襲撃地点からハジメたちがシュタイフを走らせること少し、
「ちょっと待て!お前しつこすぎるぞ!?」
「……全然引き剥がせない……!」
「死んでも放しませんよ~~!」
ハジメの腰にはいまだにうさ耳少女がへばりついていた。もうすでにそれなりの距離をシュタイフで引き摺られているのに全く力は緩んでおらず、ユエが自分ができる全力の身体強化で引き剥がそうとするのにも全くびくともしない。
その光景を後ろから見ていた神羅は小さく唸り声を上げると、
「ハジメ、ユエ、止まれ。少しそいつから話を聞こう」
その言葉にハジメたちはえ!?と驚いたように急停止して振り返る。うさ耳少女はしがみつくのに必死で気がついていない。
「ほ、本気か?兄貴。まだこいつが何を目論んでるか……」
「まあ、それはそうだが、仮に我らを貶めようとしていると考えると、ここまでしつこく食い下がるとは思えん。性根が腐っているなら途中で諦めているであろう。死んだら割に合わないしな」
「……それは……まあ……」
「あとはまあ……数百メートル以上高速で引き摺られているにもかかわらずミンチにすらなっていない所も少し気になる」
それは確かに。普通ここまで引きずられたら人体などミンチよりもひどい事になっていてもおかしくない。なのにうさ耳少女は五体満足。擦り傷はできているみたいだが、それでも軽傷だ。どう考えても普通ではない。
「もちろん、奴が妙な真似をしたらその瞬間に殺す。今はどんな情報でも欲しいところだしな」
神羅の言葉にハジメとユエはむむむ、と小さく唸り声を上げながらうさ耳少女を睨む、少女はようやく停止していることに気づいたのかあれ?と首を傾げて周囲を見ている。
少しして、ハジメは小さくため息を吐き、
「分かった。兄貴の言う事も尤もだ。こいつから何か聞きだすとするか」
「よし、では言い出しっぺの我が……」
「いや、ここは俺が。まず俺が脅す。その後に兄貴が優しく声をかける。これのほうがいいんじゃないか?」
「……下げてあげる。交渉では有効な手段」
「……お前がそれでいいなら構わんが……」
神羅が頷いたのを見て、ハジメはうさ耳少女に目を向ける。
「おいコラお前。あんまりにもしつこいから一応話を聞いてやる」
「え、え!?本当ですか!?ありがとうございます!あの、私、兎人族ハウリアのシア・ハウリアと言います!私の仲間を助けてほしいのです!」
見事なまでに面倒ごとだった。ハジメは一回空を仰ぎ見、ユエはじとー、とした視線を向け、神羅もむう、とうなり声を上げながら目頭をもみほぐしている。
「あ、あれ?なんでそこでそんな反応なんですか?普通こんな美少女がそう言ったらどういう事だい?って聞くものじゃないんですか?」
「いや、自分で美少女言ってんじゃねえよ、残念ウサギ。だって明らかに面倒ごとじゃねえか……」
「まあ、一応聞くと言ってしまった手前、話自体は聞こう……どうするかは決めかねるが。言っておくが、もしも嘘だったりしたら容赦なくお前の仲間も殺すから騙そうなどと考えるなよ」
(兄貴。あんたまで脅す側に回ってどうすんだよ......まあうまくいきそうだから良いけどさ)
その言葉にシアはそんな~~、と泣きそうな表情を浮かべるが、それでもわずかな可能性に賭けると決めたのか頬を叩いて気合を入れ、話し始める。
シア達、ハウリアと名乗る兎人族達はハルツィナ樹海深部の亜人国家、フェアべルゲンの片隅で数百人規模の集落を作りひっそりと暮らしていた。兎人族は、聴覚や隠密行動に優れているものの、他の亜人族に比べればスペックは低いらしく、突出したものがないので亜人族の中でも格下と見られる傾向が強いらしい。性格は総じて温厚で争いを嫌い、一つの集落全体を家族として扱う仲間同士の絆が深い種族である。だが、総じて容姿に優れているせいで帝国などに捕まり奴隷にされたときは愛玩用として人気の商品となってしまう。
そんな兎人族の一つ、ハウリア族に、ある日異常な女の子が生まれた。それがシアだ。兎人族は基本的に濃紺の髪をしているのだが、その子の髪は青みがかった白髪だったのだ。しかも、亜人族には無いはずの魔力まで有しており、直接魔力を操るすべと、とある固有魔法まで使えたのだ。
