ではどうぞ!
「さて、お前等には戦闘訓練を受けてもらおうと思う」
フェアベルゲンを追い出されたハジメと神羅達が、一先ず大樹からそれなりに離れた場所に拠点を作って一息ついた時の、ハジメの第一声がこれだった。拠点といっても、ハジメがさり気なく回収していたフェアドレン水晶を使って結界を張っただけのものだ。その中で切り株などに腰掛けながら、ウサミミ達はポカンとした表情を浮かべた。
「え、えっと……ハジメさん。戦闘訓練というのは……」
困惑する一族を代表してシアが尋ねる。
「そのままの意味だ。どうせ、これから十日間は大樹へはたどり着けないんだろ? ならその間の時間をつかって、亜人族最弱のお前等をこの樹海でも生き残れる戦士に育て上げようと思ってな」
「な、なぜ、そのようなことを……」
「何でも何も、我らがお前たちを守るのは大樹に向かうまでだ。そこから先はどうなるにせよ、今のままではいつも通り逃げ回るだけ。だが、そのための隠れ家であるフェアベルゲンまでも失った。このままではお前たちは我らがいなくなった後、全滅は必定だ」
まったくもってその通りだ。ハウリア族はみな一様に俯く。
「お前等に逃げ場はない。隠れ家も庇護もない。だが、魔物も人も容赦なく弱いお前達を狙ってくる。このままではどちらにしろ全滅は必定だ……それでいいのか? 弱さを理由に淘汰されることを許容するか? 幸運にも拾った命を無駄に散らすか? どうなんだ?」
誰も言葉を発さず、重苦しい空気が周囲を満たすが、誰かがポツリと呟く。
「そんなものいいわけがない」
誰かが漏らした言葉に触発されたようにハウリア族が顔を上げ始める。シアは既に決然とした表情だ。
「そうだ。それでいい。なら、どうするか。答えは簡単だ。強くなればいい。襲い来るあらゆる敵を打ち破り、自らの手で生存の権利を獲得すればいい」
「……ですが、私達は兎人族です。虎人族や熊人族のような強靭な肉体も翼人族や土人族のように特殊な技能も持っていません……とても、そのような……」
その言葉にふむ、と神羅は顎を撫で、
「そんな事はあるまい」
「え?」
「お前たちの隠密技能、そして索敵能力、全てが立派な武器だ。だからこそお前ら兎人族は避難場所があったとはいえ、今までこの樹海の中で生き残れた。今まではそれで十分だったが、今後は更にそれを尖らせる必要があると言うだけだ。出来ないことはないであろうよ」
少なくとも魔物相手には普通に戦えるようになると神羅は睨んでいる。それだけでもだいぶ変わるだろう。
「今回の鍛錬は我は他に用があってハジメに一任することになるが……どうする?このまま今までのように仲間を犠牲に生き残るか?それとも仲間を守るために足掻くか?選ぶのはお前達だ」
「やります。私に戦い方を教えてください! もう、弱いままは嫌です!」
真っ先に声を上げたのはシアだった。それを見て、神羅はほう、と感心したように目を細める。元々の彼女の、兎人族の本質を考えるとそう言うのは避ける傾向にあるはずだ。だが、彼女はその本質に逆らってでも強くなると決めた。神羅はそこに彼女の姿を見た。本当は命を奪うのを嫌う性質なのに、それでも守るために勇敢に戦っていた彼女を。
シアは化けるであろうな…………だけど何だろう……えらく彼女に似た色をしているような気がするが……まさか……
その様子をハウリア族は唖然と見ていたが、次第にその表情を決然としたものに変え、老若男女問わず立ち上がっていく。
「ハジメ殿……宜しく頼みます」
「ふむ……覚悟は決まったか。ではハジメ、ユエ。ここは任せる」
「ん」
「ああ、任せてくれ……言っておくが、あくまでもお前たちが自分の意志で強くならないといけないからな?俺がするのはその手伝いだけだ。折れたやつに構う余裕もないし、時間もない……文字通り死に物狂いでついて来いよ?かつての俺がそうしたようにな」
