。黒髪は膝裏に届くほど長く、身に着けている衣服はボロボロだ。彼は煙から出てハジメを見ると少し訝し気な表情を浮かべるが、すぐに何かに気づいたような表情を浮かべる。
「ハジメ………ハジメだな……?」
「……兄……貴………?」
ユエはハジメのつぶやきに対しえ?と驚愕の声と共に彼を見上げる。ハジメは目を見開いた状態で目の前の青年と言ってもいい容姿の少年を見ている。
兄貴。ハジメは確かにそう言っていた。つまり、彼こそがハジメの兄と言う事だ。だが、彼は死に、ほかならぬハジメの手で埋葬されたと聞いたが……
「ハジメ……無事……とは言えぬか……だが、生きていたのだな………」
目の前の少年は本当にうれしそうに顔を綻ばせながらハジメに話しかけるが、彼はまるで微動だにしていない。
「そっちの娘は……誰だ?こんなところにほかにも人間がいたのか?」
彼は続けて話しかけるが、ハジメは変わらず動かない……否、動いている。その右手がまるで抑えきれぬ何かをこらえるように震えている。
「……ハジメ?大丈夫か?」
彼が……神羅がハジメに歩み寄ろうと足を踏み出した瞬間、
ドパンッ!
乾いた炸裂音が響いた瞬間、ハジメの右手のドンナーから赤い閃光が放たれ、それが神羅の頭部を直撃、彼の体は大きく吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
ユエが驚愕に目を見開いてハジメを見上げてびくりと体を震わせる。
ハジメはその目を憤怒に染めていた。顔は歪み切り、目の前で吹っ飛んだ神羅を睨みつける。ギリギリと歯を食いしばり、ドンナーを握っている右手は銃身を握りつぶそうとするように力が籠っており、白くなってしまっており、体が震えてしまっている。
「は、ハジメ……?あれは……」
「……くそったれだな……大迷宮……どうやったか知らないが兄貴の姿を模すことができる魔物を寄こすとはな……」
「模すって………あれって……」
「ユエ。兄貴は死んだんだ。間違いなく、寸分の疑いを抱く余地もなく、死んだんだ。神水をいくら飲ませても、回復なんて一切しなかった。死んだんだ。死んでたんだ。死体は俺が埋葬した。間違っても魔物なんぞに食われないように、嬲られないように、きちんと、埋葬したんだ。兄貴がここにいるわけがない。いるはずがない。あれは魔物だ。魔物なんだ。兄貴を模して、俺を殺すためによこした存在だ………ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな!てめぇは楽に殺さねぇ。俺の手でズタズタに引き裂いて、バラバラにしてやる!てめぇの肉なんぞ一片たりとも口にしない。完全に焼き払ってやる!」
これまでに見たこともないほどに怒り狂い、捲し立てるハジメを見てユエは小さく、そう、とだけ声を漏らす。
ハジメは言葉通りにしようと歩き出すが、
「なるほど。そう言う事か………」
聞こえてきた声に足を止め、ユエもすぐに警戒しながら目を向ける。
二人の前で神羅はむくりと体を起こす。その頭部は健在だ。爆ぜてもいない。傷もない。それどころか赤くすらなっていない。
「こいつ……」
ハジメが憎々し気に睨むが、神羅は納得がいったと言うように立ち上がる。
「そうか……どうやら相当苦労したようだし、つらい目に遭わせてしまったようだな……すまなかったな、ハジメ。守ってやれなくて」
「黙れ」
どす黒い声色で再びドンナーから赤い閃光……レールガンが放たれる。