当然、一族は大いに困惑した。兎人族として、いや、亜人族として有り得ない子が生まれたのだ。魔物と同様の力を持っているなど、普通なら迫害の対象となるだろう。しかし、彼女が生まれたのは亜人族一、家族の情が深い種族である兎人族。百数十人全員を一つの家族と称する種族なのだ。ハウリア族はシアを見捨てるという選択肢を持たなかった。
しかし、フェアベルゲンにシアの存在がばれれば間違いなく処刑される。魔物とはそれだけ忌み嫌われており、不倶戴天の敵なのだ。過去にわざと魔物を逃がした人物が追放処分を受けたという記録もある。また、魔法を振りかざして自分達亜人族を迫害する人間族や魔人族に対してもいい感情など持っていない。樹海に侵入した魔力を持つ他種族は、総じて即殺が暗黙の了解となっているほどだ。
故に、ハウリア族はシアを隠し、十六年もの間ひっそりと育ててきた。だが、先日とうとう彼女の存在がばれてしまった。その為、ハウリア族はフェアベルゲンに捕まる前に一族ごと樹海を出たのだ。
行く宛もない彼等は、一先ず北の山脈地帯を目指すことにした。山の幸があれば生きていけるかもしれないと考えたからだ。未開地ではあるが、帝国や奴隷商に捕まり奴隷に堕とされてしまうよりはマシだ。
しかし、彼等の試みは、その帝国により潰えた。樹海を出て直ぐに運悪く帝国兵に見つかってしまったのだ。巡回中だったのか訓練だったのかは分からないが、一個中隊規模と出くわしたハウリア族は南に逃げるしかなかった。
女子供を逃がすため男達が追っ手の妨害を試みるが、元々温厚で平和的な兎人族と魔法を使える訓練された帝国兵では比べるまでもない歴然とした戦力差があり、気がつけば半数以上が捕らわれてしまった。
全滅を避けるために必死に逃げ続け、ライセン大峡谷にたどり着いた彼等は、苦肉の策として峡谷へと逃げ込んだ。流石に、魔法の使えない峡谷にまで帝国兵も追って来ないだろうし、ほとぼりが冷めていなくなるのを待とうとしたのである。魔物に襲われるのと帝国兵がいなくなるのとどちらが早いかという賭けだった。
しかし、予測に反して帝国兵は一向に撤退しようとはしなかった。小隊が峡谷の出入り口である階段状に加工された崖の入口に陣取り、兎人族が魔物に襲われ出てくるのを待つことにしたのだ。
そうこうしている内に、案の定、魔物が襲来した。もう無理だと帝国に投降しようとしたが、峡谷から逃がすものかと魔物が回り込み、ハウリア族は峡谷の奥へと逃げるしかなかった。そうやって、追い立てられるように峡谷を逃げ惑い……
「……気がつけば、六十人はいた家族も、今は四十人程しかいません。このままでは全滅です。どうか助けて下さい!」
最初の残念な感じとは打って変わって悲痛な表情で懇願するシア。その姿を3人は見ていた。どうやら彼女の頑強さは無意識に魔力で身体強化をしていたのが原因だろう。
「………どうする?兄貴」
「ふぅむ………同情はするが………助けるとなると最悪何十人と言う人間を引きつれることになる。それはあまりにも現実的ではないぞ?」
ハジメと神羅が渋い表情で助けるか否かで議論を始める。それを見たシアはえ、と口を半開きにしてすぐさま抗議の声を上げる。
「ちょ、ちょ、ちょっと!なんでそんな渋い表情するんですか!?なんで助ける事を悩むんですか!?今の流れはどう考えても『何て可哀想なんだ! 安心しろ!! 俺達が何とかしてやる!』とか言って爽やかに微笑むところですよ! 流石の私もコロっといっちゃうところですよ! 何、いきなり美少女との出会いをフイにしているのですか……はっ!ま、まさか……お二人はそう言う関係なんですか!?だから先から私の事をずさんに扱って二人っきりで話してぎゃふん!?」
シアが神羅とハジメの関係をそう言う事だと解釈しようとした瞬間、ハジメが容赦なく顔面をぶん殴る。シアは見事なまでのトリプルスピンを決めながら吹き飛び、べしゃり!と地面に叩きつけられる。
「誰がホモだ誰が……ただ俺はこの世で一番信頼できる兄と相談しているだけだ。間違ってもそんな事ある訳がねえだろうが!」
「……女と言うのはどうしてこうもすぐさまそっちの方向に考えるのだろうか……理解できん……」
神羅が呆れたようにため息を吐く中、隣のユエはさ、さぁ……とどもりながら気まずそうに視線を下に向ける。