樹海の中の一角に大河と呼ぶべき川があるのだが、その川岸に神羅は腰を下ろした状態でふうむ、と顎をさすっていた。
「やはり、共存はできているか……」
ハウリアの鍛錬が始まって早9日が経っていた。その間、神羅はこの樹海の中を歩き回っていた。その理由は部分的とはいえ世界の生物に関して自分なりに調べるためだ。
この世界と自分の前世の世界は子供と大人……いいや、アリと象と言っていいレベルで違う。そしてその世界の生物は怪獣も含めて異物。この世界に存在するはずがないいわば外来種。そして強力すぎる外来種が現れ、好き放題に生きれば、その場所の環境は激変してしまう。そして、環境が変わればそこの生物たちも変わる。そして、この樹海には今、奴がいる。奴にその気がなくても、そこにいるだけで環境を大きく変えてしまいかねない。そこが気になり、神羅は調べていたのだ。
その結果、本業ではないのでそこまで詳しくは分からないが、それでもここ最近で環境が劇的に変わった感じはなかった。どうやら、環境に与える影響は最小限にとどまっているようだ。
「流石にこれ以上は分からんが………まあ、この世界と怪獣たちが共存できていると分かっただけでも収穫か」
世界には自浄作用がある。突出しすぎれば、その存在は排除される。怪獣たちや生物達が排除されず、今もこの世界で生き残っているのであれば、それは世界が彼らを受け入れたと言う事だろう。
そろそろ戻るか、と神羅は腰を持ち上げ、軽く周囲を見渡した後、拠点に向かって歩き出す。
相変わらず樹海の中は霧深く、あっという間に来た道どころか自分がどこにいるのかどうかさえ分からなくなってしまうだろう。だが、そんな中にあっても神羅は全く動きに迷いがなく、すいすいと樹海の中を進んでいく。
それからある程度進んだところで、神羅は不意に立ち止まり、周囲を見渡す。
周囲に気配がする。それも多数。魔物か?いや、これは………何かが何かを追いかけている。では何が?少し集中して探り、
「……なるほど。ハジメはうまくやったようだな」
神羅が小さく頷いた瞬間、霧の中から魔物が飛び出してくるが、それと同時に複数の影が飛び出し、魔物を仕留めていく。
「ふん、手こずらせおって……っと、神羅殿じゃないですか」
「うむ、久しいな、カム」
魔物を仕留めたのはハウリア族のカムだ。更に周囲には他のハウリア族もいる。
「どうやら無事戦えるようになったようだな」
「ええ、これも全てボスのおかげですよ」
「ボス……もしやハジメの事か?」
「ええ。ボスのおかげで我々は新しく生まれ変われたんです。もう弱いままの私たちではありませんよ。なあ、みんな」
その問いにハウリア族はみなにやりと笑いながら頷く。
その言葉に神羅はそうか、と小さく頷く。この様子ならば問題ないだろう。先ほどの隠形も中々のものだったし、きちんと長所を生かして戦えている。
「しかし、何でこの魔物を追ってここまで来た?こいつを倒して来いとハジメが言ったのか?」
ここから拠点までまだそれなりの距離がある。ハジメの気配は拠点付近にある。大方ハジメが出したお題なのだろうが、こいつは拠点付近にそれなりにいたはずだ。ここまで追ってくる必要もないだろうに……
「ええ、そうなんですよ。まあ、規定数は殺ったんですがね、他の連中が生意気にも殺意を向けてきてたんで、皆殺しにしてやろうと思いまして」
「……ん?」
カムの言葉に神羅は小さく眉を寄せる。それを皮切りにハウリアたちが次々と不敵な笑みと共に口を開く。
「そうなんですよ。こいつら魔物の分際で生意気な奴らでした」
「きっちり落とし前はつけましたが。一体たりとも逃してませんよ?」
「ウザイ奴らだったけど……いい声で鳴いたわね、ふふ」
「見せしめに晒しとけばよかったか……」