が、それは神羅の額に当たるとガオンっ!と言う音と共に弾かれる。しかも神羅の体は微動だにしていない。
「あのサソリ並みか……!」
「………聞く耳持たず……か……仕方あるまい。好きにしろ」
その言葉にハジメとユエは訝し気に眉を寄せる。その二人に対し神羅は続ける。
「好きにしろと言ったのだ。お前の気が済むまで攻撃しろ。そこの娘も参加して構わん。我は反撃しない。避けもしない。お前の怒り、悲しみ、絶望、全てを兄として受け止めよう」
「てめぇが兄貴を語るなぁ!ユエ、手を出すなよ!」
そう叫び再びドンナーからレールガンが放たれるが、結果は弾かれるだけだ。ハジメは舌打ちをするとポーチからお手製手榴弾を投げつける。
足元に転がってきたそれを神羅はん?と首を傾げながら目を向ける。瞬間、轟音と共に爆ぜ、神羅を爆炎が飲み込む。
「おまけだ!」
そう言ってハジメは再びポーチから手榴弾を投げつける。再び爆ぜたそれは今度は中から激しく燃え盛る黒い泥を降り注がせる。
これは焼夷手榴弾で、摂氏3千度の炎をまき散らす。それが爆炎が上がった個所に降り注ぐ。
これならば少しは効くはず、とハジメは睨んでいたが、煙が晴れた瞬間に、流石に顔を引きつらせ、ユエも息をのむ。
そこには変わらずに神羅が立っていた。炎は容赦なく彼の体に降り注ぎ、燃やしているのだが、神羅の体には火傷はなく、それどころか髪の毛も縮れている様子がない。身に着けていた服は燃え尽きてしまっているが、それだけだ。それを証明するように神羅は熱がるそぶりも見せない。
「あのサソリでもそれなりに効いたのにこれか……化け物め」
「化け物か………その呼称は正確ではない」
「ああ?じゃあ魔物か?」
「いいや。我を呼ぶとするならば……怪獣だな」
怪獣?とユエが首を傾げる中ハジメはギリっと歯を食いしばる。
「ああ、そうかい!」
ハジメはドンナーを連射、一斉にレールガンが神羅の体の各所に直撃するが、やはり弾かれ、体は微動だにしない。
ハジメは即座に懐からクイックローダーを取り出してドンナーに弾丸を装填。再び連射するが、それも弾かれる。ハジメはその場から飛び出すと周囲を文字通り跳び回り、神羅に次々と銃撃を浴びせ、更に手榴弾を次々と投げつけ、爆発と炎が襲うが神羅は変わらず微動だにせずハジメを見つめる。
(くそ!こいつ異常すぎるぞ!まるでダメージを負っていない!)
ここまでやって一切ダメージも手応えもない。その事実にハジメは焦っていた。だが、それだけだったらここまでハジメは焦らない。じっくりと攻めて攻略法を見つけようとする。では何がハジメを焦らせているのかと言うと……
(その目をやめろ!それは兄貴の目だ!なんで魔物のお前がその目をする!なんでここまで攻撃されてそんな目を向け続ける!)
神羅は変わらずハジメを見続けていた。真っ直ぐに、逸らさずに、労わる様に優し気に、そして申し訳なさそうに。
あり得ない。そもそももしもこいつがハジメの動揺を誘い、その隙に殺すための存在なら、最初の攻撃の時に目論見は外れている。いくら攻撃が効かないとはいえ、ここまで攻撃されて何もしないなんてのはおかしすぎる。
もしかして本当に……そんな考えが浮かんだ瞬間、ハジメはその考えを振り払う。
(いいや、違う。あり得ない。あり得ない!兄貴は死んだ!死んだんだ!だってあの暗闇で、何十回も確認した!生き返ってほしいと願い続けて、何度もその願いを踏みにじられた!ようやく……ようやく割り切ったんだ!それに仮に生きていたとしても兄貴はこんなに強くねぇ!だから違う!違う!絶対に違う!)