実はユエも以前二人はそうだったのでは?と考えたことがあったのだ。オルクスで、神羅と合流する前の事、ユエはそれはもうハジメにべったりとくっつきまくっていた。それはもう、ハジメの方から手を出してもらうべく。だと言うのにハジメはそんな事はなかった。それに加えてハジメはよく神羅の事を話していたからもしかして兄弟でそう言う関係だったのかと考えたことがあったのだ。もちろん、外に漏らさず胸の中に留めてあるが。今後も墓まで持っていく所存である。
「言っておくが……お前の誘いに乗らないのは、俺にはすでに心に決めた女性がいるからだ。浮気なんてするか」
「ちなみにだが我にもここにはいないがそう言う存在はいる」
その言葉にシアはよろよろと立ち上がりながらユエを見て、「うっ」と僅かに怯む。ちなみに、シアの容姿だが、客観的に見ればユエに負けず劣らず美人である。少し青みがかったロングストレートの白髪に、蒼穹の瞳。眉やまつ毛まで白く、肌の白さとも相まって黙っていれば神秘的な容姿とも言えるだろう。手足もスラリと長く、ウサミミやウサ尻尾がふりふりと揺れる様は何とも愛らしい。
そして……大変な巨乳の持ち主だ。それこそ、男なら思わず見てしまうほどに。だが、二人は問題なかった。神羅は元怪獣だし、ハジメはユエがいる事と、本人の残念っぷりのせいで見事に相殺されていた。
「まあ、こいつの容姿は別にどうでもいいとして、それよりもどうするか……」
「ちょ、ちょっと!?容姿がどうでもいいって割と酷いこと言ってますよ!?一体何なんですか本当に!?」
シアが抗議の声を上げるが、神羅とハジメは無視してどうするか唸り声を上げて考え込む。正直に言えば、二人とも何とかしてやりたいとは思っている。嘘を言ってるようには思えないし、二人とも家族や大切を失う悲しみを知っているから。だが、そうした場合、さっきも神羅が言っていたが、戦えない人間を何十人も連れて動くことになるし、最悪帝国とやり合う羽目になる。今後の事を考えるとリスクがでかすぎるし、助けてもこちらのリターンがほとんどない。
ハジメたちとて、目的があるとはいえ、誰でも彼でも見捨てるつもりはない。出来る限り手助けはしてやりたいと思っている。だが、これは無報酬でやる範囲を逸脱している。何らかの報酬があればいいのだが、シアがこのありさまである以上、あまり期待できない。
と、不意にユエがハジメの袖を引っ張る。
「ん?どうした、ユエ」
「……連れて行こう」
その言葉にシアは怒りを一瞬で引っ込め、本当ですか!?と言うように目を輝かせる。
「ほう、ユエがそう言うとは……何か理由があるのか?」
「……樹海の案内にちょうどいい」
その言葉にハジメはあ~~、と声を上げる。確か、樹海は亜人族以外では必ず迷うと言われていたはずだ。そうなると亜人である兎人族の案内があれば心強い。
「確かにそうかもしれんが……我でも樹海の中では迷わないのではないか?」
「確かにそうかもしれないけど、地理は知らない。だとしたら純粋に迷うかもしれない」
その言葉に神羅は確かに、と眉間を掻く。元怪獣である神羅には独自の感覚がある。そのおかげで今の状態でもそれなりに周囲の状況を把握し、動くことができる。
だが、知らない場所に行くのは無理だし、下手に開放して奴らを刺激するのもうまくはない。
「……まあ確かにな。そのほうが得か……そうするか。おい、残念ウサギ。話はまとまった。お前らを助ける。その報酬は樹海での案内だ。ただし、そこから先は無理だ。北の山脈へはお前たちだけで行ってもらう事になる。これでいいな?」
「あ、ありがとうございます!十分です!うぅ~、よがっだよぉ~、ほんどによがったよぉ~」
ぐしぐしと嬉し泣きするシア。
「あ、あの、宜しくお願いします! そ、それで貴方達のことは何と呼べば……」
「ん? そう言えば名乗ってなかったか……俺はハジメ。南雲ハジメだ」
「……ユエ」
「我は南雲神羅。ハジメの兄だ」
「ハジメさんとユエちゃんと神羅さんですね」
「……さんを付けろ。残念ウサギ」
「ふぇ!?」
原作との相違として、フェアベルゲン内部に亜人族の集落のほとんどが点在しているため、フェアベルゲンの領土はどれ程かは不明ですが、原作よりも広くなっています。