「まぁ、バラバラに刻んでやったんだ、それで良しとしとこうぜ?」
どこか高揚とした様子でハウリア族は口にしているが、故に気づかない。徐々に神羅の表情が消えて行ってることに。
「今なら帝国兵だろうとなんだろうと返り討ちですよ。ふふ、奴らを嬲り殺しにできるかもしれない……その時が楽しみだ……」
「……ほう、そうかそうか。中々強くなったようじゃないか……では、今まで訓練を押し付けてた詫びだ。我の方でもお前たちに訓練をつけよう。ハウリア族全員を連れてこい」
「おお、そうですか。ですが、我々も強くなった。気を抜かないほうがいいですよ」
「ああ、安心しろ………手を抜くつもりは微塵もない」
神羅は無機質な目でハウリア族を睨みつけていた。
そして突発的に始まった神羅によるハウリア族への訓練はハジメからの許可も取って、無事執り行われた。内容は実にシンプル、シアを除くハウリア族全員対、神羅の模擬戦だ。最初、ハウリア族は困惑した。何せハウリア族は総勢70人近くいる。しかもその全員がハジメの訓練のおかげで暗殺者としての能力を開花させている。いくら神羅が強くても少しは食い下がれるはず………そう思っていたのだが、
模擬戦開始から数分後。
「この程度か」
神羅は胡坐をかいて頬杖をついていた。その眼下にはハウリア族が全員倒れていた。その全員が状況が理解できなかった。
いったい何をされた?いいや、分かっている。模擬戦が始まった瞬間、神羅はあっという間にハウリア族の位置を割り出し、次々と叩きのめしていった。彼らがどれほど気配を薄くしようと、溶け込ませようと神羅は彼らを逃しはしなかった。気がつけばものの数分でハウリア族は全滅していた。
「この程度でよくもまああんなでかい口が利けたな」
「は、はは……申し訳ない……どうやら少々思い上がってたようだ……以後気を付けます……」
カムがよろよろと立ち上がりながら苦笑を浮かべる。どうやら自分たちは知らず知らずのうちに調子に乗っていた。きっと神羅はその事を教えるためにこのような事をしたのだろうとハウリア族は思っていた。
「だがまあ、こちらもそれなりに本気で取り組んだがな」
「そうですか」
「ああ………てっきり帝国兵が紛れ込んだのかと思ったのでな。いぶり出しもかねて、手を抜こうとは微塵も思わなかった」
その言葉にカムたちはえ、と小さく声を漏らし、神羅はそんな彼らを侮蔑の表情と共に見下ろしながら告げる。
「先ほどまでのお前たちの面………お前達の家族を奴隷にし、殺した帝国兵と全く同じ表情をしていたぞ」
その言葉に彼らは冷水を浴びせかけられたような衝撃を覚え、ハウリア族は愕然とした表情を浮かべる。
「まさか自分たちの大切な家族を奪った奴らに対抗するためにそいつらと同類にまで堕ちるとはいやはや、中々見上げた根性ではないか」
「い、いや……それは……」
「何と言おうと、お前らが殺しに愉悦を覚えていたのは間違いないであろう?」
ハウリア族はみな一斉に顔を俯けてしまう。そこには、ちょっと前までの不敵な笑みや、自信は全く存在していなかった。
それを見ていた神羅だが、小さくため息を吐くと、
「まあ、一切訓練に関わっていなかった我が偉そうに言えた義理ではないと言うのは分かってる。だがな、そもそもの話、お前たちはなぜ訓練を受けようと思った。なぜ、本来の自分たちの性分を捻じ曲げてでも強くなろうとした」
「「「「………」」」」
「守るためのはずだ。目の前で家族が殺され、食われ、捕らわれていくのをただ黙ってみているではなく、見捨てて逃げるのではなく、助けるために、守るために強くなろうと決めたのではないのか?お前たちにとっての大切な家族というのは、自分の感情一つで見失う程度の存在なのか?」
「それは………」
「どうなのだ!はっきり答えろ!」