ハジメがクイックローダーを取り出そうと懐に手を伸ばすがその手は何も掴まない。はっとして確認してみれば、そこには何もない。弾丸を撃ち尽くしたのだ。おまけに手榴弾もなくなっている。
ハジメが歯を食いしばる中、傍らのユエが声をかける。
「ハジメ……ここは逃げよう……あれが魔物だとしたらはっきり言って異常。私の魔法もどれほど効くか分からない。このままじゃ……」
「いいや……こいつはここで殺す……必ず殺す……!絶対に生かしておかねぇ……!」
だが、ハジメはもはや正常な判断ができないのかユエの言葉を無視して切り札を取り出す。
それは1.5mほどの大きさのライフル銃。
ハジメの切り札である電磁加速式対物ライフル、シュラーゲン。その威力はドンナーの数倍はある。
ハジメはわきに挟んで構え、シュラーゲンがハジメの持つ技能、纏雷によって赤い雷をスパークさせる。
それを見ても神羅は何も行動を起こさない。ただ真っ直ぐにハジメを見据えるのみだ。
「これで……消えろぉぉぉぉォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!」
叫びながら引き金を引いた瞬間、
ドガンッ!と大砲でも放ったような炸裂音と共にフルメタルジャケットの赤い弾丸が解き放たれ、神羅の頭部に突き刺さり、神羅を吹き飛ばす。
その光景にハジメがようやく、と思った瞬間、神羅は空中で体制を整えて地面に着地すると両手足の指で勢いを殺し、ゆっくりと立ち上がって顔を上げる。
その額は着弾個所が赤くなっていたが、それだけだった。
「……冗談………だろ………」
思わずそんな声がこぼれる。これが効かないとなるとハジメにはもはや手立てがない。ユエの魔法も本人が言ってたがどれほど効果を望めるか……だが、諦めるつもりはなかった。こうなったら固有魔法で攻めるとハジメが構えた瞬間、神羅がふむ、と額に手を当てて着弾個所を撫で、小さく唸る。
「見事な一撃だ。以前の我なら無傷とはいかなかったな……まさかここまでとは………」
そう言うと神羅は静かに歩き出し、ハジメの元に向かう。ハジメは動かない。確実に一撃を叩きこむためにひきつけるつもりなのだ。そんなハジメの前にユエが守る様に立ちふさがる。その様子を見て、一回足を止めて神羅は小さく目を細める。そして歩みを再開する。
「ハジメ……その髪、その腕……相当につらい事ばかりだったのだろう。本当にすまなかった。守ってやれなくて。傍にいてやれなくて……」
「やめろ……」
「だが、それと同時に兄として誇らしくも思う。お前がここまで強くなるとは思ってもみなかった……頑張ったな、ハジメ」
「やめろ……!」
神羅が言葉を紡ぐたびにハジメは何かを振り払うように頭を振るう。
「それに良き出会いもあったようだ……娘よ。お前が何者か知らんが、ハジメを守ろうとしているだけでお前が今までハジメと共に戦ってきたことが分かる……兄として礼を言う。弟を守ってくれてありがとう」
その言葉にユエは目を見開きながら息をのむ。そのままじっと神羅の目を見つめる。神羅もまたユエの目を見つめる。そのまま二人は少し見つめ合っていたが、不意にユエはすっとハジメの前から退く。
神羅は軽く頭を下げるとそのままハジメの前に立つ。ハジメはキッ!と神羅を睨みつけるが、神羅は不快感を感じた様子もなく手を伸ばす。
ハジメが触れた瞬間に最大出力の纏雷を喰らわせると魔力を練った瞬間、神羅の手はハジメの頭をポン、と撫でる。
その瞬間、ハジメの全身に電流が走り、練り上げた魔力が霧散する。
「ただいま、ハジメ」
その言葉を聞いた瞬間、ハジメの全身が、本能が、心が、魂が理解した。兄だ。目の前の存在は間違いなく、あの時失ったと思った人。もう二度と会えないはずの人。この世にたった一人しかいない、血を分けた自分の兄なのだと。
そう理解した瞬間、
「っ………うっ………なんだよ………生きてたのかよ………だったら……もっと……もっと早く合流しろよ……」
「すまなかったな……」
神羅はただただハジメの頭を撫で続ける。ハジメはその手を振りほどこうとせず、俯きながら撫でられるままだ。その頬にはあの時、暗闇の中で摩耗しきり、枯れ果てたはずの雫が静かに流れていた。
今回ハジメにはスピードローダを使わせましたが、ぶっちゃけ原作では宝物庫入手するまでどうやって装填してたんだ。スピードローダを使ってたのか、それとも一発一発手作業なのか……とりあえず家はこうなりましたが。それとも俺が知らない、気づいていないだけでちゃんと描写されているのか……
感想、評価、どんどんお願いします。
次回、語らいですね。