「ち、違う!私たちにとって家族はかけがえのない存在だ!我々はもう二度と、家族を失いたくない!もうあんな思いはごめんだ!」
カムが叫ぶと、他のハウリア族もそうだと声を上げる。それを聞いた神羅はふん、と鼻を鳴らし、
「ならば、その思いを忘れるな。失った悲しみを、奪った者への怒りを忘れるな。悲しみを駆けつける力に変え、怒りを刃に込め、守るために振るえ。己が背負った悲劇を糧に守るために立ち上がれ。間違っても、己の敵を見失うな」
神羅の言葉は信じられないほどの重みと共にハウリア族の心に伸し掛かった。それ故に彼らはそれを真摯に聞いていた。真っ直ぐにその目は神羅を見据え、彼の発す言葉の一つも聞き逃さないと言うようにうさ耳は立っている。
「だが、それでも守れない時はあるだろう。それでも決して己を見失うな。己を見失い、衝動のままに殺し、愉悦を感じた時、お前たちはただのケダモノに成り下がる。お前たちは戦士だ。守るために己を変えようともがける気高い魂を持つ。それを己の手で汚すな!」
ハウリア族は息を呑みながら顔を上げる。そこにいたのは王。その目は絶対者としての圧を放ち、その場にすぐさまひれ伏したくなるようだ。だが、それと同時に確かな優しさを持っている。それは倒れている相手に差し伸べる優しさだけではない。道間違えた時には厳しく叱責し、それで倒れても安易に助けず、自ら立ち上がり、歩き出すのを黙って待つ厳しき優しさ。だが、それ故にその存在はあまりに大きかった。それはまるで、時に絶対的な力を以てすべてを破壊し、時に生物に厳しい試練を与えるが、生物全てを受け入れ、強く育む大地その物。
ハウリア族の心にはすでに殺しへの愉悦も、芽生え掛けていた狂気も、全て無くなっていた。彼らはその場で片膝をついて首を垂れる。
「……申し訳ございませんでした、神羅殿……我らが……未熟でした……」
「さっきも言ったが、これ以上大きなことは言えん。だが、気づいたなら、それでいいだろう。とりあえず今は休め。痛みが引いたらハジメと合流しろ」
そう言うと神羅は木の上から飛び降りて歩き出す。
「神羅殿は?」
「ほかに叱らなければならない奴がいるでな」
神羅は霧深い樹海の中を真っ直ぐに歩いていく。つかつかと早足に。
そうして歩いて行くと、次第に霧が晴れていく。拠点に戻ってきたのだ。少し周囲を見渡し、すぐさま目的の人物を見つけると、神羅はすぐに歩いていく。
その目的の人物であるハジメは神羅に気づいたのか顔を向ける。
「お、兄貴。ハウリア族と模擬戦するって言ってたけど、もう終わった「ゴッ!」っ!?」
神羅はハジメのすぐ前までくるとその頭を思いっきり殴りつける。突然の事にハジメはなすすべなくその一撃を貰い、あまりの痛みに頭を押さえてその場に崩れ落ち、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、とうめき声を上げながら悶える。それを見て、神羅は小さく鼻を鳴らす。
「~~~っぅぅぅぅ!いきなり何するんだよ!」
「何をするではない!お前はハウリアたちに何をした!」
「何って……あまりにも情けなさすぎるから、元の世界のハー〇マン式訓練を……」
「ああ、あれか……いや、それはまだいい。お前、ハウリアたちの訓練を見ていたのならば、奴らが殺しに愉悦を感じてきたことに気づいたはずだ。なぜ放っておいた!」
「あ、あれは……あれぐらいしないとだめだと思ったのと、まあ、これぐらいは大丈夫というか……むしろちょうどいいぐらいかなって……」
ハジメの言葉に神羅ははあ、と深いため息を吐き、
「この愚か者!あいつらに教えるのは守る術と覚悟のはずだ!もしもあのまま放っておいたら、あいつらは何の比喩でもなく無差別に殺し、哂う快楽殺人集団になっていたのかもしれんのだぞ!?」
「それは……」
「殺しに快楽を感じる外道になるなと言ったが、そんな外道を育てるのはさらなる外道だ!たとえ故意であろうとなかろうと、その予感を感じ取っておきながらそのまま放置など論外だ!」
神羅の言葉にハジメは小さくうめき声を上げながら顔を俯ける。
「お前に全部放り投げてた分際で、偉そうなことを言える立場ではないと言うのは分かっている……だがな。それでも我は言うぞハジメ。外道にだけはなるな。エヒトのようにだけはなるな。そうなった時、そこにいるのはお前ではない。お前の皮をかぶった別の何かだ……例え帰れたとしても、父と母に、胸を張ってただいまと言えなくて、意味があるのか?」
「………ごめん、兄貴」
小さく呟かれた謝罪に神羅は小さく息を漏らして気をつけろ、と声をかけると、不意に、ん?と首を傾げる。
「……ハジメ。少し出る」
「出るって……?」
「ユエから呼ばれたのだ。何かあったのかもしれん」
まさかシアまでああなったのではないだろうな、と呟きながら神羅は拠点から出ていく。
その背を見送った後、ハジメははあ、と小さくため息を吐くと、自分の頬を自分の右手で殴る。鈍い痛みが襲い、口の中を切ったのか血の味がするが、それも戒めだ。
「全く……情けないな……俺は……」
先程の神羅の叱責は何も間違っていない。今回の件は完全に自分に責任がある。それこそ、兄が止めなかったら本当に自分は外道に墜ちていたかもしれない。感謝はしても、恨むことなど絶対にない。全ては己の未熟さが招いた事だ。引き受けといて、外道に墜ちるなと言われといてこのざまだ。情けなさすぎる。
ハジメが拳を握りしめていると、そこにハウリア族が続々と合流してくる。
「お前等……兄貴に絞られたか」
「ええ、まあ……ボスもですか?」
「ああ……久しぶりに兄貴に本気で怒られた……」
ハジメはどこか感慨深げにつぶやいた後、ぱちんと頬を叩いて顔をあげ、
「よし、やるか!」
決意を新たにし、ハウリア族のほうに歩いていく。
神羅が向かったのは樹海の外のユエとシアの訓練場所だ。二人の訓練は森に大規模な破壊をもたらし、彼らを引き付ける可能性があったため、樹海の外で訓練をすることになったのだ。
樹海の霧を抜け、平原に出た神羅はほう、と小さく声を漏らす。その平原は見るも無残な状態だった。
地面には隕石でも直撃したかのようなクレーターがいくつもできて、さらにそこかしこの地面が凍り付き、炎で焼かれたように焦げ、鋭利な何かで切り裂かれたような跡も刻まれている。相当激しい戦いが繰り広げられたようだ。
「あ、神羅さ~~ん」
その場所をしばし眺めていると、巨大な大槌を持ったシアが重さを感じさせない様子でピョンピョンと跳ねながら手を振っている。そのそばにはユエもいる。神羅はすぐさまそちらに向かって歩いていく。
その途中で神羅はシアの様子を見る………一応表面上は問題ないように見えるが……
「相当激しくやっていたようだな」
「そうなんですよ!ユエさん酷いんですよ!容赦なくバンバン魔法を撃ち込んできて、何度殺されると思った事か!」
「そんな攻撃にさらされてこうして五体満足な時点で普通以上だと思うがな……さて、それでユエ。我に何の用だ?」
「……ん。最近シアが少し調子に乗っている。だから今のうちにその鼻をへし折っておこうと……シア、神羅と模擬戦を」
「ふむ、我は構わんが……一応聞くが、シアはいったいどういった戦法を?」
「……魔法の適正はないと言っていい。でも、身体強化に特化している。最大値でハジメの半分以上。鍛錬次第ではもっと伸びる近接特化」
なるほど、と神羅が頷いている中、シアは少し体を緊張させていた。神羅の強さは端的にだが見ている。自分と同じ接近戦、しかも肉弾戦が主体だ。おまけにユエの話ではハジメをも超えていると言う。いったいどれほどの……
そう身構えていると、神羅はその場から歩き出してシアと向き合うように振り返る。
「それでは始めるとしよう……初手は譲る。お前の本気の一撃を繰り出してこい」
「っ……はい!」
神羅の言葉にシアは頷くとその手の大槌を握りなおして構える。対して神羅はだらりと両手を下げて構えなんて一切取っていない。
それでもシアは油断しない。深く呼吸して力を練り上げ、それをため込んでいき、そして幾たびも繰り返し、限界まで溜め込まれたそれを、
「りゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
雄たけびと共に解放、地面を爆散させながらシアの体が大きく跳躍すると、そこから大槌の重量を以て急降下、その勢いを余さず乗せて大槌を叩きつけんとする。それはもはや隕石その物。直撃すれば、万物を粉砕するであろう必殺の一撃。そしてシアにとってもこの数日の中でも会心の一撃だった。
だが、神羅は動かない。ただそれを見つめるだけだ。それが眼前に迫っても動こうとはせず、流石にシアがまずいのではと思ったときには遅かった。
次の瞬間、大槌が直撃、大気を爆ぜさせる爆音が轟き、衝撃で地面がクレーターのように陥没、周囲に無数の破片が飛び散る。圧殺、ミンチ。その光景を見てしまえば、神羅の末路はそれ以外に考えられなかった……彼が化け物ならば。
「ふむ……あの熊よりはずっと強力な一撃だ。大したものだ」
その声に、その光景にシアは体を震えを止めることができなかった。
神羅は右手で感心したように顎をさすり、大槌の一撃を左手の人差し指だけで受け止めていたのだ。いや、普通の腕ではない。黒い鱗に皮膚、四本指に鋭い爪の異形の腕。だが、それでもどう見ても突き指すらしていない。嘘だろう?冗談だろう?そんな事あり得ない。あり得るわけがない。自分の一撃を、指一本で受け止めるなんて!
「何を呆けている。それでは死ぬぞ」
そう言うと神羅は右手で大槌を掴むと、そのまま軽くシアごと放り投げる。シアは慌てて空中で体制を整えるとそのまま着地するが、信じられないと言う表情で神羅を見つめていた。それはユエも同じで驚愕の表情を浮かべていた。その前で神羅は左腕を人間の腕に戻す。
「たとえ敵が想定外の行動をしても動きを止めるな。過去にそれで我は追い詰められた」
「お、追い詰められたって……どう言う事ですか?それに、さっきの腕……」
「ユエの意図に気づいたのでな。全ての力を解放して迎え撃ったのだ」
「それは助かったけど……予想以上だった……」
ユエの目的は言ってしまえばこれだった。シアに怪獣と言う存在の強大さをしっかりと認識してもらう事。この樹海の怪獣は滅多事では襲ってこないかもしれないが、それでもこれぐらいという指標があったほうが強さを把握しやすく、生き残る手助けになるだろう。そうすれば、彼女も目的を諦めるかもしれないと言う魂胆もあるが。
「そうか……シア。お前は十分すぎるほどの力を持っている。だがな、それ以上の存在がこの世界にいる。我のほかには……この樹海にいる巨大魔物だが、他にもいるだろう。まあ、魔物はちょっかいをかけなければ問題はないし、樹海も魔物の縄張り。そうそう近づいてはこないだろう。それに、他の魔物に対しては十二分に戦える。家族を護る分には問題はあるまい」
神羅の言葉にシアは茫然と口を半開きにしていたが、
「あ、いや……えっと………その……そ、そう言うわけにはいかないんです……」
と、何か口ごもり始めた。その様子に神羅が首を傾げる。
「どう言う事だ?」
「あ、あの……私……神羅さん達の旅について行こうと……」
「は?一体どう言う事だ?なぜそんな事を……」
「そ、それは……」
ここで再びシアは口ごもるが、女は度胸と言わんばかりに口を開く。
「私がハジメさんのそばにいたいからです!あの人の事が好きなので!」
その言葉に、神羅は軽く目を見開くが、ほう、と感心したように声を漏らす。
「そうなのか……あいつも中々やるなぁ……しかしなぜ?」
「え、えっとですね……窮地を何度も救われて、同じ体質で……長老方に啖呵切って私との約束を守ってくれたときは本当に嬉しかったですし……神羅さんもそうしてくれたんですが……私はハジメさんを好きになって……」
「なるほど……何はともあれ、弟が好かれると言うのは我としても嬉しい。だが、ハジメはユエを好いているからなぁ……中々に厳しいと思うぞ?」
「それなら大丈夫です!すでに根回しは済んでいますから!」
その言葉に神羅は困惑気に首を傾げてユエに首を向けると、彼女は小さく息を吐き、口を開く。
なんでも、シアとある約束をしていたという。この10日間の間に模擬戦でユエにかすり傷でも付けられたら、ユエはシアの同行を許可し、神羅とハジメの説得に協力するというものだ。
「まあ、今のところ回避できているから問題ないけど……」
ユエは小さく息を吐きながら神羅を見上げるが、その瞬間小さく息を呑む。神羅が明らかに苛立ったような表情をしているのだ。
そして大きく息を吐くと、
「……ユエ。説得には参加するな。というか、参加したら我自らお前を地面に埋めるぞ」
「え!?」
「ちょ、ちょっと待ってください!なんでいきなりそんなこと言ってるんですか!?」
ユエが驚いたように目を見開き、シアが抗議の声を上げるが、
「最初っから他人の説得を当てにするような輩に我が弟を任せると思うか?」
その言葉にシアは小さくうめき声を漏らす。
「これがまだ二度目とかならまあ、まだいい。すでに好いている奴がいるのに、という所にも目をつむろう。だが、告白する前から他人を当てにするなんざ軟弱にもほどがある。本気でハジメの事が好きなら、最初は己一人で勝負して見せろ……全く、怪獣の強さを知ってもついて行くと言ったときは大したものだと思ったのだがなぁ……というかユエもユエだ。なぜ勝手にそんな約束を……」
「……女の意地というか……」
「それでハジメや我に何の相談も無しに勝手に決めたのか?ハジメはお前の恋人だが、だからと言ってやっていい事と悪い事があると思うのだが?」
「……はい、ごめんさない」
ユエがしょぼんと肩をを落としている中、シアはう、うぅぅぅ、とうめき声を上げる。
シアとて、最初はそうしたほうがいいのではと思った。特に神羅と言う堅物がいる以上、そのほうが心象的に好感触かもしれない。だが、それでも断られる確率のほうが大きかった。だからこそできる手はすべて打とうとした。それがこうなってしまった……神羅からの印象は間違いなく下がってしまっただろう。
だが、それでもシアはへこたれるわけにはいかなかった。諦めたくなかった。パチンと両頬を叩くと、顔を上げて、
「分かりました。でしたらユエさん。説得の件は無しでお願いします。でも、同行を認めると言うのは引き続きお願いします!」
「………」
「神羅さん、申し訳ありませんでした。確かに私、少々甘く物事を見ていたのかもしれません。ですが、この想いは、皆さんと一緒に来たいという思いは本気です!もう妥協なんてしません!ですから神羅さん。もしも私がユエさんに勝ったら、神羅さんも同行を許してください!ハジメさんは私一人で説得します!」
そう宣言すると、神羅はシアをじっと見つめ、目を細めると、
「……条件が一つある」
「は、はい!なんでしょうか!?」
「シアの訓練、我も参加しよう」
「…………………………………え?」
シアがぽかん、と口を半開きにする中で、ユエは静かに両手を合わせて合掌していた。
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